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3.偽りに偽りを重ねて
9.
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深雪は一通り、今まであったことの説明を始める。瞳子が実乃莉の前に現れたこと、駅での事件、そして今回のトラブルと噂、それに脅迫状のこと。
それを奨生は、難しい表情で口元に手を当て聞き入っていた。
「そのトラブルって、どこの会社だったかわかる?」
「全部は私も把握してないな。小さいのは事務には流れてこないし」
奨生と深雪が話していると千佐都が立ち上がる。
「私、向こうで確認してきますよ」
「ありがとう。お願い」
千佐都が社長室を出ていくと、深雪はペットボトルの水を口に運びながら隣を向いた。
「お兄ちゃんはどこまで話し聞いてるの?」
「ほとんど初耳。もちろんうちも関わってるエラーの件は知ってるけど。龍は自分のことあんま話さないし」
「それはお兄ちゃんが聞き流すから! 信用ないんじゃない?」
呆れ顔で言う深雪に、奨生はムッとしながらアイスコーヒーを手にした。
「ちゃんと聞いてるし、信用してるからこそ会社を頼むって言ってきたんだろ?」
「龍が頼みごとなんて。そうそうある話じゃないわよね。だいたいは自分で解決しちゃうタイプだし」
「だから、余程何かあったんだろうなとは思ってたけど」
そう返した奨生は、アイスコーヒーを一気に呷ったあと息を吐き出した。
「で、犯人の目星だけど。さっき聞いた龍の元カノだと思うか?」
淡々と尋ねられ、実乃莉と深雪は顔を見合わせた。正直なところ、めぼしい相手は瞳子しか浮かばない。けれど、だんだんそれもあやふやになってきていた。
「そう思ってたんだけど……。なんかこう、しっくりこないのよね。だって、龍に復縁迫ったからって、はいそうですかって靡くとは思えないし」
深雪の言う通りだった。
瞳子は先に別れを匂わせておいて、そんなつもりは無かったと言ったらしい。が、そんな瞳子に嫌気がさし、龍はキッパリ別れを告げている。龍の性格からいって、そんな相手とまた付き合うなんて想像できなかった。
「まあ、確かにな。龍のプライドが許すとは思えない。けどさ。話し聞いて、単独犯とは思えないんだよな。もちろん実行犯は別にいるだろうけど」
抑揚のない落ち着いた口調で奨生は言う。それに深雪は訝しげに顔を歪めた。
「他に……主犯がいるってこと?」
「絶対にとは言えないけど。龍を恨んでるのか、俺なのか。それとも……」
表情の読めないクールな顔を実乃莉に向けると奨生は続けた。
「鷹柳さんなのかは……わからないけど」
奨生は千佐都が把握したトラブルのあった取引先のリストを手に、「また来る」と言い残し自分の会社に帰って行った。
見えない犯人にばかり気を取られているわけにいかず、皆は通常の業務に取り掛かる。幸い、偽物の請求書は一件だったようで、他にクレームが入ることはなかった。
「実乃莉ちゃん、大丈夫?」
帰る用意をした深雪に心配そうに尋ねられる。けれど、朝よりはずいぶん気持ちが楽になっていた。
「はい。澤野社長とも連絡先は交換しましたし、何かあればすぐ連絡していいとおっしゃっていただけましたから」
「困ったことがあればすぐ連絡していいからね。愛想はないけど、悪い人じゃないから」
「もちろんです。頼りにしています」
実乃莉がそう返すと深雪は安心して帰って行った。
千佐都からも「澤野さん、友だちの旦那さんなんだけど、いい人だから」と言われ、実乃莉の不安は少し和らいでいた。
けれど、一人になると不安は押し寄せてくる。
(私に恨みを持っている人……)
奨生の言葉がふと頭に浮かぶ。
今まで恨まれるようなことをしたことはないと思いたい。けれど、思いもよらないことが原因で恨まれてしまうこともある。特に、政治家という立場の祖父や父は。そう考えると、一番弱いだろう娘に矛先が向いてもおかしくない。
いくら考えたところでそんな人物に思い当たることはなく、実乃莉は溜め息を吐いた。
(龍さん……もう着いたのかな?)
車を走らせていると言っていたし、駐車場に龍の車もなかった。ということは、自分の車で京都に向かったということだろう。
いったいどれくらいで着くのか検討もつかず、実乃莉はパソコンで調べてみた。
「六時間……。もう着いてる?」
パソコンの画面に向かい一人呟くと、スマートフォンを確認する。そこに龍からは何の連絡も入っていなかった。
電話をしてみようかと思ったが、まだ運転しているかも知れないと思うと躊躇う。実乃莉はメッセージアプリを開くと、じっと考え込んだ。
何度も書いては消しを繰り返し、結局『無理しないでくださいね。帰りを待っています』と短い文面のメッセージを送った。
そのメッセージに既読が付くことはないまま退社時間になり、実乃莉は会社を出た。
エレベーターで一階に降りると、念のため集合ポストの中を確認しに行く。何も入っておらずホッとしていると、ホールの向こう側から糸井と同じチームの佐古と藤田の話し声が聞こえてきた。
それを奨生は、難しい表情で口元に手を当て聞き入っていた。
「そのトラブルって、どこの会社だったかわかる?」
「全部は私も把握してないな。小さいのは事務には流れてこないし」
奨生と深雪が話していると千佐都が立ち上がる。
「私、向こうで確認してきますよ」
「ありがとう。お願い」
千佐都が社長室を出ていくと、深雪はペットボトルの水を口に運びながら隣を向いた。
「お兄ちゃんはどこまで話し聞いてるの?」
「ほとんど初耳。もちろんうちも関わってるエラーの件は知ってるけど。龍は自分のことあんま話さないし」
「それはお兄ちゃんが聞き流すから! 信用ないんじゃない?」
呆れ顔で言う深雪に、奨生はムッとしながらアイスコーヒーを手にした。
「ちゃんと聞いてるし、信用してるからこそ会社を頼むって言ってきたんだろ?」
「龍が頼みごとなんて。そうそうある話じゃないわよね。だいたいは自分で解決しちゃうタイプだし」
「だから、余程何かあったんだろうなとは思ってたけど」
そう返した奨生は、アイスコーヒーを一気に呷ったあと息を吐き出した。
「で、犯人の目星だけど。さっき聞いた龍の元カノだと思うか?」
淡々と尋ねられ、実乃莉と深雪は顔を見合わせた。正直なところ、めぼしい相手は瞳子しか浮かばない。けれど、だんだんそれもあやふやになってきていた。
「そう思ってたんだけど……。なんかこう、しっくりこないのよね。だって、龍に復縁迫ったからって、はいそうですかって靡くとは思えないし」
深雪の言う通りだった。
瞳子は先に別れを匂わせておいて、そんなつもりは無かったと言ったらしい。が、そんな瞳子に嫌気がさし、龍はキッパリ別れを告げている。龍の性格からいって、そんな相手とまた付き合うなんて想像できなかった。
「まあ、確かにな。龍のプライドが許すとは思えない。けどさ。話し聞いて、単独犯とは思えないんだよな。もちろん実行犯は別にいるだろうけど」
抑揚のない落ち着いた口調で奨生は言う。それに深雪は訝しげに顔を歪めた。
「他に……主犯がいるってこと?」
「絶対にとは言えないけど。龍を恨んでるのか、俺なのか。それとも……」
表情の読めないクールな顔を実乃莉に向けると奨生は続けた。
「鷹柳さんなのかは……わからないけど」
奨生は千佐都が把握したトラブルのあった取引先のリストを手に、「また来る」と言い残し自分の会社に帰って行った。
見えない犯人にばかり気を取られているわけにいかず、皆は通常の業務に取り掛かる。幸い、偽物の請求書は一件だったようで、他にクレームが入ることはなかった。
「実乃莉ちゃん、大丈夫?」
帰る用意をした深雪に心配そうに尋ねられる。けれど、朝よりはずいぶん気持ちが楽になっていた。
「はい。澤野社長とも連絡先は交換しましたし、何かあればすぐ連絡していいとおっしゃっていただけましたから」
「困ったことがあればすぐ連絡していいからね。愛想はないけど、悪い人じゃないから」
「もちろんです。頼りにしています」
実乃莉がそう返すと深雪は安心して帰って行った。
千佐都からも「澤野さん、友だちの旦那さんなんだけど、いい人だから」と言われ、実乃莉の不安は少し和らいでいた。
けれど、一人になると不安は押し寄せてくる。
(私に恨みを持っている人……)
奨生の言葉がふと頭に浮かぶ。
今まで恨まれるようなことをしたことはないと思いたい。けれど、思いもよらないことが原因で恨まれてしまうこともある。特に、政治家という立場の祖父や父は。そう考えると、一番弱いだろう娘に矛先が向いてもおかしくない。
いくら考えたところでそんな人物に思い当たることはなく、実乃莉は溜め息を吐いた。
(龍さん……もう着いたのかな?)
車を走らせていると言っていたし、駐車場に龍の車もなかった。ということは、自分の車で京都に向かったということだろう。
いったいどれくらいで着くのか検討もつかず、実乃莉はパソコンで調べてみた。
「六時間……。もう着いてる?」
パソコンの画面に向かい一人呟くと、スマートフォンを確認する。そこに龍からは何の連絡も入っていなかった。
電話をしてみようかと思ったが、まだ運転しているかも知れないと思うと躊躇う。実乃莉はメッセージアプリを開くと、じっと考え込んだ。
何度も書いては消しを繰り返し、結局『無理しないでくださいね。帰りを待っています』と短い文面のメッセージを送った。
そのメッセージに既読が付くことはないまま退社時間になり、実乃莉は会社を出た。
エレベーターで一階に降りると、念のため集合ポストの中を確認しに行く。何も入っておらずホッとしていると、ホールの向こう側から糸井と同じチームの佐古と藤田の話し声が聞こえてきた。
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