簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

文字の大きさ
上 下
63 / 281
フィスカルボの諍乱

勝利という縛鎖 4

しおりを挟む
「勝ち続けなさい。勝ち続け、神話的存在となることで、あなたは世界を変える力を得られるわ。そして、勝ち続ける限り、私もあなたに味方するでしょう」
 かつてベアトリスに、こんなことを言った者がいた。
 その人物は今ベアトリスの所領のうちで――あるいはノルドグレーンじゅうで――もっとも危険な土地である、ミットファレット特別県の県令代理を務めている。名をエディット・フォーゲルクロウといい、彼女を味方に引き入れようとした際、まるで勝利が協力の交換条件だとでもいうように、そう語りかけてきたのだった。
 このエディットの言葉は、ベアトリスが一代でノルドグレーンのすべてを手に入れようとするつもりならば、たしかに真実であったろう。だがベアトリスにその気があるかどうかに関わらず、なかば予言的に、彼女を縛る鎖となっていた。

 フィスカルボを見渡せる丘の上にあるオットソン邸の、特徴的な急角度の屋根から、強く吹き付ける雨水が滝のように流れ落ちている。屋敷のダイニングルームでは、主人の帰りを待つ者たちが不安な顔を寄せ合っていた。そのなかでも、オットソンの従兄弟いとこであるエクレフは特にそわそわした様子で、気持ちを落ち着かせるためか、ひっきりなしに食べ物を口に運んでいる。
「旦那様がお戻りになられました」
 仕立ての良いベストを着た老齢の使用人が、落ち着いた様子で告げた。それを聞いたエクレフは食べかけのパルトハムも放り出して椅子から立ち上がる。まもなく、雨に濡れた髪をなでつけながら、オットソンが戸口へ姿を現した。
「イェルケル! 首尾は……」
「上々だ」
「おお……!」
 ベアトリスの招待状を女中から受け取ったエクレフは、いくらか個人的な名誉欲も手伝って、招待を受けることを決意する。だがまったく独断でことを運ぶほどの意欲も持てず、話し合いに応じる旨をオットソンに一言伝えてから、スヴァルトラスト・ヴァードシュースに向かうことにした。それを聞いたオットソンは静かにこう言って、煮え切らない従兄弟を引き止めた。
「……いや、おれ自身が行って、話をつけるべきだろう。本来それが筋というものだ」
 それまでひっきりなしに飲んでいた酒をやめ、落ち着いた様子で道理をくオットソンの言葉をエクレフは信用し、彼の自己決定に任せることにしたのだった。
 オットソンは不愉快そうに、格子窓にぶつかる雨粒を眺めている。
「では来月からは、また元通りだな」
「その前にな。……四日後、決闘で是非を決する」
「……なんだと?」
 明るかったエクレフの表情が曇る。
「聞こえなかったか? 決闘だ。今をときめくグラディスの小娘とな」
「ば……ばかかお前は! いまどき決闘などと」
「……そうだな。実に愚かしい。前時代的なことだな」
 エクレフはいぶかしげに、オットソンの顔を見返した。自分の聞きまちがいか、それとも従兄弟がついに正気を失ってしまったのかわからない、という様子だ。
「……自分が何を言っているか、わかっているか?」
「ああ、わからん。だがあの女がまっすぐに、おれを見返してきたとき思ったのだ。真正面から対抗してやろう、とな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗旦那様には出て行っていただきます。どうか平民の愛人とお幸せに·····

藍川みいな
恋愛
「セリアさん、単刀直入に言いますね。ルーカス様と別れてください。」 ……これは一体、どういう事でしょう? いきなり現れたルーカスの愛人に、別れて欲しいと言われたセリア。 ルーカスはセリアと結婚し、スペクター侯爵家に婿入りしたが、セリアとの結婚前から愛人がいて、その愛人と侯爵家を乗っ取るつもりだと愛人は話した…… 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全6話で完結になります。

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。

window
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。 三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。 だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。 レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。 イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。 子供の親権も放棄しろと言われてイリスは戸惑うことばかりでどうすればいいのか分からなくて混乱した。

処理中です...