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ノルドグレーン分断
政略結婚 5
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「フィスカルボっていえば、オットソンのことはどうするんです? 味方になるとは言ってたみたいですけど」
「その情報を運んでこの男は、わざわざこのランバンデッドまでやってきたんでしたね。伝書鳩のように」
アルバレスはラーゲルフェルトの頭髪を見ながら言った。そのブラウンのくせ毛は、さきほど持ち主に散々かきむしられたせいで、肉食獣に荒らされた小鳥の巣のように乱れきっている。
「君も怪鳥とか呼ばれてんだから、グラディスくらいまで飛んでったらどうだ?」
アリサだけが笑いをこらえている。ベアトリスはじゃれあうラーゲルフェルトとアルバレスを一瞥し、何ごともなかったように話頭を戻した。
「……フィスカルボは大陸とノルドグレーンの物流をつなぐ海の玄関口よ。貿易による利益の大きさから言えば、押さえておきたい地域であることは間違いないわ。とはいえ、そのために必要なグラディスからノーラント半島を横断する防衛線構築が、純軍事的に不可能なことは動かし得ない」
「グスタフソンなどは、死ぬ気でやって見せると言うかもしれませんが」
「彼の意思はそうでも、おそらく半年と維持できんでしょう。兵士たちがもちませんよ」
「そう」
ベアトリスは現状を確認したように、ゆっくりうなずいた。
「だから、形の上では併合しつつ、オットソンに商業上の自由と中立を保証してしまえばいいのよ。多数の県令と商取引があれば、誰かがフィスカルボを制圧して交易を独占しようとしても、他が黙っていないでしょう」
「今のところフィスカルボ以外に、ノーラント西岸で大型船が入れる港は存在しません。他の流通経路から同じものを輸入しようとすると、特に硝石などは金額が倍以上になりますからねえ」
「なるほど。ノルドグレーンと……ヴァルデマルとの政治的な敵対関係とは別の階層、経済的な理由で対立を忌避させる、というわけですね」
「妙案と思いますよ」
「もちろん、いざとなったらフィスカルボへの軍事支援はするわ。そして……事実上の中立勢力としたほうが、オットソンの矜持も保たれるのではないかしら」
今回のオットソンの動向からは、以前よりもベアトリスという存在を受容したとも推測できる。かと言って、それを全面的な恭順の意思表明と取るべきではないだろう。
これはベアトリスがフィスカルボの争乱から得た、手痛い教訓から出た言葉でもあった。上位者としての度量を示したつもりが、オットソンは――当人の資質はともかく――他者の傘下におさまることを良しとする人物ではなかったのだ。
「大型船といえば、オットソンは砲艦というものを考えているそうです。ガレオン船に大口径の砲塔を積み、海から都市の城塞を崩し、船同士が海上で戦うという……またどこかから、目新しい話を仕入れたようですな。実効性はともかく」
「また、変なこと始めようとしてるのね……」
「そうとも言い切れないわよ。大陸の沿岸国では、船で外洋に出てゆく時代が訪れつつあるというのだから。……もっとも、内部で足を引っ張りあっているノーラントはそれどころではないわね。情けない話だけれど」
ベアトリスは呆れたように言った。
こうした視点の持ちように顕れているように、ベアトリス・ローセンダールは巨視的な方法論で自身に有利な状況を構築する“戦略”の人であり、他方イェルケル・オットソンは置かれた状況を機知で打破しようとする“戦術”の人だった。だが、いかに新規性を恃みに眼前の苦境を突破しようとしても、オットソンは事の始まりから後手に回っていたのだ。彼が常にベアトリスの後塵を拝していたことは当然の帰結とさえ言える。
「その情報を運んでこの男は、わざわざこのランバンデッドまでやってきたんでしたね。伝書鳩のように」
アルバレスはラーゲルフェルトの頭髪を見ながら言った。そのブラウンのくせ毛は、さきほど持ち主に散々かきむしられたせいで、肉食獣に荒らされた小鳥の巣のように乱れきっている。
「君も怪鳥とか呼ばれてんだから、グラディスくらいまで飛んでったらどうだ?」
アリサだけが笑いをこらえている。ベアトリスはじゃれあうラーゲルフェルトとアルバレスを一瞥し、何ごともなかったように話頭を戻した。
「……フィスカルボは大陸とノルドグレーンの物流をつなぐ海の玄関口よ。貿易による利益の大きさから言えば、押さえておきたい地域であることは間違いないわ。とはいえ、そのために必要なグラディスからノーラント半島を横断する防衛線構築が、純軍事的に不可能なことは動かし得ない」
「グスタフソンなどは、死ぬ気でやって見せると言うかもしれませんが」
「彼の意思はそうでも、おそらく半年と維持できんでしょう。兵士たちがもちませんよ」
「そう」
ベアトリスは現状を確認したように、ゆっくりうなずいた。
「だから、形の上では併合しつつ、オットソンに商業上の自由と中立を保証してしまえばいいのよ。多数の県令と商取引があれば、誰かがフィスカルボを制圧して交易を独占しようとしても、他が黙っていないでしょう」
「今のところフィスカルボ以外に、ノーラント西岸で大型船が入れる港は存在しません。他の流通経路から同じものを輸入しようとすると、特に硝石などは金額が倍以上になりますからねえ」
「なるほど。ノルドグレーンと……ヴァルデマルとの政治的な敵対関係とは別の階層、経済的な理由で対立を忌避させる、というわけですね」
「妙案と思いますよ」
「もちろん、いざとなったらフィスカルボへの軍事支援はするわ。そして……事実上の中立勢力としたほうが、オットソンの矜持も保たれるのではないかしら」
今回のオットソンの動向からは、以前よりもベアトリスという存在を受容したとも推測できる。かと言って、それを全面的な恭順の意思表明と取るべきではないだろう。
これはベアトリスがフィスカルボの争乱から得た、手痛い教訓から出た言葉でもあった。上位者としての度量を示したつもりが、オットソンは――当人の資質はともかく――他者の傘下におさまることを良しとする人物ではなかったのだ。
「大型船といえば、オットソンは砲艦というものを考えているそうです。ガレオン船に大口径の砲塔を積み、海から都市の城塞を崩し、船同士が海上で戦うという……またどこかから、目新しい話を仕入れたようですな。実効性はともかく」
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ベアトリスは呆れたように言った。
こうした視点の持ちように顕れているように、ベアトリス・ローセンダールは巨視的な方法論で自身に有利な状況を構築する“戦略”の人であり、他方イェルケル・オットソンは置かれた状況を機知で打破しようとする“戦術”の人だった。だが、いかに新規性を恃みに眼前の苦境を突破しようとしても、オットソンは事の始まりから後手に回っていたのだ。彼が常にベアトリスの後塵を拝していたことは当然の帰結とさえ言える。
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