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2.吹き荒れるは、春疾風
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これ以上モタモタするのも、と素直に頷く。彼はこちらににじり寄ると、私からチェーンを受け取った。
(ちっ、近い……)
彼の吐息が、自分の髪に触れているんじゃないかと思うくらいの距離。目のやり場に困り、顔だけ上に向けて視線を横に逸らした。そう長くないチェーンを留める彼の手は、時々自分の鎖骨を撫で、そのたびにピクリと肩が揺れそうになるのを、必死に堪えていた。
「はい。できたよ」
心の中で嵐が吹き荒れていたのも一瞬のこと。彼の指が器用に留め具を付けると、何ごともなかったような、あっさりとした声が頭上から降ってきた。だから……油断していた。
お礼を言おうとそのまま顔を上げると、パチッと視線は絡み合う。その瞳は、冷静に聞こえていた声とは裏腹に、熱を帯び揺らいでいた。
その瞳から目が離せないでいる私に、彼はゆっくりと顔を近づける。
「……触れて、いいか?」
"承諾を得ずに触れたりしない"を律儀に守っているのか、静かに尋ねられる。
けれどもう、私はその術中にはまっていたのだろう。それを拒絶する意思などなかった。
「どう……ぞ……」
その返事に答えるように彼の指が触れたのは、熱を孕んだ私の頰だった。そしてギリギリまで唇を近づけた彼は、再び尋ねた。
「唇に……だけど。いいの?」
「は……い……」
夢心地のまま答えた唇は、そのまま彼に塞がれていた。
これまで二度、唇を重ねた。その二度とも情熱的だったが、今日はそれ以上に甘く、火傷しそうなほど熱い。背中から抱きしめられ、彼の腕にしがみつきながら思う。
「ん、んんっ……」
喰らいつくように重ねられた唇は深さを増し、隙間に艶かしく熱い舌が潜り込む。探り当てるように自分の舌先をなぞられると、意識せずとも甘い声が鼻から抜ける。どちらから発せられているのかわからない吐息と水音が耳に届き、それが余計に官能を呼び覚ました。
「……恵舞……」
息をするほんの少しの間に、彼は切なげに私の名前を呼ぶ。それに答える前に吐息はまた唇の奥に閉じ込められる。そして再び、お互いを夢中で求めあった。
今まで何度も思い出した、ルークと交わしたキスを今は少しも思い出せない。すべて彼の色に塗り替えられ、そしてそれを受け入れている自分がいる。そんな自分が信じられないようでいて、どこか納得もしている。自覚しているよりも自分は、彼に好意以上の感情を抱いているのだと。
ようやく唇は離れ、彼から放たれた熱い吐息が顔を撫でた。
「これ以上は……堪えられないな。そろそろ帰る時間だ。家まで送るよ」
自分に言い聞かせるように依澄さんは言うと、背中に回していた腕を緩める。その腕を引き留めるように掴むと、私は顔を上げた。
「明日……。本当は、早くないんです」
その意味を悟ったのか、彼は瞳を揺らしていた。
(ちっ、近い……)
彼の吐息が、自分の髪に触れているんじゃないかと思うくらいの距離。目のやり場に困り、顔だけ上に向けて視線を横に逸らした。そう長くないチェーンを留める彼の手は、時々自分の鎖骨を撫で、そのたびにピクリと肩が揺れそうになるのを、必死に堪えていた。
「はい。できたよ」
心の中で嵐が吹き荒れていたのも一瞬のこと。彼の指が器用に留め具を付けると、何ごともなかったような、あっさりとした声が頭上から降ってきた。だから……油断していた。
お礼を言おうとそのまま顔を上げると、パチッと視線は絡み合う。その瞳は、冷静に聞こえていた声とは裏腹に、熱を帯び揺らいでいた。
その瞳から目が離せないでいる私に、彼はゆっくりと顔を近づける。
「……触れて、いいか?」
"承諾を得ずに触れたりしない"を律儀に守っているのか、静かに尋ねられる。
けれどもう、私はその術中にはまっていたのだろう。それを拒絶する意思などなかった。
「どう……ぞ……」
その返事に答えるように彼の指が触れたのは、熱を孕んだ私の頰だった。そしてギリギリまで唇を近づけた彼は、再び尋ねた。
「唇に……だけど。いいの?」
「は……い……」
夢心地のまま答えた唇は、そのまま彼に塞がれていた。
これまで二度、唇を重ねた。その二度とも情熱的だったが、今日はそれ以上に甘く、火傷しそうなほど熱い。背中から抱きしめられ、彼の腕にしがみつきながら思う。
「ん、んんっ……」
喰らいつくように重ねられた唇は深さを増し、隙間に艶かしく熱い舌が潜り込む。探り当てるように自分の舌先をなぞられると、意識せずとも甘い声が鼻から抜ける。どちらから発せられているのかわからない吐息と水音が耳に届き、それが余計に官能を呼び覚ました。
「……恵舞……」
息をするほんの少しの間に、彼は切なげに私の名前を呼ぶ。それに答える前に吐息はまた唇の奥に閉じ込められる。そして再び、お互いを夢中で求めあった。
今まで何度も思い出した、ルークと交わしたキスを今は少しも思い出せない。すべて彼の色に塗り替えられ、そしてそれを受け入れている自分がいる。そんな自分が信じられないようでいて、どこか納得もしている。自覚しているよりも自分は、彼に好意以上の感情を抱いているのだと。
ようやく唇は離れ、彼から放たれた熱い吐息が顔を撫でた。
「これ以上は……堪えられないな。そろそろ帰る時間だ。家まで送るよ」
自分に言い聞かせるように依澄さんは言うと、背中に回していた腕を緩める。その腕を引き留めるように掴むと、私は顔を上げた。
「明日……。本当は、早くないんです」
その意味を悟ったのか、彼は瞳を揺らしていた。
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