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簒奪女王
憎悪の向こう 9
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「とはいえ、隠していたわけではないのでしょう? 子どもたちもあなたも、名を偽ったりは……」
「……王妃様」
エステルが神妙な面持ちで、ベアトリスの話を遮った。
「私にエル・シールケルの話をする以上、聞きたいのは子どもたちのことなんかじゃないでしょう?」
「……そうよ。あなたに聞きたかったのは、ノア様の妹、リースベットさんのこと」
「ああ、やっぱりリースベットか……」
「聞かせて。どんなことでもいいの」
エステルは――またアウロラやバックマンも――、“リースベット王女”や“リースベット様”でなく、ただリースベットと呼ぶ。彼ら彼女らにとって、リースベットは同じ目線で生活していた存在なのだ。
エステルはすこし間をおいて、なにか決意したように静かにうなずいた。
「……もうあなたはリードホルムの……いえ、ノア様にとって大事な人なのだから、隠すことはないのかもね……。どうやら根っからの権力者でも、悪人でもないようだし」
「口外するなと言うなら、誰にも話さないわ。あなたたちが望むならノア様にだって」
「いや、リースベットのことは、ノア様とエル・シールケルで話し合ったうえで秘密にしていたんです」
「それは、つまり……ノア様の体面を慮って?」
リードホルム王宮内においてリースベットの名は、彼女とノアの兄であるアウグスティン第一王子を殺した大逆犯として知られている。
「いまさら隠したところで……あなたでさえ知っているのに」
「確かにね」
「……リードホルムの一部貴族のあいだに流れる、リースベットにまつわる噂は知っています?」
「いいえ、何も」
「ノア王と敵対する者は、リースベット王女に暗殺される……というものよ」
「そんな……いえ、確かにアウグスティン太子は、リースベットさんが手にかけたのだろうけれど……」
「旧国王派の貴族たちから見たら、アウグスティンの次にヴィルヘルム王……つまり、ノア様が王位に就くのに邪魔な人間が、次々に殺されていった。だから、行方知れずのままだったヴィルヘルム王の暗殺者について、連中は独自に調査を進めていたらしい。それでリースベットがやったんだろうという結論に至った、というわけです」
「なぜそんなことに……」
「当たらずとも遠からず、ってところだからですよ」
「えっ!?」
「ヴィルヘルム王の胸に刺さった矢の羽には、暗号めいた模様が描かれていた。それはあたしたちの間で、作戦終了を意味する記号だったのさ。山の中でどこかの部隊と戦おうってとき、あたしたちはよく鏑矢の音と矢羽の模様で戦況を伝達してた。その記録が残ってたらしいよ」
「な、なんてことを……」
「だからと言って、ヴィルヘルム王の暗殺をリースベットが直接指示したわけじゃないけどね」
「ではまさか、ノア様の……?」
「そういうわけでもないんだ」
ベアトリスは少しだけ安堵した。
「あたしたちの仲間に、ずっとヴィルヘルムの首を狙っていた奴がいたのさ。飄々としてるけど、奇襲戦と弓の名人でね……ジュニエスの戦いが目前に迫ってた頃、それまで反リードホルムを掲げてたエル・シールケルは陰謀まみれのノルドグレーンに愛想を尽かして、リードホルム側に協力することにした。そいつは、リードホルムに味方するなら一緒にはいられない、ってその時に出てったんだけど……暗殺の状況を詳しく聞いたらエル・シールケルの誰だって、ついにあの爺さんがやったんだ、って感づくよ」
「……王妃様」
エステルが神妙な面持ちで、ベアトリスの話を遮った。
「私にエル・シールケルの話をする以上、聞きたいのは子どもたちのことなんかじゃないでしょう?」
「……そうよ。あなたに聞きたかったのは、ノア様の妹、リースベットさんのこと」
「ああ、やっぱりリースベットか……」
「聞かせて。どんなことでもいいの」
エステルは――またアウロラやバックマンも――、“リースベット王女”や“リースベット様”でなく、ただリースベットと呼ぶ。彼ら彼女らにとって、リースベットは同じ目線で生活していた存在なのだ。
エステルはすこし間をおいて、なにか決意したように静かにうなずいた。
「……もうあなたはリードホルムの……いえ、ノア様にとって大事な人なのだから、隠すことはないのかもね……。どうやら根っからの権力者でも、悪人でもないようだし」
「口外するなと言うなら、誰にも話さないわ。あなたたちが望むならノア様にだって」
「いや、リースベットのことは、ノア様とエル・シールケルで話し合ったうえで秘密にしていたんです」
「それは、つまり……ノア様の体面を慮って?」
リードホルム王宮内においてリースベットの名は、彼女とノアの兄であるアウグスティン第一王子を殺した大逆犯として知られている。
「いまさら隠したところで……あなたでさえ知っているのに」
「確かにね」
「……リードホルムの一部貴族のあいだに流れる、リースベットにまつわる噂は知っています?」
「いいえ、何も」
「ノア王と敵対する者は、リースベット王女に暗殺される……というものよ」
「そんな……いえ、確かにアウグスティン太子は、リースベットさんが手にかけたのだろうけれど……」
「旧国王派の貴族たちから見たら、アウグスティンの次にヴィルヘルム王……つまり、ノア様が王位に就くのに邪魔な人間が、次々に殺されていった。だから、行方知れずのままだったヴィルヘルム王の暗殺者について、連中は独自に調査を進めていたらしい。それでリースベットがやったんだろうという結論に至った、というわけです」
「なぜそんなことに……」
「当たらずとも遠からず、ってところだからですよ」
「えっ!?」
「ヴィルヘルム王の胸に刺さった矢の羽には、暗号めいた模様が描かれていた。それはあたしたちの間で、作戦終了を意味する記号だったのさ。山の中でどこかの部隊と戦おうってとき、あたしたちはよく鏑矢の音と矢羽の模様で戦況を伝達してた。その記録が残ってたらしいよ」
「な、なんてことを……」
「だからと言って、ヴィルヘルム王の暗殺をリースベットが直接指示したわけじゃないけどね」
「ではまさか、ノア様の……?」
「そういうわけでもないんだ」
ベアトリスは少しだけ安堵した。
「あたしたちの仲間に、ずっとヴィルヘルムの首を狙っていた奴がいたのさ。飄々としてるけど、奇襲戦と弓の名人でね……ジュニエスの戦いが目前に迫ってた頃、それまで反リードホルムを掲げてたエル・シールケルは陰謀まみれのノルドグレーンに愛想を尽かして、リードホルム側に協力することにした。そいつは、リードホルムに味方するなら一緒にはいられない、ってその時に出てったんだけど……暗殺の状況を詳しく聞いたらエル・シールケルの誰だって、ついにあの爺さんがやったんだ、って感づくよ」
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