簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

文字の大きさ
上 下
161 / 281
ノルドグレーン分断

冬の胎動 3

しおりを挟む
「エディット女史の処遇はどうなさるのです? 主公しゅこう様の頼みでミットファレットの県令代理に就かれたお方、それをただ無為徒食むいとしょくの身とするのは道義にももとりましょう」
「そうね、ランバンデッドでも譲ろうかしら」
「えー!?」
「そんなに驚くことではないわよ、アリサ。ランバンデッドの体制もずいぶん安定してきているわ。適切な指導者さえいれば、もう私でなくとも運営してゆけるはずよ」
「いや、もったいないなあ、って……」
「エディット女史に譲ると言っても、私財も何もかも明け渡すわけではないのですよ」
「新たにランバンデッドを県として承認するという話もあったわ。エディットさんの手がくなら、ちょうどよい新天地となるかもしれないわね」

 そのランバンデッドでは、ここ数ヶ月の間に、交易路上で商隊が盗賊に襲われたという報告が急増していた。この現象には異を唱える者と、当然のことだと首肯しゅこうする者がいる。
 盗賊が増えるのは決まって、飢饉ききんや戦争で人々の生活が崩れた時世である。とくに都市の占領や略奪が行われた戦争のあとは、周辺地域では急激な治安の低下が見られる。現在はその例には該当しないはずだ、何者かの陰謀ではないのか――そういぶかる者にはそれなりの根拠がある。
 一方、ランバンデッドは急激に力を増した新しい経済圏であり、そこに盗賊が群がってくるという事態は必然とさえ言える。ベアトリスとヴァルデマルが敵対しているのは事実だが、何ごともそこに結びつけて考えると、そのうち雪が降ってもヴァルデマルの陰謀だと騒ぎたてることになるだろう――盗賊の台頭を受容する者たちは、そんなふうに懐疑派の者たちを嘲笑ちょうしょうした。
 この対応にベアトリス自身が出向かなければならいことが、今のグラディス・ローセンダール家が抱える問題だった。
 盗賊への対処そのものはさして難しい課題ではなく、これまでも行っていた商隊の警備を増強するだけでよい。だがそれを決裁する明確な権限が、ベアトリス以外になかったのだ。これはランバンデッドを重要拠点と見なして足繁あししげく通い、何ごとも自ら決定していたベアトリスが招いた結果でもある。
 ミットファレットには常にエディットという指揮者がいるが、ベアトリスのいないランバンデッドには個々の楽器の奏者しかいない。これを期にベアトリス以外の指揮者を迎えられる体制を整え、指揮者不在のあいだも独奏で間をたせられるようにすべき頃合いだろう――そうして、ベアトリスは危機を目前にしたミットファレットをエディットに任せ、自身は冬を目前にしてランバンデッドに向かっていたのだった。

 アリサたちが予測していた通り、カッセル軍はミットファレットに向けて行軍を開始した。斥候せっこうの報告によると、その数は1500程度。ミットファレットの駐留軍は3000を超え、よほどの奇策か多数の増援が控えているのでもなければ恐れるべき数ではない。
 カッセル軍の動向を思料したエディット・フォーゲルクロウは、ノルドグレーンの首都ベステルオースに向けて援軍を求める使者を送った。それからわずか八日後、使者は軍部省の官吏かんりとともにミットファレットに帰還した。
 エディットは軍部省の官吏を公邸の応接室に通した。この建物は、カッセル領だった時代には領主の邸宅として使用されていた壮麗な建物だ。エディット自身もそれに見劣りしない華美なドレスに着替え、首都からの賓客を出迎えた。
「増援はあと四日のうちには到着するはずです」
「助かったわ……ヘル・ローセンダールには、あとで御礼を申し上げなければね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

処理中です...