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第1章
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あれから半年後。何事もなく時は過ぎ、私たちは2学年になった。アナの忠告の通り、第一王子がいるという情報がある場所は出来るだけ近寄らなかったため、1年間は特に大きな問題はなく過ごすことが出来た。
2学年からは、意外にも勉強が捗った。1学年の夏にお母様からあの槍を受け取ってから、大きな責任というものが私の中に生まれたのかも知れない。パトリシアたちの邪魔も前より気にならなくなっていた。
アナとはより仲を深めている。最初に出会った時よりもお互いの深い話をするようになり、出会いは最悪だったものの、今では親友と呼べるほどだ。
エルとは毎週約束の時間に会ったけれど、彼はやはり忙しいらしい。2学年になってからはあまり会えなくなってしまったのが残念だった。
それでも、私の学校生活は充実していた。エルにあまり会えないという寂しさはあるけれど、毎日はそれなりに楽しかった。
「最近パトリシアたち、大人しいわね」
「そう? 私たちに飽きたんじゃないかしら」
学校の廊下を歩いている最中、アナがパトリシアの話題を振ってくる。私は思ったままのことを口に出すと、アナは顎に手を当てて言った。
「そうだといいんだけれど、何か悩んでいるみたい」
「だとしても私には関係ないわ」
確かにパトリシアは最近やけに静かな気はする。いつもは何かあるごとに邪魔をしてきたのに、今は顔を合わせてもたまに憎まれ口を叩くくらいだ。
彼女の性格はこの1年で大体分かったつもりだが、何事もないのは却って不気味ではあった。
「パトリシアはああいう性格だけど、それは彼女の家のことも影響してる。強く見えるけれど、本当は孤独な人なの」
アナの考えは私が思っているよりも大人びていた。でも、私は単純にパトリシアが嫌いだ。自分が孤独だからといって周りの人に危害を与えていい理由にはならない。たとえ家の影響があるにしても、この年齢ならば分別は自分で出来るはずだ。
「でも、パトリシアはやり過ぎよ。最近は他の子にも意地悪しているみたいだし、たちが悪いわ」
2学年になってからクラス替えで、私たちのクラスも数人新しい生徒に入れ替わった。その内2、3人は貴族ではないらしいが、優秀な成績を修めて私たちのクラスメイトになった。
しかし、パトリシアはそれを面白く思わないようで、最近はその生徒たちにも意地悪をし始めている。
「噂をすれば……ね」
アナが廊下で突然足を止める。私も同じように足を止めると、目の前には話の張本人、パトリシアがいた。その隣には新しくクラスメイトになった生徒がいる。さっそく彼女は悩み事の憂さ晴らしをしているようだ。
「あなた、お母上が貴族ではないとか。それなのにこのクラスに来るなんて、どういったお考えなのかしら?」
アナは先程、パトリシアは孤独だと言ったが、本当にそうかもしれない。彼女は他人に対して冷酷だが、自分に対しても冷酷なのだ。本人はきっとそのことに気づいていない。
この現場に居合わせたのならば、当然やるべきことがある。彼女を止めなければならない。
「パトリシア。そこ、どいてくれないかしら? 通行の邪魔よ」
彼女は私の声を聞いて振り返る。そして私たちを目に写すと口元に笑みを浮かべた。
「こんにちは、お2人とも。廊下の端が空いているでしょう? 大人しく端を通ったら?」
そう言って彼女は廊下の端に目を向ける。私は彼女の言葉を聞いて少し間を空けてから告げた。
「……何か悩んでいるみたいだけれど、他人で憂さ晴らしするのはいい加減やめたら? それともウィトレー家ではそれが礼儀なの?」
私がいつものような言葉をかけるが彼女は薄ら笑みを浮かべたままだ。彼女は何事もなかったように告げた。
「何のことかしら? それに、私はこの子と仲良くお話ししているだけよ。勝手に決めつけないで頂ける?」
彼女はその生徒に同意を求める。生徒は怯えるように同意を示した。私が話そうとすると、後ろで見ていたアナが先に口を開いた。
「パトリシア。何を悩んでいるかは知らないけれど、私たちも力になれると思う。もし思い悩んでいるならいつでも話して」
アナがそう告げるとパトリシアから笑顔が消える。
「……随分偉そうになったわね、アナ。あなたのお友達の影響かしら? 言っておくけれど、私たちは友達でも何でもない。気安く話しかけないでちょうだい」
パトリシアがアナを睨む。アナは少し悲しそうな顔をした。パトリシアは私たちを一瞥すると小さなため息をつく。
「いいわ、私はもう行く。田舎者同士仲良くお話ししていればいいわ」
そう言って彼女は去っていた。生徒はほっと肩を撫で下ろすと、私たちにお礼をして教室に戻っていく。廊下には私とアナだけが残された。私はアナに向かって口を開いた。
「私はやっぱり、パトリシアのことは好きになれない。今ので再確認出来たわ」
「リリアが怒るのも分かるわ。けれど、彼女の生い立ちを知っているから、何となく恨めないの」
アナが私にそう胸の内を語る。アナの言うことは間違っていないと思う。しかし、私には理解出来るところもあれば、解せないところもあった。
私たちとパトリシアの対立は2学年の1年間も変わらなかった。むしろ、ますます対立を深めたかもしれない。彼女はその後も相変わらず周りに対して敵意を持ち続けた。
彼女の悩みの理由は恐らく家の悩みだったのだと思う。大体、貴族の家は重圧が厳しいところが多いが、ウィトレー家は別格。きっとヤーフィス家よりも大変だろう、ということは予想出来た。
そうして、再び夏が訪れ秋になり、雪がちらつき始める季節になった。学校生活の2年目は1年目よりもあっという間で、私たちはまた暖かくなり始めた春の日に、3学年へと進級した。
3年目も大きな問題はなく、当たり前の日常を過ごせるのだろう。そう思っていた3学年の春の日。この頃の私は、知らなかった。3学年のこの年は、私の人生を大きく変える事件が起こるということを。
私はまだ、何も知らなかったのだ。私たちを取り巻く運命の歯車が回り始めていたことに。
2学年からは、意外にも勉強が捗った。1学年の夏にお母様からあの槍を受け取ってから、大きな責任というものが私の中に生まれたのかも知れない。パトリシアたちの邪魔も前より気にならなくなっていた。
アナとはより仲を深めている。最初に出会った時よりもお互いの深い話をするようになり、出会いは最悪だったものの、今では親友と呼べるほどだ。
エルとは毎週約束の時間に会ったけれど、彼はやはり忙しいらしい。2学年になってからはあまり会えなくなってしまったのが残念だった。
それでも、私の学校生活は充実していた。エルにあまり会えないという寂しさはあるけれど、毎日はそれなりに楽しかった。
「最近パトリシアたち、大人しいわね」
「そう? 私たちに飽きたんじゃないかしら」
学校の廊下を歩いている最中、アナがパトリシアの話題を振ってくる。私は思ったままのことを口に出すと、アナは顎に手を当てて言った。
「そうだといいんだけれど、何か悩んでいるみたい」
「だとしても私には関係ないわ」
確かにパトリシアは最近やけに静かな気はする。いつもは何かあるごとに邪魔をしてきたのに、今は顔を合わせてもたまに憎まれ口を叩くくらいだ。
彼女の性格はこの1年で大体分かったつもりだが、何事もないのは却って不気味ではあった。
「パトリシアはああいう性格だけど、それは彼女の家のことも影響してる。強く見えるけれど、本当は孤独な人なの」
アナの考えは私が思っているよりも大人びていた。でも、私は単純にパトリシアが嫌いだ。自分が孤独だからといって周りの人に危害を与えていい理由にはならない。たとえ家の影響があるにしても、この年齢ならば分別は自分で出来るはずだ。
「でも、パトリシアはやり過ぎよ。最近は他の子にも意地悪しているみたいだし、たちが悪いわ」
2学年になってからクラス替えで、私たちのクラスも数人新しい生徒に入れ替わった。その内2、3人は貴族ではないらしいが、優秀な成績を修めて私たちのクラスメイトになった。
しかし、パトリシアはそれを面白く思わないようで、最近はその生徒たちにも意地悪をし始めている。
「噂をすれば……ね」
アナが廊下で突然足を止める。私も同じように足を止めると、目の前には話の張本人、パトリシアがいた。その隣には新しくクラスメイトになった生徒がいる。さっそく彼女は悩み事の憂さ晴らしをしているようだ。
「あなた、お母上が貴族ではないとか。それなのにこのクラスに来るなんて、どういったお考えなのかしら?」
アナは先程、パトリシアは孤独だと言ったが、本当にそうかもしれない。彼女は他人に対して冷酷だが、自分に対しても冷酷なのだ。本人はきっとそのことに気づいていない。
この現場に居合わせたのならば、当然やるべきことがある。彼女を止めなければならない。
「パトリシア。そこ、どいてくれないかしら? 通行の邪魔よ」
彼女は私の声を聞いて振り返る。そして私たちを目に写すと口元に笑みを浮かべた。
「こんにちは、お2人とも。廊下の端が空いているでしょう? 大人しく端を通ったら?」
そう言って彼女は廊下の端に目を向ける。私は彼女の言葉を聞いて少し間を空けてから告げた。
「……何か悩んでいるみたいだけれど、他人で憂さ晴らしするのはいい加減やめたら? それともウィトレー家ではそれが礼儀なの?」
私がいつものような言葉をかけるが彼女は薄ら笑みを浮かべたままだ。彼女は何事もなかったように告げた。
「何のことかしら? それに、私はこの子と仲良くお話ししているだけよ。勝手に決めつけないで頂ける?」
彼女はその生徒に同意を求める。生徒は怯えるように同意を示した。私が話そうとすると、後ろで見ていたアナが先に口を開いた。
「パトリシア。何を悩んでいるかは知らないけれど、私たちも力になれると思う。もし思い悩んでいるならいつでも話して」
アナがそう告げるとパトリシアから笑顔が消える。
「……随分偉そうになったわね、アナ。あなたのお友達の影響かしら? 言っておくけれど、私たちは友達でも何でもない。気安く話しかけないでちょうだい」
パトリシアがアナを睨む。アナは少し悲しそうな顔をした。パトリシアは私たちを一瞥すると小さなため息をつく。
「いいわ、私はもう行く。田舎者同士仲良くお話ししていればいいわ」
そう言って彼女は去っていた。生徒はほっと肩を撫で下ろすと、私たちにお礼をして教室に戻っていく。廊下には私とアナだけが残された。私はアナに向かって口を開いた。
「私はやっぱり、パトリシアのことは好きになれない。今ので再確認出来たわ」
「リリアが怒るのも分かるわ。けれど、彼女の生い立ちを知っているから、何となく恨めないの」
アナが私にそう胸の内を語る。アナの言うことは間違っていないと思う。しかし、私には理解出来るところもあれば、解せないところもあった。
私たちとパトリシアの対立は2学年の1年間も変わらなかった。むしろ、ますます対立を深めたかもしれない。彼女はその後も相変わらず周りに対して敵意を持ち続けた。
彼女の悩みの理由は恐らく家の悩みだったのだと思う。大体、貴族の家は重圧が厳しいところが多いが、ウィトレー家は別格。きっとヤーフィス家よりも大変だろう、ということは予想出来た。
そうして、再び夏が訪れ秋になり、雪がちらつき始める季節になった。学校生活の2年目は1年目よりもあっという間で、私たちはまた暖かくなり始めた春の日に、3学年へと進級した。
3年目も大きな問題はなく、当たり前の日常を過ごせるのだろう。そう思っていた3学年の春の日。この頃の私は、知らなかった。3学年のこの年は、私の人生を大きく変える事件が起こるということを。
私はまだ、何も知らなかったのだ。私たちを取り巻く運命の歯車が回り始めていたことに。
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