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二月・甘きものどもスイートワンズ
2/28(土) 余り物
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あっという間に夜が来る。飯を食った後、しばし腹を休めにごろごろしよう。起きてすぐ飯、食べてすぐ寝る、寝るとすぐ朝。一月は急ぐ、二月は逃げるというが、振り返ってみればこの一年あっという間に時間が過ぎた。
「明日から三月ってマジ?」
「嘆いたって時間は戻ってこない」
「そりゃあさぁ、そうなんだけど」
ぼやく吸血鬼に狩人は非情にも告げる。当たり前なんだから仕方ないだろという呆れた表情で。皿洗いから戻って来た狩人は、窓際の壁に胡坐をかいてもたれ掛かり、スマホを見ながら本を読んでいる。
吸血鬼はそんな狩人を畳に寝っ転がって見上げていた。カレンダーは明日めくる。
「ねえ、シャンジュ」
台詞自体は普通だった。しかし響きはいやに仰々しく、わざわざ名前を呼んで狩人は聞く。
「今まで楽しかった?」
「まあねぇ」
間抜けな表情のまま答えてしまう。ゴロゴロだらだらひょっとすると自分は今から殺されるんじゃないかと吸血鬼は思う。
「まだ僕と一緒に居たい?」
吸血鬼ははぐらかすようにカレンダーのほうを向く。
「チョコって全部食べたっけ?」
「……まだ二つ残ってるよ」
「数まで覚えてんのかよ」
吸血鬼は面倒くさいなぁと溜め息を吐きつつ立ち上がり冷蔵庫に向かう。チョコレートは大きな箱に二粒ばかり残っていた。
包装用紙を捨てるのが面倒臭いのか(理人に限ってこれはあり得ないだろうと吸血鬼は考えていたが)食べるのを惜しんでいるのか(たぶんこっちだろう)。もう今日食っちまおう。二月も終わるしな。
吸血鬼は静かな足音に振り返らなかった。後ろに自分には無い熱を感じた。
「後ろ立つなよ。閉めれないだろ」
吸血鬼は後ろに立つ狩人に体重を押し付けて冷蔵庫を閉めた。
「質問に答えてない」
「そうかよ」
「お願い。答えて」
「何て答えてほしい? その通りに言ってやる」
「君が、僕が望んで君に言わせたことを嘘にしないなら」
「俺に約束なんてさせるなよ。守れないのに」
狩人は宿敵をぎゅう、と羽交い絞めにしていた。
「チョコ食べようぜ。ミルクとビター、どっちがいい?」
「そうだね」
「うわー持ち運ぶなよ」
吸血鬼の昨日洗った頭からは狩人と同じシャンプーの匂いがした。狩人はダメ元で頼んでここまで一緒に暮らしていけてよかったと思った。いい関係を築けた。
そのままちゃぶ台まで連れて行き、胡坐をかいた間に座らせた。狩人がミルクがいい、と答えると、吸血鬼は箱から色の濃いほうを出してまず自分がつまみ、口を開けた狩人にもう一つを食わせた。そして空き箱を掴んだ手をそのまま、吸血鬼は狩人の股の間からするっ、と抜け出して、ごみを捨てに行った。
「なあ理人。この生活も終わりが近づいておセンチな気分になっちゃってる?」
「四月にはこのアパートから引っ越すから。君も一緒に来てくれる?」
「いいな。どこに行くんだよ」
「まだ話し合いの途中だから。確定はしてないけど、家を出ることは決まってる。どこに行くにしてもここよりは田舎だよ」
「……そうだ、最寄りのコンビニまでは何時間かかる?」
「……どうだろ?」
狩人は自分が行く場所のことをそう詳しくは知らないらしい。
吸血鬼は呆れたようにフーッと長い溜め息を吐いた。あまり眠りたい気分ではなかったが、この男から逃れるために押し入れに籠りたかった。そのくらいのプライバシーは保障されていた。狩人のプライバシーはほとんど無かったが、吸血鬼は知らないふりをした。
一畳に満たない自由で宿敵が己を縛り付けていることに十一ヶ月かけて気付いた吸血鬼は、ただただいやだなぁと思った。
「明日から三月ってマジ?」
「嘆いたって時間は戻ってこない」
「そりゃあさぁ、そうなんだけど」
ぼやく吸血鬼に狩人は非情にも告げる。当たり前なんだから仕方ないだろという呆れた表情で。皿洗いから戻って来た狩人は、窓際の壁に胡坐をかいてもたれ掛かり、スマホを見ながら本を読んでいる。
吸血鬼はそんな狩人を畳に寝っ転がって見上げていた。カレンダーは明日めくる。
「ねえ、シャンジュ」
台詞自体は普通だった。しかし響きはいやに仰々しく、わざわざ名前を呼んで狩人は聞く。
「今まで楽しかった?」
「まあねぇ」
間抜けな表情のまま答えてしまう。ゴロゴロだらだらひょっとすると自分は今から殺されるんじゃないかと吸血鬼は思う。
「まだ僕と一緒に居たい?」
吸血鬼ははぐらかすようにカレンダーのほうを向く。
「チョコって全部食べたっけ?」
「……まだ二つ残ってるよ」
「数まで覚えてんのかよ」
吸血鬼は面倒くさいなぁと溜め息を吐きつつ立ち上がり冷蔵庫に向かう。チョコレートは大きな箱に二粒ばかり残っていた。
包装用紙を捨てるのが面倒臭いのか(理人に限ってこれはあり得ないだろうと吸血鬼は考えていたが)食べるのを惜しんでいるのか(たぶんこっちだろう)。もう今日食っちまおう。二月も終わるしな。
吸血鬼は静かな足音に振り返らなかった。後ろに自分には無い熱を感じた。
「後ろ立つなよ。閉めれないだろ」
吸血鬼は後ろに立つ狩人に体重を押し付けて冷蔵庫を閉めた。
「質問に答えてない」
「そうかよ」
「お願い。答えて」
「何て答えてほしい? その通りに言ってやる」
「君が、僕が望んで君に言わせたことを嘘にしないなら」
「俺に約束なんてさせるなよ。守れないのに」
狩人は宿敵をぎゅう、と羽交い絞めにしていた。
「チョコ食べようぜ。ミルクとビター、どっちがいい?」
「そうだね」
「うわー持ち運ぶなよ」
吸血鬼の昨日洗った頭からは狩人と同じシャンプーの匂いがした。狩人はダメ元で頼んでここまで一緒に暮らしていけてよかったと思った。いい関係を築けた。
そのままちゃぶ台まで連れて行き、胡坐をかいた間に座らせた。狩人がミルクがいい、と答えると、吸血鬼は箱から色の濃いほうを出してまず自分がつまみ、口を開けた狩人にもう一つを食わせた。そして空き箱を掴んだ手をそのまま、吸血鬼は狩人の股の間からするっ、と抜け出して、ごみを捨てに行った。
「なあ理人。この生活も終わりが近づいておセンチな気分になっちゃってる?」
「四月にはこのアパートから引っ越すから。君も一緒に来てくれる?」
「いいな。どこに行くんだよ」
「まだ話し合いの途中だから。確定はしてないけど、家を出ることは決まってる。どこに行くにしてもここよりは田舎だよ」
「……そうだ、最寄りのコンビニまでは何時間かかる?」
「……どうだろ?」
狩人は自分が行く場所のことをそう詳しくは知らないらしい。
吸血鬼は呆れたようにフーッと長い溜め息を吐いた。あまり眠りたい気分ではなかったが、この男から逃れるために押し入れに籠りたかった。そのくらいのプライバシーは保障されていた。狩人のプライバシーはほとんど無かったが、吸血鬼は知らないふりをした。
一畳に満たない自由で宿敵が己を縛り付けていることに十一ヶ月かけて気付いた吸血鬼は、ただただいやだなぁと思った。
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