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3. 夏の兆しとめぐる想い

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「え……?」

 空耳でも、聞き間違いでもない。彼から発せられた言葉に驚き、呆気に取られていると、彼は苦々しい表情で続けた。

「恵舞と……初めて夜を共にした日。恵舞が目を覚ましたら……言おうと思ってた」
「でも……ルークは私のこと、妹みたいだって……」

 直接言われたわけではないが、ルークが近所の男の子に、そう話していたのは耳にしていた。ショックを受けなかったわけじゃない。やっぱりそうなんだと納得もした。その時はそれでよかった。ルークが自分のことを、少しでも特別に思ってくれるなら。いつか、妹を卒業する日がくるかもしれないと、淡い期待を抱いて。
 けれどそれは大きくなっても変わらなかった。だから、数日後にはアメリカを離れると決まっていたあの日、もうこれが最後だと思い詰めた私は、ルークに泣いて迫ったのだ。

『最初の人は、ルークがいいの。ルークじゃなきゃ、だめなの。だから、お願い……』

 泣きながら抱きつく私を、ルークは困惑した表情で受け止めていた。仕方なく応じてくれたんだと、ずっと思っていた。幸せな時間が、長くなればなるほど、ルークとの別れが辛くなる。だから私は、ルークが目を覚ます前に部屋を去った。
 
 彼はまだ放心状態の私の手をギュッと握ると、私に真っ直ぐ視線を向けて言った。

「最初は……そう思ってた。けどいつしかそれは変わってた。なかなか会えなくなって、お互い自然に忘れていくんだろうって。でも忘れられるわけ、なかった。ハイスクールを卒業した恵舞が連絡をくれて、本当に……嬉しかったよ」

 優しい表情で自分を見つめるその顔には、偽りの色など一つも浮かんでいなかった。

 気持ちが溢れて出て止まらない。ずっとずっと、好きだったルークへの気持ちが。それは喉を伝い、唇からこぼれ始めた。

「私……ルークの連絡先なんて知らなくて、手当たり次第にまわりに聞いて。ダニーからメールアドレス教えてもらって、送るときはドキドキした。返事が来なかったら、諦めようって。もう二度と……会えないだろうからって。でも……」

 私の言葉に、彼は耳を澄ませながら小さく相槌を打つ。それを見つめて必死に言葉を紡いだ。

「会えるってわかって、凄く嬉しくて。でも、これが最後なんだって。だから……無理矢理迫った。本当は嫌だったかも知れないのにって……」
「それを言うなら、俺だって嫌われたって思ってた。あの日、我を忘れて求めたから。だから恵舞は居なくなったんだろうって、後悔した。けど、あとでダニーに聞いたんだ。恵舞は日本に帰ったと」

 静かで穏やかな低い声が、記憶の隙間に染み込んでくる。忘れたくても忘れられなかった、初恋の人との思い出が浮き上がり、満たされていく。
 優しい顔、笑いかけてくれる顔、時々ジョークを言って笑わせてくれる悪戯っぽい顔。私にとって、どれもが自分に刻まれているルークの、偽りのない表情だ。一ミリだって、嫌だと思ったことなどない。

「嫌いになるはず、ないです。ずっと好きで、このまま一生、ルーク以上に好きになれる人なんて現れない。そう……思ってました。けど……」

 重ねた手を繋ぎ直すと、彼は「……けど?」と確かめるように反芻する。
 その続きを声に出す前に、手を握ったまま、彼を促すように立ち上がる。見上げたその視線の先に、ルークの面影と重なる彼がいる。その大きくて温かな手のひらを握り返し、深く呼吸をすると、口を開いた。

「私……好き、なんです。今のあなたが、依澄さんが、好きです」
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