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第3章:衆合地獄編
第二十一話:生前国を滅ぼした囚人騎士は名をネイドという
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不覚にも、その日私は眠ってしまった。
人の身でありながら神と成り、睡眠なしで生きられる体を手に入れた私は、人間だった頃の癖で眠りに落ちてしまったのだ。
眠った先に見える景色が何であるか。そこで私を待ち受ける光景がどんなものであるか。私はそれをよく理解していたはずだった。
眠った後に見る光景は、何時だって一つ……石造りの城が、真っ赤な炎に炙られる情景だけだ。王国「ベラトリクス」最後の女王であった私は、五百余年続いた故郷の最期を目の当たりにさせられたのだ。
私の祖国は、平和で、豊かだった。類まれなる名工たちが生み出した武具、勇気溢れる兵士に、軍略に富んだ将軍たちは、この地に現れたあらゆる敵を退け、民の笑顔を守り続けてきた。神の寵愛を一心に受けた土地は、常に豊穣をもたらし、民の心を安らげて来た。
希望と共に朝を迎え、最愛の子供たちに囲まれて過ごした王国での日々。
私が生きている間、決して変わることのないと信じてきた景色が、破壊の嵐を前に荒れ果て、いとも簡単に崩れ落ちていく。それは夢の中で幾度も鮮明に浮かびあがってくる。
炎は龍のように荒れ狂い、王城を舐めまわし、父祖たち、民たちが積み上げてきた「歴史」という名の宝を灰へと変えていく。
王国の永遠の繁栄……それを願い、日夜働いた者達が残していった成果は、炎に飲まれ、物言わぬ炭となってこの世からかき消されていった。
人の悪意のおぞましさを、私は痛感させられた。
人としての三十余年の人生の中で、当たり前のものとして私の目の前に合った日常は、たった一人の……狂気的なまでの妄疾に囚われた叛逆騎士によって、いともたやすく滅ぼされたのだから。
その情景は、文字通りの悪夢だった。
勇敢な兵士たちは、己の命を一切惜しむことなく、その男に矢を射り、槍を突き、剣を振るった。
将軍は与えられた軍を縦横無尽に操り、圧倒的なまでの暴力を叩きこんでいった。
民たちは傷ついた兵士たちの救護に死力を尽くし、飢えた兵士たちに食料を惜しみなく分け与えることで、戦いを陰から支え続けた。
ありとあらゆる人が一丸となって、国を蝕む悪意を迎え撃った。
しかし、それでもなお、あの男には敵わなかった。
戦禍の中心で幾多の致命傷を負ってもなお剣を振り続けた男。
王国一の騎士と名高い男に宿った、汚泥のように濁った嫉妬は、やがて国を滅ぼしたのだ。
燃え盛る炎の中で、私の城は少しずつ、確実に崩れ落ちていった。
私は王国の存続のために逃げた。衛兵、従者が私の盾となって、一人ずつ欠けていく様を、私はただ手をこまねいてみることしか出来なかった。
私は逃げ続けた。右肩を斬られた痛み、現実のものとして感じられた死への恐怖に押しつぶされそうになりながらも、あの男の魔の手から逃れようとした。
常に私の影であり続けた執事を殺されても、私は逃げ続けた。
逃げなければ殺される。あらん限りの力を振り絞らなければ、命をとしてまであの怪物を足止めした者達の努力が無駄になる。
幾度もそう言い聞かせ、おぼつかない足取りで燃える王城を駆け抜けた。
それでも、私は遂に力尽きてしまった。
体力の限界を迎え、斃れた後のことは、特にはっきりと覚えている。
気分が悪くなるほどに小刻みにバクバクと震える心臓。
ぜぇはぁ、ぜぇはぁ……と繰り返される荒い呼吸。
「逃げなければ」という言葉で埋め尽くされ、昨日不全を起こした思考力に、体全身に鉛のようにのしかかる倦怠感。
そして、カツン……カツン……と、石畳を踏み鳴らす足音と、ガリ……ガリ……と鉄が石を削る音。
機械時計のようなリズムを刻んで、彼は暗闇から姿を現した。
万は下らない軍勢を単騎で突破し、王城内にいる人間全てをなぶり殺しにし、城を火にくべた狂騎士。
自分自身の血と返り血にまみれた彼は、その全身からボタボタと血を滴らせながら、私の元へと歩みとってきていた。
幾多の矢、槍、斧、剣を受けた鎧はある部分はひしゃげ、ある部分は割れていた。
全身を覆う鎖帷子は至るところがほつれ、地面に向けてデロンと垂れ下がり、防御の役割を殆ど放棄していた。
鎧から露出した肉は、至るところで裂け、骨すらも外界に覗かせていた。
幾条の傷跡が刻み込まれた兜から、真っ赤な眼光が二つ、ぼうっと幽鬼のように浮かび上がり、白い蒸気がゼェ……ゼェ……という彼自身の呼吸と共に立ち昇っていた。
やがて彼は立ち止まり、引きずってきた大剣を振り上げ、数泊の間をおいて私の首へと振り下ろした。
幾百年の時を経ても、厄災をもたらしたあの男の名前を、私が忘れることはない。
「ベラトリクスの叛逆騎士」ネイド。
これは、私の国を滅ぼし、地獄へ堕ちた、悪魔の名だ。
人の身でありながら神と成り、睡眠なしで生きられる体を手に入れた私は、人間だった頃の癖で眠りに落ちてしまったのだ。
眠った先に見える景色が何であるか。そこで私を待ち受ける光景がどんなものであるか。私はそれをよく理解していたはずだった。
眠った後に見る光景は、何時だって一つ……石造りの城が、真っ赤な炎に炙られる情景だけだ。王国「ベラトリクス」最後の女王であった私は、五百余年続いた故郷の最期を目の当たりにさせられたのだ。
私の祖国は、平和で、豊かだった。類まれなる名工たちが生み出した武具、勇気溢れる兵士に、軍略に富んだ将軍たちは、この地に現れたあらゆる敵を退け、民の笑顔を守り続けてきた。神の寵愛を一心に受けた土地は、常に豊穣をもたらし、民の心を安らげて来た。
希望と共に朝を迎え、最愛の子供たちに囲まれて過ごした王国での日々。
私が生きている間、決して変わることのないと信じてきた景色が、破壊の嵐を前に荒れ果て、いとも簡単に崩れ落ちていく。それは夢の中で幾度も鮮明に浮かびあがってくる。
炎は龍のように荒れ狂い、王城を舐めまわし、父祖たち、民たちが積み上げてきた「歴史」という名の宝を灰へと変えていく。
王国の永遠の繁栄……それを願い、日夜働いた者達が残していった成果は、炎に飲まれ、物言わぬ炭となってこの世からかき消されていった。
人の悪意のおぞましさを、私は痛感させられた。
人としての三十余年の人生の中で、当たり前のものとして私の目の前に合った日常は、たった一人の……狂気的なまでの妄疾に囚われた叛逆騎士によって、いともたやすく滅ぼされたのだから。
その情景は、文字通りの悪夢だった。
勇敢な兵士たちは、己の命を一切惜しむことなく、その男に矢を射り、槍を突き、剣を振るった。
将軍は与えられた軍を縦横無尽に操り、圧倒的なまでの暴力を叩きこんでいった。
民たちは傷ついた兵士たちの救護に死力を尽くし、飢えた兵士たちに食料を惜しみなく分け与えることで、戦いを陰から支え続けた。
ありとあらゆる人が一丸となって、国を蝕む悪意を迎え撃った。
しかし、それでもなお、あの男には敵わなかった。
戦禍の中心で幾多の致命傷を負ってもなお剣を振り続けた男。
王国一の騎士と名高い男に宿った、汚泥のように濁った嫉妬は、やがて国を滅ぼしたのだ。
燃え盛る炎の中で、私の城は少しずつ、確実に崩れ落ちていった。
私は王国の存続のために逃げた。衛兵、従者が私の盾となって、一人ずつ欠けていく様を、私はただ手をこまねいてみることしか出来なかった。
私は逃げ続けた。右肩を斬られた痛み、現実のものとして感じられた死への恐怖に押しつぶされそうになりながらも、あの男の魔の手から逃れようとした。
常に私の影であり続けた執事を殺されても、私は逃げ続けた。
逃げなければ殺される。あらん限りの力を振り絞らなければ、命をとしてまであの怪物を足止めした者達の努力が無駄になる。
幾度もそう言い聞かせ、おぼつかない足取りで燃える王城を駆け抜けた。
それでも、私は遂に力尽きてしまった。
体力の限界を迎え、斃れた後のことは、特にはっきりと覚えている。
気分が悪くなるほどに小刻みにバクバクと震える心臓。
ぜぇはぁ、ぜぇはぁ……と繰り返される荒い呼吸。
「逃げなければ」という言葉で埋め尽くされ、昨日不全を起こした思考力に、体全身に鉛のようにのしかかる倦怠感。
そして、カツン……カツン……と、石畳を踏み鳴らす足音と、ガリ……ガリ……と鉄が石を削る音。
機械時計のようなリズムを刻んで、彼は暗闇から姿を現した。
万は下らない軍勢を単騎で突破し、王城内にいる人間全てをなぶり殺しにし、城を火にくべた狂騎士。
自分自身の血と返り血にまみれた彼は、その全身からボタボタと血を滴らせながら、私の元へと歩みとってきていた。
幾多の矢、槍、斧、剣を受けた鎧はある部分はひしゃげ、ある部分は割れていた。
全身を覆う鎖帷子は至るところがほつれ、地面に向けてデロンと垂れ下がり、防御の役割を殆ど放棄していた。
鎧から露出した肉は、至るところで裂け、骨すらも外界に覗かせていた。
幾条の傷跡が刻み込まれた兜から、真っ赤な眼光が二つ、ぼうっと幽鬼のように浮かび上がり、白い蒸気がゼェ……ゼェ……という彼自身の呼吸と共に立ち昇っていた。
やがて彼は立ち止まり、引きずってきた大剣を振り上げ、数泊の間をおいて私の首へと振り下ろした。
幾百年の時を経ても、厄災をもたらしたあの男の名前を、私が忘れることはない。
「ベラトリクスの叛逆騎士」ネイド。
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