簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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簒奪女王

後宮の使者 5

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「王妃でもなんでもいい、まずその下っ端に武器を捨てさせろ」
「……子どもを自由にするなら、考えなくもないわ」
「んな真似ができるか……いや、待てよ」
 暴漢の顔に卑劣な笑みが浮かぶ。
「王妃様ご自身が身代わりにってなら、考えなくもねえぞ?」
「……いいでしょう」
主公しゅこう様!?」
 そのベアトリスの返答は、ルーデルスとアリサばかりでなくエステルや衛兵たち、当の暴漢までもどよめかせた。
「アリサ、ルーデルス、剣をベルトから外して、彼の足元へ」
「はい……」
 二人は不請不請ふしょうぶしょうにベアトリスの言葉に従い、さやに納まったままの剣を床に置いて暴漢の足元に滑らせた。
「へへ……いい心がけじゃねえか……。お前も武器なんか持ってねえだろうな!?」
「見ての通りよ」
 ベアトリスは一歩前に出て、肩に掛けていた袖なしのコートを放り投げた。その両手には何も握られていない――が、ふだん着のドレスティーガウンの上に巻いたウエストリボンの背部には、小さな銃が差し込まれていた。かつてイェルケル・オットソンとの決闘に用いた、象嵌ぞうがん装飾が施された特注の短銃だ。
 それを認めたアリサとルーデルスは一瞬、互いに目を見合わせた。
「いいね……こっちに来い」
 暴漢は舌なめずりしながら手招きをする。
 ベアトリスはゆっくりと暴漢に歩み寄っていく。彼女の一挙手一投足を、周囲の者たちは固唾かたずを飲んで見守っていた。
 銃には手をかけていない。いまさら人を撃つことに気後きおくれするベアトリスではなかったが、まだ引き金を引くことはできない。
 ベアトリスが護身用に携帯しているホイールロック式の短銃は、製造に非常な手間がかかる。ノーラント半島全体を俯瞰ふかんしても、まだ百丁ほども存在しないだろう。市井しせいの人々は短銃など見たこともなく、その存在さえも知らないのだ。
 ルーデルスが戦闘の素人だと看破かんぱした暴漢も、おそらくその例にれないだろう。銃とはどんなものかを知らない者に銃口を向けたところでおどしにもならないが、だとすれば、不意をついて撃つことは簡単だ。だがその場合、ふとした拍子にアニタを傷つけてしまう可能性は排除できない。
 また至近距離の戦闘では、銃は必ずしも刃物に対して優位とは言えない。そうである以上、自身が身代わりになったあと、銃口を密着させて撃つ――これがもっとも確実な方法だ、とベアトリスは考えていた。
「さあ、その子を放しなさい」
 暴漢の目の前に立ち、ベアトリスは毅然きぜんとして要求する。暴漢はティーガウンの襟元を掴んでベアトリスを引き寄せながら、アニタを膝で押しのけた。床に両手をついて倒れこんだアニタに、エステルが駆け寄って抱き起こす。
「おい下っ端の二人、城門に馬を用意させろ」
「……わかったわ。そこで主公様……王妃様と交換よ」
「聞いたかよ王妃様! あんたは馬と同じ価値しかないらしいぜ!」
「この……!」
 暴漢はベアトリスを人質に取って気が大きくなったのか、アリサを挑発するような皮肉を言う余裕を見せた。
 至近距離の戦いにおいて、一射ごとに撥条ばねの巻き取りと弾丸の再装填が必要なホイールロック式の銃に二発目はない。今こそ好機だ。ベアトリスは銃の安全装置を、人差し指でゆっくりと外した。銃把じゅうはを握り、ウエストリボンから銃身を引き抜く。
 ベアトリスは暴漢の腰部めがけて引き金を引いた。鉄とはがねがぶつかり合う冷たい音が響く。
「……なんだ?」
「まずい、不発だ」
「え……?」
 その音の意味を、ベアトリスとルーデルスだけが理解していた。
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