簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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簒奪女王

王の隣人たち 5

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春宵しゅんしょうの火祭りに関して、典礼省はローセンダール家にも費用負担を求めてきましたわ」
「虫のいい話だ。あなたが断りにくい立場なのをわかって要求しているのだろうからな……ならばいっそ、これを機に典礼省をこちら側に囲い込んでしまってもいいだろう。儀礼など馬鹿げているが、まだまだ有用な見世物ではある」
「そうとあらば、私も財貨の投じ甲斐がありますわね」
 現在のところ、結婚後ふたりがもっとも多く時間を割いたのは、こうした政略談義だった。

 ノアはこのあとやはり不調を訴えて横になり、翌日は発熱のため公務はすべて中止となった。この不定愁訴しゅうそは大抵、一日や二日の休息ですぐに回復する。だが、その間に予定されていた公務を後の日程表の合間に詰め込むため、復帰後の仕事はいっそう激務となる。病臥びょうがの原因がその過密さだとすれば、この悪循環を終わらせるためにはノアの仕事量を減らす以外にないだろう。
 そうした不安も手伝って、ベアトリスはノアに言わないままにしていた問題があった。
 献呈品の一つに差出人が不明のものが紛れており、それには一通の書簡が添えられていた。
<ベアトリス王妃につつしんでご注進ちゅうしんもうしあげる。ノア王には成婚前より密通していた女がいる。女の名はエステル・マルムストレム。半年前に突如王の一存で雇い入れられた給仕係である。このエステルという女は出自も含めて怪しい点が多い。そして実際の仕事は給仕ばかりではなかった。しばしば自室で食事をとる王とふたりきりの時間を共にしている。これほど不穏な密議みつぎがありましょうか。>
 まだ王宮での生活を始めて間もないベアトリスでも、ノアにそんな兆候がないことは確信できていた。こうした讒言ざんげん、見えいた密告こそ、まさにノアの言っていた、ふたりの間を裂こうとする旧国王派の謀略そのものだろう。
 とはいえ旧国王派の何者かが、まったく根拠のない風説を流布しようとしているとも思えない。嘘をつこうという場合、信憑しんぴょう性を高めるためには、一定の事実が混入されていなければ真実味がない。では、いったいどんな断片的事実をもとに創作された流言なのか――ベアトリスはことの真偽を確かめることにした。

「それぞれと会ってはいたけど、こうして皆がそろうのは久しぶりね」
 明くる日の夜、ベアトリスは自室に従者たちを呼び集めた。アリサとルーデルス、それにアルバレスもベアトリスの身辺警護にたずさわっているため、一日に一度以上はそれぞれ顔を合わせている。だがこうして全員が顔をそろえる機会は、結婚後は一度もなかったのだ。
「この座組ざぐみ、せいぜいひと月ほどのご無沙汰ぶさただというのに、もはや懐かしくもありますね」
「ご病気などされていないことは分かってましたけど、大丈夫ですか? 裏で小姑こじゅうとにいじめられたりしてません?」
「だ、大丈夫よ」
 アリサが透視能力でもあるかのような鋭い指摘を入れてきた。だが今回の本題はフリーダではない。
「この中で誰か、エステル・マルムストレムという女性について知っている者は?」
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