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3. 夏の兆しとめぐる想い

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 ふわりと彼の香りが強くなると、温もりが体を包むんだ。痛いくらいに私を抱きしめている腕が、心なしか震えているように感じてそっと腕を回し、彼の背中を抱きしめた。それに応えるように、彼の腕に力がこもった。

「……俺も……好きだ。再会してから、いっそう好きになった。こんな俺を好きになってくれて、ありがとう。恵舞」

 戦慄くような小さな声が、私の肩越しに聞こえてくる。ルークは見せなかった弱々しく感じる姿も、依澄さんだからこそ曝け出してくれるのかも知れない。そう思うと、愛おしさが増してくる。

「もう、消えたりしませんから。安心してください。これからも……ずっと、一緒にいます」

 顔を上げて彼に向くと、彼は泣きそうな表情でこちらを見つめていた。

「ああ。そばにいさせてくれ。他には何も求めないから……」

 込み上げてくる感情が瞳から溢れ出す。それが伝っていく頰に、彼の頰が重なる。瞼を閉じると、触れ合った肌の感触と温かさに安らぎを覚えた。
 気持ちが落ち着いてきたころ、彼の頰から振動が伝わる。

「キス……して、いい?」

 口を閉じたまま、わずかに頭を上下させると、頰から彼の熱が去っていく。その代わりに、今度は唇に柔らかな熱が降ってくる。重なった唇は温かく、何もかも受け止めてくれるような優しさで溢れていた。
 気持ちを確かめ合うように、何度も何度も唇を重ね合ったあと、依澄さんを見上げる。視線のその先には、愛おしむような瞳があった。

「お腹空いてだろ? 食事の用意をしておく。恵舞はゆっくりシャワーを浴びておいで」

 よくよく考えると、きっと自分の顔は涙でぐちゃぐちゃで、メイクも相当崩れていそうだ。

「そ、うですね。すみません。そうさせてもらいます」

 今更恥ずかしくなり、顔を手で覆い慌てふためきながら返すと、彼から笑い声が漏れた。

「本当なら、一緒に入りたいところだが、それはあとにするな」
「えっ? 一緒⁈」

 予想だにしなかった台詞に驚き、勢いよく顔を上げると、彼からよりいっそう笑い声が漏れた。

「また揶揄ったんですか?」
「いいや、わりと本気。とりあえず今はお預けかな」

 頰を膨らませる私の頭にポンポンと手を置くと、彼はすこぶる笑顔で言った。

 とりあえず顔と、潮風に晒された体だけシャワーで流すとリビングに戻る。キッチンでは依澄さんが、食事の準備をしてくれていた。
 自分なら、買ってきたお惣菜を皿に盛り付けるだけで精一杯だけど、さすがに料理が得意な彼は違う。ひと手間もふた手間も加えてあり、見るからに美味しそうだ。それをダイニングテーブルに並べている依澄さんに、座るよう促される。

「座って恵舞。何飲む? ビールもあるが、貰い物のワインがあって。開けるの手伝ってくれないか?」
「ぜひ。いただきます」

 私の返事に満足そうに頷くと、彼はキッチンへ向かう。戻って来た依澄さんの左手にはワイングラスが二つ、右手には栓の開いたボトル。彼はテーブルの横に立つと、慣れた手つきで透明なレモンイエローの液体をグラスに注いだ。

「いい香り。そういえば、前のステーキも貰い物だって……。本当は買った、とかじゃ……ないですよね?」

 向かいの席に着く依澄さんに尋ねると、彼は笑みを浮かべる。

「本当に貰い物だよ。竹篠の母から貰ったんだ」
「竹篠の……母?」
「そう。もう一つ、その話もしないとな。なぜ今は竹篠姓を名乗ってるのか」

 食事をしながら、依澄さんは最後の秘密を語り出した。
 竹篠家は神奈川にある、彼の祖母の生家らしい。昔は大きな商家だったが、今は細々と、わずかな不動産収入だけで暮らしているらしい。その家を守っているのは祖母の姪にあたる人で、継ぐ人はおらず、このままでは……という状況に陥っているようだ。

「祖母は、竹篠の家のことをずっと案じていた。長い間離れているとはいえ、大事な実家だ。そして祖母は、もしかすると手助けしてくれるかも知れないと、昔馴染みに手紙をしたためた」

 自分の話のときとは違い、依澄さんは肩の力を抜き、時々ワインを口に運びながら話している。その話に耳を傾けながら、同じようにワインを口に運んだ。

「その相手が、恵舞。君の祖父である、宮藤の会長だったんだ」
「え? おじいちゃん?」

 まるでドラマのようだと他人事のように聞いていたのに、突然縁者が現れて驚く。目を丸くする私に向かって頷くと、彼はまた話し始めた。
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