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簒奪女王
王の隣人たち 2
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この頃ベアトリスのもとに、結婚祝いの品という名目で、主として反国王派の貴族たちから相次いで貢物が届けられていた。ベアトリスとしては、軽々に受け取るべきか判断に迷うところがあり、ノアの知恵を借りたかったのだ。
「なるほど……隔世の感があるな。別に皮肉で言うのではないが、私の即位時にはそのような献呈品はごく少数だったのだ。皮肉にしか聞こえないだろうが」
ノアはそう言って笑うが、本人の言うとおり自嘲的な含意はないようだ。
ベアトリスのもとに集まった献呈品の数は、彼女がその身にまとう権力の指標とも言えるだろう。だがその数字には、ノアを取り巻く状況が大きく変わったことが影響している。賓客――あるいは敵国の全権代理――としてリードホルムを訪れていた頃のベアトリスに対し、ご機嫌伺いに賄賂などを贈ろうとした門閥貴族はいなかった。重要なのは、ノアの王妃である今のベアトリスなのだ。そしてこの状況を構築したのは、他ならぬノア自身なのである。
「……こうした貴族たちの変節も、ノア様の三年の治世によるものでしょう……それにしても、なぜ王家ではなく私に?」
「送り主それぞれに思うところはあるだろう。むろん中には、心からあなたの心証を良くしたいという者もいるはずだ。ノルドグレーンにおけるあなたの権勢を知っていれば、当然とさえ言えるだろう」
「なるほど、反国王派の貴族たちも一枚岩ではないのですね……では、そうでない者は?」
「どうも門閥貴族の一部では、私たちの間を割いて、あわよくば新王妃を旧国王派の盟主にでも担ぎ上げよう……という話が出ているらしい」
「まさか、そんなこと」
「あなたには冗談としか聞こえないだろうが、ノルドグレーンにおけるベアトリス・ローセンダールの振る舞いを知らぬ者は、また違った見方をしているだろう。そうした……当人の意志に反した外面的要因で、事態が思わぬ方向に動くこともある」
門閥貴族たちの荒唐無稽な陰謀に、ベアトリスは失笑するしかなかった。
旧国王派の貴族たちは、ベアトリスにリードホルムの王座を簒奪させようとでも言うのだろうか。
これはあまりに馬鹿げていて、またベアトリスにとって腹立たしい話だった。彼女がそんな気質の持ち主ならば、そもそもノルドグレーンにおいて孤立することなどなかったのだ。今のノルドグレーンにベアトリスの席があったなら、ヴァルデマルら権威主義的な権門家たちと共謀し、公国を私物化する算段でも立てていただろう。そうならなずにベアトリスがいまこの場所にいる事実が、貴族たちの陰謀を根底から拒絶している。
ベアトリスは旧弊な貴族たちを憎み蔑みこそすれど、手を取り合うことはない。
「私の元にも祝いの品は届いているが、それとは別に王妃へ直接献呈する……という意図は、こんなところだろうな」
「あら、では彼らのかすかな希望は、打ち砕かれる運命にありますわ」
「そう願いたいものだ」
この点に関してノアは、ベアトリスに対する疑心は抱いていないようだ。
「それにしても、数ある献呈品がすべて、出どこの怪しい物ばかりだったわけではないだろう?」
「ええ。それはさすがに……そう、ノルデンフェルト侯爵からの祝いの品もありましたわ。ひときわ豪華で由緒のある……」
ベアトリスと旧交のあるノルデンフェルト侯爵からは、かつてリードホルム王家から下賜されたという由緒のある首飾りが贈られていた。ベアトリスの瞳よりも青く大きなサファイアのペンダントが付けられた首飾りは、世代を越えて生家に戻ってきたのだった。
「なるほど……隔世の感があるな。別に皮肉で言うのではないが、私の即位時にはそのような献呈品はごく少数だったのだ。皮肉にしか聞こえないだろうが」
ノアはそう言って笑うが、本人の言うとおり自嘲的な含意はないようだ。
ベアトリスのもとに集まった献呈品の数は、彼女がその身にまとう権力の指標とも言えるだろう。だがその数字には、ノアを取り巻く状況が大きく変わったことが影響している。賓客――あるいは敵国の全権代理――としてリードホルムを訪れていた頃のベアトリスに対し、ご機嫌伺いに賄賂などを贈ろうとした門閥貴族はいなかった。重要なのは、ノアの王妃である今のベアトリスなのだ。そしてこの状況を構築したのは、他ならぬノア自身なのである。
「……こうした貴族たちの変節も、ノア様の三年の治世によるものでしょう……それにしても、なぜ王家ではなく私に?」
「送り主それぞれに思うところはあるだろう。むろん中には、心からあなたの心証を良くしたいという者もいるはずだ。ノルドグレーンにおけるあなたの権勢を知っていれば、当然とさえ言えるだろう」
「なるほど、反国王派の貴族たちも一枚岩ではないのですね……では、そうでない者は?」
「どうも門閥貴族の一部では、私たちの間を割いて、あわよくば新王妃を旧国王派の盟主にでも担ぎ上げよう……という話が出ているらしい」
「まさか、そんなこと」
「あなたには冗談としか聞こえないだろうが、ノルドグレーンにおけるベアトリス・ローセンダールの振る舞いを知らぬ者は、また違った見方をしているだろう。そうした……当人の意志に反した外面的要因で、事態が思わぬ方向に動くこともある」
門閥貴族たちの荒唐無稽な陰謀に、ベアトリスは失笑するしかなかった。
旧国王派の貴族たちは、ベアトリスにリードホルムの王座を簒奪させようとでも言うのだろうか。
これはあまりに馬鹿げていて、またベアトリスにとって腹立たしい話だった。彼女がそんな気質の持ち主ならば、そもそもノルドグレーンにおいて孤立することなどなかったのだ。今のノルドグレーンにベアトリスの席があったなら、ヴァルデマルら権威主義的な権門家たちと共謀し、公国を私物化する算段でも立てていただろう。そうならなずにベアトリスがいまこの場所にいる事実が、貴族たちの陰謀を根底から拒絶している。
ベアトリスは旧弊な貴族たちを憎み蔑みこそすれど、手を取り合うことはない。
「私の元にも祝いの品は届いているが、それとは別に王妃へ直接献呈する……という意図は、こんなところだろうな」
「あら、では彼らのかすかな希望は、打ち砕かれる運命にありますわ」
「そう願いたいものだ」
この点に関してノアは、ベアトリスに対する疑心は抱いていないようだ。
「それにしても、数ある献呈品がすべて、出どこの怪しい物ばかりだったわけではないだろう?」
「ええ。それはさすがに……そう、ノルデンフェルト侯爵からの祝いの品もありましたわ。ひときわ豪華で由緒のある……」
ベアトリスと旧交のあるノルデンフェルト侯爵からは、かつてリードホルム王家から下賜されたという由緒のある首飾りが贈られていた。ベアトリスの瞳よりも青く大きなサファイアのペンダントが付けられた首飾りは、世代を越えて生家に戻ってきたのだった。
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