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簒奪女王
王の隣人たち 3
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ベアトリスと旧交のあるノルデンフェルト侯爵からは、かつてリードホルム王家から下賜されたという由緒のある首飾りが贈られていた。ベアトリスの瞳よりも青く大きなサファイアのペンダントが付けられた首飾りは、世代を越えて生家に戻ってきたのだった。
「添えられていた手紙には……これからリードホルム王家との繋がりを強められるならば望外の誉れである、と書かれていました」
「そうか。まあ穏当な社交辞令、といったところだろう。ノルデンフェルト侯爵は、王家に対して特に友好的ということもなかったからな」
「……そうだったのですか? 娘婿の……と表するべきではないのかも知れませんが、フランシス様はご友人でしょう? 彼からはノア様の話も聞けました」
「フランシスはともかく、当の侯爵は私のことをあまり良く思っていないだろうよ。なにしろ、ダニエラ嬢のことで彼が悩んでいた時分に、私は何も為すところがなかったからな」
これは以前ノルデンフェルト家のサロンで、フランシス・エーベルゴードとダニエラ・ノルデンフェルトから聞いた話だ。
八年ほど前、ノルドグレーン守護斎姫という屈辱的な役職に就くはずだったノアの妹リースベットが、役目を拒絶して行方をくらませた。そのせいでダニエラが守護斎姫に就くことになったのだという。ダニエラはそのことをさほど恨んでいるようではなかったが、それは彼女のさっぱりした語り口調からベアトリスが受け取った印象に過ぎないのかもしれない。父であるノルデンフェルト侯爵はどれほど気を揉んだことだろう。また、ダニエラを守護斎姫に追いやったリースベットに向いた怒りの矛先は、ノアにも向けられていたかもしれない。
「結局、侯爵は独力でダニエラ嬢を救出するためベステルオースに手勢を送り込み、さらには時を同じくして、フランシスは単身でベステルオースに乗り込んでいたそうではないか」
「ええ……」
「私を軽侮しこそすれ、支持すべき理由は侯爵にはないだろうよ」
ノアの自嘲的な自己認識について、ベアトリスは否定する材料が見つからなかった。
ノルデンフェルト侯爵は、半年前のベアトリスをノルドグレーンの名士として遇してくれた。その一方で、ノアについては何ら言及していなかった。ノアと交友のあるフランシスの手前、また国王である以上は声高に誹謗を口にすることはないが、内心では疎んじていたのかもしれない。
「き……気質的には水と油のようなフランシスさんと侯爵が家族となれたのは、ダニエラさんを大事に思う心を確認し合えたからなのかも知れませんわね」
「……私がそのダニエラ救出に一役買っていれば、あるいは侯爵もジュニエスの戦いに協力していたかもしれんな……まあ過去の話だ。別にそれでノルデンフェルト家をどうこうしようという気はない。侯爵があなたに好意的なら、それでいいだろう」
これは不穏な言葉だった。終始にわたってリードホルムの不利が続いたジュニエスの戦いだったが、もしノルデンフェルト家が参戦して形勢が逆転していたら――ベアトリスは戦いに敗北し、ノアと会うことすらなかったかもしれない。
ベアトリスは不安を振り払うように、話題をジュニエスの戦いから逸らした。
「……そういえば、そのダニエラさんからの手紙もありましたわ」
「添えられていた手紙には……これからリードホルム王家との繋がりを強められるならば望外の誉れである、と書かれていました」
「そうか。まあ穏当な社交辞令、といったところだろう。ノルデンフェルト侯爵は、王家に対して特に友好的ということもなかったからな」
「……そうだったのですか? 娘婿の……と表するべきではないのかも知れませんが、フランシス様はご友人でしょう? 彼からはノア様の話も聞けました」
「フランシスはともかく、当の侯爵は私のことをあまり良く思っていないだろうよ。なにしろ、ダニエラ嬢のことで彼が悩んでいた時分に、私は何も為すところがなかったからな」
これは以前ノルデンフェルト家のサロンで、フランシス・エーベルゴードとダニエラ・ノルデンフェルトから聞いた話だ。
八年ほど前、ノルドグレーン守護斎姫という屈辱的な役職に就くはずだったノアの妹リースベットが、役目を拒絶して行方をくらませた。そのせいでダニエラが守護斎姫に就くことになったのだという。ダニエラはそのことをさほど恨んでいるようではなかったが、それは彼女のさっぱりした語り口調からベアトリスが受け取った印象に過ぎないのかもしれない。父であるノルデンフェルト侯爵はどれほど気を揉んだことだろう。また、ダニエラを守護斎姫に追いやったリースベットに向いた怒りの矛先は、ノアにも向けられていたかもしれない。
「結局、侯爵は独力でダニエラ嬢を救出するためベステルオースに手勢を送り込み、さらには時を同じくして、フランシスは単身でベステルオースに乗り込んでいたそうではないか」
「ええ……」
「私を軽侮しこそすれ、支持すべき理由は侯爵にはないだろうよ」
ノアの自嘲的な自己認識について、ベアトリスは否定する材料が見つからなかった。
ノルデンフェルト侯爵は、半年前のベアトリスをノルドグレーンの名士として遇してくれた。その一方で、ノアについては何ら言及していなかった。ノアと交友のあるフランシスの手前、また国王である以上は声高に誹謗を口にすることはないが、内心では疎んじていたのかもしれない。
「き……気質的には水と油のようなフランシスさんと侯爵が家族となれたのは、ダニエラさんを大事に思う心を確認し合えたからなのかも知れませんわね」
「……私がそのダニエラ救出に一役買っていれば、あるいは侯爵もジュニエスの戦いに協力していたかもしれんな……まあ過去の話だ。別にそれでノルデンフェルト家をどうこうしようという気はない。侯爵があなたに好意的なら、それでいいだろう」
これは不穏な言葉だった。終始にわたってリードホルムの不利が続いたジュニエスの戦いだったが、もしノルデンフェルト家が参戦して形勢が逆転していたら――ベアトリスは戦いに敗北し、ノアと会うことすらなかったかもしれない。
ベアトリスは不安を振り払うように、話題をジュニエスの戦いから逸らした。
「……そういえば、そのダニエラさんからの手紙もありましたわ」
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