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2.吹き荒れるは、春疾風

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「いや、ちょっと不調なだけで、悩みなんてないって!」

 慌てて否定するが、紗里ちゃんは「本当ですか?」と疑惑の眼差しを向けてくる。
 けれどさすがに言えない。まさかこんな年にもなって、ちょっとキスされただけで、それが頭から離れないなんて。

 ――あの日、キスを拒むどころか、すんなりと受け入れてしまった自分がいた。けれど我に返った私は、依澄さんを突き飛ばし逃げ帰ったのだ。
 帰宅しちょうど部屋に入ったのを見計らったようにスマホは鳴り出したが、それを取る勇気は出ない。着信を知らせる表示が消えしばらくすると、画面にはメッセージが浮かび上がった。

"さっきのことは謝る。だから話しをさせて欲しい"

(そんなに簡単に謝るなら、最初からしなきゃいいじゃない)

 つい心の中で悪態をつく。
 どうしてあんなことをしたのだろう。その場の雰囲気に流されたのか、それとも策略の一つなのか。手玉に取って、結婚を押し進めようとしているだけ。きっとそうなんだと自分を納得させた。
 例えそれが、甘く情熱的な恋人にするようなキスだったとしても。
 思い起こすだけで、体中にヒリヒリと電流が駆け巡る。その感覚を振り切るように頭を振り、メッセージを打ち始めた。

"ゲームに負けたのに賞品を奪うなんて、完全にルール違反じゃないですか? ペナルティとして1ポイントもらってもいいですよね?"

 怒っていると文面で察してくれるはずだ。そうでないと困る。そんなことを考えながらメッセージを送る。
 しばらくすると短い返事が戻ってきた。

"OK. 恵舞の言う通り、ルールを破ったのは俺だ。今日はこれで。おやすみ"

 メッセージは、そこで途切れたまま数日が経った。
 結局彼の真意も掴めず、ずっとモヤモヤしたまま今日に至るのだ。

「――……舞、恵舞? 聞いてる?」

 自分に呼びかける羽瑠ちゃんの声に、弾かれるように顔を上げる。

「えっ、あ。何?」
「何じゃないわよ。はい、これでどう?」

 羽瑠ちゃんは呆れた顔で書類を差し出している。それを受け取り見てみると、分かりやすいようわざわざ青字で書かれたものは、文章の前後を入れ替えただけという、単純なものだった。

「確かに……これだけで違う。こっちのほうがしっくりくるね。ありがと、羽瑠ちゃん」
「どういたしまして。って、本当にただのスランプ?」

 訝しげな表情の羽瑠ちゃんに、「いや~……その……」と言葉を濁しながら目を泳がせていた。
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