駆け引きから始まる、溺れるほどの甘い愛

2.吹き荒れるは、春疾風

10

「私が当たれば、観る映画を選ばせてください」
「……そんなことでいいのか？」
「はい。構いません」

　きっと、はなからそうするつもりだったのだろう。彼は不満気に表情を曇らせていた。
　そしてそのまま強張った表情で、彼はゆっくり口を開いた。

「じゃあ……俺が当てたら……」

　その瞳は真っ直ぐ私を見つめていたはずなのに、視線が合わせると決まりが悪そうに逸らされた。

「夕食……。今日、夕食に付き合って欲しい」

　今回も、"唇が欲しい"と言われるのだと思っていた。けれどそうじゃなかった。私に興味は失せたけれど、義理で付き合って欲しい、そう言っているように聞こえ愕然とした。

「……はい。大丈夫……です」

　きっと今、能面のような表情をしているだろう。呆然としながら唇を震わせた。
　返事を聞いた彼は、視線を逸らしたまま次の言葉を続ける。

「俺の……家で、だけど。いい？」
「…………。えっ？」

　思ってもみなかった申し出に言葉を失っていると、依澄さんはゆっくりとこちらを向いた。

「昨日知人に、いいステーキ肉をもらったんだ。恵舞もどうかと思って」

　恥じらうように頰をほんのりと染めた依澄さんは、穏やかな雰囲気を纏っている。さっきまで遠くに感じていた距離が一気に縮まったような気がする。

「それなら……賞品じゃなくて、普通に誘ってくれれば……」
「その勇気が出なかった、って言ったら、信じてくれる？」
　
　そんな言葉が出てくる理由が見当たらず、困惑しながら彼を見上げていると、らしからぬ自嘲めいた口調で話し出した。

「俺はルール違反を犯し、恵舞に不愉快な思いをさせた。だが、一緒に過ごす時間が欲しいんだ。もう二度と、承諾も得ず触れたりしない。信用してほしい」

　心の中でモヤモヤしていた霧が、晴れていくようだった。
　彼は彼で、全く同じ内容ではないけれど思い悩んでいたのだろう。それを嬉しいと思っている時点で、彼に惹かれていくのを止めることはできないと悟った。

「私のほうこそ、ごめんなさい。あのときは驚いてしまって。不愉快になんて、なってないです。それに、信用しています」

　今はまだ、それ以上は言えない。この湧き出してきた感情に従うには、時期尚早だと思うから。
　それでも彼は、情のこもった眼差しを私に向けていた。

「ありがとう、恵舞。では、答え合わせをしようか」
「じゃあ、賞品を……」
「大丈夫。きっと当たっているから」

　ようやく彼らしい、自信に満ちた笑顔を浮かべると、そう言った。