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1.始まりの春
10.
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みんなが立ち止まる場所なのか、周りに人が増えてくる。彼は最後にもう一度だけ富士山を眺めたあと、私に顔を向けた。
「出よう」
「え、もう? 来たばかりじゃないですか」
まだここに来て三十分足らず。入場券を買ってまでやって来た場所なのに、と戸惑ってしまう。けれど彼は、少し笑いながら続けた。
「富士山を一目見られたから気は済んだ。それに、恵舞がそんなに怖がるとは思ってなかったしな」
「こっ、怖がってません! 苦手なだけです」
ここまでくると負け犬の遠吠えにしか聞こえないのだろう。必死な私を見て、彼は口を開けて笑い出す。
「わかったわかった。苦手、だな。もう高い場所には連れてこないよ」
屈託のない、少年のような顔。最初の冷たい印象とはまるで違う顔だ。
(やっぱり……ルークとは違うんだ……)
八年近く見ていたルークは、こんな顔で笑うことはなかった。年上で、周りから頼られることの多い人だったからか、いつも兄のような態度で私に接していた。今ここで笑っている彼より、よっぽど大人びていた気がする。
ぼんやりと考えたまま、竹篠さんの腕に掴まり歩き出す。またエレベーターに乗り、あっという間に地上に降りると、その腕から手を離した。
「どうした?」
俯き気味に歩いていると、彼は振り返り私の顔を覗き込む。
「すみません。何でも……ないです」
思わせぶりな態度をとっているのに、何でもないと思ってもらえるはずもない。でも、初恋の人を思い出して寂しくなっていたなんて、言えるわけはない。
「まだ案内してもらいところがあるだが。いいか?」
今も、困ったような表情を見せる彼に、ルークを重ねてしまっているのだから。
「いいですよ。どこですか?」
「……浅草。有名だろ?」
ここからなら歩いてもいける距離だ。外国人に人気の観光スポットは、何度も足を運んだこのある場所だ。
「えぇ。凄く有名ですよね。任せてください。プロのガイド並みに案内してみせますよ!」
わざと元気よく答えると、彼はわずかに安堵の表情を浮かべる。彼なりに気を遣ってくれていたようだ。意外と優しい人なのかも知れない。
「じゃあ、任せた」
明るい笑顔を見せると、彼は離れていた私の手を再び取った。
「もう怖くないので、手を繋がなくても……」
「いいだろ? デートなんだから」
ニッコリと微笑まれると、嫌だと言えない。それに、戸惑いはまだあるけれど、自分の手を握るその手の大きさも、伝わる熱も……嫌じゃない。
「そうですね。デートですから」
あくまでも渋々といった感じで答える私の手を、彼はギュッと繋ぎ直す。
離さないから。そう言われている気がした。
「出よう」
「え、もう? 来たばかりじゃないですか」
まだここに来て三十分足らず。入場券を買ってまでやって来た場所なのに、と戸惑ってしまう。けれど彼は、少し笑いながら続けた。
「富士山を一目見られたから気は済んだ。それに、恵舞がそんなに怖がるとは思ってなかったしな」
「こっ、怖がってません! 苦手なだけです」
ここまでくると負け犬の遠吠えにしか聞こえないのだろう。必死な私を見て、彼は口を開けて笑い出す。
「わかったわかった。苦手、だな。もう高い場所には連れてこないよ」
屈託のない、少年のような顔。最初の冷たい印象とはまるで違う顔だ。
(やっぱり……ルークとは違うんだ……)
八年近く見ていたルークは、こんな顔で笑うことはなかった。年上で、周りから頼られることの多い人だったからか、いつも兄のような態度で私に接していた。今ここで笑っている彼より、よっぽど大人びていた気がする。
ぼんやりと考えたまま、竹篠さんの腕に掴まり歩き出す。またエレベーターに乗り、あっという間に地上に降りると、その腕から手を離した。
「どうした?」
俯き気味に歩いていると、彼は振り返り私の顔を覗き込む。
「すみません。何でも……ないです」
思わせぶりな態度をとっているのに、何でもないと思ってもらえるはずもない。でも、初恋の人を思い出して寂しくなっていたなんて、言えるわけはない。
「まだ案内してもらいところがあるだが。いいか?」
今も、困ったような表情を見せる彼に、ルークを重ねてしまっているのだから。
「いいですよ。どこですか?」
「……浅草。有名だろ?」
ここからなら歩いてもいける距離だ。外国人に人気の観光スポットは、何度も足を運んだこのある場所だ。
「えぇ。凄く有名ですよね。任せてください。プロのガイド並みに案内してみせますよ!」
わざと元気よく答えると、彼はわずかに安堵の表情を浮かべる。彼なりに気を遣ってくれていたようだ。意外と優しい人なのかも知れない。
「じゃあ、任せた」
明るい笑顔を見せると、彼は離れていた私の手を再び取った。
「もう怖くないので、手を繋がなくても……」
「いいだろ? デートなんだから」
ニッコリと微笑まれると、嫌だと言えない。それに、戸惑いはまだあるけれど、自分の手を握るその手の大きさも、伝わる熱も……嫌じゃない。
「そうですね。デートですから」
あくまでも渋々といった感じで答える私の手を、彼はギュッと繋ぎ直す。
離さないから。そう言われている気がした。
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(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
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○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
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