42 / 281
フィスカルボの諍乱
拒絶 4
しおりを挟む
「無論だ。先のことは考えている」
「本当に考えているか? お前とグラディスの娘がぶつかり合って、最も得をするのはヴァルデマルではないか。奴を追い落とすどころではないぞ」
「わかっている。いずれ奴も相手にせねばならんだろう」
「そういうことじゃなくてだな……」
聞き分けないというよりは話が噛み合わない従兄弟に、エクレフは心底閉口していた。オットソンはまたワインを口に運んだ。ここ数ヶ月、彼はあきらかに酒が過ぎる。
プライドの高さに変わりはないが、以前はもうすこし理論立てて話ができる男だった。酒量の増加というのは、おそらく「症状」に過ぎない。現在のオットソンの問題は、忠告を聞き入れる理性を失い、相容れない現実とは別のものを狂信的に信じようとしている、その病根が何であるのか、という点だ。
話の途切れた頃合いを計ったように扉がノックされ、上質なベストを着た初老の使用人が、端正な立ち居振る舞いで応接間に姿を表した。灰色の髪をぴっちりと撫で付けた使用人はエクレフに気兼ねしてか、オットソンに歩み寄ろうとしたが、主がそれを制した。
「構わん、そこで話せ」
「かしこまりました」
「なにがあった?」
「ベアトリス・ローセンダール様が来訪されました」
「何だと」
「……どうする気だ、イェルケル」
ファースト・ネームで呼ばれたオットソンは、口を覆うように手を当て考え込んでいる。
「……同伴者は?」
「ステファン・ラーゲルフェルト様とオラシオ・アルバレス様、他に従者が男女一名ずつ、でございます」
「なるほど……。“怪鳥”も一緒か」
“ローセンダールの怪鳥”――アルバレスはノルドグレーン社交界の一部で、そう呼ばれている。その長身に似つかわしくない、彼の人並み外れた跳躍力・身体能力を隠喩した呼び名だ。だがこの呼称を積極的に口にする者の多くは、それを蔑称として吐き捨てるように用いる。アルバレスの強さや立ち居振る舞いの優雅さよりも、出自や肌の色にばかり目を向けているのだ。
「とするとローセンダールも、丸腰ではなさそうだな」
「外見上は、武装している様子は見受けられません」
「あまり短気をおこすなよ」
「いらぬ心配だ」
オットソンは心配顔のエクレフを鼻で笑い、シャツ姿の従者に向き直った。
「……不確定要素比率は?」
「この場合は8以上です」
「ふむ、さすがに高いな」
「またそれか」
「今はやめておこう。近いうちに機会はある」
「今は、とはどういうことだ」
オットソンはエクレフの質問を無視した。かわりに、ベスト姿の使用人の、粛然とした問いかけに応えた。
「……会われますか?」
「無論だ。白昼堂々訪ねてきた以上、話し合う気で来たのだろうしな。ここに通せ」
「かしこまりました」
使用人は灰色の頭をうやうやしく下げ、応接間を出ていった。
「ベアトリス・ローセンダール様をお連れしました」
使用人が再び応接間の扉を開けた。その背後には、ベアトリスたち五人の来訪者を伴っている。オットソンが立ち上がり大仰に挨拶した。
「ベアトリス・ローセンダール、グラディスの宝石よ。その麗姿、久々にお目にかかれたな」
「本当に考えているか? お前とグラディスの娘がぶつかり合って、最も得をするのはヴァルデマルではないか。奴を追い落とすどころではないぞ」
「わかっている。いずれ奴も相手にせねばならんだろう」
「そういうことじゃなくてだな……」
聞き分けないというよりは話が噛み合わない従兄弟に、エクレフは心底閉口していた。オットソンはまたワインを口に運んだ。ここ数ヶ月、彼はあきらかに酒が過ぎる。
プライドの高さに変わりはないが、以前はもうすこし理論立てて話ができる男だった。酒量の増加というのは、おそらく「症状」に過ぎない。現在のオットソンの問題は、忠告を聞き入れる理性を失い、相容れない現実とは別のものを狂信的に信じようとしている、その病根が何であるのか、という点だ。
話の途切れた頃合いを計ったように扉がノックされ、上質なベストを着た初老の使用人が、端正な立ち居振る舞いで応接間に姿を表した。灰色の髪をぴっちりと撫で付けた使用人はエクレフに気兼ねしてか、オットソンに歩み寄ろうとしたが、主がそれを制した。
「構わん、そこで話せ」
「かしこまりました」
「なにがあった?」
「ベアトリス・ローセンダール様が来訪されました」
「何だと」
「……どうする気だ、イェルケル」
ファースト・ネームで呼ばれたオットソンは、口を覆うように手を当て考え込んでいる。
「……同伴者は?」
「ステファン・ラーゲルフェルト様とオラシオ・アルバレス様、他に従者が男女一名ずつ、でございます」
「なるほど……。“怪鳥”も一緒か」
“ローセンダールの怪鳥”――アルバレスはノルドグレーン社交界の一部で、そう呼ばれている。その長身に似つかわしくない、彼の人並み外れた跳躍力・身体能力を隠喩した呼び名だ。だがこの呼称を積極的に口にする者の多くは、それを蔑称として吐き捨てるように用いる。アルバレスの強さや立ち居振る舞いの優雅さよりも、出自や肌の色にばかり目を向けているのだ。
「とするとローセンダールも、丸腰ではなさそうだな」
「外見上は、武装している様子は見受けられません」
「あまり短気をおこすなよ」
「いらぬ心配だ」
オットソンは心配顔のエクレフを鼻で笑い、シャツ姿の従者に向き直った。
「……不確定要素比率は?」
「この場合は8以上です」
「ふむ、さすがに高いな」
「またそれか」
「今はやめておこう。近いうちに機会はある」
「今は、とはどういうことだ」
オットソンはエクレフの質問を無視した。かわりに、ベスト姿の使用人の、粛然とした問いかけに応えた。
「……会われますか?」
「無論だ。白昼堂々訪ねてきた以上、話し合う気で来たのだろうしな。ここに通せ」
「かしこまりました」
使用人は灰色の頭をうやうやしく下げ、応接間を出ていった。
「ベアトリス・ローセンダール様をお連れしました」
使用人が再び応接間の扉を開けた。その背後には、ベアトリスたち五人の来訪者を伴っている。オットソンが立ち上がり大仰に挨拶した。
「ベアトリス・ローセンダール、グラディスの宝石よ。その麗姿、久々にお目にかかれたな」
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
〖完結〗私が死ねばいいのですね。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。
両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。
それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。
冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。
クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。
そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全21話で完結になります。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる