もぐりのサキュバス

せいいち

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後日談:先輩と僕が恋人になってから

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※しばらくは後輩のおちんちんが使えないのでセカンド性交は当然ポリネシアンセックスになるよな、という話。そうはならんだろうが。なっているので仕方がない。


 先輩との初めてのセックスは不甲斐ない結果に終わった。
 先輩はサキュバスらしい。精液を搾り取るための性行為は無数にやっているだろう。一方の僕は例のサキュバスを受け入れたのが初めての性交渉だった。これで双方満足のいく結果が得られるとは思えない。僕はセックスにおける満足が何なのかすらわかっていない。
 しかし、どういうわけなんだか僕のことが好きで好きで大好きで一緒にいるだけで無限に性欲が湧いてくるらしい先輩をセックス初心者の僕が満足させられるとはとても思えないのは仕方ないとして、それでもなんとか恋人の性欲を満たしてあげたいと思うのは、悪いことではない、と思う。
「アユムくん。俺ってアユムくんの恋人なんだよね」
「はい。昨日、そうなりました」
「ふふふ」
 先輩は朝起きてすぐ、滑らかな肌で僕の背を覆った。先輩の濃い香りに包まれて、朝っぱらから心臓が口から飛び出るかと思った。
 それからいくつかの確認をして、僕と先輩は正式に恋人ということになった。先輩は意外と疑り深く、何度も僕らが本当に恋人なのか聞いてきた。
「これあげる」
「鍵ですか」
「そう、俺の部屋の鍵。五一〇号室。そういえば言ってなかったね」
「ありがとうございます……でもいいんですか」
「恋人になったんだ。俺の何もかもアユムくんのものだ。でも俺が今あげられる形あるものってこれくらいしかないから」
 僕も先輩に部屋の鍵のスペアを渡した。引っ越して来た時についてきたそのままの、409と書かれたアクリル製の札が付いていた。先輩の部屋の鍵は何も付いていない。出来るだけ早く先輩の部屋に相応しいキーホルダーを見繕うべきだ。
「申し訳ありませんがセックスのほうですが、昨日言った通りの訳ですので、すぐに次というわけには」
「なんだその口調。俺がおちんちんのカツアゲをしてるみたいじゃないか」
「サキュバスのほうのアサガに、そのようなことをされてましたから」
「……俺は、あいつとは違う。自制の努力はしてる」
 サキュバスのアサガを出しておいて、本当に自制の努力をしているのか。出したことによる反省、のほうだと思いたい。
「でも、……したいんでしょう」
「……したい」
 話をしながら朝食をとる間、先輩は僕のマグカップを使って牛乳を勝手に飲んでいた。間接キスということになる。半年前の先輩と話をするだけでドギマギしていた自分からしてみれば大変な事態だが、昨日はもっと大変なことをしていた。だからって間接キスに新鮮にドギマギして何が悪いんだ。今度先輩とスタバの新作のなんとかフラペチーノだって分け合ってみせる。未だかつてスターバックスで何かを買ったことは無いが。
「ポリネシアンセックスっていうのがあるんだ。しばらくはそれやろう」
「なんですかそれ」
 先輩は僕とセックスがしたかったらしい。僕と話し始めてから昨日まで、ずっとそうだったという。僕は別にそうではなかったが、したくなった。サキュバスが来てからは、自慰のネタに対して自分の想像力の足りなさを実感させられる毎日だった。実感したくてしたわけではなかった。
「前戯を四日間かけてやるんだ。それも一日ごとの前戯も長い時間かけて、スマホの電源とか切って、相手以外のことに気を取られないようにしてするやつ。本当はセックスのマンネリが進んでからやった方がいいらしいんだけど……俺も知識としては知ってるけど、実際やるのは初めて」
 先輩はよく見ると堪え性がない。サキュバスのアサガといい、性行為中の僕への距離の詰め方といい。それが前戯を四日するとなると、果たして耐えられるものなのか。僕のほうも分からない。
「一日目は互いに観察し合って、お喋りとかする。一日目は触れ合ったらだめで、それから毎晩のエッチの後は必ず抱き合って寝るんだ。二日目で軽いキス程度の触れ合い、でも性感帯を避けてする。三日目で舌を入れるキスも出来るようになるけど、ゆっくりしなきゃいけない。四日目でおちんちんとか乳首とか触れるようになるけど、イったらだめ。五日目でやっとセックスだ。でも入れてから三十分は動かないし、動くのもゆっくり。学校とかあるから手順はかなり簡略化したけど、要はスローセックスの一種だな。アユくんのおちんちんがすっかり元気になるまで待つよ。最終日はたっぷり時間を取りたいからバイトがない日がいいんだけど。いつからしようか?」
 先輩は性行為に関してすごい貪欲だ。長台詞の半分も理解できなかった。もう一回をお願いできる内容でもない気がするし、いつやるかだけは聞き取れた。シフト表を見る。遊びに行くために計画を立てたことはあるけれど、こんな、恥ずかしいことのために予定を立てるなんて。本質的には変わらない気がしたのに、いけないことをしている気がした。
「今日からやれば五日目は一日中休みでできます。買い物とか行こうと思ってたんですが」
「じゃあ、その日は買い物に行ってからやろう。一緒にさ。付き合ってもいいだろ? ほら。前戯は皿洗いからって言うし?」
「言うんですか」
「俺も聞きかじっただけだからよく知らない」
 そういうわけで、今夜からポリネシアンセックスをすることになった。


*一日目
 閉店間際のアルバイト先に先輩がちょっかいを掛けに来た。
「何しに来たんですか」
「花を買いに来たんだよ。ここは花屋だろ」
 そう言って脇腹をつつき、余り物の中でお勧めの花束を聞いてきた。先輩は僕の勧め通りに白いアネモネと青染めのカーネーション、千日紅の花束を買った。まことに都合のいい客だったが、絡み癖が悪かった。恋人でなければ警察を呼んでいるところだった。
「今日のこと、忘れるなよ」
 先輩は品物の引き渡しの時、僕の腕を引いて耳打ちした。
「貴方がここに長く居座ればそれだけ短くなります」
「……飯買っとくよ。風呂も沸かしとく」
「は?」
 それから花束を振り振りさっさと店を出た。先輩が今日最後の客だった。
 部屋に戻ると先輩がいた。部屋に充満する油の臭いと共に。久々に相まみえる食欲を刺激する匂いに腹がぐるぐる痛む。ちゃぶ台の上、曇った袋の奥にカーネル・サンダースの顔が透けている。
「おかえり」
「……ただいま、帰りました。何買ってきたんですか」
「フライドチキン。一緒に食べよ」
 手を洗い荷物を片付け、窓を開けてから食卓につく。チキンが八つにビスケットが二つ、コールスローとポテトが一つずつ。夜、これだけあればご飯を冷凍庫から出す必要はないだろうという量だった。今晩食べる予定だったものは明日の朝以降に回そう。先輩が着てこの方、全てが狂っていた。
「普通の食事も出来るんですね」
「サキュバスは肉食なんだ。チキンいくつ食べる? 俺あんまり食べられないから、余ったら明日の朝電子レンジでチンして食べて」
「自分で買っておいて……」
「多いに越したことはないだろ、アユくんがどれだけ食べるかわからないから、多めに。足りなかったらごめんね」
「多いですよ」
「そりゃ良かった。コールスロー一口だけちょうだい、ポテトも好きなだけ食べていいよ」
 先輩はコールスローをスプーンで掬って食べ、眉を顰めた。お気に召さなかったらしい。油も衣も植物性のはずだ、肉食と言っていたのだから我慢して食べているのだろうか。味が濃ければ気にならないとか? 一週間前に存在が確認された生き物、サキュバスの生態には謎が多い。冷たい空っ風が部屋を吹き抜け、フライドチキンの臭いを外へ連れていった。
「見た目のわりにあんまりだな。アユくんにあげる。これに入ってるタマネギがさ……どうにも苦手なんだ。見た目は白くてどろどろしてて好きなんだが」
「止してください」
「サキュバスは肉食寄りの雑食なんだ。食べるのはほとんど液体だから消化器官はあんまり強くないけど、構造はほぼ人間と一緒だから、頑張れば同じものを食べられる。これから口で食べる機会も増えるだろうし、俺も慣れておこうって思ってさ。たまに食べると美味いね」
「はあ」
 フライドチキンを齧りながら、先輩は自分の生態を説明した。油とスパイスのにおいが冷たい部屋に漂っていた。
「アユくん、こういうの苦手だった? 脂っこいの」
「いえ。美味しいです。僕も久しぶりに食べました」
「隣の中華と迷ってさ。そっちは明日食べよう。明日もバイトなんだろ?」
「そうですが。明日もですか」
「俺の奢り。一応先輩なんだしさ。いろいろあったけどアユくんに一週間食わせてもらったわけだし、そのお礼も兼ねて」
 先輩の食事はチキンを二つとビスケットを一つで終わった。ポテトを葉巻のように一本咥え、僕が食事を終えるのを待つ。
「……買ってきた俺が言うのもアレだけど、明日からはこういうの無しね」
 手に付いた塩を舐める姿すら様になった。
「明日から?」
「ジャンクフードってたまに食べるから美味いんだろ? でも健康には悪い。夜遅いし」
「先輩って本当に悪魔なんですね。買ってきておいて」
「チキンの臭いに惹かれちゃった。美味しそうだったからさ、ごめんね」
 食事を終え、誰にも手を付けられることなく余った胸肉一切れを冷蔵庫に入れた。
「先輩、そういえば自分の部屋帰らなくていいんですか」
「俺は大丈夫。部屋来たいなら、明日は俺の部屋でやる?」
「……四日目と五日目は大学が休みなので、その日は先輩の部屋でしましょう。四日目は朝からバイトなので、その後に」
「いいね」
「買い物とか掃除もしたいです。明日の朝は掃除もしますから、早起きしてくださいね」
「わかった」
 風呂は既に湧いていた。何もかもが早かった。先輩の性行為への熱意を感じた。今日どころか四日後まで、本番はしないというのに。
 換気を終え、カーテンを閉める。もっと早く閉めるべきだった。お喋りが過ぎた。
「一緒に入るんですか」
「あのサキュバスとも入ったんだろ。俺と入らないのはおかしいだろ」
「今日は何もしないんじゃないんですか、ほら、ポリネシアンって、一日目は身体触らないって」
「そうだね。ほら、バンザイして」
「自分で脱ぎますから。自制の努力って言ってませんでしたか」
「……そうだったね」
 先輩が着ている服は何もかも魔法で出来ているわけではないらしい、人間らしいまともな手順で服を脱いでいた。ついでにパンツを穿いていなかった。スウェットパンツと共に脱いだわけではなく、腰回りから二枚目の布地が出てくることは無かった……今日だけだと思いたいけど、きっと毎日履いていないのだろう。
 先輩はアサガと同じで僕が身体を洗っている間は風呂桶の中にいるようだった。アサガと違い風呂の中に髪を広げなかった。洗面台に置いていた予備の髪ゴムを勝手に取って、髪を雑に結い上げていた。
 頭を洗い終えて顔を上げると、先輩がこちらを凝視していた。大きな頭頂部のダンゴから方々に伸びた髪が湿気を吸って、おくれ毛が珍しくも曝け出された首筋にぺったり引っ付いていた。
「見てて飽きませんか」
「飽きないな。半年服着てる姿だけでずっと飽きなかったから。多分ずっとアユくんの身体見てられる」
「見どころ無いでしょ。どこがそんなに好きなんですか」
「それはベッドの上で話す。後のお楽しみだ」
 身体を洗っているじゅう、先輩は機嫌良さげに風呂桶の縁にもたれ掛かって僕を眺めていた。
「一日目は触っちゃいけないからな。見るだけ」
 明日は覚悟しておけよと暗に言われた気がした。
 風呂桶の中で僕と先輩は極力身体を触れ合わないように努めた。先輩は大きなため息を吐いて、僕のほうを遠いところから見ていた。
「バカってずるいよな」
「何ですか急に」
「考えなしに先走るんだ。俺が出来ないこと全部やってた。お風呂もあいつに先取られたし」
「サキュバスですか。まだやってないこともありますよ。多分」
「そりゃそうだ。そうだ、いつか絶対風呂の中でエッチするからな」
 先輩は本当にエッチが好きだ。風呂の中の先輩は、髪を上げておく以外はサキュバスと同じだった。
 風呂を出ると、先輩はサキュバスのアサガと同じ方法で体を乾かした。これで体の清潔さを保てるというのだからサキュバスというのはインチキな生き物だ。風呂桶にはフケ一つ浮いていない上にいい匂いまでする。おかしいだろ。
「身体拭いたげる」
「今日は体に触っちゃいけないんじゃないですか」
「布一枚隔ててるから大丈夫だって。迅速にやるから」
「出来るんですか」
「舐めるな」
 それから自分が持っている分も含めバスタオル二枚がかりで体を拭き、頭まで乾かされてしまった。貴族の御令嬢になった気分だった。
「本当に迅速にされた」
「言っただろ。パジャマは着なくていい、どうせ脱ぐんだから」
「今日は触れ合いは無しでしょう」
「体を観察し合うだろ。お喋りの後でいい。身体も温まってるだろ。湯冷めしたら俺があっためてあげるから」
 先輩は大学でも使っているリュックサックの中に、似たようなデザインの服を抱えていた。底のほうに大学で使っていたペンケースとノートが数冊見えた。
「普段は全裸だけど、今日はこれ着て寝るよ。普段着てるやつより手触りがいいんだ。抱き心地もいい」
「どこで洗ってるんですか。電気通ってないんでしょう」
「魔法」
「便利ですね」
 先輩はふわふわな寝間着の上下を揃えてベッドの足側に引っ掛けた。ベッドの上であまり暴れる予定がないから、そこに掛けておいても濡れたり落ちたりすることはない。僕も倣って隣に寝間着のTシャツとステテコを並べる。
「改めて、一日目は何をするんでしたっけ」
「お喋りと互いの観察。互いの身体に触ったらだめ」
「時間は?」
「三十分」
「よし……始めましょう」
 スマホのタイマーを三十分後に設定して、ちゃぶ台の上に伏せて置く。
 ベッドの上で全裸で改めて向き直ると、なんとなく気恥ずかしさが勝った。先輩はしわくちゃのシーツの上で人魚のように座り、真珠色の肩に白く波打った髪がかかっている。身体を支える手の先は桃の花のように色づいていて、足の曲線に落ちた影まで口付けしたくなるほど綺麗だ。どうしてこんな人が僕のベッドの上に座っているのかわからなくなる。
「俺をあんなにめちゃくちゃにしておいて。変なの」
 先輩は僕の顔に手を伸ばそうとして止める。下がっていた目線を上げる。
「あっ、触っちゃダメだったな」
「先輩に聞きたいことがあるんです。たくさん」
「そうか、俺も」
 正座解いたら? と先輩は聞く。僕はどういうわけか正座をしていた。胡坐をかいて改めて先輩と目を合わせる。コスモスに似た淡いピンク色の目だ。
「順番に聞いていこう。五つずつ質問をして、次は四つ、三つ、二つ、互いに出来る質問が一つになる頃には、タイマーも鳴るだろ。質問に飽きたらそう言ってくれればいい。じゃ俺から」
「えっ」
 先輩は人差し指一本を立て、僕の唇に触れる寸前で止めた。
「あ~~、またやっちゃった。最初の質問ね。アユくんは最初に俺のどこを好きになった?」
「最初に? 外見です」
「やっぱり。具体的なことを聞いてるんだけど」
「それまとめて一つの質問ですか。ルールの確認ですが」
「そりゃそうだよ。なんだよ外見って。俺のどこを気に入った? いやぁちょっとだけ俺だって君の好みに寄せたけどさ、……俺のどこを気に入って、あんなに熱視線送ってたの?」
「……すみませんでした」
「謝らなくていい。ほら、答えろよ」
 目、は違う。僕はサキュバスに迫られるまで先輩の目の色を気にしたことが無かった。喉、首筋、手、どれも違う。サキュバスに迫られた時と似ている。「俺のどこをオカズにしてる?」だったか。酷い質問だ。喉はかなり近いけど、違う。
「……髪、です。それから横顔。最初はそれくらいしか見えませんでしたから。遠くからでも先輩は綺麗で、とても……目立ってました」
「えっ、俺、そんなに目立ってる?」
「はい。すごい美人のわりにすごい留年しててパーソナリティがわからないって、どの学部の人間の間でも評判です」
「酷い噂だな」
「ですね」
「質問、次二つ目だっけ? あっこれは確認ね。質問じゃないから」
「次で三つ目です」
「マジ? 意外と早いな。時間すぐオーバーするかも」
「時間になったら服着て寝ますよ。もう質問がないなら僕の番でいいですか」
「良くない。まだ質問するから」
 先輩は片足を引き寄せ胡坐をかいた。深刻なことを聞くようにくるぶしに手をつき体重を前に掛け、顔を寄せる。肩に乗った髪が一房、胸に落ちる。
「アユくんが恋人に求めてることって何?」
 この質問は困った。えー、と間を保つために長めに唸る。
「すみません、わかりません。そもそも恋人を求めたことがないので、そういう、誰かに何かを求めるってことがわからなくて、ぱっと思いつかなくって……」
「そっかぁ……そういうもんだよなぁ」
「でも先輩とこう、親しく、親しく? なれて、嬉しいです。ロケットスタート過ぎる気もしますが」
「それは悪かったって。次、四つ目だな。これから週何回俺とセックスしたい? 俺は週七希望だけど、君の体調を考えたら減らさなきゃなとも思ってるから」
「毎日希望ですか」
「でも毎日はしんどいだろ。授業中居眠りしてたし。あれ俺のせいでしょ」
「あああ……その節はすみませんでした」
「あの先生の授業他の人間殆ど寝てるよ。お昼の後とはいえ、不良ばっかりだ。で、何回したい?」
「ええと……自慰の回数が週一回だということは前お話ししたと思うのですが」
「聞いたな」
「それぐらいがいいです。時間的にも。出来て土日です、今のところは」
「……そっか」
 先輩は笑っていた。悪い微笑みだった。
「次が最後か。何聞こうかなぁ」
「まだ僕の質問の後で聞けますよ。何なら今じゃなくてもいつでも」
「そうだね。でも聞きたいことあるからさ。好きな食べ物とか嫌いな食べ物、ある?」
「食べ物」
 先輩に聞かれる質問にしては色気がない。脈絡もない。少しびっくりする。
「……えっと、好きな食べ物は、ごはんに合うものなら、何でも。嫌いな食べ物は……ああ、最近パクチーが駄目だって気付きました。ああ、あと、セロリとか」
「よかった、俺も駄目。においの臭い草。ネギとかも苦手だったりする?」
「いえ、それは大丈夫です」
「……そっか」
 先輩はネギが苦手らしい。さっきコールスローに入っていたタマネギも。猫のように口を噤んで気まずそうに目を反らした。
「今度は僕が話を聞く番ですね」
「うん、何でも聞いて」
 僕が先輩に聞きたいことは山ほどある。だけど一番聞きたいことは一つだけだ。迷うことはない。
「先輩は俺のどこを好きになったんですか」
「うーん……」
 先輩は髪をかき上げ頭を掻き、目を下に向けた。宝石のようなピンク色の目がよく見えた。
「……目が綺麗だった。青っぽい紫色の目。それが俺を追ってくるんだもん。気分がいいよ。俺は真実の愛が欲しかったから、出来るだけ俺好みの出会い方で、俺のことを純真に慕ってくれて、それでいて適度に下心があるようなやつがよかった。それが君だった。こんなところかな、難しいな」
 真実の愛。また真実の愛だ。真実の愛、と先輩は言うけれど。何のために欲しがっているのか。
「先輩、真実の愛って言ってましたけど、それが何なのかわかってますか」
「わからない。だから欲しい。アユくんは何か知ってる?」
「僕も分かりません。よくわからないもののために僕を好きになったんですか」
「そうだね。でも俺は今すごく幸せだからさ、アユくんを好きになって良かった」
「質問を変えます。真実の愛に性行為って、必要だと思いますか」
「知らない。わかんない。アユくんはどう思う?」
「僕は考えたこともありませんでした」
「だよなぁ。俺は肌が触れ合ってると嬉しいし、この喜びを誰かと共有したいとも思う。一緒にいる愛ってそういうものなんだろ、嬉しいものを共有し合えて、辛いことを分け合える。俺はエッチが好きで、アユくんも俺とするエッチが好きだといいな、ってだけ。俺は他の方法を知らないから。腹も減るし」
「愛欲と愛ですか」
「言葉が悪いよね。響きが似てる。勘違いもやむなしだ。俺も勘違いしてた。愛ってもっと広いんだ。質問はこれまでだな、俺があと四つする番」
「さっき先輩は質問を二つしました。逆質問ですが。だからあと二つです」
「……ずるいぜ。後出しじゃん」
「先輩が先に敷いたルールに従ったまでです」
「……仕方ない。差し当たって二つか。子どもは何人欲しい?」
「誰が生むんですか」
「それは質問か?」
「……はい」
「俺だよ。一応産む機能はないこともない。命の保証はないが」
「いらないです。そもそも先輩と付き合った時点で子どもは存在し得ないんじゃないかというか、男同士だけで子どもを作る技術はまだ確立されてないっていうか……」
「はは、そうだな。男同士だもんな。普通はそう思うよな。だけど俺の身体は人間よりずっと自由に変えられる。きっと子どもも産めるんだ。……どうする?」
「……いらないです。まだ決めるべきではないというか、先輩が生むなら、僕に決める権利はありませんし、親になる準備も出来てません、ので」
「そっか」
 質問の重さのわりに、感想はあっさりしすぎていた。僕が混乱していたからか。先輩の心の切り替えが早すぎる。早速次の質問が飛んでくる。
「じゃあ、次の質問。アユくんはどういう家に住みたい? マンション? それとも一軒家? 都会がいいとか田舎がいいとか。アユくんの理想の家は?」
「家」
 前の質問は狂っていたが、今度の質問は人生だった。
「マンションでも一軒家でもいいですけど、風呂とトイレが分かれていて、徒歩圏内にスーパーと図書館があるところがいいです。それから治安がいいところ」
「……それだけ? 全部このアパートで賄えるな」
「それが条件でしたから。交通の便がいいし。細かいところを考えなければ、そのくらいだと思います。もっと真面目に、時間をかけて考えれば、真面目な答えを出せると思うんですが」
「そっかぁ。やっぱ家手に入れるならもっと詰めたほうがいいよな。次、アユくんの番」
「はい」
 逆質問を一回したから、あと三回。でもいざ質問となると、ぱっと思いつかない。前までいろいろ考えていたはずなのにそれが全部吹っ飛んだみたいだ。きっと終わったら思い出すのに。
「先輩は、どうして僕の好意を……先輩はサキュバスだから、僕が先輩のことを好きだとはとっくに気付いていたと思うんですけど、どうして最初は疑ったんですか?」
「俺がサキュバスだから。いつもそうしてるからって、君にも無意識に魅了の術を使ったのかもしれない。何が何でも俺のこと好きになるように催眠を掛けたのかもしれない。俺がアユくんに気に入られるように自分を変えるのはいいけど、アユくんを変えるのは嫌だったから。他人を無理やり思うままに変えるって、真実の愛じゃないだろ。それでも自分が一番信用できなかった。だからしつこく確認した。……ごめんね」
「いえ。僕が先輩に……魅了、されているのは事実ですから。一般的な意味で。気に病まないでください」
「……ありがと。他に質問ない?」
 先輩の微笑に僕は魔が差した。常に誰かが罪を犯すのを期待しているかのような微笑みだった。だからって僕が全部悪くないとは思わない。
「もしかして先輩は……自分に催眠を掛けたんですか。僕に関して」
 先輩は顔を傾げた。常に悪魔のように蠱惑的な微笑みを浮かべている。今ここにいることが奇跡のように感じる、美しい形をしていた。先輩、なんて綺麗なんだろう。
「……さあ。どうだろ。俺の情動に関しては無意識の領域が大きい。人間がどうだかは知らないけど。アユくんを襲ったサキュバスみたいに、ままならない部分が大きいんだ。他人に魅了をかけるのは呼吸みたいにやってたし、自分に催眠をかけるのだってやってるかもしれない。だからわからない。ごめんなこんな答えばっかりで」
「いえ。僕もあいまいな質問をしてすみません。次の質問ですね。先輩は……」
 ピピピピ、とスマホが鳴る。バイブレーションで自ら机から落ちようとするスマホを掴み、一旦タイマーを止める。
「最後の質問にしましょう。先輩って、どこを触られるのが好きですか」
 先輩は初めて笑顔を崩し、むっと下唇を突き出した。
「……えっち」
「そういう雰囲気にするのが目的でしょ。最後に、先輩はどこを触られると気持ち良くなりますか?」
「……アユくんならどこ触られるのも好きだ。気持ち良くなるのは……全部かもしれない。どうしよう、俺すごくエッチなのかも。引かないで」
「先輩はサキュバスですから。引きませんよ、今更」
「……恥ずかし」
「恥じらいを四日後まで取っておいてください」
 先輩は恥ずかしそうに笑っていた。本当に良く笑う人だ。綺麗なのに可愛らしいところもあって、その笑顔が僕に向いているのだから舞い上がってしまう。
 寝間着を着て、一緒に掛け布団を被る。狭いがサキュバスと一緒に寝ていたときと一緒だ。くっついて寝ればなんとか寝れる。
「電気、消しますよ」
「時間って過ぎるの早いね。アユくんのどこがいいって言う話は明日たっぷりさせてもらうから。覚悟してろ」
「楽しみにしてます。明日は何するんでしたっけ」
「キスをするんだよ。主だった性感帯は避けて。どこが好きか話しながら全身にキスしてやるよ」
「僕もしたいです。先輩に、いっぱい」
「……明日の夜な。お互いいっぱいし合おう。おやすみ」
「おやすみなさい」
 服を着て、僕と先輩は抱き合って寝た。頬が熱かった。先輩のいい匂いがした。心臓の鼓動がやけにうるさかった。先輩の長い脚が蔓のように僕の脚に絡んでいた。
 正直、緊張であまり眠れないかと思った。先輩が今夜のために持ってきたパジャマは確かに触り心地が良く、感触を楽しんでいるうちに僕はあっという間に眠りに落ちた。夢も見ず、とても良く眠れた。


*二日目
 今日は授業で眠らずに済んだ。先輩と一緒に寝て質の良い睡眠をとれたからだろう。サキュバスもいい匂いはしていたしよく眠れたとは思ったが、良い睡眠にはやっぱり時間が関係あるのだろうか。それかあの触り心地の良いパジャマ。あれがいいのか。
 ところで今日は先輩と帰る曜日だった。アルバイト先が木曜定休で、大学が四限まであるからである。
 先輩は一限から四限まで、適当な教室に入って授業を受けていた。運良くゴミ箱に突っ込まれてもいない限りシラバスやら授業計画を手に入れるすべはないから、半年置きに行き当たりばったりで面白そうな話をしている教室を探しているらしかった。このような話は先輩とお付き合いを始める以前に聞いていた。僕はこれを聞いた時点で先輩が正式な学生でないことに気付くべきだった。僕は馬鹿だ。
「今日はベタベタするから。何食べたい?」
「天津炒飯がいいです」
「他には?」
 帰りの電車で昨日先輩が言っていた中華料理屋のテイクアウトメニューを見ていた。
「先輩は何食べたいんですか?」
「ん~、担々麺かな。でも辛い物苦手なんだよね。あんまり辛くないといいな。半分あげる」
「青菜炒めも頼んでいいですか?」
「おう頼め頼め。あっエビ団子食べたい。よだれ鶏ってのも気になるな」
「辛い物ばっかじゃないですか。好きなの買って下さい。食べ切れそうになかったら僕が食べますから」
 夕食には早い時間だったが、腹が減っていた。その後することも頭の中にあっただろう。先輩は本来の食事を一週間しないことになる。……それ以前の食事の頻度がどれくらいだったか知らないけど。
 先輩は僕のほうを一瞥し、再びスマートフォンの画面に視線を落とした。
「長い間食わなかったくらいじゃ何ともないよ。毎日食うに越したことは無いけどね」
 頭の中が読まれている。顔が熱くなって思わず目を反らした。
「何考えてるかくらいわかるよ。考えてることがわかりやすすぎるだけ。別に魔法とかじゃないから」
「さ、左様ですか」
 電車内での相談を元に中華料理屋で先輩にご飯を買ってもらい部屋に帰る。頼んだ量が量だから、思っていたより荷物が増えた。
「先輩って、人に何かを食べさせるのが好きなんですか」
「いや。人の欲求に付け込むのが好きなだけ。悪魔の本性だね。吸血鬼は家畜にエサを喰わせるみたいに人間に飯を食わせるみたいだけど、俺はそうじゃない。ただ人生の楽しみを一緒にしたいだけ。昨日チキン食ったろ」
「先輩、吸血鬼の知り合いもいるんですか」
「いないよ。そうする人もいるってだけ。アユくんも気を付けてね」
「先輩……」
 先輩がまさにそうする人ですが、と言いかけて止めた。
 つつがなく食事を終え、風呂に入る。食事中は口付けも手を触れることも外にいるときと同じくらい、つまりほぼ無かった。持ち帰り用の皿から分け合い片付ける。よだれ鶏とゴマ団子、カシューナッツの何かの余りは明日の朝か昼にでも食べればいい。先輩はよだれ鶏を美味しそうに食べていた。担々麺といい、辛いものが好きなのか、と聞いたらニンニクの味が好きらしい。なるほど。
 風呂場では体を洗うまでは昨日とほとんど同じだった。先輩は僕の動きの一挙一動を観察して、僕は見られながら身体を洗った。僕は身体の汚れを流した後、風呂桶に入るなり先輩が引っ付いてきた。左腕を取ってべたべた触る。こんなに距離が近いのに、不思議と不愉快な感じはしない。白い湯気と共に肺いっぱいムズムズするような香りで満ちている。
「昨日もこうしたかったんだよ。アユくんって風呂ン中だとすぐ顔真っ赤になるのな。可愛い」
「先輩が隣にいるからです。風呂の中だし」
「恥ずかしいこと言ってくれるじゃん。かーわいい」
 先輩が僕の手を取り、頬から首、胸に降ろしていく。サキュバスの身体が人間と同じ構造なら、あばらが浮いた薄い肉の下には肋骨、さらに下には心臓があるはずだった。
 桜色に色付いた肌の奥がどくどくと脈打っていた。
「先輩」
「俺もドキドキしてるんだ。お湯があったかいからだけじゃない」
「やわらかいです」
「……そうぉ?」
 にやりと笑った先輩の肌は永遠に触っていられるほど滑らかで、指は肋骨にぶつかるまで柔らかく沈んでいった。
「……出よっか。顔真っ赤だ」
「はい」
 風呂から出た直後の顔を鏡で見ると、頬が茹で蛸のように真っ赤だった。
「これで酒とか飲んだらどうなっちゃうんだろうねぇ」
「飲んだこと無いです」
「そりゃあいい。二十歳の誕生日来たらまず俺が用意した酒飲もうな」
「晩御飯時にお願いします。日付変わってすぐとかはちょっと」
 昨日と同様に迅速に体を乾かされた。スマホのタイマーを用意し、ベッドの上で向かい合う。まだ頬は熱く、身体は湯から上がったばかりのように色付いていた。
「今からアユムくんの全身にキスをします」
「こういうのって互いにし合うんじゃないんですか」
「順番だ。年功序列」
「それって奉仕のことじゃ……」
 先輩は左の目じりに口付けた。それから左の頬に徹底的に唇で触れ、耳元で囁く。
「俺がしたいんだ。いいだろ?」
「そうすれば僕が何でも従うと思ってます?」
「お願い♡」
 そう言って先輩は耳を穴の中まで舐めた。外耳の溝という溝に舌を這わせ、耳の穴に舌を尖らせて入れる。未知の感覚だった。ぞわぞわしたが、先輩にされること全て不快にはならなかった。本当に僕はどうにかしてしまったとしか思えない。先輩に全面的に従うほかない、と思わされてしまう。
「不味くないですか」
「美味しいよ」
「味覚大丈夫ですか」
「疑うなよ」
 舌を顎の下に這わせ、首の腱、鎖骨へと降りていく。そしてベッドに押し倒された。先輩の歯も舌も、喉笛を食い千切れる位置にあった。そこに触れるだけの口付けを何度もする。命の危機のドキドキを恋愛的な何かだと勘違いしているみたいだ。でも今食われても後悔はしなかっただろう。僕はきっと幸福の中で死ねたはずだ。
「うん、美味しい」
「お世辞じゃないんですか」
「そんなわけない。汗だって体液だ。傷付けなくても出て来る清らな体液だし、ちゃんと栄養になるんだ、協力すると思って大人しくしてろ」
 先輩は口付けの位置をだんだんとずらしていき、舌は右の腋窩に至った。脇毛の中に形のいい鼻を突っ込み、思いっきり息を吸う。
「ばっちいですよ!」
「さっき風呂入ったばっかりだろ。これからもっとばっちいところも舐めるぞ」
 舌を伸ばして舐められた。先輩がいるにも拘らず、思わず脇を締めた。
「いって」
「すみません、擽ったくて」
「くすぐったいってことは敏感だってことだな。いつか脇だけでイけるようになるかも。毛を剃ればツルツルになって手触りは良くなるが毛に溜まる匂いも捨てがたい。どうするアユくん?」
「今すぐ剃ります」
「それはダメだ。明日俺がやる」
「ええっ」
「サキュバスは、人を傷付けないことに関してはどんな悪魔よりも優れている。剃毛もそうだ。俺なら肌を傷付けずにやれる。っていうか俺がやりたい。だから」
「ひゃっ」
 先輩は腹から臍に指を滑らせ、陰毛の中を擽った。陰茎に触れるか触れないかのところで止める。
「そうだ。どうせなら下も剃ろう。ケツの毛まで剃っちまおう」
「……お願いします」
「断らないんだ」
「先輩がしたいなら止めませんよ」
「自分の身体だろ。自分で決めろよ」
「するなら明後日がいいんじゃないですか、性器を触れられるようになるのはその日からだったはずです。おちんちんに触れてしまったら、それまでの我慢が台無しです」
「……そうだな!」
 先輩の髪に指を通し、頭蓋を撫でる。ふわふわしていて気持ちいい。いくらでも触っていられる。
「んんっ♡ ……アユくん、くすぐったい」
「感覚器官がいっぱい詰まってますからね。擽ったいのも頷けます」
「アユくんも頭撫でられたら擽ったいのかな?」
 陰毛の中から手を出し、先輩は僕の頭を撫でた。犬にするような無軌道なわしゃわしゃでなく、背筋が痺れるようなサキュバスの愛撫だ。にっこり笑って桃色の視線を落とし、大きな両手で僕の頭を包む。脳を直接支配されているようだ。目が快楽で潤んでいるのに、先輩しか見えない。
「……は、ひ」
「ホントだ。かわいいなぁ、アユくん」
「先輩、だからです。他の誰に撫でられたって、こんなふうに、なりません」
「頑張ったから♡」
 顔を近づけ、一瞬鼻息が近づく距離で躊躇った後、額に口付ける。僕はカッコ悪い吐息を出した。
「……だ」
「どうしたの?」
「駄目に、なっちゃいます」
「なっちゃえよ」
「駄目です。俺も、先輩に、触らないと……」
 先輩の背に腕を回す。背を撫で、背骨を辿り、尻の肉に触れる。他の部位に比べ肉付きの良い箇所で、指が沈み心地よい脂肪のやわらかさがある。
「やだなぁ、アユムくんたら、そこばっかり。お尻好き?」
「全部好きです」
「他のとこも触れって言ってんだよ。この姿勢じゃあ難しいか」
 二人で起き上がり、向かい合って座る。先輩は僕の肩に手を置いて、僕は先輩のふくらはぎに手をついた。すべすべしている。先輩は何もかもやわらかい。触られるために存在している肌。筋肉の程よい反発感。骨を辿り、膝の皿を擽る。先輩がびくっ、と震える。
「俺だって、アユくんじゃなきゃこんなに敏感にならない」
「嬉しいです」
 太腿に手を置き、先輩にされたように、首筋から鎖骨に口付けをする。骨ばっていてしょっぱくて、美味しい。人体への感想じゃないと思うが、そうとしか言いようがない。
「あっ、アユくん……」
「先輩、どうかしましたか」
「……なんでもない。それよりもっと触ってよ」
「痛かったら言ってください」
「痛いわけないじゃん。そんな割れ物に触るみたいな触り方でさ」
 手で浮いたあばら骨を辿り、柔らかい腹に触れる。びくびく小さく震えている。呼吸のために肺が動いている。大理石の彫像じゃなく、先輩は生きて完全な美をその身に宿している。
 そういえば先輩って臍あるんだな。サキュバスは胎生らしい。生殖方法も人間のかたちを模しているのならそうだろう。
「……あぅっ!♡」
「すみません!」
「いや、違う。いいんだ。もっと触って。舐めてもいいし、なんならもっと深くに……」
 先輩は思わず引っ込めた僕の手を引っ張り、自分の臍に導いた。先輩の陰茎は腹に付く程反り返って、先端から一滴汗を流していた。くぼみの中は汗ばんでいて、顔を見ると頬を染めて口の端を吊り上げていた。
「深くは……まずいでしょう」
「俺はね、アユくんになら、何を、されてもいいんだよ」
「生と死の境い目くらい付けてください」
 先輩の腹の上はじっとりしていた。
「ごめんね。でも俺……」
 ずっと腿に触れている片手が熱かった。先輩は僕の頬を手で覆い、つむじや髪の中に何度も口付ける。
「ああ、どうしよう、すげーむらむらしてる。今すぐ中触ってほしい」
「それが目的です。我慢してください。あと三日焦らすんですから」
「……三日ねぇ、俺を焦らしておいてマジで覚悟しとけよぉアユくん♡」
「焦らすって、先輩が言い出したんですよ。我慢してください」
「くっそぉ~っ♡」
 先輩は鼻息も荒く僕の耳の後ろを嗅ぎ、首筋に触れるだけの口付けを何度も落とす。
「アユくん、欲しいなぁ♡ 触ってよ♡ な~ぁ♡ もっと深いところ♡ 触って♡」
「駄目ですって!」
 耳元に甘く囁き、太腿から急所に導こうとする先輩の手に抵抗する。骨ばって華奢だが力強い。そのパワーはどこから出て来るんだ。頭一つ分の身長分の差か。
 ここでスマホのタイマーが鳴った。助かった、と思った。これ以上されたらもたない、とは毎晩思っている気がする。先輩には己の箍を外されてばかりで、どんどん知らない自分が出て来る。
「さ、今日は終わりです。服着てください。もう寝ますよ」
「……」
「先輩?」
「ねー、アユくん。俺、我慢するから」
 寝間着を着た直後、先輩は僕の首筋に口付けを落とした。先輩はまだ何も着ておらず、何度も、何度も首筋に口付けた。
「先輩、もうおやすみですよ」
「我慢、してるんだからな」
 最後にデコに口付けして、先輩は服を着た。布団を被り、明かりを落とす。
「アユくん、おやすみ」
「おやすみなさい」
 布団の中で、先輩は僕のつむじに口付けした。どうやら口寂しいらしい。我慢していると何度も言っていたから、きっと全身が寂しいのだろうけど。確か明日からキスが出来るから、明日はいっぱいしよう、とうつらうつら思う。
 今夜は寄り添って眠る程度で済まず、僕の脚に先輩の脚がぎっちり絡まっていた。寝返りも打てない。さながら連理の枝になる途中だった。


*三日目
 朝起きて鏡を見ると首筋にいくつか赤い痣が出来ていた。たぶん寝ているうちにどこかにぶつけたのだろう。ベッドボードを首筋にぶつけることは絶対に無いし、何か物が落ちて来たわけでもないらしいから、ぶつかったものの心当たりは一つしかない。
「先輩、どっか怪我してませんか」
「してないけど、どうかした?」
 着替えの時に先輩の肘やら頭を覗き込み、痣がないことは確認できた。
「痛いところは隠してませんよね」
「俺は下半身が痛いよ、我慢してるんだから」
「そういうことじゃなくて。寝てる間にどこかぶつけたりしてませんか」
「……してないと思うけど」
「なら、いいんです」
 僕は安心できた。先輩は首を傾げていた。
 時間は夜に飛ぶ。今日は珍しく八時丁度にバイトを上がり、いつもより早く家に帰る。部屋には明かりがついていて、先輩が僕の家に居ついているのがわかる。お付き合いを始めてたった三日程度なのに、かなり馴染んでいる。もともと同じアパートに住んでいたことと、大学での半年の付き合いがあるからもあるだろうけど。嬉しい以外の感情が湧いてくる。
「おかえり。今日はさぁ、奮発したよ」
 玄関を開けると、台所からウナギのたれの良い匂いが漂っていた。先輩が勝手に台所を使っていた。ウナギがフライパンの上で焼かれている。この人料理出来たんだ。初めて知った。
「金曜日だからさ」
「僕は明日朝からバイトですから、世間一般の金曜日夜の喜びには当たらないかと」
「俺の奢りなんだから。喜べよ」
「やったぁ」
 ひつまぶしのように切られたウナギの蒲焼きを炊き立てご飯とともにいただく。この部屋に来て初めて食べたウナギは美味かった。
「朝からって、何時から? 花屋で何するの?」
「七時から荷下ろしとか、開店前の準備とかの手伝いをしてます。一限がないときは平日にも」
「日曜は休みなんだ」
「はい」
「嬉しいね」
「課題とかまとめてやる日のつもりだったんですが」
「今週は特に無かっただろ」
「……その通りです」
 先輩には僕の履修科目や課題事情の殆どを把握されている。今のところ日曜にまで響く課題は出ていない。
「出てたとしてもちゃっちゃと午前中に終わらせて、午後ずっとエッチしてりゃいいじゃん。文系なんだしさ、そう言う潰しが効くだろ」
「なんて言い草だ」
 贅沢な食事を終え、惜しみつつ歯を磨き、風呂に入る。先輩は飽きもせず僕を眺めて、風呂桶に入ったらぴったり身体をくっつけて、僕の身体が温まるまで待っていた。昨日と同じだ。
 スマホのタイマーを付け、ベッドの上で向き直った。湯船で暖まったほかほかの身体でただ抱き合う。先輩の背は絹のようになめらかで、一つの傷もない。肩甲骨の出っ張りと背骨の凹みが肌と筋肉でなだらかに繋がっている。脇腹に浮いたあばら骨が凸凹している。
 それから今夜することを、知ってはいるが確認する。あまり撫ですぎると擦過傷になりそうな柔い膚だ。
「三日目は、何をするんですか?」
「キス。口付け。口を口で塞ぎ、蝸牛のように食い合おう。ほら、早く口を開けろ」
 先輩は口を開き、舌を突き出す。桃色のカサブランカのような長い舌。真珠粒のように並んだ歯列。どこを切り取っても綺麗な人だ。
「はい」
 僕は先輩の舌を唇で食んだ。先輩の腹が痺れるような甘い香りと、唾液の血に似た臭いと、腹の奥のウナギのたれの臭い。舌が歯茎を這い、舌に絡みつく。口の中にある先輩に魂を引っ張られるようだった。先輩はキスが上手い、どころの騒ぎじゃない。死にかねない。
 見かねた先輩が口を離す。綺麗な、本当に宝石のように綺麗なピンク色の目が見降ろしている。
「アユくん、鼻呼吸しろよ」
「は、はひ」
 肩で息を吐く僕を、呆れたような目で見て笑う。
「我慢してるんだからな? 俺。アユくんのおちんちんが立たないからこんなもだもだしたやり方に付き合ってるんだ」
「それ、体調の問題ですよ。我慢って先輩が言い出したのにその言い方は……」
「明後日が待ち遠しいなぁ、アユくん」
 そうしてまた口を塞ぐ。腹を撫で、一瞬だけ舌で深く沈むように繋がって、唾液で後を引きながら口を離す。
「先輩、おちんちんにしか興味ない人みたいになってますよ」
「……」
 先輩から表情が消えた。切れ長の目を真ん丸に見開いて、ピンク色の目が震えて僕を凝視する。
「違う」
 首を振ると、ふわふわの髪が雲のように乱れた。
「違う。ごめん。嫌なら嫌って言って。俺とえっちするの嫌? 嫌なら今すぐやめよう。ごめん」
「嫌とは言ってないじゃないですか。先輩。嫌じゃないです。嫌じゃなくて先輩の提示する頻度が多いんです。したいなら応えたいけど、僕がもたないんです。先輩がエッチすぎるんです」
「……エッチでごめんな」
「いいですよ」
「ごめんな。アユくん。俺、アユくんが欲しいんだ。アユくんの全部。全部欲しいの。全部だよ。わかる? 後の人生の時間の全部。ご飯もエッチもベッドに入ってからも、墓に入るまでの時間全部。欲張りでしょ」
「それは、さすがに。仕事とかあるし……」
「だから我慢してるんだ。さすがに、現実的に全部は無理だってのはわかってるさ。筆頭株主くらいの配分で貰えればいいよ」
「五十一パーセント以上ですか……」
 割合だけ見たなら現実的な提案かもしれない。眠る時間を三割、少なくとも残りの二割の時間を先輩と共に過ごせばいい。一日八時間働くとして、他の起きている八時間のうち少なくとも四時間を先輩の顔を見て過ごすのだ。人生に於いてこれ以上の幸せは無い。
「いいですね」
「……引かないんだ?」
「どうして引くんですか?」
 今度は僕から舌を入れた。仕種自体は真似っこだ。腰を抱き、より体を密着させる。飲み込んだ唾液が今まで呑んできた何よりも美味しい。全身が敏感になって、先輩の身体をより鋭敏に感じられる。肌の滑らかさ、細かな凹凸。身体に挟まれた乳首が固くなって、僕の身体に擦り付けられている。ここは触っていいんだったっけ。特別刺激しなければいいのかな。
「アユくん、随分エッチになったなぁ」
「先輩のせいですよ」
「そりゃそうか」
 先輩は僕の腕を引き、一緒にベッドに倒れた。背は僕より高いとはいえ、先輩の身体は体重をかけるのを躊躇われるほど薄い。すぐにベッドに腕をついて体重を移す。
「ねぇアユくん、もう一回して」
「……一回だけですか?」
「とりあえず一回。時間までは何回でもしていいけど」
「はい」
 唇を重ね合わせる。僕を見下ろすピンクの目が潤む。舌をいっぱい伸ばして先輩の口の中いっぱいに愛撫をする。先輩は気持ち良くなれているのかな、と思いながら舌を絡めて上の歯の内側を撫でる。舌を伝って唾液が降りる。口の中が限りなく潤っている。呼吸が苦しくなってきた。鼻呼吸にも限界がある。
「ん、ふふっ、あはははっ!」
 突然笑い出した先輩に、僕は目を丸くした。この表現を初めて自分に使ったかもしれない。舌を口の中から追い出されて、思わず顔を引く。唇に舌を挟まれる奇妙な感覚が楽しかった。
「ごめんね。ふふっ、急に笑えて来ちゃって」
 唾液の粒が糸を引いて唇に落ちる。先輩の赤い舌が艶っぽく一滴を舐める。
「どうかしたんですか」
「……俺さ、サキュバスなんだよ」
「知ってます」
「人間の体液を吸って腹を膨らしてる。アユくんの唾液、すごく美味しいから」
「……あっ」
 僕が舌を先輩の中に入れ、溢れた唾液は重力に従い先輩の口の中に落ちていく。口付けの間先輩は何度か、ごくん、と喉を鳴らしていた。あれでわずかに腹を満たしていたのだ。ご飯の味見か、つまみ食い程度だろうけど。
「えへへ。俺だけちょっと得してる」
「……」
 ずるい、とは言えない。僕は先輩がいるだけで幸せだし、触れ合っているなんて幸福の絶頂だし、ご飯も奢ってもらったし、貰ったものの総量なら、先輩よりも多いかもしれない。
「俺の唾液でよければ、いくらでも飲んでください」
「そうさせてもらう。んへへっ、あはは! ……大好き♡」
 態勢を変え、先輩は僕の上に乗った。髪がカーテンのように顔を包む。藤棚の中に顔を突っ込んだようだ。顔を反らせない。ふわふわの髪が頬を擽り、口が迫る。食われるかと思った。あまりにも完璧な造形。二重に心臓に悪い。柔らかくふやけた唇が唇を覆う。今日は何度も触れている唇なのに、いつも新鮮に幸せだ。
「……あっ、おちんちん立ってる♡」
「へ、えっ?」
 僕は下を見た。陰茎が勃起している。
「あ~あっ、まだ触っちゃダメなんだよな。おちんちん萎えるまで待たないとなぁ♡」
 先輩は長い腿で僕の胴に跨る。ぶら下がった先輩の陰茎が、僕の半立ちの陰茎と先端が一瞬触れ合った。これは故意か。アウトか。一瞬だけだからセーフか。先輩は気にしていないようだった。
「アユくんも我慢、だな?♡」
 先輩の満面の笑顔からたらりと涎が垂れてきていた。明らかに食うのを我慢している表情だった。
「先輩」
「なぁに?」
「綺麗です」
 再び顔が近づき、柔らかな唇が下唇を食む。
「アユくんの大好きな顔だよ」
 こんなこと言われたら夢でも先輩の顔しか出てこなくなってしまう。
 先輩はちゅっ、ちゅっ、と触れるだけの口付けを何度もする。僕は先輩の腰に手を伸ばした。腹筋に触れ、臍を撫でる。びくびく震えていた。
「ねー、アユくんさぁ、そういうことされると俺本当に我慢できなくなっちゃうよ。そういうエッチな触られ方するとさ。今すぐおちんちん入れてほしくって、びゅーってせーえき出してほしくなっちゃうんだけどさ。どうなの? アユくん。そういう意地悪してさぁ。俺のことどうしたいの?」
「駄目ですよ」
「……いじわる」
 先輩が仕返しに人差し指を伸ばし、へその中を撫でてくる。奥のほうに指を入れてくると、ぴりぴりと下腹部に甘い痺れが走った。
 スマホのタイマーが鳴った。驚いた心臓がどくん、と大きく脈打つ。先輩が舌打ちをして、僕の上から退いた。
 陰茎が萎えるまでズボンを穿けないので、上だけ着てベッドに座って待つ。先輩はふかふかの寝間着をのんびり着て、ぽんぽんとベッドを叩いた。
「着ずに寝ちゃったらぁ?」
「いえ……先輩と寝てる間に触れ合ったりしたら、このままだと射精してしまいそうなので」
「信用無ぇなぁ」
 隣に座り、肩を組み、耳元で低く囁かれる。触れているのは肩と身体の側面だけなのに、本当に触らずに射精してしまうかもしれない。突き飛ばせるほど先輩に冷たく接せない。
「……早く寝ないと明日辛いぞ」
「今も辛いです」
「だな。俺も辛いよ」
 耳に唇が触れる。吐息がかかる。舌が耳の産毛を撫でる。
 僕は自分の頬を叩き、多少無理やりにでもステテコの中に陰茎を収めた。
「先輩は僕をどうしたいんですか?」
「辛抱たまらず俺の中に突っ込めばいいと思ってる」
「しませんよ」
 布団に入り、明かりを落とす。決まりの通り抱き合って眠る。先輩は脚を絡みつかせ、僕の股間に太腿を入れてぐりぐりと貧乏ゆすりのように動かしていた。
「やめてくださいよ」
「んん~?」
 暗い部屋でも先輩の表情があの揶揄うような目で見ていることくらいはわかった。


*四日目
 今日は眠りが浅かった気がした。朝早く、目覚ましが鳴る前に、腹が湿っていることが原因で目を覚ました。
 見下ろせば先輩の股間あたりに濃い染みが広がって、くっついていた僕の腹にもその何らかの水分が移っていた。僕のパンツの中が湿り気の発生源ではないことにはほっとしたが、先輩が何らかの体液を漏らしていた。アンモニア臭はない。
「おはようございます」
「……サキュバスが夢精なんてするかよ」
 先輩は夢精したらしい。あからさまに不機嫌さを隠さず、眉間にしわを深く刻んでいる。ふかふかだった寝間着のズボンの中は、白く栗の花の臭いのする液体でぐっしょり濡れていた。
「でも湿ってます。早く服脱いで、洗濯しますから。シーツくっつけるまで二度寝はしないでください」
 幸いシーツにまではかかっていなかったが、もともと明日洗濯する予定だったので関係なく洗濯機にともに放り込む。バタバタしつつも朝食をとり洗濯をしゴミを纏める。このアパートはゴミ出しの日を気にしなくていい。
「そんな、バカな話あるかよ。昨日勃起してたのはアユくんだろ。何かの間違いだって……」
「現実をお認めになってください。漏らしたのは先輩です。洗濯終わったら干しておいてください。昼には一旦戻ってきますから。行ってきます」
 先輩は呆然とした様子で洗濯機を見張りながらも、手を振って僕を見送ってくれた。お気に入りのパジャマを濡らしたのが余程ショックだったのか、魔法を使う様子すら無かった。
 あの様子を見る限り、先輩は夢精したことがなかったらしい。そりゃそうだろう、夢精とはサキュバスの仕業だと言われていたのだから。するはずがない。眠っているうちに僕の身体に擦り付けていたとかでない限り。
 五日目の夜まで絶頂してはいけないという縛りは適用されるのだろうか。無意識の場合はノーカウントだろうか。先輩に聞いていなかった。何かの間違いと言っていたから、本当に無意識でやっていたのだろう。ズルではないと思う……ほんとかなぁ。
 先輩の射精について考えつつ悶々としたまま昼休憩の時間になった。二日分の射精を伴わない愛撫のおかげでもあるだろう。手を動かしても座って外を眺めても先輩のことばかり考えている。
 僕は家が近いのでいつも家に帰って食事をとっている。今日もそのようにする。
 帰ると先輩はスウェットの上下を着てベッドの上で寝転がっていた。洗濯物を干した後に二度寝したらしい。朝早かったからな。部屋には洗濯物が干され、窓の外にはシーツがかかっていた。
「魔法、今日は使わなかったんですね」
「……あっ」
 思いつきもしなかったらしい。飛び起きて洗濯物の一部に飛びつく。
「ホントは使えるんだって。ほーら生乾きだった靴下があっという間に」
「便利ですね」
「帰ってきたってことは、もうお仕事は終わったのか」
「いえ、ご飯に帰ってきただけです。すぐに出ますよ」
「……焦らすじゃねえか、意地悪」
「あと丸一日は焦らすんですから。誤差ですよ誤差。出来ることなら洗濯もの全部乾かしておいてください。昼ご飯食べますか」
「いいよ俺は! 牛乳だけあっためといて」
 冷蔵庫の中身で一食をでっち上げる。先輩が勝手に入れたり使ったりしたおかげで、家の冷蔵庫の中はそれなりに変わっていた。明らかに色々増えている。一人では消費しきれないと思う量だが、二人なら……先輩が戦力になるとは思えない。食事量は僕より圧倒的に少ない。
「してませんよね? 一人で」
「してないよ。アユくんこそしてないよな?」
「してませんよ。仕事中ですよ。できるわけないでしょ」
「ほんとかなぁ?」
 食事中に下の話も出来るようになった。人は変われるものだ。先輩はマグカップを両手で包んで、一口一口飲んでいる。
「先輩のことばっかり考えてたっていうのは、……そうですけど。抜いたりはしてません。楽しみにしてるんです」
「んっふふ、そっかぁ。楽しみに、ねぇ」
「今朝の夢精のことですが」
「俺はサキュバスだぞ。夢精なんてするわけない」
「……おもらしのことですが。あれは……アウトじゃないんですか?」
「アウトだったとして俺にどんな罰を与えられる? 取り返しがつかないタイプの失敗だぞ。お尻ペンペンとか?」
「してほしいんですか? お尻ペンペンを」
「……」
 先輩は頬を膨らしてマグカップの縁を噛んだ。マグカップか、さもなくば歯が欠けるからやめてほしい。百均のマグカップは買い換えられるが、後者だったら取り返しがつかない。
「先輩にとって罰になる行為って何ですか? 射精? エッチの我慢とかですか?」
「しゃっ……エッチの我慢は常にやってるから。……お尻ペンペンはヤだな」
 そう言いながらも、頬は鴇色に染まり口の端は吊り上がっていた。表情は何よりも雄弁に語っていた。
「嫌いなんですか? お尻ペンペン」
「俺はヤだよ。ケツ叩かれながらエッチとか。痛いの嫌だし。でも程よくアユくんにされたらご褒美になるかもしれない。やってみなけりゃわからないな、これに関しちゃァ、さ」
「そうですか。……また後でしましょう」
「……うん」
 とんでもない約束をしてしまった気がする。僕と先輩の食事中の軽口によると、僕は今度先輩の尻を叩きながらエッチするらしい。あまり聞いたことのない文字列だ。
「エッチするとは言ってないでしょ」
「アユくんに尻叩かれながら屈辱的なエッチをしたいんだよ」
「それじゃあ罰にならないでしょ」
「屈辱は貰ってる」
「自覚してたら屈辱にはならないでしょう」
「んもー。アユくんはどういうエッチがしたいんだよ」
「別にエッチはしなくていいんですが」
「エッチの咎はエッチで払うんだよ」
 時間が許す限りギリギリまで議論して、約束未満のまま家を出た。
 バイト先の店長からは「今日はやけに遅かったじゃねえの」と言われた。確かに今日は遅かった。特に時間のことにかけてはよく気が付く人だった。
 もだもだしつつバイトを終え、早足で家に戻る。出来るだけ先輩のことを考えず、目の前の仕事をこなす半日だった。先輩のことが頭に浮かんだが最後、頭を支配されてそれしか考えられなくなる。エレベーターが下る時間を待つのも惜しく、駆け足で階段を駆け上がっている今がそうだった。このところ冷えて来た空気に対して、頬がやたらと熱かった。
「思ったより早かったね。お帰り」
 がさがさとビニール袋を漁る音が聞こえていた。
「ただいま。どこか行ってきたんですか?」
「買い物行ってきたんだよ。夜ご飯は俺が作る」
「……何を作るんですか?」
「内緒。夜までお楽しみ」
 先輩は僕を台所から追い出そうとした。しかしここは僕の家で、冷蔵庫の中身も僕の管轄下にあるのだから、僕はこれから起こることを確認する義務があると言ったら、仕方なく買ったものを確認させてくれた。
「オリーブオイル無かったから買っといたよ」
「もともと買ってないんですよ」
「じゃあペペロンチーノ作るときに何使ってんだよ」
「ごま油かサラダ油です。ラー油もありましたよ」
「正気かよ」
 一時間ほど後、そうして出来上がったメインディッシュは牡蠣のガーリックソテーである。ニンニクの香ばしい香りが部屋に充満している。
「大丈夫なんですか」
「明日は俺の他に誰とキスする予定がある? ニンニク味のキスもいいだろ」
「違う。違います。この牡蠣です。ちゃんと火は通しましたか」
「通したよ。大事な人に出すのにそんな意地悪するわけないじゃん。袋に書いてあった調理方法が間違ってなければ、お腹は壊さないはずだ」
 先輩は口元に牡蠣を運び、満足そうににおいを嗅いだ。ご飯の上に数滴、油が垂れる。
「それに俺も食べるから。お腹を壊す時は一緒だ」
「嫌な一蓮托生ですね」
 ガーリックソテーは美味かった。これが最後の晩餐にならないといい。
「美味しいです」
 そう伝えた時の先輩の自信満々な顔は可愛らしかった。
「俺、ニンニクの味が好きなんだ。醤油とか唐辛子とかと合わせるとなお美味しい」
「へえ、わかります。……いつ発見したんですか? 好きな味って」
「日本来たときかな。色々味試して、一番美味かったから。精力増進効果もあるっていうし。好きになるわけだよ。息は臭くなるけどさ。美味しいもんね」
 先輩の過去の話はあまり聞かない。自分の昔話なんて自分から話すことでもないだろうけど。お付き合いを始めたからといってすぐずけずけと聞けるはずもない。先輩のことをもっと知りたいと思い始めた最初、話をするようになった頃のほうが、先輩に強く踏み込めていたかもしれない。
「アユくんは好きな味ある?」
「いえ。特には……」
「台所にスープの素あったじゃん。あれ好き? あと醤油とか。冷蔵庫の中に味噌もあったな、袋の。苦いのは苦手っぽいよな、精液飲めなかったし」
「あれは人間が飲むものじゃないって先輩も言ってたでしょ」
「んっふふ、そうだった」
 好きな味はわからない。ご飯を入れるためのおかずを腹に入れやすくするために味を付けているだけだから、特にこだわりは無いはずだ。いちいち味を選ぶ手間を減らしているともいう。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「そりゃ何より」
 僕が油まみれの皿を洗うのを、先輩は横でじっと立って待っていた。水を止めて手を拭いた後、先輩は即座に僕の顔を手で挟んで口付けをしようとしてきた。
「待って。キスの前に歯を磨かせてください」
「やだね」
 返事の分だけしか待ってくれなかった。今日初めての口付けはニンニクの味がした。舌はぬるぬるして、食べ物のカスが付いていた。今までされた先輩からの口付けの中で一番不味かった。キスというのは受け入れる側の準備も必要なのだ、ということがわかった。
「お願いします」
「いくらでもしてやるって」
 そうして腰を抱かれて、もう一度口付けされる。
 先輩に腰、というより尻を持ち上げられるように抱かれると足が浮いて動けなくなる。身長差からしてこうなることは予測できたはずだが、どうして今まで先輩の意のままにされることを許容してきたのだろう。先輩が大好きだからだ。先輩の意のままになることに快感を覚えてしまっているからだ。今日は休みで、これからの予定も無いのだから、これからどれだけ先輩の好きにされても構わない。やったぁ。
 長い腕で腰を引き上げられ、僕は壁際に追い詰められていた。先輩が股間を擦り付けてきていた。勃起した陰茎が布数枚越しに熱と固さを伝えて来ている。スウェットの布一枚の中に仕舞われたあの白くて綺麗なおちんちんが。駄目だ。
「どうか歯を磨かせてください」
「……仕方ない奴」
 触れるだけの口付けをして、先輩は僕を腕の中から解放した。僕は逃げるように洗面台に走り、口を濯いで歯ブラシを口に突っ込んだ。この状態の先輩を待たせるのはまずい気がした。鏡越しに見える先輩の目は冷ややかに見降ろしていて、手は僕の尻や腰をズボン越しに撫でている。先輩の背は高いから、手を伸ばさないと太腿には届かないらしい、僕の肩に首を置くなどしてなんとかくっついていようと計っている。
「そんなに嫌だったの?」
「ひはいはす」
「何言ってんのかわかんないんだけど」
 撫でていた手でそのまま、ぺちん、と尻を叩く。僕が喋れないことをいいことに、勝手気ままに責め立ててくる。なんて理不尽な人だ。
 歯磨きをいい加減に済ませることは出来ない。先輩が尻を揉んでいる間に口の中の泡を流し、歯ブラシを元の場所に戻す。
「やっと終わったか。反論あるならどうぞ」
「あのですね、先輩はどんなに口の中をニンニク塗れにしてもいい匂いがしますけど、こっちにも受け入れる準備ってもんがあるんですよ。食べかす塗れでニンニク味のキスとか、嫌でしょ」
「いいね。俺ニンニク味好きだから。アユくんも好き」
「あっ、……それは、いいんですけど、僕の口の中の食べ物のカスまで先輩に食べさせたくないんですよ。衛生とか……」
「ふーん」
 唇を不機嫌に尖らせた先輩が、僕の顎を掴む。何かを思いついたように先輩が僕と唇を合わせると、尖った舌が口の中全てをくまなく調べるようにもったり動いて、逃げる僕の舌に対し特に愛撫もせずに出て行った。
 唇を離した後、先輩の舌の上には白っぽい何かが乗っていた。おそらく砕けたご飯粒だった。
「奥歯の奥。残ってたけど」
「急かすから……」
 先輩は見せびらかすように舌を口の中に仕舞い、ごくん、と喉を鳴らして嚥下する。それからお茶目に舌先を出してにやりと笑った。
「おいし」
「……嫌味ですか」
「感想だよ。アユくんの味がする」
 嫌味でなくても嬉しくなれない。むっとした僕の唇に先輩はまた口付けをした。先輩は本当に口を触れ合わせるのが好きだ。口付け一つですごく機嫌がいい。
「もう風呂入ります」
「もうか。早いんじゃないの」
「やること無いので……」
 身体を洗い終えてから、今日の先輩は風呂桶の中でも愛撫を始めた。先の三日と同じように先輩の隣に座ると、太腿の内側に触れて、頬に鼻先を擦り付けてくる。
「今日は、何をするんでしたっけ」
「どんなところでも触り合っていい。でもイったらだめ。俺にどれだけ触られても、射精したらダメだからな」
「……しませんよ」
 先輩は僕を風呂桶の角に追い込み、舌を伸ばしてキスをした。先輩と付き合ってからずっとそうだけど、体格差のせいもあって簡単に追い詰められるし、抵抗も出来ない。風呂の水がもう少し高い位置にあったら死んでいる、というところまで引き下がっていた。
「ア~ユ~く~ん? 逃げんなよぉ」
「すみません、つい反射で」
「アユくんのぼせやすいもんなー。もう出る? さっき入ったばっかだけど」
「……まだちょっと浸かってたいです。先輩には手加減をお願いします」
「仕方ないなー。かわいい奴」
 瞼に優しく口付けてくる。何が何でも粘膜接触がしたい、という様子だった。
「先輩」
「なに?」
 晒された首筋に手を伸ばす。おくれ毛がぺったりと張り付いていた。風呂の中で僕のほうから、明らかな性的な意図をもって触れるのは初めてな気がする。アサガには乞われてしたことはあった。駄目だ。僕は先輩に対して腰が引けているが、風呂の中ではその傾向がより顕著になる。
 頬に口付け、首筋に口を降ろしていく。耳の裏からは特に先輩のいい匂いがして、思わず舌で触れた。特別な味はしなかった。サキュバスも人間と似たようなところからフェロモンやら何やらが出ているらしい。先輩の匂いは自分の舌のせいで薄れていた。喉の奥から牡蠣とニンニクの臭いが上ってきていた。
「綺麗です」
「そうお?」
「疑いようがありませんよ。誰に聞いたって、先輩がこの世で一番綺麗だって答えるに決まってます。……でも、今の先輩は、僕だけが見ているんです。それが嬉しくって」
「……ん、あッはは、嬉しいこと言ってくれるじゃん」
 先輩は色気も素っ気も無く、僕の濡れた頭を引っ掻きまわした。バサバサと肩に冷たい水滴がかかる。照れ隠しにサキュバス的には意味のない行動をする。先輩と昼の大学で話した半年間で時折見せた仕種、自分のことを深く聞かれて誤魔化しのためにケラケラ笑ったり、つむじをつついたりした姿に似ている。これがきっと先輩の素なのだろう。僕は先輩が好きだ。
 脇腹に手を置き、親指でへその近くを擽る。唇は首筋を食むように動いているが、何もかもこわごわだ。二の腕を掴んでいるもう片方の手は震えている。
「んっふふ、アユくん、くすぐったいってぇ」
「それならよかった」
 先輩の首筋に頬を擦り付ける。柔らかいところが冷たくて気持ち良かった。
「アユくん」
「先輩? なんですか?」
 僕を見下ろしている先輩の目は、性行為直前の飢えたけだものの目とはまた違う熱を帯びていた。
「……そろそろ出ようか。顔熱いぜ」
 頬を両手で挟み、肉をむにむに揉まれた。先輩の手は冷たかった。
「はい」
 先輩と風呂に入ると、本当にのぼせやすいらしい。既に目眩がしていた。
 風呂を出てから、昨日下の毛を剃るとか何とか言ってたな、と思い出した。後でいいや。先輩も気付いていない様子だったし。
「あ、下の毛。剃るの忘れちゃったね。後でいいか」
「はい」
 そう思った傍から指摘された。考えてることは似ているらしい。それとも僕の考えていることを読んだのか。エッチなことなら見抜ける能力の応用で。僕は先輩の考えていることなんてわからないっていうのに。それってずるくないか。
「ほーら万歳して。脇の毛も乾かしてやろうな」
 手を上げると先輩は脇の毛の中に口付けた。昨日やったことだが、気に入っているらしい。複雑な心境だ。
「うーん、石鹸とアユくんのにおい」
「洗いたてですから」
「好きだなぁ」
「気に入っていただけで何よりです」
 髪を乾かした後は服を着ずにベッドに共に腰掛ける。
「触れるから言うけどさ、相変わらずでかいよなぁ。俺の倍はあるよ」
 今日から局所への接触が解禁される。先輩は早速触れてきた。そして僕は早速元気になった。我ながら嫌になるくらい素直だ。先輩に指先で一瞬触れられただけで悦んでいる。
 先輩の言うことが正しいなら、今日は生殺しだ。ひたすら高められた分は明日の夜に持ち越し。それまで射精は禁止。先輩の手に触れられて、自分が耐えられるかどうかわからない。先輩が手加減をしてくれれば……それでもだめかもしれない。先輩が生殺しが上手いと良いけど、我慢が効かない性質だから。だめかもしれない。
「本当ですか」
「うん。寝っ転がってみろ」
 隣に寝転がった先輩に手で触れられて、びくん、と大げさに肩を揺らした。白魚のような手で包まれると陰茎に血が集まりむくむくと膨らんでいく。これに弱い。先輩の滑らかな手に包まれるとすぐにイってしまいそうになる。骨ばっていてよく動く、触られていて恍惚とする手。
「ほら! 先が俺に当たってるだろ。俺のアユくんに触ってるの、わかる?」
 色気のない声で指す。先輩が自分の成果物を見せようとしている。自分の手によって極限まで膨れた僕の陰茎。僕はぼうっと遠くを見ていた。焦点を先輩の指の先に合わせる。僕の陰茎に先輩の陰茎が乗っていた。最大まで膨れ上がった僕のに比べて随分小さい。先輩のそれはまだ柔らかいからなおさらだろう。長さは僕の半分以下で直径は半分よりちょっと大きいくらい、白くてつるつるで先端だけ赤く色づいて、前も言ったけど百合の蕾のような風体で、とても綺麗だ。僕も先輩に手を伸ばした。
「俺と全然形が違うもんな。血管浮いてて先までデカくて、かっこいいよ」
「先輩の、すごく綺麗です。形とか、色とか」
「アユくんの、本当に大きいよな。入れてると腹の中がアユくんでいっぱいになって、アユくんのことしか考えられなくなるんだ。ますます好きになっちゃう」
「先輩、もしかして僕の、……見て決めたんですか」
 先輩の手が止まり、僕から離れた。気まずいことを聞いてしまったらしい。
「そんなわけないだろ。服着てたら大きさなんて見れないでしょ。いやデカいから服の上からでもわかるけどさ。それ以外のいろいろだよ」
「でも先輩はサキュバスだから、僕の頭の中を覗けるでしょう」
 僕は先輩の先のほうに余った皮を指先で摘まんだり、たぶん痛くない程度に引っ張ったりしていた。触ってからだんだん固くなってきていたが、先輩のそれはいつまでもグロテスクにならず、綺麗で小さいままだった。
「いっ♡ いろいろだってば! アユくんのおちんちんが大きいなんて、アユくんの頭をのぞき見しなきゃわからなかったんだからさ! ……もっと好きになったってだけ。些末な問題だろ」
「覗いたんですね」
「……悪かったよ」
「いいんです。それより先輩、ずっと僕と昼ご飯食べたり喋ったりしながら、おちんちんのこと考えてたんですか? そうだ、って答えたら、そっちのほうが酷いです」
「……」
「考えてたんですか?」
「……ちょっとは。特に月曜日とか、昨日は一人でしたんだろうなとか考えて、ちょっとは覗き見しながら自分もしたりしたから、俺だっていつでもエッチってわけじゃないんだ。それは、わかってくれよ」
「はい。わかります」
「いじわる」
 先輩は手の平で包み、長い指の腹で擽り、指をゆっくり動かし扱く。そこだけ感覚が鋭くなって、陰茎だけの生き物になったような気分になる。先輩に愛でて撫でられるためだけに存在する生き物。息が荒い。
「手、止まってる。ほら。俺のもちゃぁんと撫でてよ」
 こうなると先輩のほうが意地悪だ。顔を寄せて囁いてくる。つむじの上から声が聞こえる。耳を擽り呼気が通った場所全てを痺れさせ、脳は先輩のことでいっぱいになってしまう。元からそうだ。今の僕は先輩に愛撫されるために存在している。僕も先輩を喜ばせなきゃいけないのに。一方的にやられるだけじゃだめなのに。先輩が触れている体の片側、息を吹きかけられている髪の毛、撫でられているおちんちんだけに、自分が存在している。
「アユくんこうされるの好きだよなぁ。まだ出したら駄目だからな」
「あっ、……せんぱ、ぁっ♡」
「こらっ、腰浮いてる。射精のことしか考えられなくなってるんだな、アユくんがこんなエッチなやつだとは思わなかったぜ」
「だって、せんぱいがぁ、あぅっ♡」
「だーめ。せっかく出す寸前で止めてるのに、勝手に動いたらダメだろ」
「あぅっ、だしたい、動きたいです、せんぱい……」
「あっこらぁ! 人のおちんちんそんなふうにぎゅーって握ったらダメだって! 自分が射精したいからって……! 全くさぁ、普段の理性はどうしたんだ?」
「先輩のせいです!」
「そーだな俺のせいだな。そうやって何もかも俺のせいにしてろ」
 先輩は僕に覆いかぶさり、僕の手と腿を押さえ付けた。それだけで僕は動けなくなり、足を死にかけの蝉のようにじたばた動くだけになる。
「かわいいなぁ。俺だって我慢してるのに自分だけ苦しいみたいな顔してる。ずるいよ」
 髪が頬や首を撫でている。手のひらや指と同じで、甘い痺れが走る。腹の上に先走り液が垂れている。
「せんぱい、あ、う、こういちさ、んっ♡ せ、せんぱ、い?♡」
「だめだよ。アユくん。食べちゃダメ。明日まで待たなくちゃ。だろ?」
 首を傾げて耳元で囁く。僕にだけでなく、自分にも言って聞かせているように感じた。
「そろそろ鳴りそうだと思ったんだけどな、タイマー。今日はタイマーかけてなかったしな。今日はこれまでにしようぜ。アユくん、いいよな?」
「はい」
 先輩の手の中で果てることが出来たら、ということしか頭に無く、突然顔を上げて時計を見た先輩が、何をしようとしているのか理解できなかった。
 僕の上から退いた先輩を目で追った。先輩は起き上がって服を着ていた。サキュバスなのにどうしてそんなことをしているんだろう、と思っていた。
「アユくん。自分で触ったらダメだからな」
「……はい」
「ホントにわかってるのかなぁ?」
「わかってます」
 僕は先輩が昨日濡らしたお気に入りの寝間着を着ている様子をぼんやり眺めていた。ああはならない。
「服脱いだまま寝たら? そのままだとつらいだろ。その分俺があっためてあげるからさ」
「……そうします」
 寝っ転がったままの僕に寄り添い、先輩が抱き着いてくる。先輩のいい匂い、柔らかい肉、骨ばった腕、絡みついてくるしなやかな足、僕の反り返った性器に擦り付けられている布越しの腹。先輩の鼓動。
「おやすみ、アユくん」
 明かりが消える。先輩が消してくれたらしい。僕は指一本動かさなかった。
 こんな状況で心臓がドクドク言ってて先輩に包まれてて絶対眠れない、と思ったが、予想は容易く裏切られた。先輩の腕の中で安眠出来ないなど、たとえ外で大砲の音が何度も鳴り響いていたとしてもありえないらしい。ここは都会で、静かだった。


*五日目
 どう頑張っても収まるとは思えなかった欲が、朝になれば少しの熱を残すだけになっていた。
「おはようございます」
「おはよう」
 挨拶と同時にぎゅっと抱きしめられる。先輩のいい匂いがした。寝起きでぼんやりした頭がさらなる眠りに導かれそうだ。
「駄目です。今日は掃除をするので」
「あーあーやだやだ。すっかり戻っちまってんじゃねえか。……昨日はあんなに可愛かったのに」
「夜また見られますから」
 昨日は本当に不甲斐ないところを見せてしまった。最初に先輩としたときと同じだ。こんな様子で今夜は本当に大丈夫なのか。大丈夫な気はしない。僕は徹底して先輩に弱い。先輩は僕のことが好きで、だからこそ弱みを見せて性行為を許してくれてあんなに淫らなところを見せてくれるが、いざとなれば僕は懇願することしか出来ない。
 今夜は先週よりも近いから反省の度合いも新鮮で、きっと前以上に不甲斐ないことにはならない、と信じたい。理想としては先輩のほうを前の僕のような、指一本動かさせずに気持ち良いだけの状態にしたいが、そうはならないだろう。経験が違い過ぎる。なすすべなく限界まで射精する可能性が一番高い。
 掃除と買い物、その他の家事を終えた後、昼は鯖缶と昨日買ったニンニクの余りでペペロンチーノを作った。ちゃんとオリーブオイルを使えという先輩のリクエストがあった。
「別にこだわりじゃないんだよ。ごま油なら和風だし、サラダ油だったらパスタの油炒めだろ」
「ラー油なら……」
「中華風だ」
 オリーブオイル、輪切りの唐辛子、ニンニクの細切れ。この普通の面々に鯖が入ると様子が変わる。
「先輩が何を考えているのか、わかった気がします」
「やっとか」
「僕に精力を付けさせようとしてますね」
「そうだよ」
 フォークでパスタを巻き、先輩は口の端をチェシャ猫のように吊り上げて笑う。
「俺はアユムくんに強くなってほしいと思ってるんだ。俺を組み敷いてひーひー言わせて、おちんちんで俺を殺せるくらいには。そういうポテンシャルありそうだし」
「……バトル漫画みたいなこと言いますね」
「アユムくん、バトル漫画読むんだ。どんな?」
「すみません、あまり読んだことはないです。歯医者とかで置いてあるのをたまに読んだりはしました」
「歯医者、ねぇ」
「小児歯科です。子どもの緊張を和らげるために、絵本とか、漫画が置いてあるんです」
 食後の口付けは昨日に続いてニンニクの味がした。
「歯磨くので待っててください」
「え~?」
 先輩は不真面目そうにケラケラ笑っていた。胸を摺り寄せ、耳に口を寄せる。
「どうする、今日の本番? 晩御飯食べてからにする? 明日に響くしさぁ。でもそれまで待てる? 俺は待てないね」
「……早めに夕飯をしましょう。食ってすぐ動いたら吐きますから、時間取って、それから」
「エッチってさぁ、日が沈んでからじゃなくてもいいんだよ」
 誘惑するように首に手を伸ばし、細い指で顎の下を擽る。自分の口の中はまだニンニクの臭いでいっぱいだった。
「わかりました。それまでは前戯だけします。そういうものでしょう」
「何がわかったんだよ。君に何がわかるんだよ」
「僕もちょっと調べました。この程度ですが」
 ポケットから出したスマホを見せた。この文明の利器はタイマーとして使う他に、調べものをするのにも役に立つ。コツはあるが。
「今回は時間が出来ないからやらなかったみたいですけど、この性の五日間では前日にやった工程を繰り返すそうですね」
「そんなのやり方によるよ」
「元はと言えば先輩が言い出したんですよこの方法でやるって。日が沈むまでは前戯しましょう」
「そりゃ君のおちんちんが立たないって言われたからだよ。三日目に立つってわかったんだからその必要は俺としてはもうない訳でさ」
「そうです。全部僕のためですよね。じゃあ僕の我儘も聞いてください」
「アユくんって意外と押し強いよなぁ」
 いいよ、と先輩は受け入れてくれた。存外甘い人だった。
 歯を磨いた後、ベッドの縁に腰かけて向かい合った。
 まだ服は脱がず、裾から手を伸ばして脇腹に触れる。先輩は薄笑いを浮かべて首を傾げた。細められたピンク色の目、ちらりと見える赤い口内の粘膜、首の動きに合わせて揺れる白い髪。この仕種が好きだが、途轍もなく陰茎に悪い。普段もしている悪戯っぽい表情が、状況と相まって自分の脳やら何やらが何もかも大袈裟に捉えてしまう。
「まずはお喋りからじゃないのか?」
「……駄目、でしたか」
「いやダメってこたぁないけどさ。それだけ飛ばして夜までもつのか?」
「夕食を早めにとりましょう。お風呂に入ったり、落ち着く時間も要ります。食べてすぐ動いたら吐きますから」
「確かに。激しい運動だもんな」
 触れた脇腹が笑いで震えている。今この腹の中で鯖のペペロンチーノが消化されている。僕の精液は一滴も無い。薄い筋肉は丈夫で、僅かに湿った臍を擽るとびくびくと震えている。毛のない下腹は見えないほど薄い産毛で覆われていて、触れると指先をわずかに擽ってくれる。尿を溜め込んだように膨れた腹が、少し押し込むように手を動かすと、先輩の喉の奥から堪えたような息が漏れる。
「なーアユくん。俺のお腹そんなに好き?」
「好きです」
「即答かよ」
「先輩なら全身好きですよ」
「照れが無ぇんだもんなぁ。嬉しいけど、惜しげもないっていうかさ」
「どれだけ言っても言い足りないです。全身に口が生えたって間に合いませんよ」
「人間辞めてんじゃん」
「先輩だって人でなしでしょう。お似合いですよ」
「言うなぁ」
 人でなし、と言うまで、先輩はただ笑顔で僕の手を受け入れていた。
「アユくんはまだ人間のままでいていいよ。この手がなくなるのは困るからさ」
「……そうでした」
 先輩は僕の手を掴んで、自分の頬に触れさせた。機嫌が良さそうな頬肉の膨らみ方をしていた。目は薄い桜色で、僕をじっと見ていた。
 自分ではどう頑張っても先輩を悦ばせることはできないのかもしれない。自分の満足ばかり考えているから。だめだ。どうしたらいいんだろう。頭が上手く動かないから手も動かない。
「先輩」
「どうしたの」
「好きです」
「わかってるよ」
 先輩はただ僕を抱きしめた。頭を胸の上に置いて、髪を流れに沿って撫でている。柔らかいいつもの服、胸の中に溜まった先輩の臭いが襟から押し出されて広がる。薄い胸と肋骨の向こうで灰が縮んだり膨らんだり、心臓がどくどくと動いている。先輩の手が頭を撫で、髪を後ろで一つに留めていたゴムを外した。
 時計を見た。まだ夜までは遠い。
「どうしたよボーっとして」
「先輩が」
「ん?」
「先輩が望むことをしたいんです」
 最初の一言は擦れすぎていて言葉になっていなかった。先輩は僕の頭を撫でて、ただ溜め息のように言った。
「考え過ぎだな」
「そうですか」
「うん。考えすぎ。触ってくれればいいんだから。爪を立てず、骨は優しく撫でて、肉に強く触れて、内臓はあまり押しすぎないで、今まで出来てきただろ。いっぱい触ってくれればいいんだ」
 それがわからないんだ。先輩のスウェットシャツの中に突っ込んだままの手で腰を撫でる。あたたかい。
「アユくんは俺を大事にしたいんだよな。触れることが傷付けることになるかもしれないことも、きっとわかってる」
「人間同士の接触について、トラウマになるほどの経験は持ち合わせていません」
「こんなに触れた経験がないから加減がわからないだけだろ。嬉しいねぇ。俺でどんどん加減を知ってくれ」
 ぐうの音も出なかった。先輩が拙い愛撫を喜んでくれたなら嬉しいけど、舐められてもいる。べろべろ。それでいい。先輩の舌なら今日は大歓迎だ。きっと容易く絶頂し、先輩の口の中に白濁液を差し上げられる。
「散歩でも行く? 気分転換にさ」
 先輩は僕の肩を掴み、目を合わせやすい距離に身体を離した。我慢の利く人だった。薄い色の目が示す通り、醒めてしまっただけかもしれないが。
「……どこに行くんですか」
「どこでもいいよ。買い残したものとかある?」
「ありません」
「どこか行きたいところはある? 散歩の範囲で」
「ありません……あっ、先輩の部屋! 忘れてました。先輩の部屋でいろいろやるって言ってたのに」
「俺も忘れてた。エッチのことばっか考えててバカになってるな。散歩って距離でもないけど、行くか」
 玄関を出て戸締まりをした。階段を上がり、先輩の部屋の前に立つ。僕の手の中にある先輩の部屋の鍵には、さっき買ったばかりのプラスチック製の白い兎のキーホルダーが付いていた。相応しいとは思っていないが、先輩は気に入ってくれた。
「入ります」
「いちいち振り返らなくっていいよ。ようこそわが家へ」
 後ろにいる部屋の主人にそう言われるのは奇妙な気がした。
 部屋の中は先輩の匂いがした。冷たい春の空気の中にいるようだった。手探りで明かりを付けても付かない。聞いていた通り、電気は止められているようだった。
「必要がないからさ、止めてもらってる」
「日が沈んだら寝るんですか」
「そう。日が昇ったら起きるんだ」
 風呂場や台所、トイレは使われている様子が無く、埃っぽかった。排泄は全て外で済ませているらしい。でもうちでトイレを借りられたことがない。
 うちと似たような部屋だった。部屋の構造はもちろん一緒で、家具の置き方もほぼ一緒だった。備え付けの箪笥の上に学校指定の教科書やノート、付箋が付いた本が積まれていて、鉄パイプのベッドが向かいにある。
 食品の臭いが一切しない。生活感はあるが、生きた人間がいる感じはしない。生活の匂いがしない。ただ人に似た何かが人に似せて存在している、という感じ。人形が暮らしたような、退廃的な部屋。
 カーテンは薄い一枚しか無かった。閉じたレースのカーテンが日の光を空かしていて、薄暗い部屋を唯一照らしていた。ベッドの上にはしおれた花や包装紙が散らばっている。
 先輩はためらうことなくベッドに腰かけた。隣にあったしおれた花が摘ままれて、指の舌で揺れていた。ぶちっ、と白い薔薇の花びらが千切れた。
「あっ」
「ずっと疑問に思ってたんだけどさ、花ってどうしたらいいんだろうな」
「花瓶に水を溜めて立てておくんです。毎日水を替えて、茎が水を吸うように切るんです。基本的には」
「水道の水でいい?」
「はい」
 先輩は千切れた薔薇の花を口に運んで咀嚼した。眉間にしわを寄せている。あまり美味しくは無いらしい。
「他に使い道は無いの?」
「……無い、と思います。水盆に浮かべて置いたり、とか、基本的には観賞用です」
「そっか」
 ベッドの上に散らばった二束分の花は全てしおれていた。一つは五日、もう一つは二週間程経っていたが、水を与えていないにしてはもった方だと思う。運が良かったのか、この部屋の空気が合っていたのか。
「この包装紙さ、アユくんの目の色と同じ色だろ。気に入ってるんだ」
「そうですか」
「初めて君から買った花だよ」
「覚えてます。その中の花、先輩に似合ったと思うんです」
「その口ぶり、覚えてないかと思った」
「先輩こそ。もうちょっと常識的な飾り方をしてるかと思ってました」
「常識? 今まで花って買ったこと無かったからさ」
 先輩は今度は薔薇の茎のほうをそっと持ってくれた。萎びていても固い茎からは全て棘が取り払われていて、先輩の指をわずかにへこませていた。斜めに切られた茎を頬に当てるほど近付け、萼のほうを覗き見る。
「飾ってあるとこは何回か見たけど、そう言えば全部瓶とかに飾ってあったな。ぜーんぜん関心がないのな、俺」
「どの辺で見たんですか?」
「君の店とかもそうだけどさ。飾ってあっただろ? あんな感じ」
「はい。……それ以外でも見ることあるでしょ」
「絵画教室とかね」
「通ってたんですか」
「いや、アルバイトだよ。それよりアユくん座んないの? ほら、俺の隣とか、膝の上でもいいけどさ」
 先輩はしおれた薔薇をベッドの上に放り投げた。この部屋に来た花はまともに扱われない。一生をベッドの上で過ごし、包装紙よりも大事に扱われない運命が定まる。他の家に行ったところで、最終的に燃えるゴミとして捨てられることには変わりない。
 僕が座らなかったのは、ここで先輩の隣に座ったらおしまいだと思ったからだ。何が具体的におしまいなのかはわからない。何なら先輩と性行為をした時点で、お付き合いを始めた時点でおしまいである。先輩とくっついて、それきり離れられなくなる、と思った。
 でもそれが至上の幸福じゃないのか?
「はい。……失礼します」
 先輩の開いた膝の上に座る。先輩の匂いに混じって複数の花の香りがした。青臭く、いずれ腐って溶けていく香りだった。
「そこかよ」
「いいって言ったので」
「言ったなぁ。でも遠慮が無えんだよ。君さ」
「はい。そうでなければ先輩とこういう関係になってません」
「こういう関係って?」
「恋人です」
 顔に鼻を近付け、スウェット越しに先輩の股間に触れた。傾いた日の光に髪がきらきらと輝いていた。品の良い膨らみが存在していた。
「先輩。僕たちは恋人なんです。今のところ性行為以外の何もしてませんが。恋人なんですよ」
「恋人になったらセックス以外に何をするの?」
 揶揄うような笑顔を浮かべて、そんな質問をされても困る。何しろ自分には経験がない。想像を交えてしどろもどろに答える。
「デートとか……ゆくゆくは同居とか、人生を共にしたいなら籍を入れるとか、ですかね」
「なんだ。アユくんもよくわかってないんだ」
 ケラケラ笑って僕の腰を抱いていた。頬を摺り寄せると長い髪の先が当たって擽ったい。より鋭敏に感じる。
「同居はすぐにできるかも。ここを引き払ってアユくんの部屋に住めばいいんだしさ」
「荷物は……」
「ああそうか。荷物の問題があったな。居住スペースの確保しないとだもんな。狭いもんなこの部屋」
「今すぐでなくてもいいんですよ」
「うん。でも早い方がいいよ。それからデート。デートな。お出掛け? 結婚したら一緒にいる時間も増えるし、いっぱいできるよ」
「そうですね。どこに行きましょうか」
「うーん。俺は世界中どこにいてもきっとアユくんばっか見てるから。君の行きたいとこがいい。意外と出不精なんだ、きっと面白い景色は見せてあげられない。俺は怠惰で、欲張りで、アユくんとエッチさえできればいい。情緒を大事にしたいらしいから、悪いけど……」
「先輩」
 先輩は僕をベッドに押し倒し、口付けをした。腐りかけた花の匂いが舞う。
「嬉しいな。アユくんは俺のものだ。ずっと大事にするから。今日はいっぱいエッチしよう」
「先輩はどうしてそんなにエッチ好きなんですか」
「……恥ずかしいこと聞くんだな」
 懐いた犬のように頬を舐める。目のすぐそばを舌が通る。先輩の一番濃い香りは粘膜からしていた。口と、僕が嗅いだのはもう一ヶ所。
「食べるの大好きなんだ。気持ちいいことも好き。堂々と言うのって恥ずかしいけど。アユムくんも大好きだから。もうアユくんしか食べたくないし、アユくんで気持ち良くなりたい。いけない?」
「いけなくはないです……」
 僕の知らない誰か他の人とするよりずっといい。先輩はズボン越しに僕の股間をまさぐっていた。ダサいと言われたステテコには先走りで濡れて染みが付いている。仕返しに僕は先輩がしていることと同じことと、触れるだけの口付けを何度もする。
「暗くなってきましたね」
「……そろそろご飯食べようか。戻ろ」
 先輩の笑顔はあまり良く見えなかった。町の陽光の間に沈んだ赤い光の照り返りから辛うじてそう見えただけだった。白い髪の色が夢のように燃えていた。
 日が沈むまでによろめきつつ部屋に戻った。破廉恥な露出はしていないとはいえ恥ずかしい恰好だった。勃起した陰茎がズボンを持ち上げているし、先輩は明らかに発情した表情で僕の腰に股間を擦り付けている。誰にも見られなくてよかった。
 夜は早めにとることにしていた。午前中に買い物に行き、先輩のリクエスト通りに準備をした、マグロとろろ丼である。ここ数日の夕飯の集大成という感じがする食事だった。
「流石にすっぽんは五日で届かないみたいだからさ。今丁度旬みたいだし、また今度、な?」
「まだこれ以上があるんですか」
「俺の奢りなんだから。遠慮すんなって」
 先輩の部屋には食料が無くガスと電気が通っていないので、結局ご飯を食べに戻ることになる。それなら僕の部屋でするのも都合がいい。風呂にも入りたい。
「すっぽん……。上に乗ってるものはそうですけど、ご飯は僕の家にあったやつです。そう何度も奢られてちゃ堪りませんよ。だいたい先輩、どこからお金出てるんですか」
「付き合っていればいずれわかるようになるよ」
 先輩は大学に通いながらどこかで働いているのだろうか? 失礼ながらそうは見えない。夜は僕と一緒に寝ているし、休みの日にどこかに行っている様子もない。勿論電子機器の類は持っていない。
「アユムくん、これは先行投資だ。君の精力が強ければ強いほど、俺は君といっぱいエッチできる。今はご飯でのバフ分だけだけど、いずれ地力のほうをもっと伸ばしてやる。俺は明確に君に下心をもってやってるんだよ。だから君は俺の財布より、自分の下半身の心配をすべきなんだ」
 お茶碗一杯分のマグロとろろ丼の前で、先輩は首をかしげて笑みを浮かべる。飢えた獣の笑顔だった。しかも質問の答えにはなってない。ただの脅迫だ。猥雑が過ぎる。
「しかも今夜はやっとおちんちんを入れられるんだからさ。いっぱい、めいっぱい焦らした後だ。俺も初めてだからどうなるかわかんないけど……すっごく楽しみだ」
「……ご飯、冷めますよ」
「ふっ、ふふ。そうだね」
 僕より食べる量が少なかった先輩はさっさと食べ終えて皿を流しへ運んだ。ちゃんど噛んだのか不安になる速さだった。皿を洗った音はしなかった。先輩はベッドに座り、僕を見下ろしていた。
「お皿洗ったらお風呂、早く入ってきなよ」
「先輩は入らないんですか」
「必要がない、のもあるけど」
 先輩は背を向けて服を脱いだ。待ちきれないと言った様子で、ベッドボードに抜け殻を放り出している。綺麗な背中に白い髪が輝いていて、動くたびに丸い尻が締まったり緩んだりしていた。
「我慢が効きそうにない。大変なんだ。アユくんがさんざん煽るから」
「煽ってません」
「食いながら喋るな。出来るだけ早くしてくれよ。今日はいくらでもしていいのに。何もしてくれないから。……裸見たらお風呂の中でヤっちゃいそうだから。のぼせちゃったら大変だろ。続きがしたいんだ。わかったら早めに戻ってきて。待ってるから」
「……はい」
「急いだからってマグロ喉詰まらすなよ」
 こっちの台詞だ。ちゃんと消化できてるのか。僕は出来るだけ急いで食事を終え、皿を洗った。皿を洗って戻る間に先輩はベッドの上で膝を抱えていて、伏せた髪の間からピンク色の爛々とした目がこちらを見ていた。
 今日の風呂は一人だったから短く済んだ。さっさと済ませようという心持もあったからだろう。一人で体を乾かしたせいで昨日より時間がかかった。緊張で髪を乾かす時間を眺めに取ったせいだろう。
 先輩はベッドに座って待っていた。風呂から出る前と同じようなポーズで、猫背になって顔を髪で隠し、肩でゆっくりと息をしていた。
 物音がして頭を上げて、長い前髪の間からこちらを見た。
「……アユくん」
 先輩はサキュバスだった。吐息のような声とともに、甘く痺れるような香りが鼻から入り、腹に降りてくる。
「はい」
 先輩は膝の上に肘をつき、手を組んで顎を上に乗せた。可愛らしい仕種。赤に近いピンク色の目。口から小さく覗く赤い舌。明らかに、風呂から出る前より発情していた。
 すっと立ち上がると同時に、肩に乗っていた髪が落ちる。腕を突き出し駆けるように歩み寄って僕の腰を抱き、捕食するように口を開いて、唖然としていた僕の舌を絡めとった。
「早くこっち来て」
「先輩が来てるじゃないですか」
「……アユくんが意地悪するから」
 反り返った陰茎が先輩の陰茎に擦り付けられている。発情に伴うぬるついた液体が僕と先輩の身体の間に少量存在していた。
「先輩。ベッドに行きましょう」
「……うん」
 先輩はベッドへ歩いて行く少しの間、腰を動かして僕の背に陰茎を擦り付けていた。射精をするのは屈辱らしいが、おちんちんでも気持ち良くなれるみたいだった。
 僕をベッドに押し倒して、先輩は堪え切れないという様子で笑った。ベッドに片足をかけて僕に跨り、腰を突き出して陰茎同士を擦り合わせた。
「先輩が上なんですか?」
「……いけないかよ」
「毎回毎回食べられるみたいでちょっと、ぎょっとします」
「それのどこが悪いんだよ」
 先輩はむっとしてベッドに背を付けて倒れ込み、腿を上げ、尻穴を広げた。しっとり濡れた穴がひくひく蠢いていて、早く入れろと言わんばかりだった。
「先輩、情緒がないです」
「うるさい」
 長い脚で起き上がった僕の腰を引き寄せる。先輩の胸に倒れ込む前に、手をベッドにつく。
「余裕も無いんだ」
 先輩は僕のおちんちんのことしか考えていなかった。僕も先輩のことしか考えていない。目の前の先輩があまりに余裕がないから、ちょっとパニックになっているだけで。
 スマホに手を伸ばし、タイマーを付ける。たしか挿入から三十分は動いちゃいけないから、それだけ。その後がどれくらい続くかは、僕と先輩次第だ。
「……入れます」
「お願い……ああっ♡ アユくんっ♡ アユくんっ♡♡」
 勃起した陰茎をあてがい、腰を沈める。蕩けた穴が先端を呑み込む。柔らかい襞がずぶずぶ僕を奥に導くように動く。襞の一つ一つが射精を促すように蠢いている。腰から溶けていきそうだった。
 僕が先輩の中に全部入り、僕と先輩は抱き合って身体をぴったり隙間なくくっつけていた。先輩は喉を反らして潤んだ目を逸らしたり、がくがくと太腿を揺らしたりしていた。先輩が僕の下で乱れていた。綺麗だった。
「ふーっ♡ ふーっ♡ ぁあああぁっ♡♡」
「先輩っ、先輩? 全部入りましたよ?」
「アユくん、ごめんなぁ♡ アユくん♡ おれ♡ がんばったから♡ がまんしたから♡ おなか♡ いっぱいなでなでしてぇっ♡」
「だめです、三十分はこのままですから、動くのはまだです!」
「いっ、アユくんのばかぁっ! いじわる!♡ おれ、このために、がんばってがまんしたのにぃっ♡」
「やるって言いだしたのあんたでしょうが!」
 ぎりぎり歯ぎしりして涙を溜めた目でこちらを睨みつける先輩の頭を、掴むように撫でる。毛並みを荒らすような乱暴な愛撫だったが、先輩はお気に召したようで腕に縋りついてくる。
「ふーっ♡ うぅ~っ♡ アっ、アユくん、ね♡ もっと、もっとして♡ よしよしってしてぇ♡」
「よ、よしよし、いい子ですから、もうちょっと我慢しましょ、そしたらもっと繋がってられますよ」
「ああ~~っ♡ うぅっ、アユくん♡ すき♡ ちゅーして♡ ちゅーもしよ?♡」
「はい、しましょう、口、開けてください」
「あー、んむっ♡ ちゅ♡ ふっ♡ あぅっ♡ んぅ~っ♡」
 唇を合わせ、口蓋を擦り、歯を下でなぞり、唾液を交換し合う。鼻息荒く、口と口の間にあぶくが立ち、互いの呼気と吸気が混じり合う。噛み合うような口付けだった。
 下はずっと僕をきゅうきゅう締め付けてきて、収縮するたびにぷつぷつ音を立てて愛液が溢れてくる。少しでも動いたら射精してしまいそうなくらい先輩の中は蕩けていて、快楽が無ければ二人の境い目が無くなって融け合っているのだろうと思えた。早くくっついたり離れたりしたい。腰に絡みついた先輩の脚の中で身じろぎする。
「あぅっ、んっ、へへ♡ アユくんも動きたいんだ♡ ふたりでがまんしないとな♡ もっと気持ちよくなろうな♡ んっ♡ ちゅっ♡ んむ~~っ♡」
 全身をくっつけながら口付けをする。身体の上と下、二か所の粘膜が触れ合っている。蛇のような交尾とはこのことを言うのだろう、じっとりした行為。動いていなくてももう満足しかかっている。
 口付けの最中、スマホのタイマーが鳴る。びくん、と過剰に体を震わせ反応してしまう。先輩の目が歓喜に潤む。息がさらに荒く、心音がどく、どく、と強く響く。
「ゆっくり、動かないと、ですよね?」
「……そぉだよ♡ アユくん♡ ゆ~っくり抜いて、ゆ~っくり、いちばん奥まで、入れて♡ んっ♡ ひひっ♡」
 想像だけでイってしまったらしい、先輩はびくびくと中を痙攣させて目を泳がせた。濃いピンク色の目が潤んでいた。
 溶け合いそうなほどくっついていた腰を引けば腸壁は出て行くことを拒むように縋りついてきて、突き入れると僕の陰茎を歓迎するようにざわざわ蠢く。
「あ゙っ♡ お゙おっ♡ ひっ♡ あ゙あ~~っ♡♡」
「せんぱ、せんぱい、きもちいいです、せんぱい♡」
「アユく、アユくん♡ おれも♡ きもちいいよぉ♡ すき♡ すきぃっ♡ アユく、うぅ゙~っ♡」
 たった一往復でガクガクと腰が震えていた。先輩の中の無数の襞がざわざわと僕に縋り付いてきている。凄まじい快感が下腹に留まっている。
「んっ、ああっ、せ、せんぱ、でちゃ、あぅっ♡ ああぁっ♡」
「えひっ、アユくん♡ もぉ、んふふっ、だしちゃったなぁ♡」
 射精の後も、ずっと射精しているような快感が長く続いている。未知の感覚が先輩と僕の間にあった。
「あっ♡ ね、先輩、これ、やばいです、これ、ぼく、おかしくなりそうで、腰、とけちゃ、あ、ぅっ♡」
「んひひっ♡ きもちいいな♡ アユくん♡ ダメになっちゃうね♡ 顔、とろとろでかわいい♡ ね、アユくん♡ もっと、こっち♡ きて♡」
 腕を伸ばされるままに先輩の身体に抱き着き、体重をかける。先輩と僕の腰がぴったりくっつくと、先輩の奥が開いて僕の亀頭を咥え込んだ。僕は一番奥に長い長い射精をした。出し終わっても快感は熱を下げることなく続いていて、荒い息のまま唾液塗れの口付けをした。
「せんぱい、せんぱ、こういちさん、すきです♡ せんぱい、きもちいいですか?♡ おなか、いっぱいですか?」
「うん♡ きもちい♡ すき♡ アユく、すき♡ すきぃ♡」
 僕と先輩の間でいやらしい音が立っていた。先輩の中で過剰に分泌された粘液が僕の陰茎に掻き回されてぐちゅぐちゅ泡立っている。腰を打ち付ける度に泡が破裂してぱんぱん言っている。
 先輩は腰を揺すって、奥に僕の先端を擦り付けていた。奥がぐぽぐぽ動いてもっと欲しいと乞っていた。五日前に初めて性行為をしたとき以上の快感があって、余裕がない。あれ以上に、ただひたすらに互いを貪り合っている。
 舌を伸ばし、唇を合わせて唾液を交換し合う。先輩は夢中になって僕の舌を舐めしゃぶっていた。長い手足が僕の脇腹を締め付けて、僕の体液を一滴も逃すまいとしていた。
「ごめん♡ アユく、もっと♡ もっとほしい♡ アユくん♡ ごめんっ♡ お゙っ♡ あぁっ♡ すきぃっ♡ 好きっ♡ もっとぉっ♡」
「せんっ、せんぱ♡ はーっ♡ はーっ♡ あぅっ♡」
 先輩に精液を渡すために夢中で腰を振っていた。綺麗なピンク色の目が見降ろしていて、細くて冷たい腕が僕を抱いている。喉や首筋に口付けを落とすとキュンと中が締まる。僕は早くも二度目の射精をした。
「んっ♡ ひぃっ♡ いっ♡ いいっ♡ すきっ♡ ああぁっアユくんっ♡♡ んうぅぅ~~っ♡」
 僕はまだ勃起し続けていたが、さっきよりは冷静になっていた。先輩が僕を包んでいるから、またすぐに射精のことしか考えられなくなりそうだった。
「……先輩、まだ、したいです」
「あぁ?♡ んぅ♡ いいよ♡ して? ね♡ もっとして♡」
 蕩けた目で見返して、腕を揺す振って僕を乞う。サキュバスなのに乞うことしかしない。先輩は我儘だ。この姿勢を望んだのは僕だけど。僕も我儘だ。
 奥のほうを小刻みに突く。欲しがりなそこがきゅうきゅうと吸い付いてくる。
「あっ♡ あっ♡ んぅっ♡ あぅっ♡」
「先輩、先輩っ、好きです、先輩っ♡」
「あぅっ♡ アユくん♡ アユくん♡ おれも、っ♡ おれもすきぃ゙っ♡ おなか、ずっとイってる♡ きもちいの、お゙っ♡ とまんないのぉ゙っ♡」
 息が荒く、愛を伝える言葉は少なく、どんどん腰の動きが速くなっていった。僕は自分の射精のことしか考えていなくて、先輩が口付けを乞って舌を突き出しているのにも気付いていなかった。
「あ゙あぁっ、アユくん♡ ア゙ユくん!♡ イ゙っ、あ゙っ♡♡ あ゙ぅっ♡ んひぃ゙っ♡♡ あ゙っ♡♡ あ゙あ゙あぁ゙~~っ♡♡♡」
 その後は、もうこれ以上の快楽はこの世にはきっと無いと思える射精だった。
「あ゙っ、ぇ゙っ?♡ ゔ、うぅ゙っ♡」
 奥に精液を擦り付けるように押し付けて、萎えた陰茎をゆっくり抜き去った。先輩の腹の中はびくびくと尿道の中の精液を押し出すように動いていた。先輩は殆ど白目を剥いて痙攣していて、時折喉の奥から呻き声を上げていた。
 汗ばんだピンク色の肌、赤らんだ粘膜、空気を求めて喘ぐ咽喉。ぽっかり空いた穴の中で、腹の中にある白い精液だけが異様だった。
 射精直後の血の気が引いたすっきりとした頭で、その異様さに先輩の意識がないことも含まれていることに気付けた。
「先輩……先輩? 大丈夫ですか? 先輩?」
「……お゙っ♡ 悪い、意識飛んでた……♡」
「大丈夫なんですか?」
「ん……♡ もうおしまい?」
「はい。すみませんが……」
 たぶんもう今日は勃起しないと思った。先輩にそう伝えると、目を逸らして息を吐いた。
「先輩。中、すごく垂れてきてます」
「……マジ?」
 先輩は僕の肩から腕を離し顔を覆った。声が枯れていた。
「やだ。動けない。腰抜かした。悔しい。お願いだから精液だけでも押し込んどいて」
「はい」
 臀裂の隙間を通っている精液を尻の穴に押し戻す。絶頂の余韻でびくびく痙攣しており、指が触れるたび避けるように一瞬だけ動く。
「すごくヒクヒクしてます」
「んひっ♡ ……はっ、恥ずかしいこと言うなって」
「恥ずかしいんですか?」
「恥ずかしいよ。先輩って僕のこと大大大好きで触られるたびにアクメしてますよね? って言われてるようなもんじゃん?」
「そこまでは言ってないです……」
 僕が触れる度に丸い尻となだらかな太腿が震えていた。先程まで酷く擦られて赤く、ぽっかり空いていた尻の穴がだんだんと閉じていっている。
「我慢は毒だな」
「すみませんでした」
「謝んな。俺が悪いんだよ。堪え性がないのに我慢するって言うから」
 中指を尻の穴の中に入れる。まだ中は愛液が残っていてぬるぬるしている。腸内のしこりを探して触れる。今日は刺激され過ぎていて何も感じないかもしれないが。
「先輩、ちゃんと気持ち良かったんですか?」
「あぁっ?♡ あ? 気持ち良くなけりゃあんな喧しく喘いだりしない」
「それならいいんですけど、先輩の弱いところを知りたくって」
「んひっ♡ なんでお尻触ってるんだろって思ったらそういうことか。やめな。んっ♡ 全身弱点だから」
「あの……アサガと一緒のところが弱いんですか?」
「……んぐっ♡ あいつと同じだから? 同じとこが弱くって当然……俺に悪いって思ってる?」
「はい。僕が不甲斐ないせいで先輩、全然満足してなさそうなので」
「満足、んっ♡ ……してるよ。精液をお腹いっぱい、って言ったら、あぅっ♡ アユくん死ぬだろ。そうじゃなくてセックスの気持ち良さ。んっ、滅茶苦茶気持ちいーし。毎回死んじゃうかと思ってるから。これ以上ないって」
「僕も気持ち良すぎて毎回毎回死ぬかと思ってます。そうだ、イくときはイくって言ってください。これアサガにも言ったな」
「やだ。無理。イくときイくって言ってたら俺アユくんのおちんちん入れられてる間さ、んぅ゙っ♡ ずっとイくイく~♡ って言ってないといけないよ。……恥ずかしいな」
「そんなに……」
「それより何してるの? 手マン? 俺のお尻の開発? そんなことしなくても俺イき狂ってるからぁ、っ♡ 気持ち良くってヤだし、どうせならおチンポがいいんだけど……んひっ!?♡ やっ、何?」
 会話よりも手のほうに集中することにした。ぬるぬる擦ったりとんとん叩いたり、刺激を変えつつ中を擦る。
「あっ、やだ♡ あうぅっ、んひぃっ♡♡ やだっ♡♡ おちんちん欲しい♡♡ だめ、俺、サキュバスなのに♡♡ 一人で気持ち良くなって……♡♡ いひぃっ♡♡」
「先輩、気持ちいい時は気持ちいいって言ってください」
「やだっ、やだっやだぁっ!♡♡ アユくんと一緒がいい!♡♡ 手動かすのだめぇっ!♡♡ だめっ、イっ♡♡ 一人でイっちゃう、イっちゃうからぁっ! うっ、ん~~っ♡♡♡」
 先輩は声を押さえ、ガクガク内腿を震わせた。落ち着いた後すぐに自分の中を弄っている僕の二の腕を叩き、それでも指を掴んで止めた。
「気持ち良かったんですか? 今のは」
「加減ってモンを知らないなお前! お掃除フェラされんの嫌なのに、人にはするんだ。あ~あ」
「腰抜かしたの、治ったんですね。よかった」
「……よくない。俺が気絶しちゃったらいい感じにエスコートして添い寝しろ。わかったか」
 いろいろと学ぶことがあった。先輩とのセックスってこれから毎回こんな感じなのか。アサガと比べるのは失礼だけど、寝た後にも何かがあるというのは新鮮だ。恋人なんだから。
 明かりを落とす。ベッドの中でくっついて、まだ話の続きをする。
「わかりました。僕のほうに余裕がないと先輩がちゃんと気持ちいいかわかりません。言われないといまいちです」
「……そのために俺をチンポで気絶させたついでに手マンもしたって?」
「一瞬だったでしょう」
「喋ってる間ずっとだろ。気絶の話?」
「そっちです」
 明日も朝早いのに。先輩の声も眠そうだった。
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