リリアーヌと復讐の王国

Blauregen

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第1章

1-7

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「おかえりなさいリリア」

「ただいま! お父様、お母様」

 帰ってきて早々、お父様とお母様とハグをする。2人を力一杯抱きしめた。

「何だか、大人っぽくなったわね。学校はどうだった?」

「魔法薬学の授業は楽しいわ! ただ……」

 私はパトリシアとの間にあったことを正直に話すことにした。2人は私の話を静かに聞いてくれた。

「そうなのね。私は、リリアが言ったことは間違っていないと思う。学校は、皆が等しく学ぶところだもの。よく頑張ったわね」

 お母様はそう言うと私の頭を撫でてくれた。お母様にそう言ってもらえるとなぜかとても安心する。私は玄関で待っていてくれた2人に続いて屋敷に入った。
 その日は美味しい夕食を食べて家族の会話を楽しんだ。寮生活も楽しかったが、家での時間はとても落ち着いた。その日は幸せいっぱいですぐに眠りについた。こんな日がいつまでも続けばいいのに、と心の中で思った。

 休暇中のある日、お母様が妹のシャルロットを置いて、私だけを部屋に呼んだ。いつも呼ばれる時は2人で行くのに、私1人だけ呼ばれるのは珍しいことだ。私はすぐにお母様の部屋を訪れるとノックして扉を開けた。

「お母様、ご用って何?」

「リリア、ちょっとこちらへ来てくれる?」

 そう言ってお母様は私に向かって手招きをする。私はすぐにお母様の元へ駆け寄った。お母様の見つめる先には、一本の細長い杖のようなものが見えた。

「これ、何?」

 私が聞くと、お母様はその杖のようなものを持ち上げて私の目の前に置いた。

「これはね、お母様の実家ヤーフィス家に伝わる秘伝の神槍なの。エハル神が創ったとされる槍よ。ヤーフィス家を継ぐ者に代々与えられてきた。少し早いけれど、これをあなたに渡そうと思って」

 その槍は真っ白な見た目をしていて、美しい艶があった。ヤーフィス家のご先祖様が槍を使っていたことは聞いていたが、今までお母様がこの槍を持っていたことは知らなかった。

「すごい……」

「この槍はね、ヤーフィス家の家督を継ぐ人にしか持てない槍なの。だから、他の誰にも渡してはダメよ」

 お母様にそう釘を刺される。槍の美しさに私は圧倒された。普通の金属とは異なる不思議な素材で出来ているような未知の輝きに、私は目を奪われた。

「分かった。誰にも渡さないわ」

 わたしがそう告げるとお母様は満足げに微笑んだ。しかし、その後すぐに悲しげな顔をした。

「家の教えに則ってこうしているけれど、本当は……」

「? お母様、どうしたの?」

 お母様は悲しそうに私を見つめる。その言葉の意味が分からなくて私はお母様の言葉の続きを待った。

「何事もなければ、それでいいの。ただ、あなたが危ない目に遭わないか心配でね」

 お母様がいう危ない目、が何を指しているのか幼い私には分からない。お母様は槍を悲しく見つめる。私はお母様を安心させようと、つい嘘をついた。

「私なら大丈夫よ! ヤーフィス家をちゃんと継ぐわ。だからお母様は安心して」

 私がそう言うとお母様は儚く微笑む。お母様はきっと、私が安心させるためにそう言ったのだと気づいているのだろう。その事実が何だか虚しかった。

「ごめんなさい。あなたまで巻き込んで」

「何を言っているの、お母様。私は平気よ! むしろこんな素敵な槍を頂けて嬉しいわ」

 私はあえてから元気に振る舞った。これが今までついた中で一番虚しい嘘だった。

 それからすぐに秋になり、また学校が始まった。学校生活は相変わらずで、大きな変化はなかった。一つ変化があったとすれば、シーグルドについてだ。私は時々あの場所を訪れたが、やはりいつもシーグルドが木の上にいた。

「やっぱりここは居心地がいいわ」

 そう言って私は木を背につけ、目を瞑って座り込む。すると、シーグルドが木から身軽に降りてきた。

「なんだ。また俺の邪魔をしに来たのか」

「邪魔なんてしてないわ。気にせずに読書を続けてどうぞ」

 いつの間にか彼との時間を楽しみにしている自分がいた。彼は他の考えが歪んだ貴族たちとは違う。アナのように気さくに話し合える人だった。

「またウィトレー家の息女に何かされたか?」

「よく分かるわね。パトリシアったらまた私たちをこき使うのよ。本当、疲労ばかり溜まるわ」

 いつものように彼と他愛もない話をする。彼は笑って聞いてくれた。

「お前は気が強いからな。……いっそ、折れれば楽になるんじゃないか?」

 シーグルドが突然、いつもと違ったようなことを尋ねてくる。私はつい彼の方に目を向けると、彼はいつも通り薄ら笑みを浮かべているだけだ。

「嫌よ、絶対。大体、魔法や身分を鼻にかけていることが気に入らないのよ。折れたらそれを認めるみたいになるわ」

「でもお前は、どちらかといえば持ってる側の人間だ。なぜ気に入らない?」

「……なぜ魔法で優劣が決まるのか、私には分からないの。この王国は魔法に固執しすぎなのよ。狼神伝説なんてものがあるから民の心を助長しているんだわ」

 "狼神伝説"という言葉に一瞬シーグルドが反応する。彼はいつもの薄ら笑いをやめて突然険しい表情になった。

「お前は狼神伝説をどう思ってる?」

 彼が私に何という返答を期待しているのかは分からない。ただ、狼神伝説を否定することはこの王国の神、エハルを否定しているとも同然だ。彼に限って信者であることはないと思うが、私は彼に向き直って恐れずに発言した。

「正直に言うわ。……作り話か本当の話かは知らない。ただ、私は狼神伝説なんてものは支持しない。あれはこの王国にとって邪悪な存在よ。民を救わない理由を正当化しているだけ。私が王様だったら絶対に撤廃させるわ」

 私が言い切ると、シーグルドはなぜか目を見開いたままその場に静止した。しばらく沈黙が続いて、彼は突然腹を抱えて笑い出した。

「ははっ、やっぱり変わってるなお前!」

「馬鹿にしてる?」

 シーグルドはしばらく笑い続けた後、私の肩に手を置く。まだ笑いが止まらないようだった。

「まあ、頑張ってくれ。いつかお前が王様になったら俺も応援するから」

「やっぱり馬鹿にしてるわね、あなた!」

 シーグルドは何がおかしいのかその後も笑い続けた。後から彼を問い詰め続けたが、あれだけ笑った理由は教えてくれなかった。
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