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その日、もう夜中だと言うのに鳴った電話。

「どうかした?……えぇ。……そう。分かったわ。今から向かうから」

要件だけ聞き取り電話を切ると、側でタブレットの画面を眺めていた尊斗が顔を上げた。

「まどか、何かあった?」
「どうもうちのモデルが事件に巻き込まれたらしいのよ。今から警察に出向いてくれないかって」

私はそう言って眉を顰めた。

私にまで呼び出しがかかるなんて余程の事だ。ファッション関連の事業を幅広く経営しているが、どれも所謂最高経営責任者と呼ばれる立場だ。実務はどの事業も信用のおける者に任せていて、私が表に立つことなどほぼないのだ。

「悪いんだけど送ってくれる?」

私が言い終わる前に尊斗は私の元にやって来ると、「もちろん」と頰にキスを落として着替えに向かった。
そして、妙な胸騒ぎを感じながら、私は指定された警察署へ足を運んだ。


「あっ!まどかさん!すみません遅くに」

廊下の待合で私の姿を見つけると、モデル事務所の実務責任者が駆け寄って来た。

「構わないわ。で、何があったの?」
「それが……」

そう言って彼女は事の次第を語り始めた。所属しているモデルが、ホテルで暴行を受けたらしい、と。

「首を絞められて、殺されるかと思ったって私のところに電話がかかって来たんです。最初は怯えていましたが、何とか説得して被害届を出すことにしました」

そう言うと、彼女は大きく息を吐き出した。

実のところ、この被害はこれで3件目。いや、実際にはもっといるのかも知れない。けれど、どれも被害者から後で打ち明けられ、被害届を出すまでに至らなかったのだ。けれど今回、ようやく被害届を出すことに漕ぎ着けた。
おそらく、全て同一犯の犯行。今まで被害にあった者から聞いた犯人の特徴は一致していた。

カチャリと音がして、向かいのドアが開く。そして中から、背の高い細身の男が1人現れた。

「お待たせしました。まもなく事情聴取は終わります」

そう言うと、その男はこちらを見た。

「えーと、こちらが?」

私の話を何か聞いていたのだろう。私の姿を見て、確認するように尋ねた。

「大江まどかと申します」

そう言って、私は名刺を取り出すとその男に渡した。

「すみません。御足労いただいて。お話を聞かせていただきたいのですが、よろしいですか?」

改まって尋ねられ、「ええ。分かりました」と答えると、私は別室に案内された。

部屋に入り、私はその人と机に向かい合わせに座る。

「私は村井、と言います。単刀直入にお聞きします。貴女は、長門司さんのお姉さん、なんですよね?」

真っ直な視線を寄越して、その人は私にそう言った。

「……ええ。その通りです」

何か引っかかるものを感じながら私は答える。

「今回の事件、概要はご存知ですか?」
「聞いております」
「他にも似たような被害があった、と聞いていますが、間違いないでしょうか?」

私が来るまでに既に責任者に聴取を行ったのだろう。村井、と言う男は再確認するように私に尋ねた。

「間違いありません。被害届は出しておりませんが、他にも今回のような被害があったと報告は受けています。で、何故それが弟と関係するんでしょう?」

今度はこちらから切り出す。

「今回の被害者から、貴女の弟さんの名前が出ました。どうも犯人は、長門さんに撮影を取り付けてやると誘ったようなんです。他の被害者からそんな話は?」

私は黙ったまま首を振る。そんな話は初耳だった。けれど、直接私が話を聞いた訳ではないし、もしかしたら他の被害者も同じ事を言われていた可能性はあった。

「すみません。他の被害に遭われた方の写真はないでしょうか?」
「写真……ですか?」
「はい」

そう言われて、スマホを取り出すと、会社のデータベースにアクセスする。一般には公表していない、所属している者が検索出来るもので、私はそこから写真を画面に表示させ、彼に見せた。

「……やっぱり……」

彼はそう言って小さく呟く。

「大江さんは……長森瑤子さんをご存知ですか?」

本当に唐突にそう尋ねられ、私は「え?」と思わず声を上げる。

何故目の前の警察官からその名が出たのか、さすがに皆目見当も付かなかった。あの子達が交際しているなんて、そう知るものはいないはずだ。司だって、業界内では有名かも知れないが、広く一般に知られてはいない。

「私も驚いています。こんな偶然があるんだろうかって」

そう言うと彼は顔を上げ真っ直ぐに私を見据えた。

「……俺は、瑤子ちゃんとは友人です。妻は大学の同級生で。実は長門さんにもお会いした事があるんです」

そんな事があるんだろうかと、私は声も出せないまま彼を見つめた。

「今回の被害者から長門さんの名前が出た時には驚きました。でも、その時ふと思ったんです。彼女は、昔の瑤子ちゃんに似ていると」

険しい顔をして彼はそう言った。

「だから、他の被害者の顔も確認したかった。そう言うことですね?」
「はい。やはり皆雰囲気が似ています。20代後半の瑤子ちゃんに。今回の被害者が一番似ているようですが」

司を妬む何者かの仕業と思っていた事が、まさか瑤子ちゃんも絡んでいたなんて思いもしなかった。
私が唖然としていると、彼は目つきを鋭く変化させた。

「俺には一人心当たりがあります。アイツはきっと瑤子ちゃんに接触してくる。……大江さん。ご協力いただけないでしょうか?」

そう言って。
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