簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノルドグレーン分断

雪の牢獄 2

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「主公様、グラディスからのしらせです」
「グラディスから……?」
 雪が晴れた翌日、ミットファレットについての続報が届けられた。ただし配達員は人ではなく、一羽の伝書鳩だった。伝書鳩は確実性や一度に運べる情報量の面で人の伝令使には劣るが、雪深いノーラントの冬には合理的な連絡手段だった。何より、雪中の無理な伝令はベアトリスが固く禁じている。以前、忠義に逸るあまり豪雪をついて配送を強行し、真冬に行方不明になった伝令使がいた。彼は春先になってようやく、溶けた雪の下から発見されている。
 鳩の脚にくくりつけられた小さな筒に収められていた紙片には、小さな文字でこう書かれていた。
<首都を訪問中のエーリク氏に危難のおそれ>
<侵攻はヴァルデマルの共謀。二の矢に警戒>
 鳩の飛行を妨げないために紙片は非常に小さく、それにつられて情報も断片的にならざるを得ない。
「お父様がベステルオースに……? ということは、グスタフソンの部隊はグラディスに移動したのね」
「エディット女史は確かな判断をされたようですが……二の矢、の意味するところはつまり、現時点ですでに一度はヴァルデマルの手勢を撃退した、ということでしょう」
「そう読むべきね」
「うーん、何この暗号……」
「その上でお父様の身が危ない、というのは……あのヴァルデマルが、そこまで不合理な暴挙に出るというの……?」
「状況が予期せぬ方向に転びつつあるのかもしれません。エディット女史はそれを推論し、結論だけを書き送ってきたのでしょう」
 吐き気のするような不安にさいなまれながらも、だが我が身のままならなさにベアトリスは歯噛はがみすることしかできない。雪だ。それがすべてを阻んでいる。
 動きを制限されているという点では誰もが平等なのだが、この場合、残念ながら先手を打ったヴァルデマルのほうに分があった。また地の利においても、首都ベステルオースに居を構えるヴァルデマルが有利と言える。
 ベステルオースにはノルドグレーン公国議会がある。国の一大事には臨時議会を招集し対策を協議することになるが、ヴァルデマルはベアトリス不在の会議において、自身に有利になるよう議論を誘導することができる。ベアトリスに一方的な処分を下すことも可能なのだ。

 ノルドグレーンの首都ベステルオース――その都心部スティンヴァーゲン大通りにそびえるヴァルデマル・ローセンダールの邸宅に、雪にまみれた数騎の騎馬が到着した。正門は固く閉ざされており、騎馬は馬の頭よりも高い外壁をたどって裏門に回った。馬から降りた男が庭に向かって開門を叫ぶ。ややあって、それを聞きつけた使用人がわずらわしげに姿を見せ、男の名を聞いた使用人はいったん屋敷に戻った。騎馬の男たちはしばらく待たされたが、雪に埋もれる前に屋敷に通された。
「ニーダール殿、ずいぶん早く戻られたな」
「ローセンダール殿、なにしろこの雪ではな。……出迎えかたじけない」
 豪雪の中、馬を急かしてベステルオースに帰還したニーダールを、ヴァルデマルは不信の目で出迎えた。
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