簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノルドグレーン分断

冬の胎動 1

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 冬はあらゆるものの動きを緩慢かんまんにする。野生の動物たちは長い眠りにつき、水さえ表面を凍りつかせその下を静かに流れる。町々をむすぶ道は雪に閉ざされ、人も物もひとつところで静かに春の雪解けを待たねばならない。
 ノーラントはもうすぐその白いしじまに包まれる。そうなる前に、とベアトリスは交易都市ランバンデッドへと向かっていた。
 冷たく澄んだ空気にトウヒの針葉が輝く森の中を、ベアトリスたちの乗った馬車が進んでゆく。空は薄青く晴れ渡り、鳥のように飛び上がればどこまでも見渡せそうだ。
主公しゅこう様、ミットファレットには向かわずに、ランバンデッドでよかったのですか?」
「せめて隊長くらい、戦力の足しに放り込んだら……」
「人を投石機の石か何かみたいに言うのはやめなさい」
「あちらは大丈夫よ」
 ベアトリスは窓の外、西の空を眺めながら言った。
 ミットファレットは北方の隣国カッセル王国に面した小都市で、ベアトリスの友人・協力者であるエディット・フォーゲルクロウが県令代理として治めている。その近郊のカッセル領内で、近頃不穏ふおんな兵員の増加が見られるという報告が寄せられていた。アルバレスとアリサが危惧きぐを覚えたのは、その対応にベアトリスが無関心なように見えたためだ。
「……大丈夫よ。オラシオの力が必要な事態にはならないわ」
「エディット女史じょしに一任なされるのですね」
「そうよ。それにもともと、兵員は充分すぎるほど配備してあるのだから」
 ベアトリスは、カッセルが攻めてこないと断定しているわけではない。ミットファレットには強力な私兵部隊を駐屯ちゅうとんさせており、よほど大規模な侵攻でない限り防衛力に問題はない。何よりベアトリスはエディットの判断力に多大な信頼を置いており、こうした事態を想定して、あらかじめ大枠おおわくの方針は共有してある。
 いちど信任を置いてミットファレットを預けたにも関わらず、ここへきてベアトリスが介入しては、エディットに対する軽侮けいぶとも取られかねない。彼女はベアトリスの配下ではなく、あくまで協力者という立場でもあるのだ。そのプライドを踏みにじるような行動は避けるべきだろう。

 ミットファレットは古く複雑な都市で、一年半前までは隣国カッセルの領地だった。だが時を数十年さかのぼればノルドグレーン領だった時代もあり、その時々で幹に巻きつく寄生木やどりぎの変わる不幸な枯木こぼくだ。
 現在は、名目上はグラディス・ローセンダール家の所領のひとつとなっている。歴史的経緯から難治なんじの地だったが、一年以上の時を費やし、ようやくエディットの手腕によって統治が安定してきていた。
 二年ほど前、カッセル軍とノルドグレーン軍の偶発的な小競こぜり合いから近隣都市の奪い合いにまで発展し、泥沼で格闘するような激戦の末にノルドグレーンがミットファレットを占領した。だがそんなミットファレットを、ノルドグレーンの有力者たちは誰も積極的に所領としようとはしなかった。
 都市の規模は小さく、周辺地域にも特筆とくひつすべき資源があるわけではない。また、占領時点まではカッセル領として過ごした時代が長かったため、ノルドグレーンへの心理的反発も民衆のあいだに根強く残る。すぐにカッセルからの報復で奪い返されるか、反乱に手を焼くことになるだろう――誰もが内心でそう品定めし、最高議会でのミットファレット県令選定会議に手を挙げる者はいなかった。
 人選は立候補者皆無のため推薦制に移行し、ノルドグレーン最高議会はグラディス・ローセンダール家にその面倒ごとを押し付けた。
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