229 / 281
簒奪女王
王の隣人たち 6
しおりを挟む
「この座組、せいぜいひと月ほどのご無沙汰だというのに、もはや懐かしくもありますね」
「ご病気などされていないことは分かってましたけど、大丈夫ですか? 裏で小姑にいじめられたりしてません?」
「だ、大丈夫よ」
アリサが透視能力でもあるかのような鋭い指摘を入れてきた。だが今回の本題はフリーダではない。
「この中で誰か、エステル・マルムストレムという女性について知っている者は?」
「ああ。あの未亡人だという……」
案の定、アルバレスが真っ先に返答した。アリサが嫌な顔をする。
「うわ……さっそく目をつけてたんだ……」
「未亡人、というと……?」
「子供がいるようですよ。三人。夫らしき人物の影は見えませんね」
「そう……」
それを聞いてベアトリスは、ノアが個人的な慈悲で、苦境にある母親を給仕として雇い入れたのかとも思った。とはいえそうした支援を必要としている者は、ヘルストランド城下だけを見ても数えきれないほど存在するだろう。彼女だけがすくい上げられたのなら、それなりの理由はあるはずだ。
「……主公様、差し支えなければ、その女性に何か曰く因縁でもあるのか、お教えいただけますか?」
「そうね。構わないわ」
ベアトリスはそう言いながら、テーブルの上に差出人不明の密告書簡を広げた。
「うっわ卑劣!」
「ノア王に浮気ねえ。それが事実なら、女中たちにとって格好の話の種でしょうに……そんな話はまったく聞きませんね」
「その点は私も心配していないわ」
やはり書簡の内容は、大筋としては事実無根の風聞に過ぎないようだ。
「そのエステルという女性は……半年ほど前、何の前触れもなく料理人として召し抱えられたのだとか。とりあえず腕は確かなようです」
「よくそこまで知ってますよね……」
「なにしろ暇なもので。主公様の護衛も、ブリクスト卿が交替制で一日じゅう付けてくれていますし。警備責任者の私としては手持ち無沙汰もいいところです」
「だからって……それで主公様の身に危険が及んだらどうするんですか」
「ブリクスト卿が構築した歩哨の配置と巡回路は完璧ですよ。仮に暗殺者などが入り込んだとしても、主公様にたどり着くことは不可能でしょう」
「そうじゃなくて……え? 隊長が考えたんじゃないんですか?」
「あいにく私は、この城にはまだまだ不案内なもので」
アルバレスとアリサの戯れを聞き流しながら、ベアトリスは密告の書簡との相違に気づいた。
「ちょっと待って、給仕係ではなく料理人なの?」
「はい。料理人として炊屋に召し抱えられ、以後はノア王の食事の大半を任されるほど重用されているようです。そして、それだけの腕前ではあると」
「あ、作るものはちゃんと美味しいんだ」
「ええ。……普通、とつぜん入ってきた新入りが王の専属のような扱いになれば、それはそれは絵に描いたような嫉妬の対象となるでしょう。けれど彼女の料理を口にすれば、だれもが納得せざるを得ないのだとか」
ベアトリスは頬に手を当てて首をかしげる。
「……ここまでの話には、何もひっかかる点はないわね。ただ腕の良い料理人を雇い入れて重用した……ごく当たり前の話だわ」
「料理人が作ったものを取り分けるのも、まあ珍しい話ではないですし」
「食べるものは、まずいよりは美味しいほうがいいですからね……」
アリサのその言葉に、ベアトリスたちはフィスカルボ郊外のフォルサンド邸で食べたアルバレスの手料理を思い出していた。あんなものを一週間も食べ続けたら、ここにいる全員は仲違いしていたかもしれない。
「ただ、……知りえた情報は秘匿されるべきでない、と思うので話しますが……」
「……? いいわ、もったいをつけないで」
「そのエステルという女性には、確かに不審な点はあります」
「ご病気などされていないことは分かってましたけど、大丈夫ですか? 裏で小姑にいじめられたりしてません?」
「だ、大丈夫よ」
アリサが透視能力でもあるかのような鋭い指摘を入れてきた。だが今回の本題はフリーダではない。
「この中で誰か、エステル・マルムストレムという女性について知っている者は?」
「ああ。あの未亡人だという……」
案の定、アルバレスが真っ先に返答した。アリサが嫌な顔をする。
「うわ……さっそく目をつけてたんだ……」
「未亡人、というと……?」
「子供がいるようですよ。三人。夫らしき人物の影は見えませんね」
「そう……」
それを聞いてベアトリスは、ノアが個人的な慈悲で、苦境にある母親を給仕として雇い入れたのかとも思った。とはいえそうした支援を必要としている者は、ヘルストランド城下だけを見ても数えきれないほど存在するだろう。彼女だけがすくい上げられたのなら、それなりの理由はあるはずだ。
「……主公様、差し支えなければ、その女性に何か曰く因縁でもあるのか、お教えいただけますか?」
「そうね。構わないわ」
ベアトリスはそう言いながら、テーブルの上に差出人不明の密告書簡を広げた。
「うっわ卑劣!」
「ノア王に浮気ねえ。それが事実なら、女中たちにとって格好の話の種でしょうに……そんな話はまったく聞きませんね」
「その点は私も心配していないわ」
やはり書簡の内容は、大筋としては事実無根の風聞に過ぎないようだ。
「そのエステルという女性は……半年ほど前、何の前触れもなく料理人として召し抱えられたのだとか。とりあえず腕は確かなようです」
「よくそこまで知ってますよね……」
「なにしろ暇なもので。主公様の護衛も、ブリクスト卿が交替制で一日じゅう付けてくれていますし。警備責任者の私としては手持ち無沙汰もいいところです」
「だからって……それで主公様の身に危険が及んだらどうするんですか」
「ブリクスト卿が構築した歩哨の配置と巡回路は完璧ですよ。仮に暗殺者などが入り込んだとしても、主公様にたどり着くことは不可能でしょう」
「そうじゃなくて……え? 隊長が考えたんじゃないんですか?」
「あいにく私は、この城にはまだまだ不案内なもので」
アルバレスとアリサの戯れを聞き流しながら、ベアトリスは密告の書簡との相違に気づいた。
「ちょっと待って、給仕係ではなく料理人なの?」
「はい。料理人として炊屋に召し抱えられ、以後はノア王の食事の大半を任されるほど重用されているようです。そして、それだけの腕前ではあると」
「あ、作るものはちゃんと美味しいんだ」
「ええ。……普通、とつぜん入ってきた新入りが王の専属のような扱いになれば、それはそれは絵に描いたような嫉妬の対象となるでしょう。けれど彼女の料理を口にすれば、だれもが納得せざるを得ないのだとか」
ベアトリスは頬に手を当てて首をかしげる。
「……ここまでの話には、何もひっかかる点はないわね。ただ腕の良い料理人を雇い入れて重用した……ごく当たり前の話だわ」
「料理人が作ったものを取り分けるのも、まあ珍しい話ではないですし」
「食べるものは、まずいよりは美味しいほうがいいですからね……」
アリサのその言葉に、ベアトリスたちはフィスカルボ郊外のフォルサンド邸で食べたアルバレスの手料理を思い出していた。あんなものを一週間も食べ続けたら、ここにいる全員は仲違いしていたかもしれない。
「ただ、……知りえた情報は秘匿されるべきでない、と思うので話しますが……」
「……? いいわ、もったいをつけないで」
「そのエステルという女性には、確かに不審な点はあります」
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる