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簒奪女王
憎悪の向こう 7
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ベアトリスが椅子を勧め、エステルはゆっくりと腰掛ける。
「よく来てくれたわね。仕事も忙しいでしょうに」
「いえ、アニタを助けていただいたご恩に比べれば……」
「そう……。エステル・マルムストレム……今更だけれど、あなたがエステルだったのね」
「……はい?」
ひとりで納得しているようなベアトリスに、エステルは怪訝な顔になった。
ふた月ほど前――エステルの子ミカルを通じて彼女と初めて会話したあと、ベアトリスはその素性について一つの仮説を立てた。そして仮説を裏付けるために、グラディスの統治を委任していたエディット・フォーゲルクロウに、ある調査を依頼してあった。その結果報告が届いたのが、三日前――炊殿に暴漢が押し入る前日のことだった。
届けられた報告書の内容はおおむねベアトリスの予想どおりで、さらにはエディット自身が、予想以上の情報を持ち合わせていた。
きっかけはふとしたことだった。
グラディスから遠く北東に位置するマンスタ村から、さらに半日ほど歩いた山腹にはスタインフィエレット鉱山がある。これはベアトリスの資産のひとつで、昨年からようやく開発が進み鉄鉱石が産出され始めていた。
ベアトリスはヘルストランド城に住むことになって以来、スタインフィエレットについては高い採掘技術を持った裏家業の集団“エル・シールケル”に任せきりで、半年ほど前を最後に足を運んでいない。
マンスタ村もスタインフィエレット鉱山も、かつてはノルドグレーン公国のオースリバリエット県に属していたが、現在はリードホルム王が認めたベアトリスの所領になっている。そうした変化の中でも、今のところエル・シールケルに変節の動きはなく、結婚後も変わらずベアトリスとの取引を続ける意向のようだ――という報告書を読んだとき、ベアトリスはある会話の細部を思い出した。
エル・シールケルの首領であるアウロラと、二度目に会談したときのことだ。
「他にもいろいろあったみたいだけど……具体的なことはあまり知らない。あたしたちみんな、昔話なんて嫌いだったから」
「……わかったわ。ありがとう」
「話の出処はエステルか?」
「そうよ。リースベット、エステルさんとはけっこう話してたみたい」
「……その方は?」
「料理人よ。今はヘルストランドで働いてる」
アウロラと副長のバックマンが、何気ない様子でそんなことを言っていた。
名前と場所、職業までもエステル・マルムストレムと合致している。同名の女性はリードホルムに何人かいるかもしれないが、彼女がヘルストランド城に雇い入れられた時期と、エル・シールケルがスタインフィエレットに現れた時期まで同じである。
そして、ベアトリスが念のため調査を依頼していたのが、エステルが連れていた――あまり外見的特徴が共通しない――子どもたちについてだった。
「よく来てくれたわね。仕事も忙しいでしょうに」
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「そう……。エステル・マルムストレム……今更だけれど、あなたがエステルだったのね」
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