9 / 66
1.始まりから間違いでした
9.
しおりを挟む
走り始めて三十分ほどで、住宅街にある建物の駐車場に車は滑り込んだ。
一階にはコンビニエンスストアが入り、二階には二十四時間営業のスポーツジムの看板が掲げられている。三階まであるようだが何かはわからなかった。
敷地内の駐車場の一部はコインパーキングで、一部は月極めだ。龍の車はその月極めの部分に停められた。
「コンビニ寄るけど何かいる?」
「いえ。私のことはお気になさらずに」
「じゃ、ちょっと電話する」
シートベルトを外した状態で、龍は上着からスマートフォンを取り出す。少し画面を操作すると、呼び出し音が漏れ聞こえるそれを自分の耳に当てた。
「俺だ。起きてたか? 今、下にいる。なんかいるか?」
電話の向こうからボソボソ聞こえるのは男の人の声のようだ。龍は機械的なやり取りではなく、明るく砕けた口調のまま尋ねていた。
(なんだかお友だちと喋ってるみたい……)
相手は社員なのだろう。実乃莉は耳に届く会話に知らぬふりをしながら、社長らしからぬ会話にそんなことを思っていた。
「――りょーかい。すぐ向かう」
龍は耳からスマートフォンを離すと実乃莉に向いた。
「悪いな。買い出しに付き合ってくれ」
「はい。かしこまりました」
実乃莉が仰々しい返事をすると、龍はそれを聞いて眉を顰めた。
「あんた……普段からそんな話しかたか?」
「え……?」
「いや、俺は社長って肩書きは付いてるがそう偉くもない。畏まらなくていいんだが?」
そうは言っても年上を相手にする時は、こんなふうに話すことのほうが日常だ。いきなり友だち相手のようには話せないし、と戸惑ってしまう。
「けれど……」
口籠る実乃莉を見て龍は溜め息を吐く。
「じゃあ……うちの社員を参考にしろ」
素っ気なくそう言うと、龍は車から先に降りて行った。
一瞬外に出ただけでも、始まったばかりの夏の日差しは強烈だった。
駐車場から龍に続き店内に入ると、そこから流れる冷気が心地よいと感じてしまうくらいに。
龍はカゴを取ると迷うことなく歩き出す。その後ろを実乃莉は着いて行った。龍はまず、栄養ドリンクの並ぶ棚の前で立ち止まると、そこから適当な様子で何種類か瓶をカゴに入れていた。
(凄くたくさん……)
音を立てて転がる小さな瓶はカゴの底を覆い隠すほど入れられている。実乃莉はそれを唖然としながら眺めていた。
次はペットボトル飲料の並ぶ大きな棚に向かうと、龍はそこからも適当に飲み物を抜き出しカゴに放り込んだ。麦茶に緑茶、水、コーヒー、紅茶、炭酸飲料など。あらゆる種類の商品が入れられたカゴはあっという間にいっぱいになり、持ち手がたわんでいた。
「私もお持ちします」
実乃莉が声を掛けると、龍は「いや、いい。それよりもう一つ取ってくれ」とそばに重ねて置いてあったカゴを指差した。
言われた通りに実乃莉がカゴを取り出すと、龍はまた移動を始める。次はスイーツの並ぶ冷蔵ケースの前に立ち止まった。
(美味しそう……)
令嬢と呼ばれる実乃莉だが、そこまで浮世離れしているわけではない。年相応にファストフードだって食べるし、コンビニスイーツだって好きだ。ちょうどこの店は、実乃莉がよく行く近所の店と同じチェーン店。実乃莉はついつい新商品のチェックを行なっていた。
「お。これ美味そうだな」
龍が手に取ったのは、実乃莉が見ていた"新商品"と表示のあるシュークリームだった。中にはクリームチーズとレモンが合わさったクリームが入っているらしい。夏にぴったりの、さっぱりして食べやすそうなものだ。
「スイーツ、お好きなんですか?」
「ん? 嫌いじゃない。頭使ってると無性に食いたくなる」
龍は答えながら、目の前のシュークリームやスイーツをどんどんと実乃莉の持つカゴに入れていた。
一階にはコンビニエンスストアが入り、二階には二十四時間営業のスポーツジムの看板が掲げられている。三階まであるようだが何かはわからなかった。
敷地内の駐車場の一部はコインパーキングで、一部は月極めだ。龍の車はその月極めの部分に停められた。
「コンビニ寄るけど何かいる?」
「いえ。私のことはお気になさらずに」
「じゃ、ちょっと電話する」
シートベルトを外した状態で、龍は上着からスマートフォンを取り出す。少し画面を操作すると、呼び出し音が漏れ聞こえるそれを自分の耳に当てた。
「俺だ。起きてたか? 今、下にいる。なんかいるか?」
電話の向こうからボソボソ聞こえるのは男の人の声のようだ。龍は機械的なやり取りではなく、明るく砕けた口調のまま尋ねていた。
(なんだかお友だちと喋ってるみたい……)
相手は社員なのだろう。実乃莉は耳に届く会話に知らぬふりをしながら、社長らしからぬ会話にそんなことを思っていた。
「――りょーかい。すぐ向かう」
龍は耳からスマートフォンを離すと実乃莉に向いた。
「悪いな。買い出しに付き合ってくれ」
「はい。かしこまりました」
実乃莉が仰々しい返事をすると、龍はそれを聞いて眉を顰めた。
「あんた……普段からそんな話しかたか?」
「え……?」
「いや、俺は社長って肩書きは付いてるがそう偉くもない。畏まらなくていいんだが?」
そうは言っても年上を相手にする時は、こんなふうに話すことのほうが日常だ。いきなり友だち相手のようには話せないし、と戸惑ってしまう。
「けれど……」
口籠る実乃莉を見て龍は溜め息を吐く。
「じゃあ……うちの社員を参考にしろ」
素っ気なくそう言うと、龍は車から先に降りて行った。
一瞬外に出ただけでも、始まったばかりの夏の日差しは強烈だった。
駐車場から龍に続き店内に入ると、そこから流れる冷気が心地よいと感じてしまうくらいに。
龍はカゴを取ると迷うことなく歩き出す。その後ろを実乃莉は着いて行った。龍はまず、栄養ドリンクの並ぶ棚の前で立ち止まると、そこから適当な様子で何種類か瓶をカゴに入れていた。
(凄くたくさん……)
音を立てて転がる小さな瓶はカゴの底を覆い隠すほど入れられている。実乃莉はそれを唖然としながら眺めていた。
次はペットボトル飲料の並ぶ大きな棚に向かうと、龍はそこからも適当に飲み物を抜き出しカゴに放り込んだ。麦茶に緑茶、水、コーヒー、紅茶、炭酸飲料など。あらゆる種類の商品が入れられたカゴはあっという間にいっぱいになり、持ち手がたわんでいた。
「私もお持ちします」
実乃莉が声を掛けると、龍は「いや、いい。それよりもう一つ取ってくれ」とそばに重ねて置いてあったカゴを指差した。
言われた通りに実乃莉がカゴを取り出すと、龍はまた移動を始める。次はスイーツの並ぶ冷蔵ケースの前に立ち止まった。
(美味しそう……)
令嬢と呼ばれる実乃莉だが、そこまで浮世離れしているわけではない。年相応にファストフードだって食べるし、コンビニスイーツだって好きだ。ちょうどこの店は、実乃莉がよく行く近所の店と同じチェーン店。実乃莉はついつい新商品のチェックを行なっていた。
「お。これ美味そうだな」
龍が手に取ったのは、実乃莉が見ていた"新商品"と表示のあるシュークリームだった。中にはクリームチーズとレモンが合わさったクリームが入っているらしい。夏にぴったりの、さっぱりして食べやすそうなものだ。
「スイーツ、お好きなんですか?」
「ん? 嫌いじゃない。頭使ってると無性に食いたくなる」
龍は答えながら、目の前のシュークリームやスイーツをどんどんと実乃莉の持つカゴに入れていた。
1
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は一途に私に恋をする~ after story
けいこ
恋愛
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は一途に私に恋をする~
のafter storyになります😃
よろしければぜひ、本編を読んで頂いた後にご覧下さい🌸🌸
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~
けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。
ただ…
トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。
誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。
いや…もう女子と言える年齢ではない。
キラキラドキドキした恋愛はしたい…
結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。
最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。
彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して…
そんな人が、
『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』
だなんて、私を指名してくれて…
そして…
スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、
『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』
って、誘われた…
いったい私に何が起こっているの?
パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子…
たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。
誰かを思いっきり好きになって…
甘えてみても…いいですか?
※after story別作品で公開中(同じタイトル)
ケダモノ、148円ナリ
菱沼あゆ
恋愛
ケダモノを148円で買いました――。
「結婚するんだ」
大好きな従兄の顕人の結婚に衝撃を受けた明日実は、たまたま、そこに居たイケメンを捕まえ、
「私っ、この方と結婚するんですっ!」
と言ってしまう。
ところが、そのイケメン、貴継は、かつて道で出会ったケダモノだった。
貴継は、顕人にすべてをバラすと明日実を脅し、ちゃっかり、明日実の家に居座ってしまうのだが――。
憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~
けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。
私は密かに先生に「憧れ」ていた。
でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。
そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。
久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。
まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。
しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて…
ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆…
様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。
『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』
「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。
気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて…
ねえ、この出会いに何か意味はあるの?
本当に…「奇跡」なの?
それとも…
晴月グループ
LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長
晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳
×
LUNA BLUホテル東京ベイ
ウエディングプランナー
優木 里桜(ゆうき りお) 25歳
うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる