55 / 115
3. 夏の兆しとめぐる想い
3.
しおりを挟む
車は東京湾を横切る道を走り、対岸のさらに先にある海に向かった。
予定通りに、お昼少し前に着いた地元のお寿司屋さんで豪華な海鮮丼を堪能したあと、海岸通りへ移動して海の近くを散策した。
「綺麗ですね。海のこんなに近くに来るのは久しぶりです」
「俺もだ。風が気持ちいいな」
「ですね」
海から吹き抜ける風が彼の髪を揺らす。まだ柔らかい春の日差しと程よい強さの風が涼しくて心地良い。夏場は海水浴場になっているこの場所は、さすがに泳ぐ人はいないが、波打ち際ではしゃぐ子どもたちの姿もあった。
「私、サマーキャンプは海の近くに行ってたんです。毎年真っ黒になるまで泳いでて。懐かしいな」
アメリカの長い夏休みには、子どもたちはサマーキャンプに参加するのが定番だ。日帰りから長期間の宿泊まで、さまざまなアクティビティが用意されていて、夏の楽しみの一つだった。
「依澄さんは? どこに行ってたんですか?」
海を見つめる横顔を見上げ尋ねる。彼は懐かしそうに頰を緩めると、こちらを向いた。
「俺は湖畔だったな。乗馬したり、ボートで競争したり」
「依澄さん、乗馬できるんですか?」
似合う、と口にしかけて押し留める。白馬の王子様というより、ワイルドなカウボーイのほうが似合いそう、なんて馬に乗る彼の姿をイメージして比べてしまう。
「子どもの頃の話だよ。さすがに何年も乗ってない。恵舞は? 最近泳ぐことはないのか?」
「ないですよ! もう水着になる自信すらありませんから」
勢いよく返すと、依澄さんはじっと私の体を眺める。それから不思議そうに口を開いた。
「そうか? 俺は、これくらい肉付きがいいほうが好みだけど」
「なっ、なに想像したんですか⁈」
自分もいろいろ想像したのを棚に上げ、頰を熱くさせながら声を上げる。依澄さんは楽しげに笑いながら私を抱き寄せた。
「もちろん今日も、見せてくれるんだろ?」
耳元で囁く低いトーンの声は、色気が溢れ出ていて自分の体温を上げるには充分だ。
まごまごしながら身動ぎしていると、声も無く笑っているのか小刻みに揺れが伝わってきた。
「やっぱり、揶揄ってたんですね」
不満を口にしながら顔を上に向けると、ほんの二十センチ先にある彼の瞳が目に飛び込んでくる。
その瞳は、穏やかに優しくこちらを見つめていた。けれどどこか、今にも泣き出しそうな、切なさも含んでいるように見えた。
「恵舞……」
小さく動く唇が自分の名前を紡ぐ。その開かれた唇は、一呼吸置くとキュッと閉じられた。
予定通りに、お昼少し前に着いた地元のお寿司屋さんで豪華な海鮮丼を堪能したあと、海岸通りへ移動して海の近くを散策した。
「綺麗ですね。海のこんなに近くに来るのは久しぶりです」
「俺もだ。風が気持ちいいな」
「ですね」
海から吹き抜ける風が彼の髪を揺らす。まだ柔らかい春の日差しと程よい強さの風が涼しくて心地良い。夏場は海水浴場になっているこの場所は、さすがに泳ぐ人はいないが、波打ち際ではしゃぐ子どもたちの姿もあった。
「私、サマーキャンプは海の近くに行ってたんです。毎年真っ黒になるまで泳いでて。懐かしいな」
アメリカの長い夏休みには、子どもたちはサマーキャンプに参加するのが定番だ。日帰りから長期間の宿泊まで、さまざまなアクティビティが用意されていて、夏の楽しみの一つだった。
「依澄さんは? どこに行ってたんですか?」
海を見つめる横顔を見上げ尋ねる。彼は懐かしそうに頰を緩めると、こちらを向いた。
「俺は湖畔だったな。乗馬したり、ボートで競争したり」
「依澄さん、乗馬できるんですか?」
似合う、と口にしかけて押し留める。白馬の王子様というより、ワイルドなカウボーイのほうが似合いそう、なんて馬に乗る彼の姿をイメージして比べてしまう。
「子どもの頃の話だよ。さすがに何年も乗ってない。恵舞は? 最近泳ぐことはないのか?」
「ないですよ! もう水着になる自信すらありませんから」
勢いよく返すと、依澄さんはじっと私の体を眺める。それから不思議そうに口を開いた。
「そうか? 俺は、これくらい肉付きがいいほうが好みだけど」
「なっ、なに想像したんですか⁈」
自分もいろいろ想像したのを棚に上げ、頰を熱くさせながら声を上げる。依澄さんは楽しげに笑いながら私を抱き寄せた。
「もちろん今日も、見せてくれるんだろ?」
耳元で囁く低いトーンの声は、色気が溢れ出ていて自分の体温を上げるには充分だ。
まごまごしながら身動ぎしていると、声も無く笑っているのか小刻みに揺れが伝わってきた。
「やっぱり、揶揄ってたんですね」
不満を口にしながら顔を上に向けると、ほんの二十センチ先にある彼の瞳が目に飛び込んでくる。
その瞳は、穏やかに優しくこちらを見つめていた。けれどどこか、今にも泣き出しそうな、切なさも含んでいるように見えた。
「恵舞……」
小さく動く唇が自分の名前を紡ぐ。その開かれた唇は、一呼吸置くとキュッと閉じられた。
17
お気に入りに追加
167
あなたにおすすめの小説
同居離婚はじめました
仲村來夢
恋愛
大好きだった夫の優斗と離婚した。それなのに、世間体を保つためにあたし達はまだ一緒にいる。このことは、親にさえ内緒。
なりゆきで一夜を過ごした職場の後輩の佐伯悠登に「離婚して俺と再婚してくれ」と猛アタックされて…!?
二人の「ゆうと」に悩まされ、更に職場のイケメン上司にも迫られてしまった未央の恋の行方は…
性描写はありますが、R指定を付けるほど多くはありません。性描写があるところは※を付けています。
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
偽物のご令嬢は本物の御曹司に懐かれています
玖羽 望月
恋愛
役員秘書で根っからの委員長『千春』は、20年来の親友で社長令嬢『夏帆』に突然お見合いの替え玉を頼まれる。
しかも……「色々あって、簡単に断れないんだよね。とりあえず1回でさよならは無しで」なんて言われて渋々行ったお見合い。
そこに「氷の貴公子」と噂される無口なイケメン『倉木』が現れた。
「また会えますよね? 次はいつ会えますか? 会ってくれますよね?」
ちょっと待って! 突然子犬みたいにならないで!
……って、子犬は狼にもなるんですか⁈
安 千春(やす ちはる) 27歳
役員秘書をしている根っからの学級委員タイプ。恋愛経験がないわけではありません! ただちょっと最近ご無沙汰なだけ。
こんな軽いノリのラブコメです。Rシーンには*マークがついています。
初出はエブリスタ(2022.9.11〜10.22)
ベリーズカフェにも転載しています。
番外編『酸いも甘いも』2023.2.11開始。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる