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ノルドグレーン分断
雪の牢獄 3
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「ニーダール殿、ずいぶん早く戻られたな」
「ローセンダール殿、なにしろこの雪ではな。……出迎えかたじけない」
豪雪の中、馬を急かしてベステルオースに帰還したニーダールを、ヴァルデマルは不信の目で出迎えた。出征前に立てた計画では、ニーダールの帰還は一ヶ月は先の話だった。それが十日ほどで戻ったのだから、ヴァルデマルの機嫌がいいはずもない。
「して、首尾は?」
「……造反ローセンダール軍のグスタフソン連隊は、ミットファレットに籠城しなかった」
「なんだと……?」
「それでもわしは東へ逃走するグスタフソンを追い、その後背から手痛い一撃を加えた。だがあろうことか、奴らは大して戦いもせずに逃げていったのだ! ……残念ながら見ての通りの天気だ、それ以上の追撃は不可能であったわ」
「つまりグスタフソンを討ち果たせず、むざむざ帰ってきたというわけか」
「まともな戦いにさえ持ち込めれば、グラディスの飼い犬を仕留められたものを……」
「……公国騎士も地に落ちたな」
「ローセンダール殿は知るまい、大雪の中で戦争を続けることがどれほど愚かな行いか……野営地も築いておらなんだのだぞ! ……そもそも、ミットファレットで包囲戦を行うという作戦そのものが崩れたのだ。いたずらに攻めかかるばかりが騎士ではない」
グスタフソンを取り逃がしたのは自身の責任ではなく、グスタフソンがミットファレットに籠城するというヴァルデマルの見込みが外れたせいだ――ニーダールはそう開き直っているが、彼の弁疏にも一定の理はある。
「なんということだ……」
ヴァルデマルは苦々しげにニーダールから目をそらした。グスタフソン連隊――ベアトリスの主力部隊――をミットファレットで殲滅し、武力の裏付けを失ったベアトリスに有無を言わさず種々の要求を受け入れさせる――それが「正統ローセンダールの密約」の骨子だった。腕組みをして窓の外を見やると、雪は飽きもせず降り続いている。このおかげで、計画が初手で躓いたのだ。早急に修正案を考えなければならない。
このときヴァルデマルはまだ、自身の優位性がさほど毀損されていないという事実に気づいていなかった。その蒙を啓いたのは、たったいまヴァルデマルから底意地の悪い皮肉を言われたニーダールだった。
「ローセンダール殿、わしに妙案がある」
「……ええい、何だ」
「わしは正統ローセンダール派、すなわちノルドグレーン主流派の軍を動かしておった。ミットファレットの救援に向かっていた軍だ。ならば、グスタフソンの連隊は、いわば正規軍と刃を交えたのだと言えよう」
「ふん、そうとも言えるか」
「だから議会を招集してこう言うのだ。グラディス・ローセンダール家は謀反を起こした。グラディスの小娘はノルドグレーン公国に背いたのだ、と」
ヴァルデマルは目の色を変えて振り向いた。
これまでヴァルデマルは、あくまでノルドグレーン内の勢力争いとして、ローセンダール分家のベアトリスから領地を奪う、という考えに固執していた。一方ニーダールの提言は、――実のところは苦しまぎれにひねり出した逃げ口上に過ぎなかったのだが――その前提を根底から覆すものだった。ベアトリスを、ヴァルデマル個人の敵ではなくノルドグレーン公国全体の敵と見なす――その発想の転換がもたらすであろう未来に目がくらみ、ヴァルデマルは節操なく飛びついた。
「ローセンダール殿、なにしろこの雪ではな。……出迎えかたじけない」
豪雪の中、馬を急かしてベステルオースに帰還したニーダールを、ヴァルデマルは不信の目で出迎えた。出征前に立てた計画では、ニーダールの帰還は一ヶ月は先の話だった。それが十日ほどで戻ったのだから、ヴァルデマルの機嫌がいいはずもない。
「して、首尾は?」
「……造反ローセンダール軍のグスタフソン連隊は、ミットファレットに籠城しなかった」
「なんだと……?」
「それでもわしは東へ逃走するグスタフソンを追い、その後背から手痛い一撃を加えた。だがあろうことか、奴らは大して戦いもせずに逃げていったのだ! ……残念ながら見ての通りの天気だ、それ以上の追撃は不可能であったわ」
「つまりグスタフソンを討ち果たせず、むざむざ帰ってきたというわけか」
「まともな戦いにさえ持ち込めれば、グラディスの飼い犬を仕留められたものを……」
「……公国騎士も地に落ちたな」
「ローセンダール殿は知るまい、大雪の中で戦争を続けることがどれほど愚かな行いか……野営地も築いておらなんだのだぞ! ……そもそも、ミットファレットで包囲戦を行うという作戦そのものが崩れたのだ。いたずらに攻めかかるばかりが騎士ではない」
グスタフソンを取り逃がしたのは自身の責任ではなく、グスタフソンがミットファレットに籠城するというヴァルデマルの見込みが外れたせいだ――ニーダールはそう開き直っているが、彼の弁疏にも一定の理はある。
「なんということだ……」
ヴァルデマルは苦々しげにニーダールから目をそらした。グスタフソン連隊――ベアトリスの主力部隊――をミットファレットで殲滅し、武力の裏付けを失ったベアトリスに有無を言わさず種々の要求を受け入れさせる――それが「正統ローセンダールの密約」の骨子だった。腕組みをして窓の外を見やると、雪は飽きもせず降り続いている。このおかげで、計画が初手で躓いたのだ。早急に修正案を考えなければならない。
このときヴァルデマルはまだ、自身の優位性がさほど毀損されていないという事実に気づいていなかった。その蒙を啓いたのは、たったいまヴァルデマルから底意地の悪い皮肉を言われたニーダールだった。
「ローセンダール殿、わしに妙案がある」
「……ええい、何だ」
「わしは正統ローセンダール派、すなわちノルドグレーン主流派の軍を動かしておった。ミットファレットの救援に向かっていた軍だ。ならば、グスタフソンの連隊は、いわば正規軍と刃を交えたのだと言えよう」
「ふん、そうとも言えるか」
「だから議会を招集してこう言うのだ。グラディス・ローセンダール家は謀反を起こした。グラディスの小娘はノルドグレーン公国に背いたのだ、と」
ヴァルデマルは目の色を変えて振り向いた。
これまでヴァルデマルは、あくまでノルドグレーン内の勢力争いとして、ローセンダール分家のベアトリスから領地を奪う、という考えに固執していた。一方ニーダールの提言は、――実のところは苦しまぎれにひねり出した逃げ口上に過ぎなかったのだが――その前提を根底から覆すものだった。ベアトリスを、ヴァルデマル個人の敵ではなくノルドグレーン公国全体の敵と見なす――その発想の転換がもたらすであろう未来に目がくらみ、ヴァルデマルは節操なく飛びついた。
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