上 下
10 / 100
1.始まりの春

9.

しおりを挟む
(どこに……向かってるの?)

 窓の向こうに流れる景色を眺めながらあれこれ考える。案内標識が指し示すこの方向なら、思い付く観光地はいくつかある。
 彼は和食も喜んでいたくらいだから、外国人観光客の多い日本らしい場所に行きたいのかも知れない。
 自分自身も、日本に帰ったばかりの頃はそうだった。大学入学後、周りが『渋谷だ、原宿だ』と繁華街に出かけていくのよそに、都内のお寺や神社、歌舞伎に相撲と、それまで体験できなかったことを楽しんだ。
 だから、たいていの観光地は案内できる。そう思っていたのだけど――。

「待ってください! あれに行くんですか?」

 連れて来られた場所で、顔を強張らせて彼に放つ。
 次々に人が吸い込まれていくほど、人気の観光スポットではある。見上げる空に聳え立つ高い高い、日本一のタワー。足元にいると、その先端は遥か天上で全く見ることができない。

(よりによって、なんでここ⁈)

 自分があえて避けて来た場所に連れて来られ、思わず声を上げてしまっていたのだ。
 そんな私の顔を見ると、彼は鼻を鳴らす勢いでニヤリと口角を上げた。

「どこでもいいと言っただろ? もしかして、高いところが怖い、とか?」
「い、いえ。ちょっと……苦手なだけです!」

 弱味を握り楽しいと言いたげなその顔に言い返すと、彼はまだクスクスと笑い続けていた。

「飛行機は平気なんだろ? じゃあ大丈夫」
「飛行機とはまた違います! 私はここで待っているので、どうぞお一人で楽しんでいらしてください」

 気持ち後退りしながら促すと、彼は眉間に皺を刻み、私の手を勢いよく掴んだ。

「もうチケットも買ってある。怖いなら、手を握っててやるから。どうしても見たいものがあるんだ」

 それだけ言うと、私を引き摺るように歩き出す。案内すると言った手前、渋々それに従うしかなかった。
 混雑したエレベーターに乗り込むとドアが閉まる。スッーっと上昇していく感覚に、心臓が早鐘を打っている。繋がれたままの手をグッと握ると、彼の大きな手が握り返してくれた。それにいっそう鼓動は早まっていた。
 ほんの一分足らずで展望デッキに到着する。前の人に続いてフロアに出ると、向こう側には目眩のしそうな景色が広がっていた。

「ひゃっ!」

 思わず顔を背けてしまう。ちょっと苦手なんて言ったが、本当はかなり苦手だ。

「そんなに怖いなら、腕にしがみついていたらどうだ? 景色が視界に入らなければマシだろ?」

 私の顔を覗き込み言う彼に、顔まで熱くなってきそうだ。手を繋ぐだけでもドキドキしてしまうのに、腕にしがみつくなんて……と思うが、窓の外の光景が目に入ると血の気が引いていた。

「で、ではお言葉に甘えて……」

 背に腹は変えられず、差し出された腕に飛びつくようにしがみつく。

「じゃあ、行くぞ」

 ゆっくり歩き出した彼は、それからもう一言付け加えた。

「もう少し高いところに行くからな」
「えっ! さらに上?」

 悲壮な顔をしていたのか、彼はさすがに心配そうな表情を見せた。

「恵舞が嫌なら……諦める」

 ルークと同じ顔でしゅんとされてしまうと心が揺らぐ。この顔面は本当に罪深い。

「わかりました。行きます。行きましょう!」

 気合いを入れそう口にすると、彼はフフッと笑う。

「泣くなよ」
「泣きません!」

 そんなやりとりをしながら、彼に寄り添い歩き始めた。

 回廊状になっている展望台に着くと、彼は「おぉ!」と感嘆の声を漏らす。私は変わらず景色を見ることができず、彼の腕に顔を埋めるように歩いていた。
 しばらく歩くと、彼は立ち止まる。その辺りは、同じように景色を見るために立ち止まる人が多かった。
 窓際に寄ると、彼はじっと向こうを見ている。私は景色の代わりに、そんな彼の横顔を見つめていた。
 目を細めて感慨深そうに、真っ直ぐ前を見る彼の横顔は、どこか淋しそうで泣きだしそうにも見える。

(いったい……何を?)

 そんな表情をするほど見たかったものが気になり、恐る恐る外に視線を移してみた。

「……富士……山?」

 日本の誇る霊峰は、東京の街並みを見下ろすように雄大な姿で佇んでいた。

「ずっとこの目で、見たいと思ってたんだ」

 瞳に焼き付けるように、富士山から視線を外すことなく彼は呟く。

「来日したのは今回が初めて、なんですか?」

 こんなに日本語が堪能で、ハワードという大企業の役職に就いているのだから、何度も日本を訪れたことがあるのだと思っていた。けれどどこか違和感があった。

「そうだ。いつか行きたいと思っていた。でも……勇気が出なかった」

(勇気……?)

 どういうことだろう。いったい何が彼の枷になっていたのか。知りたいなんて、今は言えない。

「もっと近くで見たいと思わなかったんですか? そんなに遠くないのに」
「確かにな。けど今は恵舞とのデートが忙しい。それに、見るなら恵舞と一緒がいい」

 ようやく自分に顔を向けると、甘い笑顔を浮かべて甘い台詞を吐く。
 
(これは常套句で、相手は私でなくてもいいはずなんだから)

 高鳴る胸を必死に鎮めようと、そんなことを考えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453 の続きです。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

年下王子の重すぎる溺愛

文月 澪
恋愛
十八歳で行き遅れと言われるカイザーク王国で、婚約者が現れないまま誕生日を迎えてしまうリージュ・フェリット。 しかし、父から突如言い渡された婚約相手は十三歳の王太子アイフェルト・フェイツ・カイザーク殿下で!? 何故好意を寄せられているのかも分からないリージュは恐る恐る王城へと向かうが……。 雄過ぎるショタによる溺愛ファンタジー!!

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

【R18】幼馴染の魔王と勇者が、当然のようにいちゃいちゃして幸せになる話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

【R18】らぶえっち短編集

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)  R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。 ※R18に※ ※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。 ※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。 ※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。 ※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

処理中です...