簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノア王の心裏

仮面 2

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 ベアトリスは、馬車の窓から見えるノーラント山脈の白い山稜さんりょうを眺めながら、自身のおかれた苦境を嘲笑ちょうしょうするようにため息をついた。初夏のランバンデットは冷たく心地よい風が吹き、遠くの山肌はまだ雪に覆われている。
「ずいぶん久々な気がしますね」
「やっと見えてきましたよ、ランバンデット!」
 馬車の遠く前方を見はるかし、オラシオ・アルバレスとアリサが声をあげた。山かげからゆっくりと姿をあらわす馴染みの都市を見て、ベアトリスはすこし気持ちがやわらいだような気がした。
――前線基地だったランバンデットを見て人心地ひとごこちつくなんて、まるで戦いに取りかれた妖鬼さながらね。

 新興交易都市ランバンデットは、ノーラント世界で最初の人工都市である。
 四年前に、もともと人の住んでいなかった河谷かこく湖畔こはんに、はじめは軍事拠点として、ベアトリスの指揮で開拓された山あいの都市だ。リードホルムとノルドグレーンの他のすべての都市、村落は、両国成立以前からあった集落を国家が併合したものであり、その成り立ちは異なる。無論のこと領主はベアトリスであり、彼女が組織した都市管理委員会が不在時をあずかっている。
 ランバンデットはノーラント山脈の切れ目に位置している。そこはリードホルムの王都ヘルストランドと、ノルドグレーンの――ベアトリスの本拠地――グラディスの中間にあたり、それらと港湾都市フィスカルボ、リードホルムの友好国カッセルとの交易の中継地点として、急速に発展しつつある山中の商業都市だ。背後にノーラント山脈を構え、豊かな水量を誇るランバンデット湖周辺は景観にも優れるが、今のところ別荘などを建てようという権門家の声はない。

 ランバンデット湖畔には、壁をうろこ状のスレートでかれた、うっすらと緑色にかがやく瀟洒しょうしゃな屋敷が建っている。ここはランバンデットが軍事拠点だった時代から、ベアトリスが滞在するために使っていた屋敷だ。現在はベアトリスの生活区域以外、貿易管理委員会の詰所として利用されている。
 約一ヶ月ぶりの主人の帰還とあって、使用人たちは万全の受け入れ態勢をととのえていた。ベアトリスたちは到着してすぐ温かい食事にありつくことができ、旅の疲れをやす時間を充分に得られた。天井に吊るされたシャンデリアにはまだ火が灯されておらず、窓から差し込む日差しと暖炉に揺れる炎で、食堂は柔らかな明るさに包まれている。陽光にゆらゆらと輝く湖と紅茶を眺めながら、話題にのぼったのはやはりオットソンのことだった。
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