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簒奪女王
変転 6
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気位の高そうな中年の女中に案内され、ベアトリスは義姉の部屋の前に立った。扉の前でも、花の精油のような甘い香りが漂っている。
「フリーダ様、ベアトリス王妃をお連れしました」
「……お入りになって」
花の香に満ちた室内は廊下のような組積造の壁ではなく、以前おとずれたノアの部屋と揃えたようなワニス塗りの板壁に覆われている。その壁には、草花やリードホルムの国章などをステンドグラス調に縫い付けたキルトがいくつも飾られている。そうした落ち着いた雰囲気の部屋の中央に、フリーダは侍女を従えて座っていた。身ぎれいな侍女は姿勢よく腰をかがめ、二つのティーカップに花茶を注いでいる。フリーダの面差しはノアと似ていて、長い髪も絹のような金髪、絵に描いたような貴婦人という様相だった。
「はじめまして、このたびフリーダさまの義妹となりましたベアトリスです。今日までご挨拶にうかがえず、非礼を恥じ入るばかりでございます」
「お気になさらないで。さぞ忙しかったのでしょう」
「お義姉様からの過分なお心遣い、痛み入ります……」
ベアトリスはフリーダの穏やかな言葉に、うすら寒い不安を覚えていた。逐語的には優しい言葉のはずなのだが、その口調には隠しきれない刺々しさを感じる。
「あなたがベアトリス・ローセンダール……ノアにふさわしい身分の正室を迎えられて何よりだわ」
「……お褒めいただき、光栄の至りにございます」
ベアトリスはそう応えながら、まったく褒められた気はしていなかった。花茶を勧めるしぐさも優美でたおやかなのに、その裏に敵意さえ抱いていそうな剣呑さがベアトリスを緊張させる。
「結婚前、あなたは大した名望家だったようですけど……ベアトリスさん、あまり自分ばかり前に出ず、ノアを立てるべき立場なのはお分かり?」
「は、はい」
「王妃となったからにはかつての放縦を慎み、何ごともノアの判断を仰ぐようにしなければいけないわ」
「心得ております……」
「ノアは清廉で優しい人よ。妻となったあなたも、くれぐれもその名望に恥じぬよう……」
フリーダの訓戒はとどまることなく続いた。婚家の年長者から小言を言われる――この極めて陳腐な災難に見舞われたベアトリスはうんざりして、逃避するように室内を見渡していた。だがそのなおざりな態度を、フリーダは見逃さなかった。
「あら、お帰りを引き止めてしまったかしら。王妃様はお忙しいでしょう? 徒食の身のわたくしと違って」
あさっての方を向いていたベアトリスを、フリーダは冷たく皮肉った。まるで言いたいことは言ったから早く帰れ、とでも言うように。そして、その空気を察した女中たちがベアトリスを立ち上がらせるように椅子を引き、リードホルム王妃は流れるようにその義姉の部屋から追い出された。
「な……」
丁重な厄介払いを受けたベアトリスは、寒風の吹き付ける廊下でしばし呆然としていた。
「なにあの女!?」
ベアトリスは聞こえないように悪態をついた。ノアが言っていたのとはまるで正反対だ――とは思ったが、ノアがフリーダを評した言葉は残念なことに、表面的には嘘ではなかった。フリーダは終始にわたって声を荒らげたりはしない穏やかさを保っていたし、少なくともベアトリスと明確に敵対してはいない。ベアトリスの思い込みと正反対だったのだ。
やり場のない怒りに憤慨するベアトリスをなだめているのか嘲笑しているのか、先ほどの黒猫が手すりに座ってあくびをしていた。
「フリーダ様、ベアトリス王妃をお連れしました」
「……お入りになって」
花の香に満ちた室内は廊下のような組積造の壁ではなく、以前おとずれたノアの部屋と揃えたようなワニス塗りの板壁に覆われている。その壁には、草花やリードホルムの国章などをステンドグラス調に縫い付けたキルトがいくつも飾られている。そうした落ち着いた雰囲気の部屋の中央に、フリーダは侍女を従えて座っていた。身ぎれいな侍女は姿勢よく腰をかがめ、二つのティーカップに花茶を注いでいる。フリーダの面差しはノアと似ていて、長い髪も絹のような金髪、絵に描いたような貴婦人という様相だった。
「はじめまして、このたびフリーダさまの義妹となりましたベアトリスです。今日までご挨拶にうかがえず、非礼を恥じ入るばかりでございます」
「お気になさらないで。さぞ忙しかったのでしょう」
「お義姉様からの過分なお心遣い、痛み入ります……」
ベアトリスはフリーダの穏やかな言葉に、うすら寒い不安を覚えていた。逐語的には優しい言葉のはずなのだが、その口調には隠しきれない刺々しさを感じる。
「あなたがベアトリス・ローセンダール……ノアにふさわしい身分の正室を迎えられて何よりだわ」
「……お褒めいただき、光栄の至りにございます」
ベアトリスはそう応えながら、まったく褒められた気はしていなかった。花茶を勧めるしぐさも優美でたおやかなのに、その裏に敵意さえ抱いていそうな剣呑さがベアトリスを緊張させる。
「結婚前、あなたは大した名望家だったようですけど……ベアトリスさん、あまり自分ばかり前に出ず、ノアを立てるべき立場なのはお分かり?」
「は、はい」
「王妃となったからにはかつての放縦を慎み、何ごともノアの判断を仰ぐようにしなければいけないわ」
「心得ております……」
「ノアは清廉で優しい人よ。妻となったあなたも、くれぐれもその名望に恥じぬよう……」
フリーダの訓戒はとどまることなく続いた。婚家の年長者から小言を言われる――この極めて陳腐な災難に見舞われたベアトリスはうんざりして、逃避するように室内を見渡していた。だがそのなおざりな態度を、フリーダは見逃さなかった。
「あら、お帰りを引き止めてしまったかしら。王妃様はお忙しいでしょう? 徒食の身のわたくしと違って」
あさっての方を向いていたベアトリスを、フリーダは冷たく皮肉った。まるで言いたいことは言ったから早く帰れ、とでも言うように。そして、その空気を察した女中たちがベアトリスを立ち上がらせるように椅子を引き、リードホルム王妃は流れるようにその義姉の部屋から追い出された。
「な……」
丁重な厄介払いを受けたベアトリスは、寒風の吹き付ける廊下でしばし呆然としていた。
「なにあの女!?」
ベアトリスは聞こえないように悪態をついた。ノアが言っていたのとはまるで正反対だ――とは思ったが、ノアがフリーダを評した言葉は残念なことに、表面的には嘘ではなかった。フリーダは終始にわたって声を荒らげたりはしない穏やかさを保っていたし、少なくともベアトリスと明確に敵対してはいない。ベアトリスの思い込みと正反対だったのだ。
やり場のない怒りに憤慨するベアトリスをなだめているのか嘲笑しているのか、先ほどの黒猫が手すりに座ってあくびをしていた。
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