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4.間違いを終わらせましょう
2.
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実乃莉は瞳子を一瞥すると龍に視線を動かす。龍はまた鋭い視線を返した。
「……本気なのか?」
じっと自分を見据える龍にゆっくりと頷く。
「はい……。最初から間違いだったんです。私の勝手な都合に龍さんを巻き込んだ。いまさら無かったことにはできません。それでも、ここからまた……やり直すことはできるはずです」
泣きそうな気持ちを必死で堪えて言葉を紡ぐ実乃莉に、龍は真っ直ぐな視線を向けていた。その横で瞳子は、悦に入った表情を見せ始めていた。
実乃莉はスッと背を伸ばすと話しを続けた。
「龍さんが本当は……瞳子さんを愛されていて、結婚を考えていらっしゃるのは知っています。だから……もう、いいんです」
それを聞いた龍は黙ったまま眉を顰めた。その龍が口を開く前に、瞳子が口火を切った。
「誰から聞いたのか知らないけど、そういう噂が広まるのは早いわね。私なら龍にもっと相応しい場所を用意できるわ。あんな小さな会社じゃなくて、大企業の社長の座だってね。まぁ、あなたが潔く身を引いてくれてよかったわ」
「確かに……。私には何の力もありません。祖父や父には力があるように見えるでしょう。けれどそれに縋るつもりはありません。虎の威を借る狐にはなりたくありませんから」
高らかに言う瞳子に、実乃莉はいたって冷静に返す。
瞳子は疎ましそうに顔を歪めると、「ほんと、生意気な子」と小さく吐き捨てた。
そんなやりとりに龍は口を出さなかった。それは敢えてそうしてくれているのだと信じたかった。
「それでは私の話も終わりましたし、これで失礼します。心ばかりの食事をご用意いたしましたので、お二人でお召し上がりください」
そう言うと実乃莉は立ち上がる。龍はそれに合わせて顔を上げた。
「一つだけ……聞いていいか?」
「はい。なんでしょうか?」
龍は苦渋の表情を浮かべ実乃莉に尋ねる。それに実乃莉は、感情のこもらない淡々とした口調で答えた。
「さっきの話し、誰から聞いた?」
「りょ、龍っ! いいじゃない、噂の出所なんて!」
瞳子は突然慌てふためく。まるで自分に都合が悪いと言うように。
「私の非礼な振る舞いをお許しいただいたようで、ある方がわざわざ教えてくださいました。瞳子さんのおっしゃる通りあくまでも噂ですので、お名前までは……」
「……そうか。ならいい」
龍はそれだけ言うと視線を外した。
「では……これで」
一礼すると、実乃莉は振り返ることなく堂々とした足取りでその場をあとにした。
一夜明けた祝日の月曜日。
いつもと同じ時間に鳴り始めたアラームを止めると、実乃莉はベッドから降りる。それから窓側に向いカーテンと窓を開け放った。
ほんのりと冷気を纏った空気が流れ込み、まだぼんやりしていた目を覚ましてくれる。顔を上げると、そこには雲一つない秋らしい澄み切った青空が広がっていた。
「いいお天気……」
晴れ晴れとした空は、自分の心を写し取った鏡のようだと思った。
全てが解決したわけではないし、肝心の龍からの連絡は入っていない。けれど昨日の夕方、代わりに連絡を寄越した遠坂が状況を話してくれた。
『今一斉に動き出した。主犯、実行役、他に関わった人間がまもなく逮捕されるはずだ』
そして昨日の夜。速報としてテレビに流れたのは、"国会議員秘書と有名電機機器メーカー役員が贈収賄、インサイダー取引で逮捕"と言うニュースだった。
接点のなかったはずの高木と瞳子がどうやって知り合ったのかは定かではない。けれどきっかけは間違いなく自分と龍なのだと思う。そして二人は手を組み、自分たちを陥れようとした。それがこんなに大きな事件になるなんて、実乃莉も、おそらく龍も想定外だった。
報道はされていないが、龍の会社に対する業務妨害罪や、実乃莉に対する脅迫罪や傷害罪も捜査の対象になっている、と遠坂からは聞いていた。
そして話しの最後に、遠坂は『龍の友人として、一つお願いしたいことがある』と切り出した。
『龍はああ見えて、結構繊細なんだ。君は……オズの魔法使いを知っているかい?』
遠坂の口から児童文学のタイトルが出てきたことに驚きながら、実乃莉は「……はい」と返す。
『あの作品にライオンが出てくるだろう? 僕にはあのライオンが、時々龍とダブるんだ。まぁ、あそこまで臆病でもないし、人にはなかなか見せないが』
実乃莉は前に、龍が自分のことを怖がりだと言っていたことを思い出した。そしてその姿と、自分も知っている物語を重ねてみた。
「……ということは、本当は勇敢なのに、自分には勇気がないと思っているのかも知れませんね」
実乃莉が返すと、遠坂は電話の向こうでくすりと笑う。
『君はいい魔法使いになりそうだ。これからも龍のことを頼むよ』
「龍さんが……まだ私を必要としてくれるなら……」
自信があるわけではなかった。
独断で婚約を解消したのだから、もう見限られているかも知れない。
『大丈夫だ。龍を信じてやってくれ』
優しくそう言う遠坂に、実乃莉は頷き「……はい」と答えていた。
「……本気なのか?」
じっと自分を見据える龍にゆっくりと頷く。
「はい……。最初から間違いだったんです。私の勝手な都合に龍さんを巻き込んだ。いまさら無かったことにはできません。それでも、ここからまた……やり直すことはできるはずです」
泣きそうな気持ちを必死で堪えて言葉を紡ぐ実乃莉に、龍は真っ直ぐな視線を向けていた。その横で瞳子は、悦に入った表情を見せ始めていた。
実乃莉はスッと背を伸ばすと話しを続けた。
「龍さんが本当は……瞳子さんを愛されていて、結婚を考えていらっしゃるのは知っています。だから……もう、いいんです」
それを聞いた龍は黙ったまま眉を顰めた。その龍が口を開く前に、瞳子が口火を切った。
「誰から聞いたのか知らないけど、そういう噂が広まるのは早いわね。私なら龍にもっと相応しい場所を用意できるわ。あんな小さな会社じゃなくて、大企業の社長の座だってね。まぁ、あなたが潔く身を引いてくれてよかったわ」
「確かに……。私には何の力もありません。祖父や父には力があるように見えるでしょう。けれどそれに縋るつもりはありません。虎の威を借る狐にはなりたくありませんから」
高らかに言う瞳子に、実乃莉はいたって冷静に返す。
瞳子は疎ましそうに顔を歪めると、「ほんと、生意気な子」と小さく吐き捨てた。
そんなやりとりに龍は口を出さなかった。それは敢えてそうしてくれているのだと信じたかった。
「それでは私の話も終わりましたし、これで失礼します。心ばかりの食事をご用意いたしましたので、お二人でお召し上がりください」
そう言うと実乃莉は立ち上がる。龍はそれに合わせて顔を上げた。
「一つだけ……聞いていいか?」
「はい。なんでしょうか?」
龍は苦渋の表情を浮かべ実乃莉に尋ねる。それに実乃莉は、感情のこもらない淡々とした口調で答えた。
「さっきの話し、誰から聞いた?」
「りょ、龍っ! いいじゃない、噂の出所なんて!」
瞳子は突然慌てふためく。まるで自分に都合が悪いと言うように。
「私の非礼な振る舞いをお許しいただいたようで、ある方がわざわざ教えてくださいました。瞳子さんのおっしゃる通りあくまでも噂ですので、お名前までは……」
「……そうか。ならいい」
龍はそれだけ言うと視線を外した。
「では……これで」
一礼すると、実乃莉は振り返ることなく堂々とした足取りでその場をあとにした。
一夜明けた祝日の月曜日。
いつもと同じ時間に鳴り始めたアラームを止めると、実乃莉はベッドから降りる。それから窓側に向いカーテンと窓を開け放った。
ほんのりと冷気を纏った空気が流れ込み、まだぼんやりしていた目を覚ましてくれる。顔を上げると、そこには雲一つない秋らしい澄み切った青空が広がっていた。
「いいお天気……」
晴れ晴れとした空は、自分の心を写し取った鏡のようだと思った。
全てが解決したわけではないし、肝心の龍からの連絡は入っていない。けれど昨日の夕方、代わりに連絡を寄越した遠坂が状況を話してくれた。
『今一斉に動き出した。主犯、実行役、他に関わった人間がまもなく逮捕されるはずだ』
そして昨日の夜。速報としてテレビに流れたのは、"国会議員秘書と有名電機機器メーカー役員が贈収賄、インサイダー取引で逮捕"と言うニュースだった。
接点のなかったはずの高木と瞳子がどうやって知り合ったのかは定かではない。けれどきっかけは間違いなく自分と龍なのだと思う。そして二人は手を組み、自分たちを陥れようとした。それがこんなに大きな事件になるなんて、実乃莉も、おそらく龍も想定外だった。
報道はされていないが、龍の会社に対する業務妨害罪や、実乃莉に対する脅迫罪や傷害罪も捜査の対象になっている、と遠坂からは聞いていた。
そして話しの最後に、遠坂は『龍の友人として、一つお願いしたいことがある』と切り出した。
『龍はああ見えて、結構繊細なんだ。君は……オズの魔法使いを知っているかい?』
遠坂の口から児童文学のタイトルが出てきたことに驚きながら、実乃莉は「……はい」と返す。
『あの作品にライオンが出てくるだろう? 僕にはあのライオンが、時々龍とダブるんだ。まぁ、あそこまで臆病でもないし、人にはなかなか見せないが』
実乃莉は前に、龍が自分のことを怖がりだと言っていたことを思い出した。そしてその姿と、自分も知っている物語を重ねてみた。
「……ということは、本当は勇敢なのに、自分には勇気がないと思っているのかも知れませんね」
実乃莉が返すと、遠坂は電話の向こうでくすりと笑う。
『君はいい魔法使いになりそうだ。これからも龍のことを頼むよ』
「龍さんが……まだ私を必要としてくれるなら……」
自信があるわけではなかった。
独断で婚約を解消したのだから、もう見限られているかも知れない。
『大丈夫だ。龍を信じてやってくれ』
優しくそう言う遠坂に、実乃莉は頷き「……はい」と答えていた。
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