簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

文字の大きさ
上 下
211 / 281
ノルドグレーン分断

婚礼そして 2

しおりを挟む
 ちりばめられた宝石がきらめくベージュのドレスに身を包んだベアトリスと、赤い光沢のあるクロークをまとったノアは、貴族たちに背を向け、祭壇に向かって静かにこうべを垂れている。そのふたりの前に、青と金の祭服さいふくを着た司祭が姿を現した。ふたりの前に立って地母神パラヤの神像を掲げ、大きくはないがよく通る声で宣言する。
「神のおぼし召しにより、ここに結婚の成立を宣言する。リードホルム王ノアと、フレンスタ伯ベアトリスを夫婦とする」
 礼拝堂がなごやかな歓声と拍手に包まれた。とはいえ、この婚姻を心から祝う参列者ばかりではなかった。耳をそばだてれば礼拝堂の端のほうから、口さがないあざけりの言葉も聞こえてくる。
「まったく異なことよな。あのローセンダール家から、まさか我が国に縁組があろうとは」
「それよ。どうやらローセンダールと言っても、あの娘は分家の出だそうではないか。宗家とは交流がないどころか、敵対までしていたという」
「なんと……」
「それでは大貴族ローセンダールとの関係強化どころか、悪化の原因にすらなるのではないのか……?」
「まったくよ。ただまあ、あの娘もそれなりの資産家ではあったようだ。推測するに、宗家との争いに敗れて身売りしてきた……というところか」
「さては、あの美貌びぼうを武器に王を籠絡ろうらくしたもうたかな」
「これはこれはベンディクス殿、いささか口が過ぎよう」
 彼らの品性はともかくとして、よほど積極的に情報を収集している者以外、ノルドグレーンの内情にはうとい貴族が大半だった。門閥貴族たちはこれまで、リードホルム内に有する領土や利権だけで生き永らえてきた存在である。他国の情勢に関心を払う必要などなかったのだ。
 また、ノルドグレーンの社会制度に不案内な者たちからは、こんな揶揄やゆも聞こえてくる。
「あれは平民の女だと聞いたぞ」
「だがその財力と私兵の数は、リードホルムには比肩ひけんしうるもののないほどだというが……ノルドグレーンに多い豪商かなにかの娘だったのか?」
「そうであろう。あの見た目に反して吝嗇りんしょく家の王が、ただ美しいだけの平民の女を選ぶはずもない」
「だからわざわざ、王は五日前にフレンスタ伯の爵位を授けたのだろう」
「……そもそも爵位というものがないのだったな、かの国には」
 リードホルムにおけるベアトリスの、王妃となる女性としての地位、格式が不足していた問題は、ノアの一声で解決することができた。
 結婚の五日前、取って付けたようにベアトリスに下賜かしされた爵位は、かつてハリエスタ公アッペルトフト家とともにリードホルム王家に背いたフレンスタ伯イーデンスタム家が敗滅したため、空位となっていた爵位だ。
 ベアトリスもノアも、形式だけの爵位にはなんの興味もない。ただ門閥貴族たちに反対の声を上げさせない、付け入るすきを与えないための措置だった。
 はじめノアは、同じく空位となっていたアッペルトフト家のハリエスタ公にベアトリスを叙しようと考えていた。だがこれは、ベアトリスとノアが爵位を軽視していたがゆえの、粗雑な策略だった。いかに王妃といえど、突然爵位の最高位たる公爵の地位につくのは、たとえば第二位の侯爵たるノルデンフェルト家などを軽んじていると取られるだろう――そう指摘したのは図書省長官のサンテソンだ。彼はリードホルム王宮内では数少ない、ベアトリスとノア双方に好意的な高官だった。
 以前ベアトリスが面会したノルデンフェルト侯爵は、リードホルム貴族としては比較的善良ではあっても、権威主義的傾向はごく平均的な人物だった。だが彼女のほうが下位の伯爵にとどまるなら、おそらく気を悪くすることはない。そしてベアトリスと個人的な友誼ゆうぎを持ち得たダニエラ・ノルデンフェルト・エーベルゴードとも、気まずい雰囲気の中で再会せずに済むことだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の幼馴染が毎晩のように遊びにくる

ヘロディア
恋愛
数年前、主人公は結婚した。夫とは大学時代から知り合いで、五年ほど付き合った後に結婚を決めた。 正直結構ラブラブな方だと思っている。喧嘩の一つや二つはあるけれど、仲直りも早いし、お互いの嫌なところも受け入れられるくらいには愛しているつもりだ。 そう、あの女が私の前に立ちはだかるまでは…

殿下!婚姻を無かった事にして下さい

ねむ太朗
恋愛
ミレリアが第一王子クロヴィスと結婚をして半年が経った。 最後に会ったのは二月前。今だに白い結婚のまま。 とうとうミレリアは婚姻の無効が成立するように奮闘することにした。 しかし、婚姻の無効が成立してから真実が明らかになり、ミレリアは後悔するのだった。

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く

ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。 逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。 「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」 誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。 「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」 だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。 妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。 ご都合主義満載です!

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。

window
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。 三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。 だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。 レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。 イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。 子供の親権も放棄しろと言われてイリスは戸惑うことばかりでどうすればいいのか分からなくて混乱した。

処理中です...