上 下
55 / 66
3.偽りに偽りを重ねて

9.

しおりを挟む
 深雪は一通り、今まであったことの説明を始める。瞳子が実乃莉の前に現れたこと、駅での事件、そして今回のトラブルと噂、それに脅迫状のこと。
 それを奨生は、難しい表情で口元に手を当て聞き入っていた。

「そのトラブルって、どこの会社だったかわかる?」
「全部は私も把握してないな。小さいのは事務こっちには流れてこないし」

 奨生と深雪が話していると千佐都が立ち上がる。

「私、向こうで確認してきますよ」
「ありがとう。お願い」

 千佐都が社長室を出ていくと、深雪はペットボトルの水を口に運びながら隣を向いた。

「お兄ちゃんはどこまで話し聞いてるの?」
「ほとんど初耳。もちろんうちも関わってるエラーの件は知ってるけど。龍は自分のことあんま話さないし」
「それはお兄ちゃんが聞き流すから! 信用ないんじゃない?」

 呆れ顔で言う深雪に、奨生はムッとしながらアイスコーヒーを手にした。

「ちゃんと聞いてるし、信用してるからこそ会社を頼むって言ってきたんだろ?」
「龍が頼みごとなんて。そうそうある話じゃないわよね。だいたいは自分で解決しちゃうタイプだし」
「だから、余程何かあったんだろうなとは思ってたけど」

 そう返した奨生は、アイスコーヒーを一気に呷ったあと息を吐き出した。

「で、犯人の目星だけど。さっき聞いた龍の元カノだと思うか?」

 淡々と尋ねられ、実乃莉と深雪は顔を見合わせた。正直なところ、めぼしい相手は瞳子しか浮かばない。けれど、だんだんそれもあやふやになってきていた。

「そう思ってたんだけど……。なんかこう、しっくりこないのよね。だって、龍に復縁迫ったからって、はいそうですかって靡くとは思えないし」

 深雪の言う通りだった。
 瞳子は先に別れを匂わせておいて、そんなつもりは無かったと言ったらしい。が、そんな瞳子に嫌気がさし、龍はキッパリ別れを告げている。龍の性格からいって、そんな相手とまた付き合うなんて想像できなかった。

「まあ、確かにな。龍のプライドが許すとは思えない。けどさ。話し聞いて、単独犯とは思えないんだよな。もちろん実行犯は別にいるだろうけど」

 抑揚のない落ち着いた口調で奨生は言う。それに深雪は訝しげに顔を歪めた。

「他に……主犯がいるってこと?」
「絶対にとは言えないけど。龍を恨んでるのか、俺なのか。それとも……」

 表情の読めないクールな顔を実乃莉に向けると奨生は続けた。

「鷹柳さんなのかは……わからないけど」

 奨生は千佐都が把握したトラブルのあった取引先のリストを手に、「また来る」と言い残し自分の会社に帰って行った。
 見えない犯人にばかり気を取られているわけにいかず、皆は通常の業務に取り掛かる。幸い、偽物の請求書は一件だったようで、他にクレームが入ることはなかった。

「実乃莉ちゃん、大丈夫?」

 帰る用意をした深雪に心配そうに尋ねられる。けれど、朝よりはずいぶん気持ちが楽になっていた。

「はい。澤野社長とも連絡先は交換しましたし、何かあればすぐ連絡していいとおっしゃっていただけましたから」
「困ったことがあればすぐ連絡していいからね。愛想はないけど、悪い人じゃないから」
「もちろんです。頼りにしています」

 実乃莉がそう返すと深雪は安心して帰って行った。
 千佐都からも「澤野さん、友だちの旦那さんなんだけど、いい人だから」と言われ、実乃莉の不安は少し和らいでいた。

 けれど、一人になると不安は押し寄せてくる。

(私に恨みを持っている人……)

 奨生の言葉がふと頭に浮かぶ。
 今まで恨まれるようなことをしたことはないと思いたい。けれど、思いもよらないことが原因で恨まれてしまうこともある。特に、政治家という立場の祖父や父は。そう考えると、一番弱いだろう娘に矛先が向いてもおかしくない。
 いくら考えたところでそんな人物に思い当たることはなく、実乃莉は溜め息を吐いた。

(龍さん……もう着いたのかな?)

 車を走らせていると言っていたし、駐車場に龍の車もなかった。ということは、自分の車で京都に向かったということだろう。
 いったいどれくらいで着くのか検討もつかず、実乃莉はパソコンで調べてみた。

「六時間……。もう着いてる?」

 パソコンの画面に向かい一人呟くと、スマートフォンを確認する。そこに龍からは何の連絡も入っていなかった。
 電話をしてみようかと思ったが、まだ運転しているかも知れないと思うと躊躇う。実乃莉はメッセージアプリを開くと、じっと考え込んだ。
 何度も書いては消しを繰り返し、結局『無理しないでくださいね。帰りを待っています』と短い文面のメッセージを送った。
 そのメッセージに既読が付くことはないまま退社時間になり、実乃莉は会社を出た。
 エレベーターで一階に降りると、念のため集合ポストの中を確認しに行く。何も入っておらずホッとしていると、ホールの向こう側から糸井と同じチームの佐古と藤田の話し声が聞こえてきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺様系和服社長の家庭教師になりました。

蝶野ともえ
恋愛
一葉 翠(いつは すい)は、とある高級ブランドの店員。  ある日、常連である和服のイケメン社長に接客を指名されてしまう。  冷泉 色 (れいぜん しき) 高級和食店や呉服屋を国内に展開する大手企業の社長。普段は人当たりが良いが、オフや自分の会社に戻ると一気に俺様になる。  「君に一目惚れした。バックではなく、おまえ自身と取引をさせろ。」  それから気づくと色の家庭教師になることに!?  期間限定の生徒と先生の関係から、お互いに気持ちが変わっていって、、、  俺様社長に翻弄される日々がスタートした。

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は一途に私に恋をする~ after story

けいこ
恋愛
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は一途に私に恋をする~ のafter storyになります😃 よろしければぜひ、本編を読んで頂いた後にご覧下さい🌸🌸

久我くん、聞いてないんですけど?!

桜井 恵里菜
恋愛
愛のないお見合い結婚 相手はキモいがお金のため 私の人生こんなもの そう思っていたのに… 久我くん! あなたはどうして こんなにも私を惑わせるの? ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ 父の会社の為に、お見合い結婚を決めた私。 同じ頃、職場で 新入社員の担当指導者を命じられる。 4歳も年下の男の子。 恋愛対象になんて、なる訳ない。 なのに…?

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

2人のあなたに愛されて ~歪んだ溺愛と密かな溺愛~

けいこ
恋愛
「柚葉ちゃん。僕と付き合ってほしい。ずっと君のことが好きだったんだ」 片思いだった若きイケメン社長からの突然の告白。 嘘みたいに深い愛情を注がれ、毎日ドキドキの日々を過ごしてる。 「僕の奥さんは柚葉しかいない。どんなことがあっても、一生君を幸せにするから。嘘じゃないよ。絶対に君を離さない」 結婚も決まって幸せ過ぎる私の目の前に現れたのは、もう1人のあなた。 大好きな彼の双子の弟。 第一印象は最悪―― なのに、信じられない裏切りによって天国から地獄に突き落とされた私を、あなたは不器用に包み込んでくれる。 愛情、裏切り、偽装恋愛、同居……そして、結婚。 あんなに穏やかだったはずの日常が、突然、嵐に巻き込まれたかのように目まぐるしく動き出す――

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

処理中です...