15 / 115
1.始まりの春
14
しおりを挟む
夜景を見渡せる遊歩道では、恋人たちがポツポツと並んで愛を語り合っているようだ。
確かに、渡ってきた虹色に輝く橋と、海の向こうに蜃気楼のように揺らぐ都内のビルの灯りは美しく、その雰囲気は、デートには持ってこいの、最高のロケーションだった。
「わあ……。綺麗ですね」
胸の高さまである手摺りに手をかけ、身を乗り出すように広がる景色を眺める。
「そうだな」
囁くような艶のある声が、後ろから耳をくすぐる。意図的なのか、そうじゃないのか、真意は読めないけれど、このシチュエーションに、心臓は急激に音を立て始めた。
「寒くないか?」
「は……い……」
寒いどころか体温は急上昇中だ。それというのも、今の状態はいわゆるバックハグに近いから。彼は、手摺りを持つ私の両手の外側に手を置き、体をすっぽりと自分の胸の中に包み込んでいる。風除けのつもりなのかも知れないが、そう思ってもなかなか心臓は静まりそうにない。
会話もなくしばらく景色を見つめていたが、時々耳を撫でる、艶めかしくも感じる吐息に耐えきれなくなった。
「あのっ! さっきの答え合わせ、しませんか?」
身を捩り、彼を押し退けるように前を向く。体が離れると、自分たちの間を冷たい風が吹き抜けて行き、一気に熱が冷めていった。
「……わかった」
「で、ではせめて、場所を移動しましょう。ここでは何も見えませんし、せめてもう少し明るい……。あ、そこにベンチがありますよ」
どこか残念そうに答えた彼に、自分から提案する。
少し向こうにある街灯にほんのりと照らされたベンチから、来たときにはあった人影が消えている。ちょうどいいと、有無を言わさずそこに足を向けた。
先にベンチに辿り着くと、仕切りとばかりに真ん中に自分のをバッグを置く。彼は苦笑いを浮かべその向こうに腰掛けた。
「答え合わせの前に、賞品は? 俺はもう決めてある」
「そうでしたね……」
答えを考えることに夢中で、賞品に思い至らなかった。少し考えて顔を上げた。
「じゃあ、家まで送ってください」
意表を突かれたのか、彼は目を開いたあと、不愉快そうに眉を顰めた。
「はなからそのつもりだ。こんなところに放っておくわけないだろう」
「他に思いつかなくて。当たれば問題ないですから」
「わかった。それで手を打とう。……じゃあ、次は俺だな」
呆れたように言ったあと、彼は意味ありげな笑みを浮かべて口角を上げた。
「俺が勝ったら……。唇をもらおうか」
「……はっ、い……?」
まるでもう、勝利が決まっているかのように微笑みを湛える彼を、唖然としたまま見上げていた。
(……唇? 唇をもらうって、まさか……)
目を白黒させながら考えるが、自分の思い違いでなければ、そういうことだ。
「なっ、何言ってるんですか! 本気ですか⁈」
慌てふためく私がよほど滑稽に映るのか、彼は薄い唇の隙間から息を漏らして笑っている。
「本気に決まってるだろう? Drawなら賞品はなしだ。恵舞も当てればいいだけじゃ?」
「そうですけど!」
納得はいかないけれど、一度承知したことだ。もう自分が当たるより、彼が当たらないことに賭けたい。
「……わかりました。じゃあ、答えを」
肩を縮めて大きく息を吐き出しながら、バッグからメニューカードを取り出す。彼もニットの上に羽織っていたジャケットから同じものを取り出した。
そしてお互いそれを、付き合わせるように差し出した。
「では、オープン」
彼の合図に、二つ折りにされてカードを開く。そこにある赤丸と黒丸を目を凝らして見た。
「え……」
自分が選んだ赤丸は、菜の花と桜エビのオイルパスタ。春を感じる一皿で、もっと食べたいと一番に思ったものだ。
それから、黒丸。つまり、彼が何を選ぶかを記したものは、悩んだ結果、和牛のグリルにした。男の人ならやっぱり肉だ、なんて単純に考えた感は否めないけれど。
だが彼が書いたカードの丸は、どちらも同じ場所に付いていた。自分が選んだそのパスタを囲うように。
(外れた……って言うより、彼は当たってる……)
放心状態で顔を上げると、彼は勝者の笑みを浮かべていた。その彼は突然立ち上がり、私のバッグを抱えたかと思うと私の手を引いた。
「場所を変えよう」
強引と思えるほどの力で、彼は私の手を引いて歩く。遊歩道をどこまで進むのだろうと思っていると、突然彼は立ち止まった。
周りに人気はなく、お互いの顔がほんのりと見えるくらいの明かり。今からここで何をされるのか、否が応でも察してしまう。
「賭けは……君の負けだな。恵舞」
私に向き合った彼は、妖艶に微笑む。その髪は、彼の背中側からの明かりが反射して金髪のように輝いていた。
(ルークに……こんなに似てるなんて……)
中身は全く別人だ。けれどその見た目に切なくなった。
きっとまた思い出すんだろう。
ルークと最初で最後のキスをしたあの日以降、それから他の誰かとキスをするたびにルークと比べてしまう自分がいた。だから、当たり前のように、彼とキスをしても、思い出すのだと……そう、思っていた。
確かに、渡ってきた虹色に輝く橋と、海の向こうに蜃気楼のように揺らぐ都内のビルの灯りは美しく、その雰囲気は、デートには持ってこいの、最高のロケーションだった。
「わあ……。綺麗ですね」
胸の高さまである手摺りに手をかけ、身を乗り出すように広がる景色を眺める。
「そうだな」
囁くような艶のある声が、後ろから耳をくすぐる。意図的なのか、そうじゃないのか、真意は読めないけれど、このシチュエーションに、心臓は急激に音を立て始めた。
「寒くないか?」
「は……い……」
寒いどころか体温は急上昇中だ。それというのも、今の状態はいわゆるバックハグに近いから。彼は、手摺りを持つ私の両手の外側に手を置き、体をすっぽりと自分の胸の中に包み込んでいる。風除けのつもりなのかも知れないが、そう思ってもなかなか心臓は静まりそうにない。
会話もなくしばらく景色を見つめていたが、時々耳を撫でる、艶めかしくも感じる吐息に耐えきれなくなった。
「あのっ! さっきの答え合わせ、しませんか?」
身を捩り、彼を押し退けるように前を向く。体が離れると、自分たちの間を冷たい風が吹き抜けて行き、一気に熱が冷めていった。
「……わかった」
「で、ではせめて、場所を移動しましょう。ここでは何も見えませんし、せめてもう少し明るい……。あ、そこにベンチがありますよ」
どこか残念そうに答えた彼に、自分から提案する。
少し向こうにある街灯にほんのりと照らされたベンチから、来たときにはあった人影が消えている。ちょうどいいと、有無を言わさずそこに足を向けた。
先にベンチに辿り着くと、仕切りとばかりに真ん中に自分のをバッグを置く。彼は苦笑いを浮かべその向こうに腰掛けた。
「答え合わせの前に、賞品は? 俺はもう決めてある」
「そうでしたね……」
答えを考えることに夢中で、賞品に思い至らなかった。少し考えて顔を上げた。
「じゃあ、家まで送ってください」
意表を突かれたのか、彼は目を開いたあと、不愉快そうに眉を顰めた。
「はなからそのつもりだ。こんなところに放っておくわけないだろう」
「他に思いつかなくて。当たれば問題ないですから」
「わかった。それで手を打とう。……じゃあ、次は俺だな」
呆れたように言ったあと、彼は意味ありげな笑みを浮かべて口角を上げた。
「俺が勝ったら……。唇をもらおうか」
「……はっ、い……?」
まるでもう、勝利が決まっているかのように微笑みを湛える彼を、唖然としたまま見上げていた。
(……唇? 唇をもらうって、まさか……)
目を白黒させながら考えるが、自分の思い違いでなければ、そういうことだ。
「なっ、何言ってるんですか! 本気ですか⁈」
慌てふためく私がよほど滑稽に映るのか、彼は薄い唇の隙間から息を漏らして笑っている。
「本気に決まってるだろう? Drawなら賞品はなしだ。恵舞も当てればいいだけじゃ?」
「そうですけど!」
納得はいかないけれど、一度承知したことだ。もう自分が当たるより、彼が当たらないことに賭けたい。
「……わかりました。じゃあ、答えを」
肩を縮めて大きく息を吐き出しながら、バッグからメニューカードを取り出す。彼もニットの上に羽織っていたジャケットから同じものを取り出した。
そしてお互いそれを、付き合わせるように差し出した。
「では、オープン」
彼の合図に、二つ折りにされてカードを開く。そこにある赤丸と黒丸を目を凝らして見た。
「え……」
自分が選んだ赤丸は、菜の花と桜エビのオイルパスタ。春を感じる一皿で、もっと食べたいと一番に思ったものだ。
それから、黒丸。つまり、彼が何を選ぶかを記したものは、悩んだ結果、和牛のグリルにした。男の人ならやっぱり肉だ、なんて単純に考えた感は否めないけれど。
だが彼が書いたカードの丸は、どちらも同じ場所に付いていた。自分が選んだそのパスタを囲うように。
(外れた……って言うより、彼は当たってる……)
放心状態で顔を上げると、彼は勝者の笑みを浮かべていた。その彼は突然立ち上がり、私のバッグを抱えたかと思うと私の手を引いた。
「場所を変えよう」
強引と思えるほどの力で、彼は私の手を引いて歩く。遊歩道をどこまで進むのだろうと思っていると、突然彼は立ち止まった。
周りに人気はなく、お互いの顔がほんのりと見えるくらいの明かり。今からここで何をされるのか、否が応でも察してしまう。
「賭けは……君の負けだな。恵舞」
私に向き合った彼は、妖艶に微笑む。その髪は、彼の背中側からの明かりが反射して金髪のように輝いていた。
(ルークに……こんなに似てるなんて……)
中身は全く別人だ。けれどその見た目に切なくなった。
きっとまた思い出すんだろう。
ルークと最初で最後のキスをしたあの日以降、それから他の誰かとキスをするたびにルークと比べてしまう自分がいた。だから、当たり前のように、彼とキスをしても、思い出すのだと……そう、思っていた。
2
お気に入りに追加
167
あなたにおすすめの小説
同居離婚はじめました
仲村來夢
恋愛
大好きだった夫の優斗と離婚した。それなのに、世間体を保つためにあたし達はまだ一緒にいる。このことは、親にさえ内緒。
なりゆきで一夜を過ごした職場の後輩の佐伯悠登に「離婚して俺と再婚してくれ」と猛アタックされて…!?
二人の「ゆうと」に悩まされ、更に職場のイケメン上司にも迫られてしまった未央の恋の行方は…
性描写はありますが、R指定を付けるほど多くはありません。性描写があるところは※を付けています。
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
偽物のご令嬢は本物の御曹司に懐かれています
玖羽 望月
恋愛
役員秘書で根っからの委員長『千春』は、20年来の親友で社長令嬢『夏帆』に突然お見合いの替え玉を頼まれる。
しかも……「色々あって、簡単に断れないんだよね。とりあえず1回でさよならは無しで」なんて言われて渋々行ったお見合い。
そこに「氷の貴公子」と噂される無口なイケメン『倉木』が現れた。
「また会えますよね? 次はいつ会えますか? 会ってくれますよね?」
ちょっと待って! 突然子犬みたいにならないで!
……って、子犬は狼にもなるんですか⁈
安 千春(やす ちはる) 27歳
役員秘書をしている根っからの学級委員タイプ。恋愛経験がないわけではありません! ただちょっと最近ご無沙汰なだけ。
こんな軽いノリのラブコメです。Rシーンには*マークがついています。
初出はエブリスタ(2022.9.11〜10.22)
ベリーズカフェにも転載しています。
番外編『酸いも甘いも』2023.2.11開始。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる