リリアーヌと復讐の王国

Blauregen

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第4章

4-5

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 それからしばらくして、私の娘オリヴィアが宮殿に帰ってきた。彼女の様子は以前と何ら変わりない。しかし、少しだけ大人びたように見える。私とシーグルドで彼女を出迎えた。

「おかえり、オリヴィア」

「ただいま。お父様、お母様」

 彼女は自分の荷物を自室に置くと早々に、エハルの部屋へと向かう。私たちも一緒に向かった。
 エハルの部屋へ向かう最中。オリヴィアが私たちに向けて不思議なことを告げた。

「お父様、お母様。私がエハルを引きつけているうちに、ヤーフィスの書を彼に見つからないように奪って」

 その表情は、もはやただの少女のものではなかった。私たちは悟った。彼女は、前世の記憶を取り戻していると。今ここにいる彼女は、私たちの娘オリヴィアでもあり、白き狼神が生み出した半神半人バルバラでもあるのだ。
 私たちは状況に驚くも、すぐに察して頷く。彼女はいつも通りの表情に戻ると、エハルの部屋の扉をノックした。中から返事が聞こえ、彼女は扉を開く。エハルがオリヴィアを見た瞬間、大きく目を見開いた。

「バル、バラ……?」

 エハルは私たちが想像していたよりも早く彼女のことに気づいた。どこを見て彼がオリヴィアをバルバラと認知したのかは分からない。しかし、彼はただ唖然とすると彼女に歩み寄った。
 そんな彼に、オリヴィアは恭しくお辞儀をする。私とシーグルドはその隙に彼が使っている机までゆっくり向かった。

「バルバラ、なぜここに?」

「エハル様、ご機嫌よう。一体何のことでしょう。私はオリヴィアですよ」

 オリヴィアがそう演技をする。その隙にエハルの机を静かに探り、ヤーフィスの書を取り出すと、シーグルドが密かに懐へ入れた。
 本来のエハルならすぐに気付いていたはずだ。しかし、彼にとってそれほどバルバラが大きな存在なのだろう。彼は今、バルバラの生まれ変わりであるオリヴィアにのみ視点を集中させている。私たちがヤーフィスの書を奪い返すことは意外にも容易かった。
 エハルは信じられないというような顔をしてオリヴィアに告げた。

「君は死んだはずだ。確かに俺は君をこの手で貫いた。まさか、君が生まれ変わることなんて」

「何を仰っているのやら。それよりも」

 そう言ってオリヴィアがエハルにゆっくり近づく。そして彼女は彼に微笑むと、彼の胸に手を添えた。

「私の心臓を返して? エハル」

 彼女はそう言うと、エハルの胸に大きな穴を開ける。あたりには彼の胸から溢れ出す血が飛び散った。エハルは驚いて口から血を吐くが、なぜか嬉しそうに笑った。

「ああ、君が戻ってきたなんて。俺はつくづく幸運だよ、バルバラ」

 エハルはそう言ってオリヴィアの顔を手で撫でる。そんな彼を彼女は冷たく見下ろした。

「私はバルバラでもあり、オリヴィアでもある。私の大事な家族を傷つければ容赦はしないわ」

 彼女がそう言うとエハルはその場に倒れて動かなくなる。彼は死んでしまったのだろうか。私が状況に戸惑っているとオリヴィアが言った。

「彼は気絶しているだけ。お父様、お母様。彼が目を覚ます前に早くこちらに来て」

 私たちは彼女に促されるまま3人で部屋を後にした。彼女は早歩きで進んでいく。私たちは黙って彼女の後をついて行った。

「オリヴィア。ヤーフィスの書を使ってどうする気だ」

 シーグルドがオリヴィアにそう尋ねる。彼女は明確に答えた。

「それはもう、決まっている。私が大地の呪いを受ける」

 その言葉に私たちは大きく目を見開く。それはつまり、彼女は命を投げ出す覚悟だと言うことだ。私は彼女に言った。

「そんなことをしたら、あなたは」

「お母様、これが私の生まれてきた理由よ。……お父様とお母様の子、オリヴィアとして、私は幸せな時を過ごした。お姉様や弟とも仲良く過ごせて楽しかった。だから今、私は白き狼神から託された使命を果たす」

 彼女は私たちに微笑んだ後、真剣な顔でそう言い切った。私の可愛い娘、オリヴィア。今の彼女が見せる表情は、私のご先祖バルバラそのものだった。
 私たちは裏庭に着くと、オリヴィアが足を止める。そしてこちらを振り返った。

「お父様、ヤーフィスの書を」

 オリヴィアがそう促す。シーグルドはヤーフィスの書を懐から取り出すと彼女に言った。

「その前に、約束しろオリヴィア。お前は確かにバルバラの生まれ変わりかも知れないが、俺たちの娘に変わりはない。生きて帰ると約束しろ」

 2人はしばらく見つめ合う。少しの沈黙の後、オリヴィアは微笑んで言った。

「分かった、お父様。約束する」

「嘘だったら承知しないからな」

 シーグルドはそう言ってヤーフィスの書をオリヴィアに渡した。オリヴィアはヤーフィスの書を受け取ると、私たちに離れるように促し、己の指を魔法で傷つけて1ページ目に血を滴らす。ヤーフィスの書はいつものようにページに次々と文字を印字していった。
 印字された後、オリヴィアは私が聞いたこともない呪文を唱える。すると、大きな魔法陣が浮き出る。そこからは数多の怨念のようなものが浮き出た。
 大地の呪い。この地域一帯の人々の恨みを一様に集めた呪術魔法。その中に、1人の青年のような姿が見える。私には何となく、あれは私のご先祖様、ヤーフィスなのではないかと思った。
 オリヴィアは全ての怨念を取り込むと、完全に呪術魔法、大地の呪いを取り込んだ。そして、彼女はある一方向を見つめる。彼女が見つめる先には、先程傷を負ったはずなのにすでに傷が消えている、完全無傷のエハルが立っていた。彼が呪文を唱えると、景色が突然ぐるぐると廻りだす。私はシーグルドと寄り添うように手を握った。
 しばらくして目を開けると、そこは先程までいた宮殿ではなかった。鳥のさえずりに、木々の木漏れ日。どこかで見たことのある場所だ。この懐かしい感じは……。

「狼神の、森?」

 そこは私がかつて訪れた狼神の森のようだった。隣にいたシーグルドがあたりを見回す。森の中央の開けたところに、オリヴィアとエハルが対峙していた。

「エハル、ようやくあなたを倒す時が来た。今度はもう、失敗しない」

「バルバラ、もう一度教えてあげる。君は俺には敵わないということを」

 始まりの場所、狼神の森。こうして2人の最後の戦いは幕を開けた。
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