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フィスカルボの諍乱
勝利という縛鎖 4
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「勝ち続けなさい。勝ち続け、神話的存在となることで、あなたは世界を変える力を得られるわ。そして、勝ち続ける限り、私もあなたに味方するでしょう」
かつてベアトリスに、こんなことを言った者がいた。
その人物は今ベアトリスの所領のうちで――あるいはノルドグレーンじゅうで――もっとも危険な土地である、ミットファレット特別県の県令代理を務めている。名をエディット・フォーゲルクロウといい、彼女を味方に引き入れようとした際、まるで勝利が協力の交換条件だとでもいうように、そう語りかけてきたのだった。
このエディットの言葉は、ベアトリスが一代でノルドグレーンのすべてを手に入れようとするつもりならば、たしかに真実であったろう。だがベアトリスにその気があるかどうかに関わらず、なかば予言的に、彼女を縛る鎖となっていた。
フィスカルボを見渡せる丘の上にあるオットソン邸の、特徴的な急角度の屋根から、強く吹き付ける雨水が滝のように流れ落ちている。屋敷のダイニングルームでは、主人の帰りを待つ者たちが不安な顔を寄せ合っていた。そのなかでも、オットソンの従兄弟であるエクレフは特にそわそわした様子で、気持ちを落ち着かせるためか、ひっきりなしに食べ物を口に運んでいる。
「旦那様がお戻りになられました」
仕立ての良いベストを着た老齢の使用人が、落ち着いた様子で告げた。それを聞いたエクレフは食べかけのパルトも放り出して椅子から立ち上がる。まもなく、雨に濡れた髪をなでつけながら、オットソンが戸口へ姿を現した。
「イェルケル! 首尾は……」
「上々だ」
「おお……!」
ベアトリスの招待状を女中から受け取ったエクレフは、いくらか個人的な名誉欲も手伝って、招待を受けることを決意する。だがまったく独断でことを運ぶほどの意欲も持てず、話し合いに応じる旨をオットソンに一言伝えてから、スヴァルトラスト・ヴァードシュースに向かうことにした。それを聞いたオットソンは静かにこう言って、煮え切らない従兄弟を引き止めた。
「……いや、おれ自身が行って、話をつけるべきだろう。本来それが筋というものだ」
それまでひっきりなしに飲んでいた酒をやめ、落ち着いた様子で道理を説くオットソンの言葉をエクレフは信用し、彼の自己決定に任せることにしたのだった。
オットソンは不愉快そうに、格子窓にぶつかる雨粒を眺めている。
「では来月からは、また元通りだな」
「その前にな。……四日後、決闘で是非を決する」
「……なんだと?」
明るかったエクレフの表情が曇る。
「聞こえなかったか? 決闘だ。今をときめくグラディスの小娘とな」
「ば……ばかかお前は! いまどき決闘などと」
「……そうだな。実に愚かしい。前時代的なことだな」
エクレフは訝しげに、オットソンの顔を見返した。自分の聞きまちがいか、それとも従兄弟がついに正気を失ってしまったのかわからない、という様子だ。
「……自分が何を言っているか、わかっているか?」
「ああ、わからん。だがあの女がまっすぐに、おれを見返してきたとき思ったのだ。真正面から対抗してやろう、とな」
かつてベアトリスに、こんなことを言った者がいた。
その人物は今ベアトリスの所領のうちで――あるいはノルドグレーンじゅうで――もっとも危険な土地である、ミットファレット特別県の県令代理を務めている。名をエディット・フォーゲルクロウといい、彼女を味方に引き入れようとした際、まるで勝利が協力の交換条件だとでもいうように、そう語りかけてきたのだった。
このエディットの言葉は、ベアトリスが一代でノルドグレーンのすべてを手に入れようとするつもりならば、たしかに真実であったろう。だがベアトリスにその気があるかどうかに関わらず、なかば予言的に、彼女を縛る鎖となっていた。
フィスカルボを見渡せる丘の上にあるオットソン邸の、特徴的な急角度の屋根から、強く吹き付ける雨水が滝のように流れ落ちている。屋敷のダイニングルームでは、主人の帰りを待つ者たちが不安な顔を寄せ合っていた。そのなかでも、オットソンの従兄弟であるエクレフは特にそわそわした様子で、気持ちを落ち着かせるためか、ひっきりなしに食べ物を口に運んでいる。
「旦那様がお戻りになられました」
仕立ての良いベストを着た老齢の使用人が、落ち着いた様子で告げた。それを聞いたエクレフは食べかけのパルトも放り出して椅子から立ち上がる。まもなく、雨に濡れた髪をなでつけながら、オットソンが戸口へ姿を現した。
「イェルケル! 首尾は……」
「上々だ」
「おお……!」
ベアトリスの招待状を女中から受け取ったエクレフは、いくらか個人的な名誉欲も手伝って、招待を受けることを決意する。だがまったく独断でことを運ぶほどの意欲も持てず、話し合いに応じる旨をオットソンに一言伝えてから、スヴァルトラスト・ヴァードシュースに向かうことにした。それを聞いたオットソンは静かにこう言って、煮え切らない従兄弟を引き止めた。
「……いや、おれ自身が行って、話をつけるべきだろう。本来それが筋というものだ」
それまでひっきりなしに飲んでいた酒をやめ、落ち着いた様子で道理を説くオットソンの言葉をエクレフは信用し、彼の自己決定に任せることにしたのだった。
オットソンは不愉快そうに、格子窓にぶつかる雨粒を眺めている。
「では来月からは、また元通りだな」
「その前にな。……四日後、決闘で是非を決する」
「……なんだと?」
明るかったエクレフの表情が曇る。
「聞こえなかったか? 決闘だ。今をときめくグラディスの小娘とな」
「ば……ばかかお前は! いまどき決闘などと」
「……そうだな。実に愚かしい。前時代的なことだな」
エクレフは訝しげに、オットソンの顔を見返した。自分の聞きまちがいか、それとも従兄弟がついに正気を失ってしまったのかわからない、という様子だ。
「……自分が何を言っているか、わかっているか?」
「ああ、わからん。だがあの女がまっすぐに、おれを見返してきたとき思ったのだ。真正面から対抗してやろう、とな」
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