リリアーヌと復讐の王国

Blauregen

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第4章

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 私はヤーフィスの書を、エハルに安易と渡すわけにはいかない。私のお母様も命を賭してまで守ったものだ。ならば、私もヤーフィス家当主として守るべきだ。
 私が渡さないと言うと、エハルは少年のような幼い顔を悲しい色に染めた。

「そうか、君は賢いと思っていたんだけどね。お母上と同じ道を歩むか」

 そう言って、彼は手を私に向けてかざす。私は殺される、そう悟った時だった。
 魔法が発動される瞬間、私の目の前に1つの影が被さる。その影、その人物は胸に穴を開け、ゆっくりその場に倒れた。私は驚きのあまり呼吸を止める。そして次の瞬間、叫んだ。

「ヨセフ!!」

 私は彼のそばにしゃがみ込む。彼からは簡単には止まらないほどの血が流れ出ていた。私の目から次々と涙が溢れていく。私は彼の手を取った。

「逃げて、リリア様」

「ヨセフ! どうしてこんなことを……」

「決まってるじゃないですか。俺はあなたの護衛なんですよ? そうじゃなきゃ、シーグルド様に怒られてしまう」

 彼はそう言って微笑んで、口から血を吐き出す。私は体をわなわなと震わせてヨセフの手を握り続けた。

「早く、逃げてリリア様。俺が食い止めているうちに」

 そう言ってヨセフは魔法を発動すると、エハルを箱のような魔法のエネルギーに閉じ込める。私は彼の手を強く握り締めると言った。

「シーグルドなら、きっとあなたの傷を治せる。待ってて! すぐに彼を呼んでくるから」

 私は魔道学校で勉強したありったけの治癒魔法を彼に施すと、部屋を後にする。シーグルドがいる書斎まで、ドレスの裾を持ち上げて走った。
 彼の部屋をノックもせずに入ると、彼は驚いた様子で顔を上げる。顔を涙でいっぱいにした私とドレスについた血を見て、彼はすぐに只事ではないと察知してくれた。

「何があった?」

 椅子から立ち上がって私の元に駆け寄る彼に、私は叫ぶように告げた。

「ヨセフが、ヨセフが死んでしまう! お願い、助けて」

 私がそう言うと、私たちはすぐに部屋まで向かう。部屋まで着くと、そこには先程と変わらない光景が広がっていた。
 エハルは軽々とヨセフが作った魔法の壁を突き破ると、私たちを据わった目で見つめる。ヨセフにはまだ息があったが、彼の血は依然流れ続けていた。

「シーグルド、ヤーフィスの書の存在は知っているか」

 エハルがシーグルドにそう尋ねる。私はシーグルドにヤーフィスの書のことは一応話してある。しかし、詳細な内容は話していない。大地の呪いを使うと死んでしまうことも。

「存在は知っています。それが何です?」

「ヤーフィスの書には、大地の呪いと呼ばれる高度な呪術魔法が宿っている。それは俺を殺すことも出来る魔法だ。だが、使える人間はヤーフィス家の人間のみ。そして、この魔法は使った者も代償としてその命を落とす」

 エハルの言葉にシーグルドが愕然としたような顔をする。そしてゆっくり私の方を見た。エハルは言葉を続ける。

「ヤーフィスの書を大人しく渡せば、君の妻は殺さない。むしろ、俺に渡さなければ、君の妻は死しても大地の呪いを使うことになるだろう。シーグルド、君がやるべきことは分かるだろう?」

 そう言われて、シーグルドは俯く。しばらくすると彼は告げた。

「リリア、ヤーフィスの書をエハル神に渡せ」

「……え?」

「俺には、こうすることしか出来ない。……お前以上のことは考えられない」

 ヤーフィスの書をエハルに渡すことなんて考えられなかった。しかし、早く手当てをしないとこのままではヨセフが死んでしまう。私はそんな緊迫感の中、あまりの悔しさに胸が張り裂けそうになったが、今は大人しく頷くことにした。

「……分かった」

 俯いてそう呟く。大きな悔しさに吐き気がする。ヤーフィスの書を守れなかった私を、一体ご先祖様やお母様はどう思うだろう。胸に数多の苦しみが広がっていく。私はその場に膝をついて、そのまま動けなくなってしまった。

「君が説得してくれて良かった、シーグルド。でなきゃまたバルバラの子孫を殺す羽目になってた」

「……」

 シーグルドは押し黙る。そんな彼と私を尻目にエハルは部屋を退出して行った。
 私はすぐにヨセフの元へ寄る。彼も駆け寄ってくれた。ヨセフは幸いにもまだ息があった。シーグルドが高度な治癒魔法を使うと、彼の深い傷口はみるみる塞がっていく。彼は意識を失っているようだが、これで血は止まった。

「あと一歩遅かったら危なかった」

「ごめんなさい、私のせいなの。私が不甲斐ないばかりに」

 私がそう言うと、彼は静かに怒りの感情を込めて私に言った。

「何で言わなかった。大地の呪いなんて聞いてない」

「ヤーフィス家のことだから、あなたにまで迷惑かけたくなくて」

「迷惑だなんて考えるな!」

 彼が珍しく声を荒げる。私は驚いて彼の顔を見上げると、彼は私を強い視線で見つめた。

「命に関わることなんだろう。なのになぜ迷惑だなんて考える。危うく……お前を失うところだった」

 彼は私を強く抱き締める。私の頬に涙の滴が伝う。私は小さな声で呟いた。

「ごめんなさい」

 それから数日後、私はヤーフィス家に戻った。ヤーフィスの書を、エハルに渡すために。ヨセフの命を守るためとはいえ、本当にこれでいいのかと、自分の声が心の中に響く。
 私はヤーフィス家に着くと、すぐにあの地下室がある部屋へと向かった。仕掛けを使って地下室への道を開けると、光の魔法を灯して入る。そして机の上に置かれたヤーフィスの書を手に取り、地下室を出た時だった。

「持っていくの? ヤーフィスの書」

「おば様……」

 そこに立っていたのはおば様だった。彼女はただならぬ様子の私を無表情で見つめると告げた。

「何かあったみたいだけれど、ヤーフィス家の使命を忘れたの? あなたはこの家の当主。なら、やるべきことがあるのではなくて?」

「……」

 シーグルドにはあのように言われたが、実際にはまだ迷いがある。命を賭してヤーフィス家の使命を全うすべきか、それともこの書をエハルに渡して事なきを得るか。
 前者を選ぶならシーグルドを裏切ることになるし、後者を選んだらご先祖様の意思を裏切ることになる。こんな時、なぜか私の心の中に浮かぶのはお母様の姿だった。お母様ならどうしただろう。私が選ぶべきは……。

「私は……」

 そう呟くと、突然部屋のドアが音を立てて開く。そこに現れた人物に私は息を呑んだ。
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