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1.始まりから間違いでした
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「これでいいか? こっちがよければ交換するが」
龍は実乃莉に麦茶を差し出しながら、自分の持つブラックコーヒーを掲げて見せた。
「いえ。こちらで。実はコーヒーは苦手で……」
「だと思った」
龍は表情を緩めてフフッ笑う。その顔を見て実乃莉は意外に思った。
最初こそ人を寄せ付けないような雰囲気があったが、今は全く違う。孤高の獅子から、懐いてきた猫になったような感覚がした。
龍はネクタイを緩めると、すぐにシュークリームを開けて食べ始める。豪快な食べ方で、すぐに無くなってしまいそうだ。
「どうした? 食べないのか? 結構美味いぞ?」
怪訝な表情を浮かべた龍に言われ、実乃莉はハッとする。まさか、目を奪われてました、なんて言えるはずもなく、慌てて実乃莉もシュークリームの袋を開けた。
「いただきます」
実乃莉が食べ始めると、龍はもう食べ終わりコーヒーを口に運んでいた。
「なんだ? さっきから。何かおかしかったか?」
「その……あまりにも早く召し上がるので……」
不躾に見ていたことに気づかれていて気まずくなるが、実乃莉は正直に答えた。
「あぁ。悪いな、早食いが板についてるんだ。あんたはゆっくり食べればいい。その間に話しをするがいいか?」
「はい。どうぞ」
実乃莉が龍に向かい頷くと、龍は話を始めた。
「さっきは俺の頼みを、なんて言ったが、よく考えれば一番大事なことを聞くのを忘れていた。率直に聞くが、あんた付き合ってる相手、いるのか?」
「…………えっ?」
思ってもみなかった質問に、思わず掴んでいた指に力が入る。押し出されたクリームが溢れそうになっているのに気づき力を緩めた。
「その様子じゃ、いないってことでいいか?」
なんとなく狼狽えている実乃莉の様子を見てなのか、龍は口角を上げている。
「はい。……おりません」
小さくなって答える実乃莉に、龍は笑みを浮かべ言った。
「じゃあ、俺の恋人……いや、将来的には婚約者になってくれ」
「あ、あのっ……」
頰を赤らめて狼狽する実乃莉を見ながら、龍は面白そうに笑っている。
「あんた、想像した通り初心だな。何も本当に、とは言ってない。さっきあんたが俺に言ったのと一緒だ」
龍に揶揄われているのかと思ったが、自分が先に何を言ったのか思い出してそれを口に出す。
「ふり……と言うことですか?」
「そうだ」
満足気に龍は頷いている。けれど、実乃莉はさっき自分が言われた言葉を思い出していた。
(それに何のメリットが……)
ポカンと目を見開いたままの実乃莉に龍は尋ねる。
「あんた、まだ結婚したくないんだろ?」
まだ、と付けたのは、きっと実乃莉が結婚することから逃れられないと理解しているからだ。実乃莉の家がどんな家なのか、知っているからこその台詞だった。
「……はい。家に指図されるがままに結婚したくないです」
「まあ、そうだよな。俺は結婚自体したくない。だが家からは喧しく言われてるんだ。それも家柄の良い相手と、だと。跡を継ぐわけでもないのにな」
龍は辟易とした様子で息を吐くとソファの背に凭れかかる。それだけで、今まで相当言われてきたのだと察してしまう。
「で、だ。結婚したくないもの同士、タッグを組んで時間稼ぎをしようかと思うんだが。家柄で言えば、あんたは充分すぎるほどだからな」
「時間稼ぎ……ですか?」
「そう。シナリオはこうだ」
そう前置きすると、龍はその内容を話し出した。
「――と、まぁこんな感じだな」
まるで、ずいぶん前から考えられていたかのような話を、実乃莉は食べることも忘れて聞き入っていた。
「上手く……いくでしょうか?」
確かに、龍の作ったシナリオ通りにことが運べば、最低一年は結婚しなくてすみそうだった。
「そうなるように上手く立ち回る必要はあるが……。まぁ、できるだろ」
龍は揺るぎない眼差しを実乃莉に向けそう言い切ると笑った。
龍は実乃莉に麦茶を差し出しながら、自分の持つブラックコーヒーを掲げて見せた。
「いえ。こちらで。実はコーヒーは苦手で……」
「だと思った」
龍は表情を緩めてフフッ笑う。その顔を見て実乃莉は意外に思った。
最初こそ人を寄せ付けないような雰囲気があったが、今は全く違う。孤高の獅子から、懐いてきた猫になったような感覚がした。
龍はネクタイを緩めると、すぐにシュークリームを開けて食べ始める。豪快な食べ方で、すぐに無くなってしまいそうだ。
「どうした? 食べないのか? 結構美味いぞ?」
怪訝な表情を浮かべた龍に言われ、実乃莉はハッとする。まさか、目を奪われてました、なんて言えるはずもなく、慌てて実乃莉もシュークリームの袋を開けた。
「いただきます」
実乃莉が食べ始めると、龍はもう食べ終わりコーヒーを口に運んでいた。
「なんだ? さっきから。何かおかしかったか?」
「その……あまりにも早く召し上がるので……」
不躾に見ていたことに気づかれていて気まずくなるが、実乃莉は正直に答えた。
「あぁ。悪いな、早食いが板についてるんだ。あんたはゆっくり食べればいい。その間に話しをするがいいか?」
「はい。どうぞ」
実乃莉が龍に向かい頷くと、龍は話を始めた。
「さっきは俺の頼みを、なんて言ったが、よく考えれば一番大事なことを聞くのを忘れていた。率直に聞くが、あんた付き合ってる相手、いるのか?」
「…………えっ?」
思ってもみなかった質問に、思わず掴んでいた指に力が入る。押し出されたクリームが溢れそうになっているのに気づき力を緩めた。
「その様子じゃ、いないってことでいいか?」
なんとなく狼狽えている実乃莉の様子を見てなのか、龍は口角を上げている。
「はい。……おりません」
小さくなって答える実乃莉に、龍は笑みを浮かべ言った。
「じゃあ、俺の恋人……いや、将来的には婚約者になってくれ」
「あ、あのっ……」
頰を赤らめて狼狽する実乃莉を見ながら、龍は面白そうに笑っている。
「あんた、想像した通り初心だな。何も本当に、とは言ってない。さっきあんたが俺に言ったのと一緒だ」
龍に揶揄われているのかと思ったが、自分が先に何を言ったのか思い出してそれを口に出す。
「ふり……と言うことですか?」
「そうだ」
満足気に龍は頷いている。けれど、実乃莉はさっき自分が言われた言葉を思い出していた。
(それに何のメリットが……)
ポカンと目を見開いたままの実乃莉に龍は尋ねる。
「あんた、まだ結婚したくないんだろ?」
まだ、と付けたのは、きっと実乃莉が結婚することから逃れられないと理解しているからだ。実乃莉の家がどんな家なのか、知っているからこその台詞だった。
「……はい。家に指図されるがままに結婚したくないです」
「まあ、そうだよな。俺は結婚自体したくない。だが家からは喧しく言われてるんだ。それも家柄の良い相手と、だと。跡を継ぐわけでもないのにな」
龍は辟易とした様子で息を吐くとソファの背に凭れかかる。それだけで、今まで相当言われてきたのだと察してしまう。
「で、だ。結婚したくないもの同士、タッグを組んで時間稼ぎをしようかと思うんだが。家柄で言えば、あんたは充分すぎるほどだからな」
「時間稼ぎ……ですか?」
「そう。シナリオはこうだ」
そう前置きすると、龍はその内容を話し出した。
「――と、まぁこんな感じだな」
まるで、ずいぶん前から考えられていたかのような話を、実乃莉は食べることも忘れて聞き入っていた。
「上手く……いくでしょうか?」
確かに、龍の作ったシナリオ通りにことが運べば、最低一年は結婚しなくてすみそうだった。
「そうなるように上手く立ち回る必要はあるが……。まぁ、できるだろ」
龍は揺るぎない眼差しを実乃莉に向けそう言い切ると笑った。
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