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番外編「温かな居場所」
*
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翌日、早めに学校に着いた凪咲が教室に入ると、すでに梢が席に座って本を読んでいた。
他のクラスメイトはまだ誰も来ていない。
『あ、おはよう。八雲さん』
「お、おはよう…」
おずおずと返事をしながら自分の席に座ると、梢が手提げを手にして、中から小さな編みぐるみのクマを取り出した。
『クマちゃん、いっぱい作ったの。良かったら、八雲さんもどうぞ』
にこにこと可愛らしい笑顔を向けられて、凪咲も一瞬それに手を伸ばしそうになる。
けれど、すんでの所で思い留まった。
「いらない」
『え…』
「七塚さんとは、喋りたくない」
『そ、そっかぁ。ごめんね』
それだけ言うと、梢は顔を真っ赤にして下を向いてしまった。
よく見れば肩が震えていたので、きっと泣き出しそうになっているのだと、凪咲はぼんやりと思った。
(あやかしに感情なんてあるの?あれは、私を騙そうとしてるだけだ)
その日は、それから一度も梢とは口をきかなかった。
*
その帰り道、凪咲は一人で小さな公園のブランコに座っていた。
今朝、梢に対して言ってしまった一言が、凪咲の中で大きく引っ掛かっていた。
「言い方、キツかったかな…」
しょんぼりと落ち込んでいるのは、凪咲の方だった。感情など無いはずのあやかし――梢が、今日一日どことなく落ち込んでいた様に見えて、それがひどく気に懸かっていた。
(こういうとこが、ダメなんだろうな)
両親や、兄姉からもきつく叱られている事だった。
(私は、隙があり過ぎる…)
「どうしたら、強くなれるんだろ…」
小さな溜息と共に独り言ちた時だった。
凪咲の背後で、ズズッと何かを地面に引き摺る様な音がした。
恐る恐る振り向くと、巨大な血の様な色の達磨が大きな口を開けながら這いずり回っている。
「ひっ…!」
思わず声に出すと、達磨のあやかしが凪咲の方を向いた。
《おまえ、みえるのか》
凪咲の背に冷たい汗が伝った。
口を聞いては、いけない。
《みえるのだろう。ならば――》
そう言って、凪咲に向かって大きな口を開けたままで襲いかかってきた。
《くわせろ!》
凪咲は顔面蒼白になりながらも、右手の中指と人差し指を重ねて空に伸ばす。
けれど、指先が小刻みに震えて、上手く四縦五横の格子が描けない。
「せ、青龍――」
術を唱えようとしても、舌が回らず言葉が出てこない。
(終わりだ――)
底知れぬ恐怖にその身を包まれた時、不意に誰かが凪咲の腕を強く引っ張った。
他のクラスメイトはまだ誰も来ていない。
『あ、おはよう。八雲さん』
「お、おはよう…」
おずおずと返事をしながら自分の席に座ると、梢が手提げを手にして、中から小さな編みぐるみのクマを取り出した。
『クマちゃん、いっぱい作ったの。良かったら、八雲さんもどうぞ』
にこにこと可愛らしい笑顔を向けられて、凪咲も一瞬それに手を伸ばしそうになる。
けれど、すんでの所で思い留まった。
「いらない」
『え…』
「七塚さんとは、喋りたくない」
『そ、そっかぁ。ごめんね』
それだけ言うと、梢は顔を真っ赤にして下を向いてしまった。
よく見れば肩が震えていたので、きっと泣き出しそうになっているのだと、凪咲はぼんやりと思った。
(あやかしに感情なんてあるの?あれは、私を騙そうとしてるだけだ)
その日は、それから一度も梢とは口をきかなかった。
*
その帰り道、凪咲は一人で小さな公園のブランコに座っていた。
今朝、梢に対して言ってしまった一言が、凪咲の中で大きく引っ掛かっていた。
「言い方、キツかったかな…」
しょんぼりと落ち込んでいるのは、凪咲の方だった。感情など無いはずのあやかし――梢が、今日一日どことなく落ち込んでいた様に見えて、それがひどく気に懸かっていた。
(こういうとこが、ダメなんだろうな)
両親や、兄姉からもきつく叱られている事だった。
(私は、隙があり過ぎる…)
「どうしたら、強くなれるんだろ…」
小さな溜息と共に独り言ちた時だった。
凪咲の背後で、ズズッと何かを地面に引き摺る様な音がした。
恐る恐る振り向くと、巨大な血の様な色の達磨が大きな口を開けながら這いずり回っている。
「ひっ…!」
思わず声に出すと、達磨のあやかしが凪咲の方を向いた。
《おまえ、みえるのか》
凪咲の背に冷たい汗が伝った。
口を聞いては、いけない。
《みえるのだろう。ならば――》
そう言って、凪咲に向かって大きな口を開けたままで襲いかかってきた。
《くわせろ!》
凪咲は顔面蒼白になりながらも、右手の中指と人差し指を重ねて空に伸ばす。
けれど、指先が小刻みに震えて、上手く四縦五横の格子が描けない。
「せ、青龍――」
術を唱えようとしても、舌が回らず言葉が出てこない。
(終わりだ――)
底知れぬ恐怖にその身を包まれた時、不意に誰かが凪咲の腕を強く引っ張った。
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