簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノア王の心裏

王の来訪 8

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 ふたりはそれぞれに違った理由で、両国の南方で起こっている争いとは関係性が薄いのだった。
「マイエル将軍は気まぐれな方で、予測不能な言動が目立つという。ベイロン伯爵もその処遇しょぐうに手を焼いているのだそうだ」
「……そんな方が、よくジュニエスの戦いには参戦なさいましたね」
「ラインフェルト子爵があんに手を回してくれていたのだが……正確な動機は本人以外知りようがない。とはいえ、野心から反旗はんきひるがえすような方ではなく、その点だけはベイロン伯爵も信頼を置いているそうだが」
「……そのマイエル将軍について、ノルドグレーンでは不可解な噂が流れていますわ」
「不可解な……?」
「ええ。将軍は勝とうと思えば、ブレーデフェルトの軍を五回は全滅させることができた。あえてそうせず、退却をうながすように退路を開けてみせた、と……」
「その内容からして、噂の出どころは実際に戦った現場指揮官たちかな?」
「おそらくは」
 ノアは怪訝けげんな顔で顎に親指を当て、わずかに首をかしげる。
「普通に考えれば、二心ふたごころありやと疑うところなのだろうが……」
「気まぐれな方だ、とおっしゃいましたね」
「そうなのだ。……だがマイエル将軍にその気があれば、裏切りの好機はこれまでいくらでもあった。反逆というのは考えにくい」
「将軍と話されたことは?」
「ジュニエスの折、軍議で同席したことはあるが……直接話したのは一度だけだな。それも砦の廊下で、わずかな立ち話だった……」
 ノアは口元を抑えてうつむいた。その声にもどことなく苦しげな響きが混じる。
「ノア様、どこかお加減が……?」
「……いや、大丈夫だ。……マイエル将軍は、豪放ごうほうで掴みどころのない、不思議な方だった」
 静かだが深い呼吸を一つついて、ノアはすぐに顔を上げた。彼の背後ではトマス・ブリクストが、なにか言いたげにベアトリスを見据えていた。
「……そうだ、将軍は『召命しょうめいされた場で使命を果たす』と言っていたな……。何にせよ、いまの私は将軍の戦術に容喙ようかいできる立場でもない。放っておくしかなかろう。兵士たちには気の毒なことだがな」
「そ、そうですわね……」
 ベアトリスはそう言いながら、ノアがひととき見せた変容への不安がまだぬぐえずにいる。疲れたとは言っていたが、明らかに疲労とは違う悪心おしんに苦しんでいるようだった。
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