簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノア王の心裏

王の旧友、王の過去 9

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「今ここにいる我々は、ノーラントの国にそれぞれ地位をもつノア派というわけだ」
「そういう言い方もできるかねえ」
「なるほど。もしかしたら後世、この会談になにか特別な、歴史的な呼び名がつくかも知れませんわね」
 サロンに入ってからこれまでとは異なる色の光が、ベアトリスの瞳に宿った。その野心的な菫青石アイオライトの輝きは、フランシスも嫌いではないようだ。ダニエラはどこか呆れたように、頬杖ほおづえをついてふたりを眺めている。
 ベアトリスはノルドグレーンで屈指の権勢を誇り、ダニエラはリードホルムの最大貴族ノルデンフェルト家の長女、フランシスもカッセル王国の名門エーベルゴード家の一員である。ノーラント半島にひしめく三国の有力者が、今このサロンでは一堂に会しているのだ。
 ダニエラはあきらかに権力欲が薄く、フランシスは次男という立場ではあるが、それでも、それぞれが権力の中枢に近い位置にいる存在だ。権威主義体制下で政治を大きく動かそうというとき、必ず、こうした人的経路の有無がものを言う。
「我々の中心にいるノア様は、エーベルゴード様を古い友人だとおっしゃっておりました。その意味で最重要人物ですわね」
「古い友人、か……」
「そこが不思議よね。王家と関係が深いあたしですら、ノア様なんてちょっと見かけただけだったってのに。兄のアウグスティンとは何度か会ったけどさ」
 フランシスは腕組みをして息を吐き、椅子に背をもたせかけた。全員の視線が、自然とフランシスに集まる。
「確かに奇縁きえんと言えよう。……最初に会ったのは、もう十数年も前か」
「十数年前というと……ノア様は人質としてノルドグレーンにいた頃では?」
「ほう。留学、と言わず人質と言うか」
「実質は、そうですもの」
 フランシスは満足そうに二度うなずいた。
「……父にくっついてベステルオースの視察に行った時だな、ノアと初めて会ったのは。十一か二の私は退屈しのぎに、さる議員の公邸を探検して回っていたんだ」
「変わってないねえ」
「その片隅の、守衛のように突っ立っている使用人がやけに多い一角だったよ。自分と同じ年頃の、人形みたいに造形は良いが目つきの暗いガキと会ったんだ」
「目つきの、暗い……」
 フランシスの無遠慮な言いように、ベアトリスは少し鼻白はなじらむ。
「そのときは、お互いの名前を聞いたぐらいで、すぐ使用人たちに捕まったがね。だがその数年後、リードホルム城で再会したそのガキは、驚いたことに私に会ったことを覚えていた。目もと爽やかな、いっぱしの貴公子に成長してな」
「外見が大きく変わる時期を過ぎて、よく……」
「まあ、無理からぬことでもない。おそらくノアがその頃に出会った同い年の子供など、私だけだったろうからな」
「ひどいもんだね、多感な時期に」
「お恥ずかしい話ですわ。ノルドグレーンは自由や福音を掲げておきながら、その実やっていることといえば、理念にもとることはなはだしい」
「あんたが気に病むことじゃないさ」
 ダニエラが優しく笑う。彼女自身も、守護斎姫さいきとしての幽閉時は、ノアと同じような境遇にあったはずなのだ。ベアトリスは謝りたいような気分だったが、それこそ不要だ、とダニエラは笑いながらいさめるだろう。
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