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ノア王の心裏
権力の障囲 5
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「アッペルトフトの反乱以降、主公様はリードホルム王家にとって必要欠くべからざる存在ですよ。厚遇して当然です」
「……そうね」
冷や水を浴びせるようなアルバレスの言葉に、ベアトリスは不機嫌そうに同意した。
「いまのところ、それ以上の意味を見出すべきではないですよ。ノア王はどうやら、見た目がきれいなだけの張子人形ではなさそうですからね。あの演説を見たでしょう」
「ああ、そういえば……」
「その演説の真意について、聞き忘れましたね」
「そんなに有頂天になっていたのですか。お茶の一杯で」
「だ、誰が有頂天になど……! そもそもリードホルムの高官たちが居並ぶ前で、真意など聞けるわけがないでしょう」
「どうされたのです?」
「……なんでもないわ」
「それは結構」
アルバレスは張り付いたような笑顔を浮かべ、ようやく料理を口に運んだ。ふと、間仕切りのあいだに女の給仕が姿をあらわした。
「失礼いたします。ローセンダール様に、ランバンデッドからの伝令だという方が、面会を求めておりますが……」
テーブルの空気が一変し、アルバレスが給仕に向き直る。
「……その者の名は?」
「ベンヤミン・スヴェードルンドと名乗っております」
アルバレスとベアトリスがうなずき合った。確かに知った部下の名だ。
「問題ないわ。こちらへ通して」
「かしこまりました」
給仕が引き下がってからやや間をおいて、たたんだ外套を小脇にかかえた青年が姿をあらわした。伝令係スヴェードルンドはベアトリスの姿を認めると、すぐさま片膝をついて頭を垂れた。
「お休みのところ失礼いたします。至急お伝えすべき報告がもたらされたため、ランバンデッドより馳せ参じました」
「一体なにが起きたのです?」
「は。グラディスからの報告によりますと、スタインフィエレット鉱山が正体不明の武装集団に襲撃され、占拠されたとのことです」
「主公様」
「まさか本当にやるとはね……」
ベアトリスは眉をひそめ、テーブルの上で両手を組み合わせる。もっと急激に機嫌を損ねることを予測していたスヴェードルンドは、意外そうに顔を上げた。
スタインフィエレット鉱山は、ベアトリスの本拠地グラディスの北東部で発見された、大規模な鉱床だった。グラディス・ローセンダール家の領内にあり、豊富な埋蔵量が期待できるが、まだ採掘は進んでいない。規模に見合った優秀な鉱山技術者が確保できないためだ。今のところは維持管理だけを目的として、少数の警備部隊を駐留させるにとどめてある。過度に警戒する必要のない立地だったため、多数の警備兵は不要なはずだった――。
「武装集団の規模はどれくらい?」
「多くても五十ほど、とのことでした」
「それだけの数の集団が、山越えのルートでスタインフィエレットまで……かかった時間も費用も相当なものね」
「駐留部隊はどうしました?」
「全員撤退し、グラディスの守備隊と合流ののち警戒態勢を強化、監視を続けている、とのことです。犠牲者はありません」
「上々ね。そのままの態勢でいるように伝えて」
「いいんですか? 予測はされていたんでしょうけど、こんなのどう見てもヴァルデマルの実力行使……」
アリサが口にした名を聞いて、その場の全員がゆっくりうなずいた。
「……そうね」
冷や水を浴びせるようなアルバレスの言葉に、ベアトリスは不機嫌そうに同意した。
「いまのところ、それ以上の意味を見出すべきではないですよ。ノア王はどうやら、見た目がきれいなだけの張子人形ではなさそうですからね。あの演説を見たでしょう」
「ああ、そういえば……」
「その演説の真意について、聞き忘れましたね」
「そんなに有頂天になっていたのですか。お茶の一杯で」
「だ、誰が有頂天になど……! そもそもリードホルムの高官たちが居並ぶ前で、真意など聞けるわけがないでしょう」
「どうされたのです?」
「……なんでもないわ」
「それは結構」
アルバレスは張り付いたような笑顔を浮かべ、ようやく料理を口に運んだ。ふと、間仕切りのあいだに女の給仕が姿をあらわした。
「失礼いたします。ローセンダール様に、ランバンデッドからの伝令だという方が、面会を求めておりますが……」
テーブルの空気が一変し、アルバレスが給仕に向き直る。
「……その者の名は?」
「ベンヤミン・スヴェードルンドと名乗っております」
アルバレスとベアトリスがうなずき合った。確かに知った部下の名だ。
「問題ないわ。こちらへ通して」
「かしこまりました」
給仕が引き下がってからやや間をおいて、たたんだ外套を小脇にかかえた青年が姿をあらわした。伝令係スヴェードルンドはベアトリスの姿を認めると、すぐさま片膝をついて頭を垂れた。
「お休みのところ失礼いたします。至急お伝えすべき報告がもたらされたため、ランバンデッドより馳せ参じました」
「一体なにが起きたのです?」
「は。グラディスからの報告によりますと、スタインフィエレット鉱山が正体不明の武装集団に襲撃され、占拠されたとのことです」
「主公様」
「まさか本当にやるとはね……」
ベアトリスは眉をひそめ、テーブルの上で両手を組み合わせる。もっと急激に機嫌を損ねることを予測していたスヴェードルンドは、意外そうに顔を上げた。
スタインフィエレット鉱山は、ベアトリスの本拠地グラディスの北東部で発見された、大規模な鉱床だった。グラディス・ローセンダール家の領内にあり、豊富な埋蔵量が期待できるが、まだ採掘は進んでいない。規模に見合った優秀な鉱山技術者が確保できないためだ。今のところは維持管理だけを目的として、少数の警備部隊を駐留させるにとどめてある。過度に警戒する必要のない立地だったため、多数の警備兵は不要なはずだった――。
「武装集団の規模はどれくらい?」
「多くても五十ほど、とのことでした」
「それだけの数の集団が、山越えのルートでスタインフィエレットまで……かかった時間も費用も相当なものね」
「駐留部隊はどうしました?」
「全員撤退し、グラディスの守備隊と合流ののち警戒態勢を強化、監視を続けている、とのことです。犠牲者はありません」
「上々ね。そのままの態勢でいるように伝えて」
「いいんですか? 予測はされていたんでしょうけど、こんなのどう見てもヴァルデマルの実力行使……」
アリサが口にした名を聞いて、その場の全員がゆっくりうなずいた。
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