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ノア王の心裏
爪牙 4
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アリサとルーデルスのほかに、ベアトリスに同行してきたのはアルバレスだけだ。山賊は交渉を持ちかけてきたのであり、武力を用いずに解決できるのであればそれに越したことはない。二百人もの兵士を連れてきてしまうと、些細なきっかけで偶発的に戦闘が発生する可能性も増えるのだ。
鉱山の出入り口付近には二人の見張り役が立ち、背後の山肌に背をもたせかけてときどき周囲を見渡している。どちらも腕に覚えのありそうな、屈強な男だ。
「私が伝えに参りましょう」
アルバレスがそう言って、腰に挿していた剣をルーデルスに手渡した。灌木のあいだからおもむろに姿を現すと、山賊の見張りがその長身を目ざとく見つけて身構える。アルバレスは両手を広げて丸腰であることを示しながら、ゆっくりと近づいていった。
アルバレスは歩を進めながら周囲をの様子を探る。小屋や陣幕の外にはいかにも急ごしらえの、簡素なテーブルがいくつか置かれていた。白木のテーブルの上には木製のコップや、食べ残しの黒パンが置きっぱなしになっている。パンはテーブルナプキンに乗せられていた。
「山賊、山賊というからもっと粗野なものを想像していましたが、どうやら紋切型の山賊ではなさそうですね」
鉱山入口まで数メートルの位置まで近づくと、アルバレスは腰を折ってわざとらしい辞儀をした。
「……ローセンダール家の使いの者か?」
「いかにも。身辺警護を統括するオラシオ・アルバレスと申します」
「アルバレス……!」
見張りの二人が色めき立つ。ダニエラなどはアルバレスが改名したことを知らなかったが、彼らはそうではないようだ。
「お見知り置きいただけているようで光栄ですが、むろん主役は私ではありません」
「そうか……で、交渉に応じるってわけだな?」
「ええ。そこから先は、私の預かり知るところではありませんがね」
「わかった。少し待っててくれ」
見張りのひとりが足早に坑道を下っていった。坑道内からは、建設工事を行なっているような木槌を打つ音や掛け声がさかんに聞こえてくる。入口付近を見るだけでも、坑道の天井や壁は木の柱で補強されていた。規則正しく筋交い柱が掛けられている様子などから、素人の仕事ではないことが容易に伺い知れる。
左目を眼帯で覆った隻眼の見張りが、用心した様子でアルバレスに切り株の椅子を勧めた。アルバレスは素直に応じ、座って長い脚を組む。
ややあってもう一人の見張りが、二人の若い男女を連れて戻ってきた。男のほうはアルバレスと同じ浅黒い肌をしているが、背丈は彼と比べれば小柄で、顔立ちのおもむきもどことなく異なっている。女のほうはさらに小柄で、燃えるような赤毛の美しい髪を肩甲骨のあたりまで伸ばしていた。いずれも共通しているのは、おおよそ山賊らしからぬ雰囲気をまとっていることだ。その点では、見張りに立っていた隻眼の男のほうがよほど山賊らしい。
「……あのオラシオ・アルバレスが来てるって?」
浅黒い肌の男が軽い調子で、誰にともなく問いかけた。
「おう副長、この御仁がそうだ」
隻眼の見張りが、椅子に腰掛けているアルバレスを示した。
「あんたか」
「ご案内のとおりです」
「副長のテオドル・バックマンだ」
バックマンと名乗った男と、アルバレスの視線が交錯する。ふたりは一瞬、互いを鋭く見やり、すぐに目をそらした。
「……以前どこかで?」
「さあ? 気のせいじゃねえかな」
「そうでしょうね」
アルバレスとバックマンはお互いに見えないように、口角を少しだけ吊り上げて笑った。
鉱山の出入り口付近には二人の見張り役が立ち、背後の山肌に背をもたせかけてときどき周囲を見渡している。どちらも腕に覚えのありそうな、屈強な男だ。
「私が伝えに参りましょう」
アルバレスがそう言って、腰に挿していた剣をルーデルスに手渡した。灌木のあいだからおもむろに姿を現すと、山賊の見張りがその長身を目ざとく見つけて身構える。アルバレスは両手を広げて丸腰であることを示しながら、ゆっくりと近づいていった。
アルバレスは歩を進めながら周囲をの様子を探る。小屋や陣幕の外にはいかにも急ごしらえの、簡素なテーブルがいくつか置かれていた。白木のテーブルの上には木製のコップや、食べ残しの黒パンが置きっぱなしになっている。パンはテーブルナプキンに乗せられていた。
「山賊、山賊というからもっと粗野なものを想像していましたが、どうやら紋切型の山賊ではなさそうですね」
鉱山入口まで数メートルの位置まで近づくと、アルバレスは腰を折ってわざとらしい辞儀をした。
「……ローセンダール家の使いの者か?」
「いかにも。身辺警護を統括するオラシオ・アルバレスと申します」
「アルバレス……!」
見張りの二人が色めき立つ。ダニエラなどはアルバレスが改名したことを知らなかったが、彼らはそうではないようだ。
「お見知り置きいただけているようで光栄ですが、むろん主役は私ではありません」
「そうか……で、交渉に応じるってわけだな?」
「ええ。そこから先は、私の預かり知るところではありませんがね」
「わかった。少し待っててくれ」
見張りのひとりが足早に坑道を下っていった。坑道内からは、建設工事を行なっているような木槌を打つ音や掛け声がさかんに聞こえてくる。入口付近を見るだけでも、坑道の天井や壁は木の柱で補強されていた。規則正しく筋交い柱が掛けられている様子などから、素人の仕事ではないことが容易に伺い知れる。
左目を眼帯で覆った隻眼の見張りが、用心した様子でアルバレスに切り株の椅子を勧めた。アルバレスは素直に応じ、座って長い脚を組む。
ややあってもう一人の見張りが、二人の若い男女を連れて戻ってきた。男のほうはアルバレスと同じ浅黒い肌をしているが、背丈は彼と比べれば小柄で、顔立ちのおもむきもどことなく異なっている。女のほうはさらに小柄で、燃えるような赤毛の美しい髪を肩甲骨のあたりまで伸ばしていた。いずれも共通しているのは、おおよそ山賊らしからぬ雰囲気をまとっていることだ。その点では、見張りに立っていた隻眼の男のほうがよほど山賊らしい。
「……あのオラシオ・アルバレスが来てるって?」
浅黒い肌の男が軽い調子で、誰にともなく問いかけた。
「おう副長、この御仁がそうだ」
隻眼の見張りが、椅子に腰掛けているアルバレスを示した。
「あんたか」
「ご案内のとおりです」
「副長のテオドル・バックマンだ」
バックマンと名乗った男と、アルバレスの視線が交錯する。ふたりは一瞬、互いを鋭く見やり、すぐに目をそらした。
「……以前どこかで?」
「さあ? 気のせいじゃねえかな」
「そうでしょうね」
アルバレスとバックマンはお互いに見えないように、口角を少しだけ吊り上げて笑った。
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