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フィスカルボの諍乱
確執の萌芽 3
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弔問の際、ヴァルデマルは父になにか用向きがあるようだったが、私の剣幕に圧され日を改めることにしたらしい。どこまでも私たち父娘を馬鹿にしたその要求が二本の脚で立っている姿を、私は二週間後に目の当たりにする。
「従兄上……お断り申し上げたものを……」
執事が来客を告げると、父エーリクは首を左右に振って残念そうに呆れ入った。客人として玄関ホールに立っていたのは、ヴァルデマルの長子マクシミリアン・ローセンダールと、その補佐役らしき数名の男たちだった。彼らはどうやら、グラディス・ローセンダール家の後見人として送り込まれたものらしい。
母は私にグラディス・ローセンダール家の家督を譲る旨を遺言していた。ヴァルデマルはそれを無視し、こと此処に於いてなお、私欲をもって私たち家族の尊厳を踏みにじることを厭わないようだ。仮に、十七になったばかりの私が若輩であるとして後見人を付ける場合でも、それは父エーリクが妥当な人選だろう。
一応この点に関しては、私たちにも全く非がないではない。ノルドグレーン公国憲章では、年長の男子を差し置いて女が家長の座につくことは認められていない。認められていないが禁止はされておらず、だが前例がない。そういう曖昧な問題だ。母オリーヴィアの存命中は、実情はどうあれ、ノルドグレーン法務省や内務省の書類上は父エーリクが家長となっていた。だから母が、その女王のようなふるまいを専横だ私物化だと指弾されても、父の名を出せばいくらでも言い逃れることができたのだ。
だがどうやら、母はそうした狡猾な立ち回りまで私に継がせる気はないらしく、真っ向から既存の社会規範と対決せよ、ということらしい。少なくとも母は、それができ得るだけの、有形無形の資産・領土・兵員までをも私に遺してくれている。生前に口には出さなかったが、おそらく本来は母みずからそうしたかったことだろう。
私よりも五つ年上で、ずいぶん世数の離れた血族の男であるマクシミリアンは、傲岸さはほとんどヴァルデマルの生き写しだ。だが策謀については遠く及ばず、それに比例してか過剰な自信も持ち合わせていないようだった。自己評価が妥当である点から、私の心象の上ではヴァルデマルよりも上位にいる。
とはいえ決して、歓待をする気になるような相手ではない。私ははじめは丁重に、やがて強硬な手段で、マクシミリアンを追い返すことにした。
「なるほど、ベアトリス・ローセンダール、噂に違わぬ美しさだな」
「御託宣をどうも」
「へらず口も噂通りか」
「率直に申し上げます。後見人の件は、父が過日お断り申し上げたはずです」
「先行きの知れぬグラディス・ローセンダール家をよく監督せよ、との父の深慮であるぞ」
「心配には及びませんわ。叔父御様においては、宗家の采配に専念されるようベアトリスが申していた、とお伝えください」
「そうは言うがな……栄えあるローセンダール家に、公国憲章を軽視する一門があることを見過ごすわけにもいかん」
このマクシミリアンの弄舌が、私の対応の分水嶺となった。体裁振るのは結構なことだが、すこしは実態を伴わせてから言ってほしい。
「よく言えたものね。ヴァルデマルほど恫喝と隠匿にまみれた公国人もいないでしょうに」
「ロ、ローセンダール宗家を愚弄するか、グラディスの小娘が!」
下に見ている者から反抗されると、こうした厚顔な権力者はすぐに激昂する。とはいえ今回の場合は、私が煽り立てたことが主因ではあるのだが。
「ご不満かしら? ならば私と決闘でもなさる?」
「な……決闘だと?」
「従兄上……お断り申し上げたものを……」
執事が来客を告げると、父エーリクは首を左右に振って残念そうに呆れ入った。客人として玄関ホールに立っていたのは、ヴァルデマルの長子マクシミリアン・ローセンダールと、その補佐役らしき数名の男たちだった。彼らはどうやら、グラディス・ローセンダール家の後見人として送り込まれたものらしい。
母は私にグラディス・ローセンダール家の家督を譲る旨を遺言していた。ヴァルデマルはそれを無視し、こと此処に於いてなお、私欲をもって私たち家族の尊厳を踏みにじることを厭わないようだ。仮に、十七になったばかりの私が若輩であるとして後見人を付ける場合でも、それは父エーリクが妥当な人選だろう。
一応この点に関しては、私たちにも全く非がないではない。ノルドグレーン公国憲章では、年長の男子を差し置いて女が家長の座につくことは認められていない。認められていないが禁止はされておらず、だが前例がない。そういう曖昧な問題だ。母オリーヴィアの存命中は、実情はどうあれ、ノルドグレーン法務省や内務省の書類上は父エーリクが家長となっていた。だから母が、その女王のようなふるまいを専横だ私物化だと指弾されても、父の名を出せばいくらでも言い逃れることができたのだ。
だがどうやら、母はそうした狡猾な立ち回りまで私に継がせる気はないらしく、真っ向から既存の社会規範と対決せよ、ということらしい。少なくとも母は、それができ得るだけの、有形無形の資産・領土・兵員までをも私に遺してくれている。生前に口には出さなかったが、おそらく本来は母みずからそうしたかったことだろう。
私よりも五つ年上で、ずいぶん世数の離れた血族の男であるマクシミリアンは、傲岸さはほとんどヴァルデマルの生き写しだ。だが策謀については遠く及ばず、それに比例してか過剰な自信も持ち合わせていないようだった。自己評価が妥当である点から、私の心象の上ではヴァルデマルよりも上位にいる。
とはいえ決して、歓待をする気になるような相手ではない。私ははじめは丁重に、やがて強硬な手段で、マクシミリアンを追い返すことにした。
「なるほど、ベアトリス・ローセンダール、噂に違わぬ美しさだな」
「御託宣をどうも」
「へらず口も噂通りか」
「率直に申し上げます。後見人の件は、父が過日お断り申し上げたはずです」
「先行きの知れぬグラディス・ローセンダール家をよく監督せよ、との父の深慮であるぞ」
「心配には及びませんわ。叔父御様においては、宗家の采配に専念されるようベアトリスが申していた、とお伝えください」
「そうは言うがな……栄えあるローセンダール家に、公国憲章を軽視する一門があることを見過ごすわけにもいかん」
このマクシミリアンの弄舌が、私の対応の分水嶺となった。体裁振るのは結構なことだが、すこしは実態を伴わせてから言ってほしい。
「よく言えたものね。ヴァルデマルほど恫喝と隠匿にまみれた公国人もいないでしょうに」
「ロ、ローセンダール宗家を愚弄するか、グラディスの小娘が!」
下に見ている者から反抗されると、こうした厚顔な権力者はすぐに激昂する。とはいえ今回の場合は、私が煽り立てたことが主因ではあるのだが。
「ご不満かしら? ならば私と決闘でもなさる?」
「な……決闘だと?」
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