もぐりのサキュバス

せいいち

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承:サキュバスと僕の出し抜けエッチ

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「だっせ~柄のステテコだな」
 憧れの先輩そっくりのサキュバスが、僕の上に跨っていた。
「目ェ覚めちゃったか。ま、いいや。やることは変わりないからな」
 最初は寝惚けたのかと思った。夜によく見る悪夢だ、とも。でもベッドに入ったばかりで掛け布団をめくられて腹に謎の重みがあったら、不審者かと思って目を覚ますだろ。誰かが入ってくるような物音なんてしなかったけど。布団に入ってすぐは、金縛りに遭うような時間帯じゃない。
 戸惑いは一瞬で去った。リモコンに手を伸ばして部屋の電気を点けて初めて、自分に跨っているそれが先輩そっくりだと気付いた。
「なあ。誰のこと考えたんだ? 今」
 首を傾げると、髪が肩にかかった髪がはらりと胸の前に落ちる。不躾なLEDの光が先輩そっくりのサキュバスを上から照らしていた。
 頭に着いた小さな角と先端が矢じりのような形の尻尾、それから服装を除けば本当にそっくりだった。角は牛に似ていて、細い尻尾は自在にゆらゆら揺れて、紫色の鱗に覆われててらてら光っている。問題は桜色の乳輪がはみ出るくらい細いスリングショット。下は性器が奇跡的なバランスで覆われ隠されている。普段服で覆われている身体は想像通りに痩せこけていて、生存に必要な肉すらなさそうだった。
「お前は何なんだ」
「見ての通り、サキュバスだよ。とっくにご理解いただけてると思ったんだが」
 サキュバスは小さなふくらみを僕の股間に押し付けていた。このまま押し倒されられてはたまらない。僕も必死で抵抗した。サキュバスの身体は風船のように軽く、あっという間にベッドの上に組み敷いてしまった。
 うつ伏せに、腕を押さえ付けて脚に馬乗りになる。組み敷かれてもなお、サキュバスは横顔でにやにや笑っていた。「どう頑張ってもおまえは俺を抱くんだよ」と言わんばかりの表情だった。
「何が目的だ」
「そりゃ一つに決まってる。精液だよ。おちんちんを扱いたときに出て来るあれ。わからないほど無知じゃないだろ。俺はそれをケツの穴で受け止める。ああ大丈夫、サキュバスの穴は清潔に出来てるんだ。君は気持ちいいことだけ考えてられる」
 サキュバスは身をよじった。真剣な声色で、笑顔は消えていた。
「なあ、アユムくん。こんなに押さえ付けなくていい。俺は抵抗できないんだから。精液吸い過ぎて殺しはしない。俺は君が大好きだからな。末永く吸わせてもらいたいんだ。差し当たっては一回だけでも、お願い、頼むから」
 なんだこいつ。初対面のサキュバスにここまで言われる謂れはない。顔は見知っているけど。
「どうして僕の名前を知ってる」
「言っただろ。好きだって。だから名前を聞いたんだ。ハネダくんって言ったほうが良かったか? 俺たちまだそんなに仲良くないみたいだし」
「聞かれてない」
「俺は君のことなら何でも知りたかったんだ。名前を最初に聞けて良かった。この姿は何だ? お前の大事な人か?」
 こちらの質問への答えは得られなかったが、どういうわけか、僕はそのサキュバスの問いに正直に答えたくなった。嘘を吐くのはあまり得意ではなかったし、サキュバスに名前を呼ばれて動揺したのと同じに、ごまかしも苦手だった。
 僕を見下ろすサキュバスは、さっき先輩に渡したスイートピーと同じ薄いピンク色の目をしていた。こんなに近くで先輩の顔を見るのは初めてだった。いいや、この先輩は偽物だ。けど、二人で帽子を被って同じ服を着て並んだら、どっちが先輩か断定し切れないほど、そっくりと思った。
「僕の好きな人だ」
「そうか。そうだろうな。そりゃあいい。俺のことをその先輩だと思って抱いてくれよ」
「出来ない」
「なんで、出来ない?」
 サキュバスの尻尾がくるくると僕の右手首に巻き付いた。締め上げ、血流を止め、矢じりに似た尻尾の先で刺す。僕は手を離してしまった。手首には尾の跡と、甲にはひっかき傷が付いた。
 サキュバスは手首に絡みついた尻尾を解くと、ベッドに手をついてゆっくり起き上がった。
「どうして? そいつに操立てしてるのか? 大好きな先輩と付き合ってもないどころか手も繋いだことない癖に? 結婚の約束はしたか? 同じ姿なら俺でもいいだろ? なあ。アユムくん。俺のこと好きになって。俺の名前は呼んでよ。その先輩のことなんてどうでもいいって思うくらい俺がずうっと一緒に居ていい夢も現実も見せてやるから」
 迫ってきたサキュバスを避けきれず、ベッドボードにぶつかった。サキュバスは僕の胸に縋りついて、じっと目を合わせた。
「なあ、頼むよ。俺のこと抱いてよ。出来なくてもいいから、せめてずっとそばに置いて……」
 サキュバスは瞬きをしなかった。パジャマ代わりのTシャツを安心毛布のように握って、足は僕を追う以外の動きをしなかった。
「君の、名前は?」
「……アサガ。……今はアサガって呼んで。先輩でもさん付けでもない。アサガって。下の名前はもうちょっと親しくなってからだよな。俺はアユムって呼ばせてもらうけど。いいよな」
「いいよ」
「俺の名前、呼んで」
 先輩の苗字と同じだ。サキュバスには教えていないはずだった。浅香幸一が何がしかの先輩であることも。偶然か、人の脳を読んで好みの姿に化けるというサキュバスの能力か。今は聞く必要がない。この疑問はいずれわかるかもしれない。放っておくことにした。
「ねえ、アサガ」
「なに」
「精液って、どれくらい飲まなきゃ死ぬとか、あるの」
「今はすごくお腹が空いてる。もう半年何も食べてない。飢えてるからこんなに必死なんだけど。どうしてくれるの? アユムくんのせいなんだけど」
 僕のせい、と言うのがわからない。わからないことだらけだ。会って十分も経ってない。
「……じゃあ、しなきゃ」
 サキュバスのアサガは大きく目を見開いた。ピンク色の目が血色を帯びる。頬が赤く染まり、嬉しそうな顔をしている。最初にしていた婀娜な笑顔とは違う、戸惑いと歓びの感情に溢れた表情。
 預けていた体重を引き、僕とアサガはベッドの上に向き合って座った。アサガは僕の手を握っていた。骨ばった冷たい手だった。
「え、あ、うん、なら、さ。俺、したいこといっぱいあったんだ。精液貰う前に。いろいろ。してもいい? ねえ。いいよな?」
 表情がコロコロ変わる。全部僕に向けられた笑顔だ。先輩はこんな表情はしない。先輩は僕にどういう表情をしてたっけ。長い前髪の奥は大体いつも笑ってて、手のひらに収まる小さなパックの牛乳のストローは大体噛んでて、授業中は手元のプリントを見ていて。
「いいよな、アユム?」
「……僕は、やり方を知らないから。君の食べ方でやってくれ」
「食べ、方」
 サキュバスのアサガは復唱した。僕の右手を胸に抱きしめると、さっき尻尾を巻きつけて付いた跡を撫でた。
「俺はアユムくんを食べないよ。この傷はごめん。俺はこれしか知らないからやってるだけ。絶対に一回だけって約束する。俺がそれ以上やりたがったら、お尻叩くなりなんなりして止めて」
 骨ばった白い両手で、僕の右手を包む。指を一つ一つつまんだり、指を絡めてみたり。肌はきめ細かく滑らかで触られていて心地がいい。桜貝のような爪は先の白い部分は殆ど無く、鑢で削られたように滑らかだった。
「かっこいい手だな」
「人とそう変わらないと思うけど」
「ずぅっと、この手で触られること考えてたんだ。頭も首も肩も腕も胸もお腹も、他のところも。だから今日は嬉しい。俺、アユムくんに俺の全部を触って欲しかったんだ……」
 アサガは手を自分の頬まで持ち上げた。僕の指がアサガの小さな顎や耳を撫でる。アサガは指が動くたび恍惚とした笑みを浮かべていて、スリングショットの下の乳首が明らかに固くなっているのが見えた。
「今日だけで、いいの」
 増長させるようなことを言うんじゃなかった。これは先輩じゃないんだ。手が動かされ、指先に小さな角が触れる。息が荒い。
「末永く吸うんだろ」
「……そうだった! 今夜はいっぱい。明日も好きなだけ触ってくれるんだ」
「好きなだけは無理かもな。夜は寝たい――性的な意味じゃなくて、睡眠が欲しいから」
「ならアユムくんからもいっぱい触ってよ。時間は有効に活用しなくちゃ」
「……そうだね」
 アサガはどのくらいで居なくなってしまうのだろうか。僕は彼に射精一回分の精液をあげる約束をしたけれど、それ以外の約束は何もしていない。今日僕は眠れるのだろうか。明日は学校に遅刻せずにたどり着けるのだろうか。
 左手は自分の意志でアサガに触れる。顎、首、後頭部を順に触れる。折れそうなほど華奢な首には喉仏が目立っていた。くすぐったそうに目を細めて笑った。
「全部いっぺんにじゃなくて、何回かに分けよう。君が気に入ったところは何回でも触る。君にあげられる夜は短いけど、……君の好きにやるよ」
 半ばやけくそだった。夢なら早く覚めてほしい。
 アサガは機嫌を良くした。頭を撫でる左手に顔を摺り寄せて、身体を近づける。猫が毛布にするように僕の脚の付け根を手で踏んで、服の裾に指を引っかけた。
「今日はどれくらいできる?」
 僕の手はアサガを抱いていた。ごつごつしていて薄い肩だった。他のどこに手をやればいいのかわからなかった。
「時計が回るまでは。服、脱いだ方がいい?」
「そりゃあ勿論。全部脱げ」
「ちょっとごめん、退いてくれる?」
 そう張り付いていられては動けない。ベッドから降り、出来るだけ早くTシャツを脱いで、折り畳みのちゃぶ台に投げた。それでも彼のお気には召さなかったらしい。後ろから舌打ちが聞こえた。
「嫌いだな」
 ステテコを脱ぐ前に、アサガは僕の背に抱き着いた。左手が胸の下を通っている。固まった僕を見かねて、片手でゴムを下に引っ張ってずり下ろそうとしていた。
「何か君の気に障るようなことした?」
「俺をずっと見てないところ。早く脱げよ。時間無いんだろ」
 耳にかかる息は発情しきって荒い。背中に付いたアサガの胸には生地の感覚がなく、彼もあれを脱いだらしいとわかる。ステテコに入ってきたアサガの右手は、僕の尻を撫で鼠径部を指で辿っていた。急進だ。ゆっくりすることは諦めたらしい。さっさと床にステテコを落とした。
「アユムくん」
「なんでしょうか」
 その声色はかなりのところまで先輩に似ていた。絶対に言いそうにない台詞だ。それこそ僕と先輩の仲が進展でもしない限り。
 アサガは僕の陰茎をゆっくり手で扱いた。四本の指が陰茎に触れ、人差し指の先が亀頭の付け根を気まぐれに弄っている。耳元に息がかかる。唇が触れていた。
「あったかいな」
「え?」
「俺ばっかり触ってるんだよ。アユムくん。俺のこといっぱい触ってくれるって言ったのに、噓つき」
「ごめん」
 僕が振り返ると、背中に引っ付いていたアサガが離れた。ベッドに倒れ込んだ音がした。アサガはベッドに仰向けになって、足が僕の膝をつついた。
 輝かんばかりの白い髪がシーツ全体に広がっていた。
 全身が骨っぽかった。女性的な脂肪の曲線も男性的な筋肉の直線もない。太腿からふくらはぎにかけての薄い筋肉、自重で潰れた尻の脂肪。まさしく中性的な身体だった。腰は皮膚の中から骨が浮かびあがっていて、呼吸のために腹が上下している。赤らんだ白い肌の上、あばらが浮いた上に、赤く熟れた乳首が付いている。挑発的な笑顔が癖になっているらしい。こちらに向かって足を延ばし、膝を強めに蹴る。
「おい。何ボサっと突っ立ってんだ」
「ごめん、見惚れてた」
「見惚れるなよ。これからいくらでも見ていいのに」
 ケラケラ笑っていた。アサガの足に引き寄せるままに、僕は彼の開いた脚の間に収まっていた。
 僕の萎えた陰茎がアサガの腹を撫でた。
「……おい、ちょっと待て。え、は、待って? なんで萎えてんだよお前。さっき立ってただろ。それ使うんだぞ。わかってんのか?」
「ごめん。わからない……」
「なんでわからないんだよ。何年生きてんだ。ああ、さっきは勃ってたのに。……ちょっと。なあ。ひょっとして俺魅力ない? 俺のことちゃんとエッチな目で見れてる? やっぱ本物の先輩じゃないと駄目なの?」
「たぶん大丈夫、なんとかこっちでも頑張るから……」
 アサガは僕の脚を押しのけてベッドから立ち上がった。僕をベッド際に座らせて脚の間に滑り込む。
「アユム。そこ座れ。足開いて。俺にやらせて。今度こそしっかり勃たせるから。不味かったんだ。もっとちゃんと触らないと。ただでさえ俺は駄目なんだから――」
 独り言に没頭しかけていたアサガが頭を上げた。
「ねえ、アユムくん。俺の頭撫でて。角でも、どこでもいいから。ずっと触ってて。俺のこと触ってくれるって言っただろ。嘘にはするなよ」
「……ごめん」
 謝るべきじゃなかったかも。僕はアサガの髪に指を通した。艶やかにうねって、指に絡みついて引っかかる。LED照明は似合わないと思ったが、それでも綺麗な髪だった。
 アサガは陰茎を持ち上げて、扱きながら僕の陰毛に形の良い鼻を埋めた。そのまますんすんと息をする。
「ああっ、いいにおい♡ 好きだな、よかった、ふふ、おいし……」
 厚いピンク色の舌でぺろぺろと付け根から舐めはじめた。唾液でたっぷりの舌が這うように触れる。それから小さな口がフルートに口付けるように何度も咥えて、ピンク色の目が僕を見上げる。
 正直、堪らない。
「ねえアユムくん、角触ってよ」
 亀頭を咥え、舌先で先走りをちろちろ舐めたり、口付けてちゅっと音を立てて啜る。
「角?」
「痛くないから。遠慮せずに触っていいよ」
 アサガは陰茎をすっかり口の中に呑み込んだ。
 つるつるした小さな角は血が通ったように暖かかった。形と同じく、牛の角と似た役割を果たしているらしい。角の付け根を撫でると、喉の内側が呑み込むように動いて、アサガは一旦口の中から陰茎を出した。
「……ありがとう。気分がいい」
「気分?」
 アサガの口内の唾液はどんどん増えているようだった。口の中はどろどろしていて変な感じがする。口の端から涎が垂れて、泡立ったそれが陰毛をびしょびしょに濡らしている。自分の先走りかもしれない。長い舌がカリ首に触れて、びくびく動いていた。
「そう。もっと撫でてよ」
 アサガは再び陰茎を咥えた。彼の左手は床に付いているのではなく、自分の陰茎を押さえていた。だらだらと先から涙を零して、腰の動きを抑えようとしているように見えた。
「そっち、その――」
「俺のことはいいの。頭撫でてろ」
 角が気持ちいいらしい。僕は片手で角に触れて、片手で頭の肌を撫でていた。アサガは潤んだ目で僕を見上げて、陰茎で頬を膨らしていた。ふうふうと荒い息を吐いていた。長い髪が腿を撫でていた。
「あ、あっ……」
 僕はアサガの口の中に射精した。我慢しきれなかった。漏れ出た精液が頬にまで溢れる。アサガは一滴も取りこぼすまいと顔を念入りに指の腹で拭って、精液を口まで運んだ。ごくん、ごくんと咽喉が鳴る。
「ごめん、出した」
「……やっちゃった」
 絶望的な表情で、アサガは僕を見上げていた。目は濃いピンク色に爛々と輝いていて、舌の上にはまだ精液が残って、泡が立っていた。左手で押さえつけ続けていたアサガの陰茎はかわいそうなくらいに赤く腫れあがって、フローリングに水たまりを作っていた。
「ごめん。美味しかったよ。でもお腹で受け止めたかったの。アユムくんは悪くないよ。俺の我慢が出来なかっただけ。すごく美味しいのに、ちょっと寂しくて、あの、ごめん。頭、もっと撫でてくれる?」
 そう言ってアサガは僕の腹に顔を埋めた。耳まで赤らめてふうふうと臍に息を吐くアサガの髪を撫でた。
「ごめん。ごめんね。もう今日はおしまいなのに。俺。ちゃんと諦めるから。また明日頑張るから。ごめん。おしまいならおしまいって言って、それまで頭撫でて。俺……」
 諦めきれずに謝り続ける彼に、どうしようもなく興奮してしまった。
「アサガ、頼む。もう一回。やってもいいから。僕からお願い。出来る?」
「……うん。もちろん」
 これも彼の想定通りだったのかもしれない。最後に一度、アサガは口の周りを舐めた。
 唾液と精液で濡れた陰茎に頬ずりをし、何度も口付けを落とす。優しく唇が触れているだけのはずなのに痛いくらいの快楽が襲う。尿道に残った精液を吸い上げる。荒い息と絡んだ髪が擽ったい。
「好き、アユムくん。好きなんだ。本当に嬉しいんだよ。俺にはこれしか出来ないからこうするしかなかったんだけど。俺を受け入れてくれてありがとう。……嬉しい」
 へそに口付け、アサガが僕の肩に手をかけ体重を預けてくる。
「アユムくん。アユムくんは寝っ転がってるだけでいいんだ。でも出来るだけ我慢してくれよ。欲張りなこと言うけどさ、こっちも気持ち良くなりたいんだ」
 アサガはまったく力を入れていないはずなのに、僕はあっけなくベッドに倒れ込んだ。あてがった陰茎の先が穴に触れた。アサガにされるがままだった。
 僕の陰茎があたたかく冷たいものに呑み込まれていった。根本が締め付けられて、先に何かがちゅうちゅう吸い付いてきて、全体がびくびく搾り取るような動きをしている。
「あ゙あっ、ああああっ……♡♡♡」
 恍惚とした表情で首筋を仰け反らせ、身体全体が痙攣していた。硬く色付いた桜の蕾のような乳首が震えているのが見えた。
 全てが呑み込まれたとき、アサガが覆いかぶさるように僕の脇に手をついた。俯き震えて息を漏らす。
「ねえっ、アユムくんさぁ、他人とするの、初めて?」
「はい」
「……よかったぁ♡」
 顔を上げ、白い髪をかき上げて肩にかけた。涎が胸に滴り落ちる。
「アユムくんを知ってるのは俺だけなんだ」
 目の色は赤に近く、頬が耳まで赤い。陰茎から垂れた液が腹を濡らしていた。恍惚とした笑顔。捕食者の目だった。
「アユムくん。なあ、駄目そうなら出していいけどさぁ、我慢しただけ気持ち良くなるんだ。我慢しろよ♡ アユくん。かわいいなぁ♡ 一番気持ちいいところで出していいからな♡ ああっ♡ アユくん♡ アユくん♡ 大好き♡♡ アユくん♡♡」
 アサガは蟹股になり腰を打ち付けた。荒い息が首筋にかかる。僕の顔の横に肘をついて白い髪が顔にかかり、アサガは構わず首筋を齧る。痛い。
 食われる。セックスは初めてだけど、これは普通じゃないだろう。サキュバスとセックスなんてするもんじゃない、のかもしれない。僕の一回分だけ、という約束はしたけど、僕のほうから破った以上、アサガが約束を守ってくれるかどうかわからない。
「アサガ、駄目だ……」
「キスしたい。していいよなぁ?♡ なぁっ!?♡♡」
 既に首筋は歯形でいっぱいのはずだ。何度も甘噛みされている。いいよと言いきらないうちに唇が触れ、アサガの蛞蝓のような舌が口に入り、僕の舌と唾液を貪る。
 こんなものの相手をしていては命がいくつあっても足りない。口が離れた隙に名前を呼ぶ。
「アっ、アサガ!」
「なんだよぉ、アユくん。お前も触れよ」
「う……ごめん」
 僕はアサガの胴を掴んだ。腰の動きを止めさせる。動かれていてはまともに話が出来ない。
「アサガ、お願い。噛まないで」
「……ごめんね、アユくん、痛かった?」
「痛かったよ」
「ごめん。アユくん。ごめんな」
 肩に顔を埋めて傷をべろべろ舐めはじめる。鼻息が荒い。
「こんなに美味しいのに」
 本当に食われる。それじゃサキュバスじゃなくてヴァンパイアだ。体液なら何でもいいのか。こいつ。
「ねえ。アユくんも動いてよ。俺のこと触ってくれるんだろ」
 また嘘つきと詰られるのが嫌で、僕は起き上がってベッド際に座り、彼を腿の上に抱えた。アサガは僕の肩を抱いて首を甘噛みしながら、腰を擦り付けてきていた。
「あうっ♡ ……アユくん、ぎゅってして♡」
「君、体液なら何でもいいのか」
「良くないよ。噛むのが好きなだけ」
 気持ち良くなれる腰の動かし方なんて知らないから、遮二無二動く。
「ああっ♡ うぅっ♡ アユくん♡ アユくん♡♡ すき♡ あぁっ♡ アユくん♡ もっとぉ♡ ぎゅってしてぇ♡ すきぃっ♡」
 どうして初対面のサキュバスにこうまで好かれているのか。演技なのか。僕がこうなることを望んでいると思っているのか。なんか嫌だ。
「アユくん♡ なまえ、よんで♡ こっち向いて♡ 俺をみて♡ なあ、アユくん♡ アユくん♡!」
 アサガの腰を掴んで、射精することだけを考えていた。
「だめっ♡ アユくん、こっちみろよぉっ♡! きもちいいのにっ♡ こんなのやだぁ♡! あっ、やらぁ、ああっ、あああああっ♡♡!」
 ふーっ、と息を吐く。奥に精液を擦り込むように突いてから、萎えるままにずるりと引き抜いた。
「あっ、ひんっ♡♡ だめぇっ♡ あっ、ぬいちゃやだぁ♡ アユくん、ごめん、だめ……♡ ああぁっ、……うぅっ、こんなに美味しいのに、俺のこと見て、もっとして、もっとぉ、撫でて触って、だめなのに、おれ、アユくんを一番気持ち良くして食べたかったのに、アユくん、んうっ、ごめん……♡」
 気付けばとっくに時計は回っていた。どう騒いでも今日はこれまでだ。
 物足りなさそうなアサガを抱いたまま、僕はもう一度風呂に入ろうか悩んだ。せめてシャワーだけでも浴びたい。色々な汁でベタベタだ。幸いシーツはそんなに濡れていないみたいだけど、明日洗濯はしたい。
「お風呂入る? シャワー浴びるだけだけど」
「……うん」
 アサガは髪のカーテンに僕を包み、不満そうに唇を尖らせて見降ろしていた。
「初めてにしては、良かったんじゃないかな。俺がアユくんのこと好きだからかもしれないけど。次は嫌でもちゃんと出来るようにするから。……腰から手ぇ放して背中の一つでも撫でてくれよ。ずっと掴まれるとしんどいんだ」
「あ、ごめん」
 アサガの腰には僕の張り付いたような手形がくっきり付いていた。いたわるように跡を撫でた。アサガは僕の眉間に口付けをしてからべろべろ舐める。気持ち悪い。
「風呂まで連れてってくれよ」
「降りて」
「抱いて行ってくれるくらいの甲斐性はないのか?」
「両手がふさがってるとドア開けられないから」
 僕は無理にアサガを下ろした。触ると約束したのだから彼が腕に絡みつくのは許してやらなければいけない。腰を抱いて水場のドアを開ける。
「……不便だな、人間って」
 既に風呂桶の湯は落としていた。シャワーだけ浴びられればいいから、僕はそれでいい。
 アサガは空のバスタブに入った。何がしたいんだ。
「俺が洗ってやろうか?」
「いいよ。しなくていい。お風呂浸かりたいの?」
「いらないよ。お前の身体を洗えないなら、俺はここで見てるだけだ」
 アユくんと、彼は僕をそう呼んだ。会って間もなく下の名前で呼ばれて、あって間もなく性交渉をして、読みで三文字しかない名前を二文字に略された。今更名前の呼び方で騒いでいてもおかしいか。駄目だ、感覚が麻痺している。
「ア~ユく~ん。構ってくれよぉ」
 風呂桶の中から手を伸ばして尻をべちべち叩いてくる。うざったらしいことこの上ない。
「触ってくれるって言ったのは嘘だったのか?」
 さっさとシャワーを浴び終えて、アサガにシャワーヘッドを渡す。
「君の番だ。ほら」
「いらない。その代わり、こっち来て」
「やっぱ風呂に浸かりたいのか」
「違う。こっち来てここに座れって」
 アサガは風呂桶の端に体を寄せ、反対側の端を指さした。しぶしぶシャワーヘッドを壁に引っ掛けて言うことに従う。
 風呂桶の底に座ってから、彼に従う必要がどこにもないことに気が付いた。疲れてすっかり寝惚けている。アサガが開いた足の間に体をねじ込み、背を預けて座ってきた。
「触れ」
「もう時計は回ってるよ。そろそろ寝たいんだ」
 アサガは僕の手を取って腹に触れさせた。
「お前の、このくらいまで届いてた。あたたかかった。お前の分だけ腹が膨れて、抜けたらそれだけ縮んで、熱が引いた。寂しいんだよ。寄り添うくらいしてくれ」
「遅いんだよ。また明日、早くても八時くらいに来てくれれば、それくらいならたぶんたくさん相手してあげられるから」
「明日じゃだめだ。この腹の寂しさは今埋めなきゃあ駄目なんだ」
 僕は腹を撫でながら睡魔と戦っていた。このままでは風邪をひく。
「ごめんマジで眠いんだ。せめて身体拭かせて。シャワーは好きに使ってくれていいから、でもあんまり長く使い過ぎるのも駄目だよ、水道代かさむから」
「……本当に眠いのか?」
「眠いんだ……」
 眠い眠いと言っていたら欠伸が出て来た。普段ならとっくに寝ている時間だ。サキュバスは仕方なしに身体を離す。
「ごめん、眠いんだ」
「……そうかよ」
 髪はほとんど乾いていた。乾いたタオルを探して拭く。アサガに差し出すと、首を振って押し返された。
「自分拭けよ。俺は乾かせるから」
 アサガのほうから風が吹いて、ふわっと芳香が放たれた。
「ほぉら。魔法だ」
「乾いたら服を着なさい」
「無いよ。サキュバスだもん」
「自分を乾かす魔法があるなら、服を出す魔法だってあるだろ。あの紐みたいなやつだって、魔法なんだろ」
「人には向き不向きがある。サキュバスだって同じだ」
 床やちゃぶ台の上に放り出した服を着直す。ベッドに横になると、アサガも僕にぴったり寄り添って入った。
「抱き枕代わりに使ってくれていい。今日の俺がいなくなるまで、せめてずっと」
 アサガは僕に背を向けた。白い髪の間、うなじからいい匂いがした。何の花だろう。嗅ぎ覚えがあるのに、わからない。
「おやすみ、ハネダくん。また明日」
 その声調があまりにも先輩に似ていて、全身がぞわぞわした。
 僕はアサガのいい香りに包まれたまますぐに意識が落ちた。


 目覚まし時計のスイッチを切った。いつも通りの時間に起きたが、まだ少し眠かった。
 夢も見ずに泥のように眠れたが、昨日の夜起きたことは鮮明に覚えていた。
 ベッドは彼の形にしわが付いていて、起き上がるために手をついたときに消えてしまったが、香りはまだ残っていた。薔薇の香り、でも粉っぽすぎる。複数の香りが混じっている。
 朝食を食べながら思い出した。そういえば今日は先輩と一緒に登校する日だ。昨日先輩そっくりのサキュバスとセックスしたってのに。こんなに気まずいことはない。
 仕度を済ませてアパートの階段を降りると、先輩がエレベーターの前で待っていた。今日は初めて見る白いサンダルだった。
「ハネダくん、おはよ」
 にこやかに近づいて手を結んでくる。これも初めてだった。冷たくて骨ばった細長い指が、僕の指の間を埋めていた。
「えっ」
「……あっ。あれ、俺、何してんだろ。ごめんね、変なことして」
 口から飛び出た戸惑いが拒絶と捉えられてしまったらしい。手はすぐに離されてしまった。
 あとの先輩は当たり障りのない話を振ってきた。体調の話とか、天気の話をした。僕はまごまごと挙動不審な返事しか出来なかった。
「あの、僕、先輩さえよければ、手……」
 次に自分から口を開けたのは、そこそこ混み合った電車を降りるときだった。
 先輩から返事は聞けなかった。
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