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ノルドグレーン分断
婚礼そして 2
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ちりばめられた宝石がきらめくベージュのドレスに身を包んだベアトリスと、赤い光沢のあるクロークをまとったノアは、貴族たちに背を向け、祭壇に向かって静かに頭を垂れている。そのふたりの前に、青と金の祭服を着た司祭が姿を現した。ふたりの前に立って地母神パラヤの神像を掲げ、大きくはないがよく通る声で宣言する。
「神の思し召しにより、ここに結婚の成立を宣言する。リードホルム王ノアと、フレンスタ伯ベアトリスを夫婦とする」
礼拝堂がなごやかな歓声と拍手に包まれた。とはいえ、この婚姻を心から祝う参列者ばかりではなかった。耳をそばだてれば礼拝堂の端のほうから、口さがないあざけりの言葉も聞こえてくる。
「まったく異なことよな。あのローセンダール家から、まさか我が国に縁組があろうとは」
「それよ。どうやらローセンダールと言っても、あの娘は分家の出だそうではないか。宗家とは交流がないどころか、敵対までしていたという」
「なんと……」
「それでは大貴族ローセンダールとの関係強化どころか、悪化の原因にすらなるのではないのか……?」
「まったくよ。ただまあ、あの娘もそれなりの資産家ではあったようだ。推測するに、宗家との争いに敗れて身売りしてきた……というところか」
「さては、あの美貌を武器に王を籠絡したもうたかな」
「これはこれはベンディクス殿、いささか口が過ぎよう」
彼らの品性はともかくとして、よほど積極的に情報を収集している者以外、ノルドグレーンの内情には疎い貴族が大半だった。門閥貴族たちはこれまで、リードホルム内に有する領土や利権だけで生き永らえてきた存在である。他国の情勢に関心を払う必要などなかったのだ。
また、ノルドグレーンの社会制度に不案内な者たちからは、こんな揶揄も聞こえてくる。
「あれは平民の女だと聞いたぞ」
「だがその財力と私兵の数は、リードホルムには比肩しうるもののないほどだというが……ノルドグレーンに多い豪商かなにかの娘だったのか?」
「そうであろう。あの見た目に反して吝嗇家の王が、ただ美しいだけの平民の女を選ぶはずもない」
「だからわざわざ、王は五日前にフレンスタ伯の爵位を授けたのだろう」
「……そもそも爵位というものがないのだったな、かの国には」
リードホルムにおけるベアトリスの、王妃となる女性としての地位、格式が不足していた問題は、ノアの一声で解決することができた。
結婚の五日前、取って付けたようにベアトリスに下賜された爵位は、かつてハリエスタ公アッペルトフト家とともにリードホルム王家に背いたフレンスタ伯イーデンスタム家が敗滅したため、空位となっていた爵位だ。
ベアトリスもノアも、形式だけの爵位にはなんの興味もない。ただ門閥貴族たちに反対の声を上げさせない、付け入る隙を与えないための措置だった。
はじめノアは、同じく空位となっていたアッペルトフト家のハリエスタ公にベアトリスを叙しようと考えていた。だがこれは、ベアトリスとノアが爵位を軽視していたがゆえの、粗雑な策略だった。いかに王妃といえど、突然爵位の最高位たる公爵の地位につくのは、たとえば第二位の侯爵たるノルデンフェルト家などを軽んじていると取られるだろう――そう指摘したのは図書省長官のサンテソンだ。彼はリードホルム王宮内では数少ない、ベアトリスとノア双方に好意的な高官だった。
以前ベアトリスが面会したノルデンフェルト侯爵は、リードホルム貴族としては比較的善良ではあっても、権威主義的傾向はごく平均的な人物だった。だが彼女のほうが下位の伯爵にとどまるなら、おそらく気を悪くすることはない。そしてベアトリスと個人的な友誼を持ち得たダニエラ・ノルデンフェルト・エーベルゴードとも、気まずい雰囲気の中で再会せずに済むことだろう。
「神の思し召しにより、ここに結婚の成立を宣言する。リードホルム王ノアと、フレンスタ伯ベアトリスを夫婦とする」
礼拝堂がなごやかな歓声と拍手に包まれた。とはいえ、この婚姻を心から祝う参列者ばかりではなかった。耳をそばだてれば礼拝堂の端のほうから、口さがないあざけりの言葉も聞こえてくる。
「まったく異なことよな。あのローセンダール家から、まさか我が国に縁組があろうとは」
「それよ。どうやらローセンダールと言っても、あの娘は分家の出だそうではないか。宗家とは交流がないどころか、敵対までしていたという」
「なんと……」
「それでは大貴族ローセンダールとの関係強化どころか、悪化の原因にすらなるのではないのか……?」
「まったくよ。ただまあ、あの娘もそれなりの資産家ではあったようだ。推測するに、宗家との争いに敗れて身売りしてきた……というところか」
「さては、あの美貌を武器に王を籠絡したもうたかな」
「これはこれはベンディクス殿、いささか口が過ぎよう」
彼らの品性はともかくとして、よほど積極的に情報を収集している者以外、ノルドグレーンの内情には疎い貴族が大半だった。門閥貴族たちはこれまで、リードホルム内に有する領土や利権だけで生き永らえてきた存在である。他国の情勢に関心を払う必要などなかったのだ。
また、ノルドグレーンの社会制度に不案内な者たちからは、こんな揶揄も聞こえてくる。
「あれは平民の女だと聞いたぞ」
「だがその財力と私兵の数は、リードホルムには比肩しうるもののないほどだというが……ノルドグレーンに多い豪商かなにかの娘だったのか?」
「そうであろう。あの見た目に反して吝嗇家の王が、ただ美しいだけの平民の女を選ぶはずもない」
「だからわざわざ、王は五日前にフレンスタ伯の爵位を授けたのだろう」
「……そもそも爵位というものがないのだったな、かの国には」
リードホルムにおけるベアトリスの、王妃となる女性としての地位、格式が不足していた問題は、ノアの一声で解決することができた。
結婚の五日前、取って付けたようにベアトリスに下賜された爵位は、かつてハリエスタ公アッペルトフト家とともにリードホルム王家に背いたフレンスタ伯イーデンスタム家が敗滅したため、空位となっていた爵位だ。
ベアトリスもノアも、形式だけの爵位にはなんの興味もない。ただ門閥貴族たちに反対の声を上げさせない、付け入る隙を与えないための措置だった。
はじめノアは、同じく空位となっていたアッペルトフト家のハリエスタ公にベアトリスを叙しようと考えていた。だがこれは、ベアトリスとノアが爵位を軽視していたがゆえの、粗雑な策略だった。いかに王妃といえど、突然爵位の最高位たる公爵の地位につくのは、たとえば第二位の侯爵たるノルデンフェルト家などを軽んじていると取られるだろう――そう指摘したのは図書省長官のサンテソンだ。彼はリードホルム王宮内では数少ない、ベアトリスとノア双方に好意的な高官だった。
以前ベアトリスが面会したノルデンフェルト侯爵は、リードホルム貴族としては比較的善良ではあっても、権威主義的傾向はごく平均的な人物だった。だが彼女のほうが下位の伯爵にとどまるなら、おそらく気を悪くすることはない。そしてベアトリスと個人的な友誼を持ち得たダニエラ・ノルデンフェルト・エーベルゴードとも、気まずい雰囲気の中で再会せずに済むことだろう。
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