簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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フィスカルボの諍乱

拒絶 4

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「無論だ。先のことは考えている」
「本当に考えているか? お前とグラディスの娘がぶつかり合って、最も得をするのはヴァルデマルではないか。奴を追い落とすどころではないぞ」
「わかっている。いずれ奴も相手にせねばならんだろう」
「そういうことじゃなくてだな……」
 聞き分けないというよりは話が噛み合わない従兄弟いとこに、エクレフは心底閉口へいこうしていた。オットソンはまたワインを口に運んだ。ここ数ヶ月、彼はあきらかに酒が過ぎる。
 プライドの高さに変わりはないが、以前はもうすこし理論立てて話ができる男だった。酒量の増加というのは、おそらく「症状」に過ぎない。現在のオットソンの問題は、忠告を聞き入れる理性を失い、相容あいいれない現実とは別のものを狂信的に信じようとしている、その病根びょうこんが何であるのか、という点だ。

 話の途切れた頃合いを計ったように扉がノックされ、上質なベストを着た初老の使用人が、端正な立ち居振る舞いで応接間に姿を表した。灰色の髪をぴっちりとで付けた使用人はエクレフに気兼ねしてか、オットソンに歩み寄ろうとしたが、あるじがそれを制した。
「構わん、そこで話せ」
「かしこまりました」
「なにがあった?」
「ベアトリス・ローセンダール様が来訪されました」
「何だと」
「……どうする気だ、イェルケル」
 ファースト・ネームで呼ばれたオットソンは、口をおおうように手を当て考え込んでいる。
「……同伴者は?」
「ステファン・ラーゲルフェルト様とオラシオ・アルバレス様、他に従者が男女一名ずつ、でございます」
「なるほど……。“怪鳥”も一緒か」
 “ローセンダールの怪鳥”――アルバレスはノルドグレーン社交界の一部で、そう呼ばれている。その長身に似つかわしくない、彼の人並み外れた跳躍ちょうやく力・身体能力を隠喩いんゆした呼び名だ。だがこの呼称を積極的に口にする者の多くは、それを蔑称べっしょうとして吐き捨てるように用いる。アルバレスの強さや立ち居振る舞いの優雅さよりも、出自や肌の色にばかり目を向けているのだ。
「とするとローセンダールも、丸腰ではなさそうだな」
「外見上は、武装している様子は見受けられません」
「あまり短気をおこすなよ」
「いらぬ心配だ」
 オットソンは心配顔のエクレフを鼻で笑い、シャツ姿の従者に向き直った。
「……不確定要素比率フォルホーランデは?」
「この場合は8以上です」
「ふむ、さすがに高いな」
「またそれか」
「今はやめておこう。近いうちに機会はある」
「今は、とはどういうことだ」
 オットソンはエクレフの質問を無視した。かわりに、ベスト姿の使用人の、粛然しゅくぜんとした問いかけに応えた。
「……会われますか?」
「無論だ。白昼堂々訪ねてきた以上、話し合う気で来たのだろうしな。ここに通せ」
「かしこまりました」
 使用人は灰色の頭をうやうやしく下げ、応接間を出ていった。

「ベアトリス・ローセンダール様をお連れしました」
 使用人が再び応接間の扉を開けた。その背後には、ベアトリスたち五人の来訪者を伴っている。オットソンが立ち上がり大仰おおぎょうに挨拶した。
「ベアトリス・ローセンダール、グラディスの宝石よ。その麗姿れいし、久々にお目にかかれたな」
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