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1.始まりの春
9.
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(どこに……向かってるの?)
窓の向こうに流れる景色を眺めながらあれこれ考える。案内標識が指し示すこの方向なら、思い付く観光地はいくつかある。
彼は和食も喜んでいたくらいだから、外国人観光客の多い日本らしい場所に行きたいのかも知れない。
自分自身も、日本に帰ったばかりの頃はそうだった。大学入学後、周りが『渋谷だ、原宿だ』と繁華街に出かけていくのよそに、都内のお寺や神社、歌舞伎に相撲と、それまで体験できなかったことを楽しんだ。
だから、たいていの観光地は案内できる。そう思っていたのだけど――。
「待ってください! あれに行くんですか?」
連れて来られた場所で、顔を強張らせて彼に放つ。
次々に人が吸い込まれていくほど、人気の観光スポットではある。見上げる空に聳え立つ高い高い、日本一のタワー。足元にいると、その先端は遥か天上で全く見ることができない。
(よりによって、なんでここ⁈)
自分があえて避けて来た場所に連れて来られ、思わず声を上げてしまっていたのだ。
そんな私の顔を見ると、彼は鼻を鳴らす勢いでニヤリと口角を上げた。
「どこでもいいと言っただろ? もしかして、高いところが怖い、とか?」
「い、いえ。ちょっと……苦手なだけです!」
弱味を握り楽しいと言いたげなその顔に言い返すと、彼はまだクスクスと笑い続けていた。
「飛行機は平気なんだろ? じゃあ大丈夫」
「飛行機とはまた違います! 私はここで待っているので、どうぞお一人で楽しんでいらしてください」
気持ち後退りしながら促すと、彼は眉間に皺を刻み、私の手を勢いよく掴んだ。
「もうチケットも買ってある。怖いなら、手を握っててやるから。どうしても見たいものがあるんだ」
それだけ言うと、私を引き摺るように歩き出す。案内すると言った手前、渋々それに従うしかなかった。
混雑したエレベーターに乗り込むとドアが閉まる。スッーっと上昇していく感覚に、心臓が早鐘を打っている。繋がれたままの手をグッと握ると、彼の大きな手が握り返してくれた。それにいっそう鼓動は早まっていた。
ほんの一分足らずで展望デッキに到着する。前の人に続いてフロアに出ると、向こう側には目眩のしそうな景色が広がっていた。
「ひゃっ!」
思わず顔を背けてしまう。ちょっと苦手なんて言ったが、本当はかなり苦手だ。
「そんなに怖いなら、腕にしがみついていたらどうだ? 景色が視界に入らなければマシだろ?」
私の顔を覗き込み言う彼に、顔まで熱くなってきそうだ。手を繋ぐだけでもドキドキしてしまうのに、腕にしがみつくなんて……と思うが、窓の外の光景が目に入ると血の気が引いていた。
「で、ではお言葉に甘えて……」
背に腹は変えられず、差し出された腕に飛びつくようにしがみつく。
「じゃあ、行くぞ」
ゆっくり歩き出した彼は、それからもう一言付け加えた。
「もう少し高いところに行くからな」
「えっ! さらに上?」
悲壮な顔をしていたのか、彼はさすがに心配そうな表情を見せた。
「恵舞が嫌なら……諦める」
ルークと同じ顔でしゅんとされてしまうと心が揺らぐ。この顔面は本当に罪深い。
「わかりました。行きます。行きましょう!」
気合いを入れそう口にすると、彼はフフッと笑う。
「泣くなよ」
「泣きません!」
そんなやりとりをしながら、彼に寄り添い歩き始めた。
回廊状になっている展望台に着くと、彼は「おぉ!」と感嘆の声を漏らす。私は変わらず景色を見ることができず、彼の腕に顔を埋めるように歩いていた。
しばらく歩くと、彼は立ち止まる。その辺りは、同じように景色を見るために立ち止まる人が多かった。
窓際に寄ると、彼はじっと向こうを見ている。私は景色の代わりに、そんな彼の横顔を見つめていた。
目を細めて感慨深そうに、真っ直ぐ前を見る彼の横顔は、どこか淋しそうで泣きだしそうにも見える。
(いったい……何を?)
そんな表情をするほど見たかったものが気になり、恐る恐る外に視線を移してみた。
「……富士……山?」
日本の誇る霊峰は、東京の街並みを見下ろすように雄大な姿で佇んでいた。
「ずっとこの目で、見たいと思ってたんだ」
瞳に焼き付けるように、富士山から視線を外すことなく彼は呟く。
「来日したのは今回が初めて、なんですか?」
こんなに日本語が堪能で、ハワードという大企業の役職に就いているのだから、何度も日本を訪れたことがあるのだと思っていた。けれどどこか違和感があった。
「そうだ。いつか行きたいと思っていた。でも……勇気が出なかった」
(勇気……?)
どういうことだろう。いったい何が彼の枷になっていたのか。知りたいなんて、今は言えない。
「もっと近くで見たいと思わなかったんですか? そんなに遠くないのに」
「確かにな。けど今は恵舞とのデートが忙しい。それに、見るなら恵舞と一緒がいい」
ようやく自分に顔を向けると、甘い笑顔を浮かべて甘い台詞を吐く。
(これは常套句で、相手は私でなくてもいいはずなんだから)
高鳴る胸を必死に鎮めようと、そんなことを考えていた。
窓の向こうに流れる景色を眺めながらあれこれ考える。案内標識が指し示すこの方向なら、思い付く観光地はいくつかある。
彼は和食も喜んでいたくらいだから、外国人観光客の多い日本らしい場所に行きたいのかも知れない。
自分自身も、日本に帰ったばかりの頃はそうだった。大学入学後、周りが『渋谷だ、原宿だ』と繁華街に出かけていくのよそに、都内のお寺や神社、歌舞伎に相撲と、それまで体験できなかったことを楽しんだ。
だから、たいていの観光地は案内できる。そう思っていたのだけど――。
「待ってください! あれに行くんですか?」
連れて来られた場所で、顔を強張らせて彼に放つ。
次々に人が吸い込まれていくほど、人気の観光スポットではある。見上げる空に聳え立つ高い高い、日本一のタワー。足元にいると、その先端は遥か天上で全く見ることができない。
(よりによって、なんでここ⁈)
自分があえて避けて来た場所に連れて来られ、思わず声を上げてしまっていたのだ。
そんな私の顔を見ると、彼は鼻を鳴らす勢いでニヤリと口角を上げた。
「どこでもいいと言っただろ? もしかして、高いところが怖い、とか?」
「い、いえ。ちょっと……苦手なだけです!」
弱味を握り楽しいと言いたげなその顔に言い返すと、彼はまだクスクスと笑い続けていた。
「飛行機は平気なんだろ? じゃあ大丈夫」
「飛行機とはまた違います! 私はここで待っているので、どうぞお一人で楽しんでいらしてください」
気持ち後退りしながら促すと、彼は眉間に皺を刻み、私の手を勢いよく掴んだ。
「もうチケットも買ってある。怖いなら、手を握っててやるから。どうしても見たいものがあるんだ」
それだけ言うと、私を引き摺るように歩き出す。案内すると言った手前、渋々それに従うしかなかった。
混雑したエレベーターに乗り込むとドアが閉まる。スッーっと上昇していく感覚に、心臓が早鐘を打っている。繋がれたままの手をグッと握ると、彼の大きな手が握り返してくれた。それにいっそう鼓動は早まっていた。
ほんの一分足らずで展望デッキに到着する。前の人に続いてフロアに出ると、向こう側には目眩のしそうな景色が広がっていた。
「ひゃっ!」
思わず顔を背けてしまう。ちょっと苦手なんて言ったが、本当はかなり苦手だ。
「そんなに怖いなら、腕にしがみついていたらどうだ? 景色が視界に入らなければマシだろ?」
私の顔を覗き込み言う彼に、顔まで熱くなってきそうだ。手を繋ぐだけでもドキドキしてしまうのに、腕にしがみつくなんて……と思うが、窓の外の光景が目に入ると血の気が引いていた。
「で、ではお言葉に甘えて……」
背に腹は変えられず、差し出された腕に飛びつくようにしがみつく。
「じゃあ、行くぞ」
ゆっくり歩き出した彼は、それからもう一言付け加えた。
「もう少し高いところに行くからな」
「えっ! さらに上?」
悲壮な顔をしていたのか、彼はさすがに心配そうな表情を見せた。
「恵舞が嫌なら……諦める」
ルークと同じ顔でしゅんとされてしまうと心が揺らぐ。この顔面は本当に罪深い。
「わかりました。行きます。行きましょう!」
気合いを入れそう口にすると、彼はフフッと笑う。
「泣くなよ」
「泣きません!」
そんなやりとりをしながら、彼に寄り添い歩き始めた。
回廊状になっている展望台に着くと、彼は「おぉ!」と感嘆の声を漏らす。私は変わらず景色を見ることができず、彼の腕に顔を埋めるように歩いていた。
しばらく歩くと、彼は立ち止まる。その辺りは、同じように景色を見るために立ち止まる人が多かった。
窓際に寄ると、彼はじっと向こうを見ている。私は景色の代わりに、そんな彼の横顔を見つめていた。
目を細めて感慨深そうに、真っ直ぐ前を見る彼の横顔は、どこか淋しそうで泣きだしそうにも見える。
(いったい……何を?)
そんな表情をするほど見たかったものが気になり、恐る恐る外に視線を移してみた。
「……富士……山?」
日本の誇る霊峰は、東京の街並みを見下ろすように雄大な姿で佇んでいた。
「ずっとこの目で、見たいと思ってたんだ」
瞳に焼き付けるように、富士山から視線を外すことなく彼は呟く。
「来日したのは今回が初めて、なんですか?」
こんなに日本語が堪能で、ハワードという大企業の役職に就いているのだから、何度も日本を訪れたことがあるのだと思っていた。けれどどこか違和感があった。
「そうだ。いつか行きたいと思っていた。でも……勇気が出なかった」
(勇気……?)
どういうことだろう。いったい何が彼の枷になっていたのか。知りたいなんて、今は言えない。
「もっと近くで見たいと思わなかったんですか? そんなに遠くないのに」
「確かにな。けど今は恵舞とのデートが忙しい。それに、見るなら恵舞と一緒がいい」
ようやく自分に顔を向けると、甘い笑顔を浮かべて甘い台詞を吐く。
(これは常套句で、相手は私でなくてもいいはずなんだから)
高鳴る胸を必死に鎮めようと、そんなことを考えていた。
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