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44 side T

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本当に……いつでも俺の予想を超えてきて、俺を簡単に手玉に取るよな、なんて思う。
それは悪い意味じゃない。変われないと思っていた俺を、瑤子はいとも簡単に変えてくれる。そんな存在なのだと実感しながら、俺は両親に向き合った。

「俺からも……頼む」

そう言ってから、俺は驚いたように目を見張る両親に頭を下げた。そして、顔を上げ横を見ると、嬉しそうに俺を見る瑤子の顔がそこにあった。

「私からもお願いします」

まどかが尊斗たかとと共に部屋に入って来ると、俺達の後ろに控えるように座る。そして、まどかは親父に向かってそう言った。

「私は、2人が変わらざるを得なかったのを間近で見てきて知っています。だから辛かった。私が男だったらよかったのにと何度思ったかわかりません。けれど、そんな願いが叶う事はない。だから日の目を見る事はなくても、少しでも力になりたいと、そう思ってきました」

7つ離れた姉の、初めて耳にする思い。両親が変わっていったのを俺はほとんど覚えていないが、まどかは違う。もう中学生になっていただろうその年齢で、変わっていく姿を見るしかなかった心情を思うと、さすがの俺も胸が痛んだ。

「私には、幸い尊斗がいてくれます。だから今はこうやって、この家を下から支える事が出来る。お父様。本当はお気づきなんでしょう?一族も世代交代が始まっている。もう世襲などと古い考えを持つものも少なくなっています。けれど、そう簡単に変えられないのも承知しています。だからこそ、彼女に力を貸して貰いたい。そう思っています」

まどかは、まどかなりに家の事を考えていたのだと思う。そして、俺の事も。口煩くはあるが、家を出た俺を一番気にかけてくれたのはこの姉だ。だからこそ、本当は一番案じていたのだろう。俺と両親の間にあった溝のことを。

まどかの言い分を表情無く親父は聞いていた。そして、まどかが話し終わると、目を伏せて大きく息を吐き出した。

「全ては……私の招いた事だ。私は罰を……受けなければならないのだ」

静かに響く親父の声。そしてそれに、皆が息を呑んで耳を傾けていた。

「私は元々、この家を継ぐはずではなかった。2つ上の兄がその役目を担っていたからだ。幼い頃からの期待や重圧。それを知りながらも、私はそれが自分に向かなかったことを心の奥で安堵していた。……あの日までは」

座卓に視線を落としたまま、親父は淡々とそう言った。

「私はわかっていた。兄がどれだけ苦しんでいたのか。なのに自分の家族の幸せだけを考えて、見て見ないふりをした。あの事故は……私がそうしたから起こった事だ」

「あなた!それは違います。あれは不幸な事故です!」

母は顔を歪め、泣きそうな表情で隣に座る親父に訴えかける。それを聞きながらも、親父は難しい顔で首を振った。

「そうだったとしても、私は私を許せない。同じ会社にいながら、満足に睡眠も取れない程仕事に追われた兄と、それを助ける事もしなかった私。兄が居眠り運転の末、家族共々亡くなってしまったのは私の所為だ……」

親父は懺悔するように項垂れている。そして、その姿を見て思う。親父はずっと贖罪を背負い続けているのだと。
重く沈んだ空気の中、親父は座った座卓の横に出ると手を付いて頭を下げた。

「私の事はいい。だが、司のことを支えてやってくれないか。こんな事を私が言うのは筋違いなのは分かっている。だが……私はもう……こんな重荷を誰にも背負わせたくない」

初めて見る、親父が人に頭を下げる姿。それはもう、土下座と言っていいほどの平身低頭ぶりだった。そして、初めて知る親父の心情を、俺は愕然としながら聞いていた。

「お父様!頭を上げてください」

瑤子は慌てたように親父の元に寄ると、体を起こすように手を添えた。
それに促され体を起こすと、親父は瑤子と向き合った。

「私……ずっと違和感があったんです。司から聞く話と実際のところが食い違っている気がして。本当に無理にでも家を継がせようとお思いなら、強硬手段に出る事はいくらでもできた。でも、そうしなかった。いえ、する気はなかった……。違いますか?」

その瑤子の言葉に、親父は瞳を揺らしている。それから観念したように表情を緩めると、それに答えた。

「あなたは聡い人だ。……その通り。私は司に家を継げと言いながら、本当は自由に好きな事をして欲しかった。それが私が教えた写真に関わる事なら尚更。だが、それが本気でないなら家を継いで欲しい。そう思っていたのも確かだ」

長い間秘めていた気持ちを吐露し、肩の荷が降りたのか親父の表情はどこか柔らかい。そんな親父に、瑤子は笑顔を見せて話しかけた。

「大丈夫。とっても本気ですよ?じゃなきゃ、私は写真を続けて欲しいなんて思いませんから」
「そうか。それなら安心だ」

そう言って親父はようやく笑みを見せた。

さっきまでの暗く冷たい空気が、春の日差しに暖められていく。そんな気配を感じながら、俺はただ瑤子を見つめていた。

「お父様、改めてお聞きします。司との結婚を許してくださいますか?」

親父の横で明るく尋ねる瑤子に、親父は頷く。そして、瑤子は顔を俺に向けて、庭に咲く花に負けないほど綻んだ笑顔を見せた。

「良かった。私達の願いが叶いそうだね」

そう言いながら。
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