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2.吹き荒れるは、春疾風
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「……まさか、婚姻届とかエンゲージリング、なんて言わないですよね?」
いくらなんでも飛躍しすぎだと思いつつ、わざと明るく振る舞いながら尋ねると、「さすがにそんなことはしない」と彼は小さく笑う。けれどその顔には、まだためらいの色が表れているように見えた。
それを見てふと思いつく。
「あの、依澄さん。さっきの賞品、変えてもいいですか?」
「もちろん。何にする?」
「……私が当たったら、依澄さんの渡したいものを受け取ります。……依澄さんが選んでくれたものなら、きっと気に入ります」
こんなことを言ったら、自分の気持ちに勘付かれてしまいそうだ。好意というには、まだ淡い感情なのかも知れない。でも彼といるのは楽しくて、どこか安らげるのは間違いないのだから。
私の言葉に安堵したのか、彼は表情を緩めた。
「それじゃ、答え合わせをしようか」
そう言うと彼は、ケーキの箱を手に取り、留められていたシールを剥がす。それからスマホを操作すると、テーブルに伏せた。
同じように、自分も答えを表示させたスマホを伏せると、依澄さんを見上げた。
無言で頷いた依澄さんが、そろそろと開ける箱を二人で覗き込む。
(当たっていますように!)
固唾を呑んで、祈るような気持ちでそれが開けられるのを見つめる。そしてその答えが現れると、私たちは顔を見合わせた。
「えっ……」
「これは……」
お互い驚いたようにスマホを手にすると、答えを見せ合う。
それぞれの画面には"レモンパイ"の文字。そして箱に入っているのも、白いメレンゲに美味しそうな焼き色のついたレモンパイが二つ。
日本では、レモンタルトやレモンを使ったレアチーズケーキは見かけるものの、アメリカで慣れ親しんだこのパイを置いている店に出会うことはそうそうない。レモネードの話をしたばかりだったからか、ふとルークが好きだと言っていたのを思い出したからか、これしかないと思ったのだ。
「同じ……でしたね」
そう願っていたはずなのに、いざ実現すると、なんだか不思議な感覚に陥る。まるで、最初から示し合わせていたみたいだ。
「俺も。恵舞ならきっと、これを選ぶだろうって。自信はあったよ」
どこか感慨深げにそう言うと、依澄さんは箱をテーブルに置き、パイを皿に置いた。
「はい。どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
皿を受け取り、依澄さんも皿を手にしたのを見届けると、一口分をフォークで掬い口に運んだ。
おそらく日本人に合わせて甘さ控えめに作られているパイは、酸味が効いていて爽やかなレモンの香りが口いっぱいに広がった。
味は違うはずなのに、懐かしさが込み上げる。ルークに飲んでもらいたくて、一生懸命レモネードを作ったあの夏を思い出して。
「美味いな」
独りごちるように呟く彼の横顔は、ルークの横顔と重なって見えた。
いくらなんでも飛躍しすぎだと思いつつ、わざと明るく振る舞いながら尋ねると、「さすがにそんなことはしない」と彼は小さく笑う。けれどその顔には、まだためらいの色が表れているように見えた。
それを見てふと思いつく。
「あの、依澄さん。さっきの賞品、変えてもいいですか?」
「もちろん。何にする?」
「……私が当たったら、依澄さんの渡したいものを受け取ります。……依澄さんが選んでくれたものなら、きっと気に入ります」
こんなことを言ったら、自分の気持ちに勘付かれてしまいそうだ。好意というには、まだ淡い感情なのかも知れない。でも彼といるのは楽しくて、どこか安らげるのは間違いないのだから。
私の言葉に安堵したのか、彼は表情を緩めた。
「それじゃ、答え合わせをしようか」
そう言うと彼は、ケーキの箱を手に取り、留められていたシールを剥がす。それからスマホを操作すると、テーブルに伏せた。
同じように、自分も答えを表示させたスマホを伏せると、依澄さんを見上げた。
無言で頷いた依澄さんが、そろそろと開ける箱を二人で覗き込む。
(当たっていますように!)
固唾を呑んで、祈るような気持ちでそれが開けられるのを見つめる。そしてその答えが現れると、私たちは顔を見合わせた。
「えっ……」
「これは……」
お互い驚いたようにスマホを手にすると、答えを見せ合う。
それぞれの画面には"レモンパイ"の文字。そして箱に入っているのも、白いメレンゲに美味しそうな焼き色のついたレモンパイが二つ。
日本では、レモンタルトやレモンを使ったレアチーズケーキは見かけるものの、アメリカで慣れ親しんだこのパイを置いている店に出会うことはそうそうない。レモネードの話をしたばかりだったからか、ふとルークが好きだと言っていたのを思い出したからか、これしかないと思ったのだ。
「同じ……でしたね」
そう願っていたはずなのに、いざ実現すると、なんだか不思議な感覚に陥る。まるで、最初から示し合わせていたみたいだ。
「俺も。恵舞ならきっと、これを選ぶだろうって。自信はあったよ」
どこか感慨深げにそう言うと、依澄さんは箱をテーブルに置き、パイを皿に置いた。
「はい。どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
皿を受け取り、依澄さんも皿を手にしたのを見届けると、一口分をフォークで掬い口に運んだ。
おそらく日本人に合わせて甘さ控えめに作られているパイは、酸味が効いていて爽やかなレモンの香りが口いっぱいに広がった。
味は違うはずなのに、懐かしさが込み上げる。ルークに飲んでもらいたくて、一生懸命レモネードを作ったあの夏を思い出して。
「美味いな」
独りごちるように呟く彼の横顔は、ルークの横顔と重なって見えた。
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