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☆番外編3☆
emotional 9
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「ただいま帰りました」
玄関先で私がそう声を上げると、まず奥からパタパタと走って来たのは壱花だ。
「お母しゃん!!」
「ただいま、壱花。いい子でお留守番してくれてたんだって?」
「うん!」
まもなく2才と7ヵ月になる壱花は舌足らずな口調だが、ずいぶんと言葉を理解していて、おしゃべりも上手になった。
「しばらくしょぼくれて、俺から離れなかったくせに」
うしろから、私の荷物を持って玄関に入って来た司にそんなことを言われ、自分のことを言われているのがわかったのか壱花はふくれっ面になっている。
「おかえりなさい。瑤子さん」
遅れて奥から現れたお義母様が笑顔を見せこちらにやって来る。
「帰りました。留守の間、壱花をありがとうございます」
「いいのよ。それより、早くお顔を見せて?」
そう急かされ、私は抱えていたその顔を見せるようにお義母様に近づいた。
「あらあら。司さんの小さいころによく似てるわ」
小さく笑い声を漏らして、お義母様は穏やかに笑う。
「そうですよね。私もそうだと思ってました」
私も生まれて一週間経っていない息子の顔を眺めながらそう答えた。
「壱花も! あおちゃん見せて!」
私の足にしがみつき、私たちを見上げてせがむ。この子がお腹にいるととき、壱花は急に『あおちゃん』と呼び出した。本人に理由を聞いてもよくわからなかったんだけど。
よく見えるようにしゃがむと、私は口を開いた。
「壱花お姉ちゃん。碧だよ? 今日からよろしくね」
私がそう話しかけると、神妙な顔で壱花は碧の頭をゆっくり撫でた。そんな姿を見るだけで、なんだか込み上げてくるものがある。
自分には手に入らないからと、願うことすらできなかったものが今、ここにある。
そして、それを私に与えてくれたのは、紛れもなくこの人だ。
「どうだ? 可愛いか?」
私の向かいで、壱花に問いかける司は、すっかり父親の顔をしている。そんなことを言ったら、司はどんな顔をするだろうか?
「さぁ、みんな。そろそろお昼にしましょう」
奥からお義母様がそう呼びかける。今は仕事に出ているお義父様は、今日は夕方早めに帰ると聞いている。きっと、新たにやってきた孫を、優しい顔で眺めてくれるだろう。
「行きましょう?」
私がそう言って立ち上がろうとすると、壱花は少し寂しそうな顔になった。
「……。司、碧をお願いできる?」
そう言って碧を司に渡すと、その場で壱花を抱きしめた。
「壱花。大好きよ」
柔らかな温もりが私に伝わってくる。私の首にしがみつくと、壱花は嬉しそうに笑っている。
「俺には?」
片腕で碧を抱く司は、笑いながらそんなことを言う。
「……わかってるでしょ?」
呆れたように私は返す。
「わかってるけど聞きたいんだが?」
「本当にもう! 困ったお父さんよね?」
私の首から離れた壱花は、そんな私たちのやりとりを不思議そうに見上げていた。
「司。愛してるわよ?」
笑顔でそう言うと、司は満足げに目を細め、「あぁ。俺も」と私の額に唇を落とした。
「おとーしゃん! 壱花も!」
私たちの間に割って入ると、壱花はそんな声を上げた。
「ふふっ」
顔を見合わせて、私が声を漏らすと、司は同じように壱花にキスをしていた。
「なんで壱花には照れちゃうの?」
「うるせぇな。いいだろ」
顔を赤らめる司を茶化しながら私は立ち上がると、自然に壱花と手を繋ぐ。
「おとーしゃんも!」
遅れて立ち上がった司に、壱花は手を差し出した。その手が握られると、壱花は満面の笑みになる。
そんな、なにげない一つ一つが、私の心を温かく満たしてくれる。
きっと、これからも、ずっと。
そんな気持ちで、私はその小さな手の温もりを感じていた。また増えた、新しい家族の手に思いを馳せながら。
Fin
玄関先で私がそう声を上げると、まず奥からパタパタと走って来たのは壱花だ。
「お母しゃん!!」
「ただいま、壱花。いい子でお留守番してくれてたんだって?」
「うん!」
まもなく2才と7ヵ月になる壱花は舌足らずな口調だが、ずいぶんと言葉を理解していて、おしゃべりも上手になった。
「しばらくしょぼくれて、俺から離れなかったくせに」
うしろから、私の荷物を持って玄関に入って来た司にそんなことを言われ、自分のことを言われているのがわかったのか壱花はふくれっ面になっている。
「おかえりなさい。瑤子さん」
遅れて奥から現れたお義母様が笑顔を見せこちらにやって来る。
「帰りました。留守の間、壱花をありがとうございます」
「いいのよ。それより、早くお顔を見せて?」
そう急かされ、私は抱えていたその顔を見せるようにお義母様に近づいた。
「あらあら。司さんの小さいころによく似てるわ」
小さく笑い声を漏らして、お義母様は穏やかに笑う。
「そうですよね。私もそうだと思ってました」
私も生まれて一週間経っていない息子の顔を眺めながらそう答えた。
「壱花も! あおちゃん見せて!」
私の足にしがみつき、私たちを見上げてせがむ。この子がお腹にいるととき、壱花は急に『あおちゃん』と呼び出した。本人に理由を聞いてもよくわからなかったんだけど。
よく見えるようにしゃがむと、私は口を開いた。
「壱花お姉ちゃん。碧だよ? 今日からよろしくね」
私がそう話しかけると、神妙な顔で壱花は碧の頭をゆっくり撫でた。そんな姿を見るだけで、なんだか込み上げてくるものがある。
自分には手に入らないからと、願うことすらできなかったものが今、ここにある。
そして、それを私に与えてくれたのは、紛れもなくこの人だ。
「どうだ? 可愛いか?」
私の向かいで、壱花に問いかける司は、すっかり父親の顔をしている。そんなことを言ったら、司はどんな顔をするだろうか?
「さぁ、みんな。そろそろお昼にしましょう」
奥からお義母様がそう呼びかける。今は仕事に出ているお義父様は、今日は夕方早めに帰ると聞いている。きっと、新たにやってきた孫を、優しい顔で眺めてくれるだろう。
「行きましょう?」
私がそう言って立ち上がろうとすると、壱花は少し寂しそうな顔になった。
「……。司、碧をお願いできる?」
そう言って碧を司に渡すと、その場で壱花を抱きしめた。
「壱花。大好きよ」
柔らかな温もりが私に伝わってくる。私の首にしがみつくと、壱花は嬉しそうに笑っている。
「俺には?」
片腕で碧を抱く司は、笑いながらそんなことを言う。
「……わかってるでしょ?」
呆れたように私は返す。
「わかってるけど聞きたいんだが?」
「本当にもう! 困ったお父さんよね?」
私の首から離れた壱花は、そんな私たちのやりとりを不思議そうに見上げていた。
「司。愛してるわよ?」
笑顔でそう言うと、司は満足げに目を細め、「あぁ。俺も」と私の額に唇を落とした。
「おとーしゃん! 壱花も!」
私たちの間に割って入ると、壱花はそんな声を上げた。
「ふふっ」
顔を見合わせて、私が声を漏らすと、司は同じように壱花にキスをしていた。
「なんで壱花には照れちゃうの?」
「うるせぇな。いいだろ」
顔を赤らめる司を茶化しながら私は立ち上がると、自然に壱花と手を繋ぐ。
「おとーしゃんも!」
遅れて立ち上がった司に、壱花は手を差し出した。その手が握られると、壱花は満面の笑みになる。
そんな、なにげない一つ一つが、私の心を温かく満たしてくれる。
きっと、これからも、ずっと。
そんな気持ちで、私はその小さな手の温もりを感じていた。また増えた、新しい家族の手に思いを馳せながら。
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