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32 side T

1.

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睦月が市販のルーの箱に書かれた通りに作ったと言うシチューを食べ、俺達は早めにベッドに入った。
2週間後にはもうニューヨークにいる事を考えると、そろそろ瑤子を向こうの時差に慣らしておいた方がいいだろう。
少しずつ早く寝て早く起きる。これだけの事だが、この寒い冬の時期に早く起きるのは中々難しいだろう。

「明日からちゃんと早めに起きられたら俺の話してやるよ」

布団の中で瑤子を抱きしめながら、俺がそう言うと瑤子は顔を上げた。

「じゃあ……頑張る。何聞こうかなぁ。小さい頃の話聞きたいな」

そう言って、少し眠そうな顔をして笑う。

「あー……昔過ぎて忘れてるかも知れねーけど、夢の中で思い出しとくわ」
「うん……。きっと……可愛かったんだろうなぁ……。会ってみたかった……な……」

そう言って、瑤子は眠りに落ちた。

「それは俺の台詞だ」

小さく呟いて、眠る瑤子の額に軽くキスを落とす。
こうやって、安心したように眠るその顔を見ているだけで、俺も何処か安心したような気持ちになる。

まどかに一体何を聞いたんだろうか。まぁ、なんだかんだで一応俺の味方でいてくれた姉の事だ。今更俺の不利になるような事を言ったりはしないだろう。
歳が7つ離れているし、高校卒業と同時に結婚して家を出て行った所為で、まどかと過ごした記憶は小学生の頃までだ。
だが思い返せば、その時も、今も、俺の事を気にかけてくれているのだと思う。

この世に1人しかいない大事な姉と、何よりも大事な女が仲良くするのも悪くはないか

そう思いながら俺も眠りについた。


ベッドボードに置いてあったスマホのアラームに起こされる。
時間は6時。いつも7時過ぎに起きる事を考えると1時間早い。これから先、来週1週間は特に、仕事をしながら少しずつ時間の調整をしなくてはならない。

まぁ、こうしとかなきゃ、俺はともかく瑤子の方が向こうに着いた途端に時差ぼけで何もできそうにないから仕方ねーよな、と思いながら、まだ眠っている瑤子を起こした。

「ん~?なぁに?」

まだ寝ぼけているのか、目を瞑ったまま瑤子は言う。

「ほら。起きろ?今日から早く起きろっつっただろ?」
「やだぁ。まだ寝る」

そう言って瑤子は布団に潜り込む。
初日からこれじゃあ先が思いやられるぞ……

そう思いながら、俺は思い切り布団を剥ぎ取る。

「寒いっー!」

恨めしそうに俺を見上げる瑤子に、笑いながら言う。

「ほら、遠出してどっかで朝飯でも食おーぜ」

渋々瑤子は「分かったよぉ」と身を縮こませながら答えた。

「言っとくが、車の中で寝るなよ。早起きした意味ねーから」

車に乗り込み俺がそう釘を刺すと、瑤子は「え~……」と不服そうな顔を見せる。
放っておいたらすぐに寝てしまいそうな勢いの瑤子に、「話聞きたいんだろ?」とシートベルトをしながら俺は言った。

「うん。じゃあ……前に百合さんが話してたじゃない?司を着せ替え人形にして遊んだって。あれ、何だったの?」

そんな事覚えてたのかと思いながら車のエンジンをかける。

「あれな。何才くらいだっけな」

車を走らせて駐車場を出ると、起きた頃にはまだ薄暗かった空は、薄い青色が美しい空に変わっていた。
今日は晴天。その分よく冷え込んでいた。まだ温まっていない車内で、瑤子は家から持って来た膝掛けに寒そうに包まっている。

土曜日の早朝だけあって、まだ車は少ない。さて、どこまで走るかな?と思いながらも、適当に浮かんだ方面に向かう。

その間、まず瑤子に尋ねられた話を始めた。

「百合さん、もう中学生の頃には自分で服縫える人でさ。あれ、俺が小学生になったばかりだったかな。服を作ってくれてた」
「へー。さすが百合さんだね!どんなの?」
「普通にフォーマルスーツ。それ希海にやったしな。七五三で着るっつーから」
「えっ?凄っ!」

俺の方に顔を向けて瑤子は驚いている。確かに、その時は何も思わなかったが、今となれば百合さんの腕の凄さを思い知っている。

「その時の写真はないの?見たい!」

どうしてこうも俺の昔の写真を見たがるんだよと思いながら、

「まだあるんじゃねーの?実家に」

と答えた。

「そっか。実家かぁ……」

そう瑤子は呟いた。
俺が寄り付かない場所にある事を残念がっているのだろうか。まどかに頼んだら……いや、今なら自分で行けと言われそうだなと思い直した。

「そのうち取りに行ける機会もあるだろ。そんなに見たいか?」
「見たいよ!私の知らない司はどんなだったのかな……とか思うし」

最後は口籠るようにそう言う。
確かにまぁ、知りたい気持ちは分からないでもない。

「俺はお前の見たいけど?ないの?」
「えっ?私のはいいよ!見ても楽しくないし!」

前を向いていた視線をこちらに寄越して慌ててそう瑤子は言った。

「じゃあ俺のも楽しくない」

素っ気なくそう言うと、おそらくちょっとだけ悔しそうな顔をしているだろう。瑤子は「うっ」っとだけ声を漏らすと黙った。

「知りたいって気持ちはお互い様じゃね?」

タイミングよく赤信号に引っかかり、俺は瑤子の方を向く。

「確かに……その通り……です」

照れたように顔を赤らめている瑤子を見て俺はふっと息を漏らした。
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