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簒奪女王
王の隣人たち 6
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「この座組、せいぜいひと月ほどのご無沙汰だというのに、もはや懐かしくもありますね」
「ご病気などされていないことは分かってましたけど、大丈夫ですか? 裏で小姑にいじめられたりしてません?」
「だ、大丈夫よ」
アリサが透視能力でもあるかのような鋭い指摘を入れてきた。だが今回の本題はフリーダではない。
「この中で誰か、エステル・マルムストレムという女性について知っている者は?」
「ああ。あの未亡人だという……」
案の定、アルバレスが真っ先に返答した。アリサが嫌な顔をする。
「うわ……さっそく目をつけてたんだ……」
「未亡人、というと……?」
「子供がいるようですよ。三人。夫らしき人物の影は見えませんね」
「そう……」
それを聞いてベアトリスは、ノアが個人的な慈悲で、苦境にある母親を給仕として雇い入れたのかとも思った。とはいえそうした支援を必要としている者は、ヘルストランド城下だけを見ても数えきれないほど存在するだろう。彼女だけがすくい上げられたのなら、それなりの理由はあるはずだ。
「……主公様、差し支えなければ、その女性に何か曰く因縁でもあるのか、お教えいただけますか?」
「そうね。構わないわ」
ベアトリスはそう言いながら、テーブルの上に差出人不明の密告書簡を広げた。
「うっわ卑劣!」
「ノア王に浮気ねえ。それが事実なら、女中たちにとって格好の話の種でしょうに……そんな話はまったく聞きませんね」
「その点は私も心配していないわ」
やはり書簡の内容は、大筋としては事実無根の風聞に過ぎないようだ。
「そのエステルという女性は……半年ほど前、何の前触れもなく料理人として召し抱えられたのだとか。とりあえず腕は確かなようです」
「よくそこまで知ってますよね……」
「なにしろ暇なもので。主公様の護衛も、ブリクスト卿が交替制で一日じゅう付けてくれていますし。警備責任者の私としては手持ち無沙汰もいいところです」
「だからって……それで主公様の身に危険が及んだらどうするんですか」
「ブリクスト卿が構築した歩哨の配置と巡回路は完璧ですよ。仮に暗殺者などが入り込んだとしても、主公様にたどり着くことは不可能でしょう」
「そうじゃなくて……え? 隊長が考えたんじゃないんですか?」
「あいにく私は、この城にはまだまだ不案内なもので」
アルバレスとアリサの戯れを聞き流しながら、ベアトリスは密告の書簡との相違に気づいた。
「ちょっと待って、給仕係ではなく料理人なの?」
「はい。料理人として炊屋に召し抱えられ、以後はノア王の食事の大半を任されるほど重用されているようです。そして、それだけの腕前ではあると」
「あ、作るものはちゃんと美味しいんだ」
「ええ。……普通、とつぜん入ってきた新入りが王の専属のような扱いになれば、それはそれは絵に描いたような嫉妬の対象となるでしょう。けれど彼女の料理を口にすれば、だれもが納得せざるを得ないのだとか」
ベアトリスは頬に手を当てて首をかしげる。
「……ここまでの話には、何もひっかかる点はないわね。ただ腕の良い料理人を雇い入れて重用した……ごく当たり前の話だわ」
「料理人が作ったものを取り分けるのも、まあ珍しい話ではないですし」
「食べるものは、まずいよりは美味しいほうがいいですからね……」
アリサのその言葉に、ベアトリスたちはフィスカルボ郊外のフォルサンド邸で食べたアルバレスの手料理を思い出していた。あんなものを一週間も食べ続けたら、ここにいる全員は仲違いしていたかもしれない。
「ただ、……知りえた情報は秘匿されるべきでない、と思うので話しますが……」
「……? いいわ、もったいをつけないで」
「そのエステルという女性には、確かに不審な点はあります」
「ご病気などされていないことは分かってましたけど、大丈夫ですか? 裏で小姑にいじめられたりしてません?」
「だ、大丈夫よ」
アリサが透視能力でもあるかのような鋭い指摘を入れてきた。だが今回の本題はフリーダではない。
「この中で誰か、エステル・マルムストレムという女性について知っている者は?」
「ああ。あの未亡人だという……」
案の定、アルバレスが真っ先に返答した。アリサが嫌な顔をする。
「うわ……さっそく目をつけてたんだ……」
「未亡人、というと……?」
「子供がいるようですよ。三人。夫らしき人物の影は見えませんね」
「そう……」
それを聞いてベアトリスは、ノアが個人的な慈悲で、苦境にある母親を給仕として雇い入れたのかとも思った。とはいえそうした支援を必要としている者は、ヘルストランド城下だけを見ても数えきれないほど存在するだろう。彼女だけがすくい上げられたのなら、それなりの理由はあるはずだ。
「……主公様、差し支えなければ、その女性に何か曰く因縁でもあるのか、お教えいただけますか?」
「そうね。構わないわ」
ベアトリスはそう言いながら、テーブルの上に差出人不明の密告書簡を広げた。
「うっわ卑劣!」
「ノア王に浮気ねえ。それが事実なら、女中たちにとって格好の話の種でしょうに……そんな話はまったく聞きませんね」
「その点は私も心配していないわ」
やはり書簡の内容は、大筋としては事実無根の風聞に過ぎないようだ。
「そのエステルという女性は……半年ほど前、何の前触れもなく料理人として召し抱えられたのだとか。とりあえず腕は確かなようです」
「よくそこまで知ってますよね……」
「なにしろ暇なもので。主公様の護衛も、ブリクスト卿が交替制で一日じゅう付けてくれていますし。警備責任者の私としては手持ち無沙汰もいいところです」
「だからって……それで主公様の身に危険が及んだらどうするんですか」
「ブリクスト卿が構築した歩哨の配置と巡回路は完璧ですよ。仮に暗殺者などが入り込んだとしても、主公様にたどり着くことは不可能でしょう」
「そうじゃなくて……え? 隊長が考えたんじゃないんですか?」
「あいにく私は、この城にはまだまだ不案内なもので」
アルバレスとアリサの戯れを聞き流しながら、ベアトリスは密告の書簡との相違に気づいた。
「ちょっと待って、給仕係ではなく料理人なの?」
「はい。料理人として炊屋に召し抱えられ、以後はノア王の食事の大半を任されるほど重用されているようです。そして、それだけの腕前ではあると」
「あ、作るものはちゃんと美味しいんだ」
「ええ。……普通、とつぜん入ってきた新入りが王の専属のような扱いになれば、それはそれは絵に描いたような嫉妬の対象となるでしょう。けれど彼女の料理を口にすれば、だれもが納得せざるを得ないのだとか」
ベアトリスは頬に手を当てて首をかしげる。
「……ここまでの話には、何もひっかかる点はないわね。ただ腕の良い料理人を雇い入れて重用した……ごく当たり前の話だわ」
「料理人が作ったものを取り分けるのも、まあ珍しい話ではないですし」
「食べるものは、まずいよりは美味しいほうがいいですからね……」
アリサのその言葉に、ベアトリスたちはフィスカルボ郊外のフォルサンド邸で食べたアルバレスの手料理を思い出していた。あんなものを一週間も食べ続けたら、ここにいる全員は仲違いしていたかもしれない。
「ただ、……知りえた情報は秘匿されるべきでない、と思うので話しますが……」
「……? いいわ、もったいをつけないで」
「そのエステルという女性には、確かに不審な点はあります」
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