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38 side T

4.

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「婚約した。とりあえず両方の親に報告だけしたら、俺は籍入れようと思ってる」

素っ気なくソファの背に凭れながらそう言うと、横にいた瑤子が一番に驚いたように俺を見た。

「え?そうなの?」
「ずっとそのつもりだったけど?もしかして式挙げたかったか?」

瑤子を見てそう尋ねると、瑤子は頭を振りながら「ううん?」と驚いた表情のまま答えた。

「やりたかったら考えるぞ?」

笑いかけながらそう言って頭を撫でてから前を向くと、ポカンとした2人の顔がそこにあった。

「と、言うわけだ。うちのスタッフにはそれとなく言ってあるが、正式に言うのはお前らが最初。そう大っぴらにしたくねーから頼むぞ?」

淳一は俺の言葉に頷いて「2人ともおめでとう!良かったね」と笑顔を見せた。

「ありがとう……ございます」

瑤子は恥ずかしそうに淳一にそう言って頭を下げてから、「……茉紀さん?」と小さく声を出す。

「あんた……もちろん本気、だよね?」

茉紀は睨みつけるように俺を見てからそう言う。

もちろん俺は「本気に決まってるだろーが」とそれに答えた。

「そっか。そうだよね……。あんた、意外と真面目だもんね……」

そう言って、呆然としたように言う茉紀に「意外とは余計だろ?」と返すと、茉紀は唇を震わせた。

「……良かった。今度こそ、瑤子は幸せになってくれそう……。私、ずっと心配だったの……」

そう言ったかと思うと、茉紀はぼろぼろとその目から涙を溢した。

長い付き合いなのに、そんな顔を見るのは初めてだ。正直、コイツは何があっても泣く事などない鉄の女。そう思っていた。

「茉紀さん⁈」

向かいに座る茉紀に、瑤子が慌てたようにそう言っている。
淳一はそんな茉紀を、優しい瞳で見つめていた。その顔を俺は、大学の頃、よくこんな顔して茉紀の事見てたっけ、何て懐かしく思って見ていた。

「とにかく!相手が長門ってのは気に入らないけど、あんたの事は信用できるから仕方ないわね!瑤子を絶対幸せにするのよ!いい?」

泣き顔のまま怒り出す茉紀に、少々呆れながらも「分かってるよ。お前に言われなくても」と、俺は返した。


◆◆


「ちょっとびっくりしちゃった」

事務所を出て、帰りの車の中。
瑤子は思い出したようにそう口にする。

「茉紀か?」
「うん。泣いてるところ何て初めて見た。嬉し泣きだって言ってくれたけど、私の事ずっと心配してくれてたんだって……」

切なそうな口調で瑤子はそう言って俯く。

「俺も初めて見たよ。アイツ、ほんとにお前を大事にしてんだな」

俺は思った事を口にしながら、次の目的地へと車を走らせた。

俺よりも瑤子の過去を知っているだろう茉紀は、たぶん俺が思っているより瑤子の事を心配していたのだろう。

瑤子が言わない、茉紀が知る過去。

それを無理に聞き出そうとは思わないし、たぶん今はまだ、思い出したくもない話なんだろう。
いつか、笑って『こんな事があったんだよ』と話せる日が来ればそれでいい。俺はそう思いながらハンドルを動かした。

「ちょっと寄り道な。付き合わせて悪りーけど」
「あ、大丈夫。どこ行くの?」
「ん~?役所」

俺はそう軽く答え、不思議そうな顔をする瑤子を連れて、実家のある場所を管轄する役所に着いた。

「手続きしてくるから」

待合の片隅に瑤子を座らせて窓口に向かい、必要な書類の申請と、そしてこれから使う用紙を受け取った。

「待たせて悪りぃな。受け取りまで時間かかるって」

そう言って戻ると、スマホを眺めていた瑤子の横に座り、俺は先に受け取った用紙を差し出した。

「持っててくれねぇ?」

それを受け取った瑤子は、目を見張りこちらを向いた。

「これ取りに来たの?」

茶色の枠で印刷された、婚姻届と書かれた用紙。さすがに貰うのも見るのも初めてだ。

「そ。あと戸籍謄本な。届け出す時いるんだと。お前のも取りに行かなきゃな。何処にあるんだ?」
「そうなんだ。知らなかった。実家のあるところだよ?」
「じゃあ来週取りに行けそうだな」

次の連休明け火曜日。瑤子の実家に行く事になっている。実家に連絡を入れて、その日になったと言いながら、瑤子はしきりに「普通の家族だけど、色々と驚かせるかも。その時はごめん!」何て謝っていた。
一体何に驚くのか想像は全く出来ないんだが。

しばらく待ったあと、見たくもない名前が筆頭者に書かれた戸籍謄本を受け取り、俺達は家に戻る。

コーヒーを入れてダイニングテーブルに向かい合わせに座ると、さっき貰った用紙を真ん中に顔を突き合わせていた。

「じゃ、書くか」

俺が先に自分の欄を埋めて瑤子に差し出すと、途端に顔を強張らせた。

「き……緊張する……」

いたって真面目にそう言う瑤子に笑いながら「3枚あるから2回までなら失敗できるけどな?」と持っていたペンを渡した。

一つ一つ丁寧にそこに記入すると、瑤子は最後に満足気に「出来たぁ!」と顔を上げた。

「ふっ。頑張ったな」

子供が宿題が出来上がった、みたいな顔して言うからそれに笑みを溢しながら答える。

「後は……証人欄。お前の父親と……俺の父親に書いてもらうつもりだけど、いいか?」

俺がそう尋ねると「もちろん。私もそう思ってたよ?」と瑤子は笑顔で答えてくれた。
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